十一 「条件、非童貞とか」
八畳一間、風呂なしトイレ共同、小さな流し台とガス台は有りの琴吹のアパート。
いつの頃から使われているのか分からない昭和風の四角い傘の付いた照明で照らされた部屋は、やや陰気な雰囲気がする。
小さめの炬燵に泉と澪、なぜか来ている玉藻こと狐の美女と、更に何で来ているのか分からない妃永こと蛇の美女。
ここのところ毎日、湯から上がった時間帯にはこの状態だ。
男ばかりが住むアパートで美少女二人と妖艶な美女二人が毎日押しかけている状況は相当に興味を引くらしく、琴吹は毎日トイレに行くたび関係性を聞かれていた。
羨ましいようなことを言われるが、実際は彼女らが来ると部屋の主なのに一番小さくなっている。
狭い部屋での女性の圧って凄いなと変な汗が出る。
「はいっ、名物いかニンジンでぇす」
澪が買い物袋からタッパーをいくつも出して積み上げ、一つ一つ献立名を告げる。
横で泉がパカッと蓋を開けた。
「ねえねえ、海でもないのにさあ、海のものが名物になってるってどういう訳よ」
白い手をすっと出し、妃永がいかニンジンを摘まむ。
ここに来る時は、きちんと碧色の着物を着て来てくれるので琴吹はホッとしていた。
ほぼ毎日、「着物なのでノーパンでぇっす」と要らんことを申告されるが。
「知んね。スルメが売れ残った年でもあったんでねえの?」
割り箸をパキッと割り、泉が素っ気なく答える。
「あたし、ここの桃が食べたかった……」
玉藻が溜め息を吐く。
「夏に来らんしょ」
泉が地元言葉で返す。
「湯ノ沢さん、取り皿ねえ?」
タッパーの炊き込みご飯や惣菜を箸で切り分けながら、泉が流し台の方を見る。
「はいはい……」
琴吹は立ち上がった。今日は何度めか。
こうして毎回、圧の凄い女子会のウェイターのような役割をさせられている。
「キミ、お茶淹れてくれる?」
玉藻が手招きしつつそう指示する。
「あたしミルクセーキとか飲みたいな」
妃永が続けて言った。
「……ミルクセーキはありません」
「あら、作り方教えに来てあげよっか」
毎日来ているのに、更に来る時間をどこに挟むんだろう。琴吹は顔を歪めた。
ようやく澪が持ち込んだ差し入れを全員に分け食べ始める。
コンビニ弁当ではなく、澪のお母さんとお婆さんが作ったという家庭料理をいただけるのは、琴吹にはかなりありがたいのには間違いない。
女子校のお弁当の時間に放り込まれたような複雑な居心地の悪さはあるが。
「んで湯ノ沢さん、悪皿は来てるか?」
泉がメンチカツを箸で取りながら問う。
「ええと……昨日は窓の向こうから二、三回、何かをぶつけてるような音がしてたけど」
女性全員が窓の方を見る。
「窓、蹴ってんのかしら」
鳥の唐揚げを頬張りながら玉藻が言う。
「姐さんを蹴り落とす脚力なら、窓割れてるべ」
泉がそう返す。
「あたし、窓ガラスよりか弱いしぃ」
「澪ちゃんが書いた御札、ちゃんと効いでんな」
泉が窓際に貼られた御札を見詰める。
「御札書き歴、十年だもん」
得意げに澪がピースする。
十年って。
小学校入学くらいから書いてるのか。頼もしいのか心許ないのか。琴吹は顔を顰めた。
「んでなに? その腹痛起こしそうな皿の名前の女って、何がしたい訳?」
妃永が問う。
「目が合った奴、追っかげて殺すんだと」
メンチカツを噛りつつ泉が答える。
「あたしなら目が合ったら、おっぱい見せちゃうけど」
妃永がけらけらと笑う。
目が合ったから見せられたのか。琴吹は鼻白んだ。
「蛇さん、面白い坊やのために丸呑みしちゃったら?」
玉藻が二個めの唐揚げを頬張る。
「女食べるなんてやぁだ。あたし男専門なの」
妃永が口を尖らせる。
つい琴吹は固まった。箸を付けようとした焼き魚の鱗が、不意に恐ろしいものに見えて来る。
「思ったんだげどな」
コロッケにウスターソースをかけながら泉が切り出す。
「アクロバティックサラサラに追われた奴って、どこまでも追われて殺されるとか言うべ?」
一同、それぞれに頷く。
「全員殺されてるなら、誰がその体験談の書き込みしたんだ?」
「あら」と玉藻が赤い唇を開く。
「助かった奴もいるんでねえかな」
そう言い、泉はコロッケを噛る。
「い、泉さん……」
琴吹は泣き笑いのような表情になった。
ここ数日、大学に行く際も御札を身に付けていた。
強い不安を感じ続けていたところに、一気に安堵する考察。ありがたい。
「助かった方法って何かしら。特定の条件があるとか?」
玉藻が唐揚げを噛る。ものすごくどうでもいいが、油揚げだけ食べる訳じゃないんだと琴吹は思った。
「あったら楽だげどな」
泉が炊き込みご飯を口にする。
「条件、非童貞とか」
妃永が頬杖を付き、無駄に真剣な表情で言う。
琴吹は不安な精神状態に一気に引き戻された。




