十五 「ど、奴隷と決定したんですかっ?!」
アクロバティックサラサラに髪を引っ張られ、琴吹は石段を引きずられて行った。
髪を掴まれているので、逆らいようがない。腰に巻いたタオルが落ちないようにわたわたと抑える。
「髪! せめて髪やめて!」
「湯ノ沢さん!」
泉と澪が後を追い石段を昇って来る。
泉は、誰から借りたのか浴衣を羽織っていた。前を合わせながら石段を駆け上がる。適当に細い帯を結んだ辺りで、巻いていたバスタオルを取り、湯守の待機部屋に放り込んだ。
アクロバティックサラサラが、ジャンプして石段を五段ほど飛び越える。引っ張られて琴吹の足元は空中に浮いた。
石段を駆け上がり、アクロバティックサラサラが一気に地上に出ようとする。
再度ジャンプをしようと棒のように細い脚をグググッと曲げたところで、誰かが石段の一番上に立ち塞がった。
外灯の灯りで逆光になっているが、裾の広がった豪奢な感じの着物姿のようだ。
腰の辺りにフワフワとしたフェイクファーが巻かれている。
そのフェイクファーが数本に分かれて、夜空をバックにうねうねと動き出した。
「この前は、よくも蹴り落としてくれたね。クソ女!」
玉藻だ。
琴吹がそうと認識するが早いか、巨大な白狐がアクロバティックサラサラと琴吹の間に割り込み、引き離した。勢いで、琴吹は湯守の待機部屋の外壁に手を付く。
「他人の奴隷を、どこに持って行く気だい」
「ど、奴隷と決定したんですかっ?!」
タオルを抑えて後退りながら、琴吹は顔をひきつらせた。
白狐が素早く方向転換し、アクロバティックサラサラと対峙する。
ガッと大きな口を開けると、白狐の背後から無数の狐火が飛び出し、アクロバティックに襲いかかった。
ギャアアと大きな声を上げ、アクロバティックサラサラが狐火を振り払おうとする。
「湯ノ沢さん!」
澪が呼びかける。琴吹の服を投げてよこした。
脱衣場から持って来てくれたのか。ありがたい。
琴吹は前方に乗り出し両手で受け取った。いくつかの衣類を取り損ね、しゃがんでオタオタと拾う。
拾った中に自身のパンツを見つけ、女の子にパンツを運ばれてしまった恥ずかしさに数秒ほど固まった。
「姐さんが遊んでる間に早く!」
澪が叫ぶ。
遊んでるのか、あれ。複雑な表情になりながら琴吹はパンツとズボンを履いた。
「着ながら逃げろで!」
泉にそう指示され、わたわたと足を動かしながらトレーナーに頭を潜らせる。
「ひ、妃永さんは? 大丈夫?」
「大丈夫。外に出ると寒いから来ないだけ」
澪が声を上げ、そう説明する。
「あそ……」
何となく脱力して琴吹はそう返事をした。助けてくれたのかとも思っていたが、覗きがどうとも言ってたしなと思う。
アクロバティックサラサラが、更に大きな叫び声を上げる。
青い焔が細い身体に蛇行して巻き付き、石段の上まで立ち昇っていた。
「やった!」
澪が声を上げる。
「街に出る前で良がったな」
泉が浴衣の帯を締め直す。
グギャアアアアアと絶叫すると、アクロバティックサラサラは倒れて石段を数段ほどズルズルと落ちた。
「街に出てたら目を合わせる観光客がどれだけ……」
澪がそう言う。
だが素早い動きで手を伸ばすと、アクロバティックサラサラは琴吹の足首をガシッと掴んだ。
「ひああぁああぁ!」
焔で焼き尽くされたのにも関わらず、大きな赤い帽子、ノースリーブの真っ赤なワンピースは綺麗なまま。琴吹は気持ちの悪さと恐怖で固まった。
足首を引っ張られ転倒する。今度は羽織ったジャージの襟を掴まれ、石段を上がり連れ去られる。
「湯ノ沢さん!」
澪が叫ぶ。
「お待ち!」
玉藻が狐火を投げるが、アクロバティックサラサラは背中に受けながらもジャンプして最寄りの観光ホテルの上階に駆け上がった。
更に外壁を足場にジャンプし、屋上に登る。
ジャージを掴まれて空中を連れ回され、琴吹は悲鳴すら上げる余裕もなく硬直した。
「湯ノ沢さん!」
地上から澪の叫ぶ声が聞こえる。
泉がこちらを見上げているのが、逆さまになった視界に映った。
「生意気な!」
屋上に巨大な白狐が飛び移る。青白い焔を放つが、アクロバティックサラサラは雄叫びを上げながら振り払った。
身体のあちらこちらを残り火で焼かれながら、それでも琴吹のジャージの襟を掴み、別の観光ホテルの屋上に飛び移る。
何か、えらい執念だけで動いているようにも見えた。
ガァァと大きく口を開けて、玉藻の放つ火を何度も払う。苦痛はあるらしいが、大きな赤い帽子と真っ赤なワンピースは、焦げ目すら残っていない。
もしかして。赤い帽子と服なのではなく、焼けただれた肌。
なぜそう思ったのか分からない。何の根拠もなく、琴吹はそんな発想をしてしまった。
巨大な白狐が、こちらに飛び移りながら無数の焔を放つ。
アクロバティックサラサラは、空中を蹴るような曲芸的な動きでジャンプすると、屋上から飛び降り駐車場に停めてあった乗用車のルーフに着地した。
間を置かずルーフを足場にして最寄りのビルの屋上に飛び移る。
「う……うわっ! うわっ! うわわわわわ━━━━━━!」
信じられない動きでブンブンと振り回され、琴吹は絶叫し続けた。
屋上から屋上へと渡り追いかけて来る巨大な白狐の姿が視界に映る。
えらい頼りに思えた。




