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十四 「湯ノ沢さん! イケる! やっちゃえ!」

 妃永(ひなが)に締め付けられたアクロバティックサラサラが、不意にグッと上体を上げる。

 空洞のような目を琴吹(ことぶき)に向けると、激しく(もが)き始めた。

「やだ(うろこ)荒れちゃう!」

 お肌が荒れちゃうと同義と思われる台詞を妃永が叫ぶ。

 アクロバティックサラサラは、赤いハイヒールを履いた両脚を曲げると、妃永の大蛇の下半身にヒール部分を突き立てた。

「いったぁーい!」

 妃永が声を上げ、締め付けていた下半身を弛める。

「何すんのよ、このブス!」

 アクロバティックサラサラの長い黒髪をガシッと掴むが、髪がひゅるひゅると伸び、相手は這うようにして脱衣場にいる琴吹に近づく。

「ひっ」

 気持ち悪さと恐怖とで、琴吹はしゃがんだまま後退った。

「湯ノ沢さん! 御札どした!」

 こちらを振り向き泉が問う。

 琴吹が無言で老人の方に目線を向けると、老人は御札で扇ぎながら泉の方を見た。

「……分がった、それは爺ちゃん持ってろ。湯ノ沢さんはいざとなったら走れ」

 泉が、すっと背中を向ける。

 妥当な判断だと思うけど、何だかなと琴吹はひきつり笑いをした。

「ノウマク・サンマンダバザラダン」

 泉が印を結び唱える。

 周囲に赤いオーラのようなものが立ち昇って見える。

 憤怒の形相をした甲冑姿の神が泉の背後にうっすらと湧き出て、右手に剣を構えた。


 不動明王。あの剣は……倶利伽羅剣だっけ。


 親戚の親戚の遠縁の神社の家で、子供の頃に見せられてワクワクしていた掛軸や古い本の内容を琴吹は思い出した。

 当然、現実に見ることになるとは思わなかったけど。

 もの凄い空気圧が入浴場に充満しているのを感じる。オーラとかの圧なんだろうかと思う。

「センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」

 妃永が目を眇め、不動明王の剣を避けるようにアクロバティックサラサラから離れた。

「我に御力与えたまえ! ちょう……」

 途端に、アクロバティックサラサラが奇声を発して大暴れし、琴吹に掴みかかろうとした。

 振り下ろされた不動明王の剣が、なぜか途中で止まる。

「へ?」

 印を結んだまま、泉がこちらを振り向き固まった。

「お不動様なんで?」

「泉ちゃん、御札書く道具持って来だ! 援護するからガンガン……!」

 書道セットを手にした(みお)が脱衣場に飛び込む。だが妙な雰囲気を感じ取ったのか、目を丸くして場内を見回した。

「うわっ!」

 アクロバティックサラサラが、長い爪の生えた手で琴吹の頭部をガシッと掴む。

 動揺して腰が抜けた。麻痺(まひ)してしまった足で、琴吹は必死に(すのこ)の床を擦る。

「ひ……ひえ」

 アクロバティックサラサラの爪が、少しずつ頭部に食い込む。

 死ぬ間際に見えるという走馬灯だろうか。琴吹の脳裏に、先程まで思い出していた遠縁の神社での光景が浮かんだ。

「おおおおおおオン・マ……いや、あの、えっと」

 子供の頃、戦隊ものの真似のような感覚で覚えた真言が一つだけあった。

 素人がいきなり唱えてどうなるものでもないと思うが、琴吹は完全に駄目元で呟いた。

「お、お、おおオン・マイタレイヤ・ソワカ……あのあの」

 何の真言かは覚える気もなかったので知らない。

 いくつかあった真言の中で、短いので一番覚えやすかったのだ。

 ガチガチと震えながら、うろ覚えの印を結ぶ。

 両手でOKをしているかのような印。「極楽へどうぞ」という意味の印らしいが、この状況で適切なのかどうかなど、もちろん考える余裕は無い。

「おおおオン・マイタレイヤ・そそそそソワカ」

 アクロバティックサラサラがグッと顔を近づけ、黒い空洞のような目を琴吹の目と合わせる。

「湯ノ沢さん! イケる! やっちゃえ!」

 横から澪がよく分からないエールを送る。

「いいいいいや、イケない。ちょっと助けて」

 脱衣場の(すのこ)の上を琴吹は臀部で後退った。

 アクロバティックサラサラは琴吹の頭部を掴んだままだ。危害を加える次の仕草はまだ無いが、離してもくれない。

「う……うわわわわわわ! ギャーテーギャーテーハーラーギャーテーハラソーギャーテー!」

 あっという間に精神の限界が来て、琴吹は唐突に般若心経に切り替えた。

「バラバラじゃねえか湯ノ沢さん! 節操ねえな!」

 泉がアクロバティックサラサラの背後から叫ぶ。

「節操って……わわわ分かんない!」

 もはや何が起こっているのか。有利なのか不利なのかすら分からない。

「さっきの弥勒菩薩の真言だべ! そういうこと出来るなら最初から言えで!」

 泉がアクロバティックサラサラの髪をググッと引っ張り、何とか琴吹から引き離そうとする。合間合間に不動明王の真言を唱えるが、なぜか現れる不動明王は、剣を構えたまま振り下ろさない。

「お不動ちゃん、どうしちゃったのぉ? アクロバティックサラサラに一目惚れしちゃったとか?」

 蛇の変化を解いた妃永が、空中に現れた不動明王を眺める。

 長い髪の毛でほとんど隠れているから良いものの、いつも通り下半身は裸だ。

 ガチガチと震えながらも琴吹は下半身をもぞもぞと動かした。

「お不動様がそんな訳あるか」

 泉が反論する。

「弥勒菩薩さまと仲悪いとか?」

 澪が真顔で首を傾げる。

「アクロバティックサラサラ挟んで三角関係とか」

 妃永が大真面目な顔で腕を組んだ。

「いや……それより助けて」

 頭部を掴まれ、じっと目を合わせられたまま、琴吹は懇願した。

 突如アクロバティックサラサラは琴吹の髪の毛を掴むと、非常に強い力で引っ張った。

 強引に立ち上がらされ、脱衣場の出入口に連れて行かれる。

「うわっ、ちょっ、痛っ、いたっ」

「湯ノ沢さん!」

 出入口に一番近い場所にいた澪が琴吹の腕を掴み止めようとしたが、アクロバティックサラサラの素早い動きで掴み損ねる。

 琴吹自身も出入口の扉の縦枠に手をかけ抵抗したが、かなわず。

「うわっ! 待って髪! 髪痛い! 禿()げる!」

 石段を駆け上がるアクロバティックサラサラに、琴吹はタオル一枚の格好で引きずられ連れられた。



 



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