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十八 「湯ノ沢さん、あたし達が付いてますよぉ。ファイト!」

「オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカあああああ……」

 唱えたのはもう、何十回目か。もはや泣きそうな顔で琴吹(ことぶき)は真言を唱え続けた。

 じっと鼻先で目を合わせ続けていたアクロバティックサラサラの空洞のような目が、ほんの少し歪んだように見える。中からチラチラと人間の瞳のようなものが現れるようになったが、空洞の目と怖さは大差ない。 

「おおおおお願いします、成仏して……」

「湯ノ沢さん、あたし達が付いてますよぉ。ファイト!」

 軽トラックの横から、(みお)が相変わらずのエールを送る。

 泉はスマホで誰かと話しているようだ。

「おおおおオン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ……」

「昔の祓い師なんてさあ、七日とか十四日とか二十一日とか、ずーっと拝み続けてたりしてさあ」

 琴吹の肩に両腕をかけ、玉藻がそう口を挟む。

「にににに二十一日……」

「七の倍数ってのがポイントなんだって」

 クスクスと笑いながら玉藻が言う。

 そんなにかかったら、大学どうすりゃいいんだと琴吹は焦った。

 さっさと唱えろと言わんばかりにアクロバティックサラサラが顔をググッと近づける。

 「ひいっ」と琴吹は(のど)をひきつらせた。

 催促されるということは、この方法はとりあえず間違ってはいないのだろうか。

 泉が妖怪退治までしてきた家系だということは分かったが、幽霊はどうなのか。人間の霊と妖怪ってだいぶ違うんじゃ。まして妖怪化した死者とか、泉ですら初めてのパターンだったらどうしよう。琴吹はガタガタと震えた。

「おおおおオン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカかかかかか」

 アクロバティックサラサラが、ひときわ強く琴吹の頭部を掴む。

「ひいいいいっ」

 不意に、赤い大きな帽子がスルッと落ちた。

 空洞のような目が人間の瞳に代わり、アクロバティックサラサラは頭部を掴んでいた手を弛め、少し後退った。

「え……何」

 様子が変わったことに琴吹は動揺した。

 何か気に入らなかったのだろうか。恐怖に震えながら早口で声を張り上げる。

「オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカああああああ!」

「よし! もういいべ、お不動さま!」

 泉が荷台にスマホを置く。

「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」

 印を結び真言を唱える。泉の背後に赤いオーラが立ち昇り、倶利伽羅剣を構えた不動明王が厳つい姿を宙に現した。

 浴衣から覗いた細い素足を、泉が力強く踏ん張る。

「妖怪化したら普通の方法で成仏なんてできね。それでも弥勒菩薩さまがいつか助けてくれると思ったら救われたべ!」

「湯ノ沢さん! 使って!」

 澪が丸めた紙のようなものを投げつけてくる。

「たっ」

 額に見事にヒットし、琴吹は声を上げた。

 不動尊の御札のようだ。飛ばしやすいよう、その辺の石に包んで投げたらしい。

 おいおい……と思ったが、あわててしゃがみ拾う。

「 “全ての人々を救うまで一歩も引かず” ってのがお不動さまだからな。救いを求めてるのを見捨てられなかったんだろ」

 立ち昇るオーラに長い髪を(なび)かせながら、泉が真言を唱える。

「ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン! 我に御力与えたまえ!」

 宙で構える不動明王を泉が見上げる。泉の長い髪が立ち昇るオーラに靡き(なび)逆立つ。

「調伏!」

 泉がそう声を上げるとほぼ同時に、不動明王が倶利伽羅剣を振り下ろした。

 アクロバティックサラサラが、立ち竦んだ格好で上から下へと一直線に貫かれる。

 ごく普通の若い女性の顔になったかと思うと、端から砂のように崩れ、焼けただれた肌になり、骨になる。

「ちょぉっとお待ち!」

 玉藻が豪奢な着物の(すそ)から美脚を覗かせ、地面を蹴って空中に舞い上がった。

「このあたしを蹴り落としてくれたお礼は受け取りなさい!」

 アクロバティックサラサラの顔面に蹴りを食らわせるが、当たったかどうかは微妙だった。

 カラン、カランと音を立て、骨だけになったアクロバティックサラサラは地面に落ち、更に崩れて夜風に散る。

 琴吹は硬直し、しばらくしてからその場に座り込んだ。

 澪が投げつけてくれた御札を両手で握りしめ、はああああと長く息を吐く。

「助かった……の?」

湯ノ沢(ゆのさわ)さーん! お疲れさまでしたあ!」

 澪が駆け寄る。

「明日、学校あっかんな。遅くならなくて良がったな」

 泉がこちらに歩み寄りながら、乱れた浴衣の(すそ)を直した。





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