ヒーラーを仲間にする
どれくらい時間が過ぎたかは分からない。僕は連中に見つからないように森の中を這って進んでいた。文字通り、這う這うの体で逃げていた訳だ。取り敢えず、周りに敵はいなくなった。
……しかし、どうして連中はあんなにも好戦的なのだろう? もしかしたら、このゲームはNPCにバトルロイヤルをやらせる仕様になっているのかもしれない。
そう思いかけたが、僕は直ぐにその考えを否定した。
――否、違うか。そんな事をさせたら、折角ゲームに投入したNPCが、どんんどん消えていってしまうじゃないか。それよりも、戦闘の気配を察して、好戦的な奴らだけがあそこに集まって来たと考える方が妥当だ。
……もしかしたら、運営側もゴーストが操作するNPCがどんな動きを見せるのか分かっていないのかもしれない。
“ゴースト”というのは、コピー人格の通称だ。ナノマシンカプセルの登場によって急速に普及した脳とAIやインターネットとの接続による機能拡張。それにより、新たな産業が興った。人間の人格をコピーしてデータとして蓄積し、それをビジネスモデルや集団心理の研究機関、ゲーム業界などに売る商売をし始めた連中がいるのだ。
“パーソナルデータビジネス”などという名で呼ばれているらしい。
もちろん、勝手に人間の人格をコピーする訳じゃない(中国辺りだと、勝手にコピーしているという話もある)。本人の許可を取った上で金を支払って人格をコピーしている。『個人情報は保護されている』という名目にはなっているが、当然ながらどこまで信頼できるかは分からないので、人格を提供したがらない人も多い。が、ただ数時間寝ているだけで金になるので、アルバイト感覚で気楽に提供してしまう人もいる。それでそれなりのデータ量になっているらしい。
一応断っておくと、その人の人格の全てをコピーしている訳じゃない(そもそもそんな事はできないし)。行動パターンや、記憶の一部のデータをコピーしているだけだ。
このコピー人格ビジネスはそれなりに成功していたが問題点もあった。一部とはいえ、自分の人格をデータとして提供をするというのは勇気のいる行動だ。その所為でリスクを恐れない冒険心の強い人ばかりが集まって来てしまっている可能性があるのだ。ならば、偏ったデータになってしまっているはずである。研究データとしては正確性に欠くし、娯楽として活用する場合は多様性がなくなってしまう。
……もしかしたら、さっきの連中が矢鱈と好戦的だったのは、その所為なのかもしれないな。
ほふく前進で進みながら、僕はそのような事を考えた。ただ、もちろん、好戦的な人間の人格ばかりがコピーされている訳じゃない。それに、好戦的な連中はバトルロイヤルで殺し合いをして減っていくだろうことを考えるのなら、いずれは協力的で平和主義者な人格のNPCが生き残るのじゃないだろうか? しばらく耐えれば、そういうNPCに巡り会える可能性は高いと思う。
“もうしばらくの辛抱だ。話の通じるNPCを見つけたら、仲間にして一緒に街を探そう。その仲間に人間のプレイヤーを見つける手伝いをしてもらうんだ。そうすれば、随分と安全になるはずだ……”
しばらく進んでいくと、水の流れる音が聞こえて来た。小川か泉だろうか? 体力を回復する効果があるかもしれない。まだ体力は半分も回復していない。依然ピンチなのだ。回復できるのであればとても助かる。
僕は音の方に這っていき、繁みを抜けた。そしてそこで固まってしまった。
そこに、NPCがいたからだ。しかも目が合った。小川の畔で岩の上に腰を下ろしている。
一瞬、妖精か何かだと思ったが、NPCの文字が頭の上に浮かんでいるから違うだろう。女性の造形のキャラクターで、姿形から想像するにヒーラーに思えた。さっき交戦した魔法剣士の男の造形は能面のようで明らかに手が抜かれていたが、目の前の女性ヒーラーはそれなりに可愛く創作されていた。
“ま、多分、女キャラだからだろう。この辺りは確りと需要が分かっている。グッジョブだ! ゲームの開発会社!”
……などと感想を頭の中で述べている場合ではない。もし、このヒーラーも攻撃的だったら大ピンチだ。僕の体力はまだ大幅に減っている状態なのだから。
僕は地面に這った態勢のまましばらく様子を見続けた。下手に動いたら、敵意があると誤解されかねないと思ったからだ。やがてヒーラーはゆっくりと立ち上がった。そして僕の方に向って歩いて来る。
もし攻撃をされたら、地面に這った態勢のままでは防ぎ切れない。どうしよう? と僕は悩んだ。すると、驚いた事に彼女はそんな僕に向けて微笑みかけて来たのだった。
NPCなのに、表情まで作り込まれている事に僕はまずは驚き、その後の彼女の行動に更に驚いた。
回復魔法で僕の体力を回復させてくれたからだ。半分以下だった僕の体力が完全回復する。
それで察した。さっきの微笑みは、僕を安心させる為のものだったのだ。彼女から僕は怯えているように見えていたのだろう。プレイヤー同士のコミュニケーション手段として、このゲームでは表情が用意されているのかもしれない。
彼女は倒れている僕の背中辺りをもむような仕草でマッサージしてくれた。ゲーム的には意味がないけど嬉しかった。ゴーストをプレイヤーに採用しているからこそのリアリティだろう。
僕は彼女は敵ではないと判断すると、立ち上がって「ありがとうございました」とお礼を言った。
「どういたしまして」と彼女は返して来る。良かった。会話が成立する。しかも、明らかに協調行動を執るタイプだ。
彼女の声は人工音声だったが、ボーカロイドやトークロイドに慣れ親しんだ世代としてはあまり違和感は覚えなかった。
「さっき、いきなり変な連中に襲われまして。体力が減って危ないところだったんです。助かりました」
彼女はそれに頷くと「戦っている人がいたので、わたしも逃げて来たんです」と言った。
ゴーストには言語機能まではない。彼女が会話できているのは、もちろんAIが補佐しているからだろう。小説や記事を書くAIがいる点を考えるのなら驚くには当たらない。もっとも、彼女の意志は喋る内容に反映されいるはずだけど。
「僕は街を探しているんです。良かったら、一緒に街を目指しませんか? 実は独りで心細かったんです。協力し合った方が何かと便利ですし。他になにかやりたい事があるのなら無理強いはしませんが」
彼女は首を左右に振ると、
「実はそもそも何をすれば良いのかも分からなかったのです。あなたに目的の場所があるというのなら、是非ともご一緒させて欲しいです」
などと返して来た。
それで思わず僕は「こういうゲームは初めてですか?」と尋ねてしまった。一瞬、相手がゴーストだと忘れてしまっていたのだ。すると彼女は「ゲーム?」と言って首を傾げた。
ゴーストだから、元人格の記憶の大半を失っている。当然、ゲームと言われても分かるはずがない。
「いえ、すいません。こういう世界を体験するのは初めてか?ってことです」
と僕が言い直すと、まだ不思議そうにしてはいたけど、彼女は「はい。初めてです」と返して来た。
「あなたは初めてではないのですか?」
「はい。何度もあります」
自慢じゃないが、こういう類のゲームはかなりの数をこなして来た。無課金で頭を使ってある程度強くなる能力には自信がある。
「それは心強いです」
そう言って彼女は微笑んだ。その笑顔を見て、僕はなんだか温かい気持ちになってしまった。
……いけない。相手はゴーストで人間ではないっていうのに。元人格だって女性であるとは限らないのだし。
そう僕は反省したのだけど、それと同時に“NPCをゴーストが操作するってゲームシステムは正解だったかもしれないな”なんて思ったりもしたのだった。なかなか、けっこう、“来る”ものがある。やるな、ゲームの開発会社。




