十三 「俺がやったら痴漢で捕まるでしょー!」
びしょ濡れの身体にタオル一枚だけを着けた琴吹が湯守の待機部屋を覗くと、クッキーを咥えた澪が炬燵に座ったままこちらを向いた。
「湯ノ沢さん、御神籤クッキー、どぞっ」
六角形のパッケージを差し出す。
「いいいいいや、それその、いず……湯守さんは?」
「女湯に入ってるよ。入浴客が少ない時間帯だから」
澪が自身を指差し可愛く笑む。
「湯守の代理の代理でえっす」
何でこんな時に限って。琴吹は思い切り顔を歪ませた。
「よよよよ呼んで来てくれる?」
「うん? 脱衣場入って、泉ちゃあんって呼んだら?」
「俺がやったら痴漢で捕まるでしょー!」
琴吹は頭を抱えた。
「男湯にアクロバティックサラサラ出たんだってば!」
そう告げると、澪は「んあ?」と返事をしてクッキーを噛った。ガバッと身を乗り出し、湯守の部屋の小窓から男湯の方を見る。
「他、入浴してる人は?」
「お爺さん一人いたけど俺の御札渡した!」
そういや、ご老人遅いなと思う。
服は持って裸のまま出た方がいいと言ったのに。
「妃永さんが戦ってたけど……妃永さん、強いの?」
「寒いと寝ちゃう。蛇だから」
クッキーを咥えたまま澪が湯守の部屋の扉を開ける。もそもそと足元を動かしスニーカーを履いた。
「毒も相手噛めなきゃ威力ないし、絞め殺すのは男の人限定なんだって。女の人と密着する趣味ないから」
強そうな要素もあるのに、性格が全く戦闘向きじゃない。普段の妃永を見ていたら分かりそうなデータだったと琴吹は眉を寄せた。
「あたし、家に戻って御札書く道具持って来るから! 湯ノ沢さんは泉ちゃん呼んで来て!」
「分かった!」
澪が石段を二、三段昇る。琴吹は、女湯に向かおうとして違う違う違う、と後退した。
「まままま待って! 泉さんも澪ちゃんが呼んで来て!」
澪が振り返る。
「そうだった。湯ノ沢さん男の人だった」
澪がボブの髪を掻く。
男だと思われてなかったんだろうか。琴吹は鼻白んだ。
澪が小走りで女湯の扉の方へ行き、出入口の扉を開ける。女湯の紅い暖簾を捲った。
ほぼ同時にバスタオル一枚の泉が顔を出す。
「悪皿出たべ!」
長い黒髪から滴が滴るのにも構わず、男湯の方を見た。
「えっと! ご老人が一人入ってて、んで妃永さんが。俺の御札渡したんだけど!」
石段から大声で状況を説明しようとしたが、動揺して言ってることがメチャメチャになる。
泉はこちらの方を見ずに駆け足で男湯の方へと入って行った。
「だだ大丈夫?」
泉の後を追い、琴吹は男湯へと戻った。
あちらの方がいろいろ知っているのだ。大丈夫も何も足手まといにしかならないだろうが、何となく丸投げして逃げることもできない。
男湯の脱衣場に飛び込むと、奥の入浴場で妃永が悪皿を大蛇の身体で締め付けていた。
悪皿が奇妙な呻き声を発しながら空洞のような目を剥く。
「泉ちゃん遅いいい! 女と密着なんて気持ち悪いんだからあ!」
妃永が声を上げる。
「姐さん、強えなあ」
先程のご老人が脱衣場の椅子に座り呑気に言う。琴吹が渡した御札で、パタパタと顔を扇いでいた。
「妃永、男の人のためなら頑張っちゃう!」
一転して妃永が嬉しそうに頬に両手を当て、顔とボリュームのある胸をふるふると震わせる。
年齢層はどの辺でもいいのか……。琴吹は出入口で立ち止まりドン引いた。
「湯ノ沢さんは逃げろで。足手まといだ!」
バスタオル一枚の泉がこちらを振り向き咎める。
「ああ……いや、分かってたんですけど」
ほんと、俺なんで来てんだろと思う。琴吹は苦笑した。
締めつけられている悪皿に向け、泉が印を結ぶ。
巻かれたバスタオルが緩む。えっ、と琴吹は口をひきつらせた。
泉のバスタオルがするっと落ちる。
「やべ」
とっさに泉が両手で押さえたので全裸にまではならなかったが、綺麗な乳白色の背中がしっかりと見える。
琴吹はつい無言でしゃがみ込んだ。
「服着てねえと集中できねな」
少々イライラとした感じで泉がバスタオルを直す。
「いやっ、服着て来て。何なら俺、時間稼ぎに協力しますから」
うずくまった格好で琴吹はそう告げる。
「湯ノ沢さん、湯気に当たって気分悪いんでねえの? 時間稼ぎとか無理でね?」
泉が振り向く。
「気分が悪くて座ってる訳では……」
琴吹はうつむいた。
「ただの入浴客の湯ノ沢さんを危険に巻き込んじまったからな。協力なんてしてもらう訳にはいがねえ」
泉が、バスタオルを胸元できゅっと結ぶ。
落ちにくくはなったが、しっかりと結んだ分、裾が短くなり際どい。
裾を見ちゃいかんと自身に言い聞かせつつ、琴吹は更にうずくまり小さくなった。




