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三 「セッ、セクハラ!」

 共同浴場に来るようになり一週間。

 やや慣れてきた琴吹(ことぶき)は、かなり熱い湯船に入り、ふうと息を吐いた。

 湯は、熱めなんてものじゃない。かなり熱い。

 始めは火傷(やけど)するのではと思ったくらいだったが、入っては一秒で湯から上がり、入っては一秒で湯から上がりを繰り返していたら、一週間めには慣れてきた。

 今では二十秒くらいは入っていられる。

 何より、春だというのにまだ少し肌寒いこの土地で過ごすには、身体が温まるこの湯は有難いくらいだった。

 湯守の部屋に炬燵(こたつ)があることや、佐藤商店の(みお)が「灯油を入れていた」と言っていたことに違和感を覚えたが、何のことはない。春になってもまだまだ肌寒い土地なのだ。

 窓の下を流れる大きな河から、水鳥の鳴き声が聞こえる。

 入浴場の階下の壁を、ダイレクトに河の水が舐めている景色には初日に怯えた。

 だいぶ前にユーチューブでチラッとだけ見たヴェネツィアの水路沿いの建物みたいな感じだ。

 「大雨が降ったらどうなるの」と泉に聞いたら、「氾濫するから落ちないようにね」としれっと言われた。

 まあ、河川側の窓は上半身しか出ない腰高窓なので、余程はしゃがない限りは大丈夫だと思うが。

「あんちゃん、これがら夕飯が?」

 湯船の端っこに浸かる七十代ほどのご老人が話しかけて来る。

 「あんちゃん」は分かる。多分「兄ちゃん」という意味だ。

「帰りにコンビニでお弁当買って行こうかなって」

 琴吹は愛想笑いをしてそう答えた。

 初日は道が分からないこともあり日中に来たが、午後の九時まで入れると聞き、それからはギリギリ夜八時頃に来ている。なるべく寝る直前に入りたい。

「あんちゃん、あんちゃん」

 六十代ほどのおじさんが湯船の壁際で手招きをする。

 両者とも、先程から五分は浸かっているか。こんな熱い湯によく平気で二十秒以上浸かっていられると感心する。

「こっから女湯覗けんの知ってっが?」

「へっ?!」

 琴吹は目を丸くした。

 女湯を覗く。銭湯ものの類いの定番だが、実際にはファンタジーだと思っていた。

「え? ……えっ?」

 洗い場のタイルに手を付いて琴吹は身を乗り出した。

 おじさんの指差す場所に、細い配管がある。琴吹は頭部をやや傾けてその周辺を凝視した。

 配管の後ろに、おそらくは別の配管のために開けられ、その後放置されたままのような丸い穴があった。その向こうは女湯だ。

「ま、まじすか? ……大丈夫?」

「どうせ(ばばあ)しか入っでね」

 七十代ほどのご老人が、ざばざばと音を立て湯船で顔を洗う。

「ホテルの浴場ならともかぐ、地元の人しか使わないとこだがら。若い子は自分ちの風呂入るがんな」

 おじさんもゲラゲラと笑う。

 それでも万に一回くらい、若い子や美女が入浴しているのに遭遇できることがあるのでは。

 頭の中が、超ご都合主義の状態にシフトする。配管の後ろの穴から目が離せず、琴吹は凝視した。

 今、浴場にいるのは、おじさんと七十代のご老人だけ。この二人が上がるまで時間を潰して待って覗いたら、もしかして。

 そそっと下半身を隠す体勢で座り直し、琴吹はおもむろに石鹸を取り出した。

 駅のテナントの百円ショップで買ったボディスポンジにゆっくりと石鹸を(こす)りつけ、出来る限り時間をかけて泡立てる。

 おじさん達早く上がれ、と念じながら、馬鹿丁寧に身体を洗い始めた。

 女湯の出入口を開け閉めする音が聞こえるたび、あれは巨乳の美女が入って来た音ではと思ってしまい、逃したくないと焦る。

「泉ちゃんの声しねぇが?」

 女湯との仕切りの壁を見上げ、おじさんが言う。

「そっちに居んのがな?」

 ご老人がそう答えた。

 初日に派手に上下していた泉のかなり大きな胸を琴吹は思い浮かべた。

 に、入浴してんのか、今。

 そりゃ、仕事しながら入ることも多分あるよなと思う。温泉旅館の女将さんなんかも客が引けたあと入るとかAVで見たような。

 想像しただけでやばい。

 

 ガラッと音がした。


 入浴場と脱衣場とを分けているガラス戸が開けられ、Tシャツに短パン姿、髪をポニーテールにした泉が入場する。

「うわわわわー!」

 琴吹は思わず声を上げた。

 泉がチロリとこちらを見る。

「ほだ、びっくりする開け方した?」

 言いながら泉は、つかつかと湯船に近づいた。

「セッ、セクハラ!」

 体育座りのような格好で下半身を隠しつつ琴吹は声を上げた。

「なに女の人みたいなこと言ってんの」

 構わずに泉は湯船の傍に座ると、小さな試験管のようなものを湯に付け、少量だけ汲んだ。

「泉質検査か? 泉ちゃん」

「ほだ」

「最近、お湯ちっと硫黄(いおう)臭くねが?」

 おじさんが言う。

「なんか(くせ)な。そういう泉質でねえのに。源泉調べねっきゃって、うちのおばんちゃん言ってた」

 そう言い立ち上がろうとした泉は、タイルで足を滑らせバランスを崩した。

「きゃっ!」

 甲高い声を上げると、ザバッと派手に湯船に落ちる。

()りがった。ごめんな」

 前髪を掻き上げながら湯船から上がり、泉はびしょ濡れのTシャツの(すそ)を絞った。

 タイルにジャッと湯が落ちて弾ける。

 泉の全身から湯気が立っていた。ああ、もうとぼやいて泉がTシャツの胸元を摘まむ。

 濡れたTシャツにオフホワイト色のブラがくっきりと透けているのが目に入り、琴吹はますます身体を屈ませた。





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