十七 「援護できませんけど、頑張ってくださーい!」
泉と澪の読み通り、アクロバティックサラサラは山中に入ると、木から木へと渡り琴吹を霊園に連れて来た。
恐る恐る周囲を見回す。
あまり広い霊園ではない。暗くいが、周囲は鬱蒼とした木々に囲まれているようだ。
その木々の向こうは、崖になっているのだろうか。連れて来られる際に、上空からそんな風に見えた。
崖の下が、この前行った源泉のある場所。多分。
掘り起こしたような、大きく土の盛り上がっている墓が手前に一つあるが、どういう事情なのか。
月明かりでうっすらと見える墓石の輪郭と卒塔婆が和風ホラーの定番的な光景で怖すぎる。
すげえ嫌、と琴吹は顔を歪めた。この畳み掛けるような恐怖の連続から、早く助かりたい。
「う~ら~め~し~や~」
変化を解いた玉藻が、琴吹の背中にしなだれかかる。
「うわあああああああああ!」
琴吹はガラガラになった喉で、上げられる限りの大声を上げた。
腰を抜かして座り込みそうになった琴吹の頭部を、アクロバティックサラサラが両手でがっしりと掴む。
長い爪を頭皮にググッと食い込ませ、目を会わせてくる。爪で頭部を突き刺されそうだ。
「ひや……何。ここが何」
「思ったんだけどさあ」
玉藻が口を挟む。
「この女に殺された人って、こうやって頭つかまれて爪で刺し殺されたか、あちこちの屋上連れ回されてる間に墜落死したか、どっちかなのかしらね」
そんなこと呑気に解説しないでください。琴吹は脳内で懇願した。
「痛い痛い痛い痛いやめてやめて」
爪が頭皮に食い込む。琴吹は首を振って抵抗した。
霊園に車のライトが射し込む。
ハイビームにしているのだろう、もの凄く眩しい。琴吹は目を眇めた。
前方の少し離れた場所に軽トラックが停まる。
「湯ノ沢さん!」
澪が呼びかけながら荷台から降りた。並んで泉も降りる。
「良かった! 無事だった!」
嬉しそうにそう言ってくれる澪に、琴吹は泣きそうになった。
優しいなあ。アクロバティックサラサラに頭部を掴まれながらも感激する。
「追いかけながらあちこちのサイト見たんですけどっ、湯ノ沢さん!」
澪が軽トラックの横で大きな声で言う。
「アクロバティックサラサラに殺された人って、どうやら頭部を掴まれて爪で刺し殺されたか、連れ回されてる間に墜落死してるパターンが多いらしいですっ」
「あ……ああ。そうなの……」
琴吹は答えた。笑顔がひきつる。
玉藻が「あら当たり」と背後で呟いた。
「湯ノ沢さん! アクロバティックサラサラは、市内で不慮の事故で死んだ女が妖怪化したものって話だ。弥勒菩薩さまで反応したのもそれかも知んね!」
スマホを手にしながら泉がそう解説する。
「えっ、えとつまり、どうしたら」
痛さに顔を歪めながら琴吹は尋ねた。鼻先に空洞のような目を近づけられ、顔を凝視される。
「弥勒菩薩さまにお縋りしたいんじゃないんですかあ? 妖怪化しちゃってたら普通に成仏はできないでしょうから」
口の横に手を当て、澪がそう言う。傍らで泉が「多分な」と言って頷いた。
「そそそそそんな。さっきのは遠縁の神社でふざけて覚えてただけのもので。弥勒菩薩ってのも名前くらいしか知らないし」
「湯ノ沢さぁん!」
軽トラックの傍らで、澪がひときわ大きな声で呼びかける。
「弥勒菩薩さまの御札は書き方知らないんで援護できませんけど、頑張ってくださーい!」
そんなエール送られてもと琴吹は顔をひきつらせた。
「坊やの遠縁、弥勒菩薩を祀ってる所なの?」
玉藻が琴吹の肩に肘をかけ、爪で血が滲み出した顔を覗き込む。
「い……いえ、えと、八幡って聞いてたような」
「ふぅん」
なぜか無意味に玉藻が耳に息を吹きかける。
「ひあっ!」
「弥勒菩薩と八幡神が同一って説を取ってる神社もあるらしいから、そういう所かしら」
「そそそそそうなんですか」
頭部に爪が食い込む恐怖と、耳に息を吹きかけられた感触とで琴吹は鳥肌を立てた。
「でででも、だいぶ前に宮司が事件起こして。今は他の人が宮司やってて」
「へえ、事件」
再び耳に息を吹きかけられる。琴吹は「ひあっ」と声を上げた。
「何ていうか……宮司が日本刀で暴れて人を殺したとか何とか」
「あ、それ知ってるぅ」
玉藻が言う。
「嫌な匂いがしたのはそういう訳かあ。血と煽り霊の残り香だわ」
「そそそ、それで」
助けてはくれないんだろうか。鼻先でじっと見つめるアクロバティックサラサラの目に怯え、琴吹は涙を滲ませた。
「キミも泉ちゃんみたいに弥勒さん呼び出したりできるとか?」
またもや耳元に息を吹きかけられる。
「でででできません。子供の時にちょっと格好いいって真似してただけで。ぜ、全然ド素人ですっ」
ふぅんと相槌を打ち、玉藻はアクロバティックサラサラを横目で見た。
「とりあえず唱えてみたら? ド素人のキミのでもいいらしいって話だし」
「ほ、本当にそれでいいんですか」
もう自棄だ。琴吹は先ほど入浴場でやった印を結んだ。
両手でOKをしているような印。「極楽へどうぞ」という意味だと刃傷沙汰を起こした宮司に聞いた。
「えええええと、おおオン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ」
アクロバティックサラサラが、さらにガチッと頭部を掴む。
「ひひひひひえ。オン・マイタレイヤ・ソワカ、オン・マイタレイヤ・ソワカ、お願いします、よく分からないけど成仏してえええ!」
アクロバティックサラサラが顔を更に近づけ、空洞のような目でじぃっと琴吹の目を凝視した。




