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僕はNPCじゃない

 ――放課後、友達と一緒に街を歩ている時の事だった。僕は突然体勢を崩してつんのめり、そのまま勢いを殺し切れずに道路に飛び出してしまった。運悪く、そこにはトラックが迫って来ていて、「あれ? これ、死んだんじゃない?」と思った瞬間には僕は跳ね飛ばされ、意識は真っ暗になっていた。

 

 ごめんなさい。トラックの運転手さん……

 

 律儀にそんな事を思ったのを覚えている。

 目が覚めると、僕はゲームの中の世界にいた。何故目が覚めたなりそう思ったのかと言えば、かなりリアリティがあったとはいえ、辺りの風景が明らかにゲームの中で用いられる3Dグラフィックのそれだったからだ。

 そこは何処かの森の中であるらしく、澄んだ水の小川が流れ、小鳥が舞い、空はとても青かった。

 美しい世界だ。まぁ、全ては偽物だけど。

 僕は試しに近くに生えている草を摘まんでみようとした。ところが、謎の空間に阻まれて掴めないのだった。

 オッケー。分かる。ゲームの世界だから、触れるという設定になっていない物体には触れる事ができないのだ。どう考えても乗り越えられそうな壁や岩の上に乗れなかったり、純粋に背景としてだけ作られている街の先には進めなかったりするのと同じだ。

 「なるほどなぁ……」と、僕は思った。トラックに轢かれて死ぬと、ゲームの世界に転生するという都市伝説は本当だったのか……

 と、僕は強引に自らを納得させようとした。……のだけど無理だった。

 「いやいやいや! 絶対にないから!」

 頭を激しく振る。ただ、頭には何の衝撃もない。その違和感でちょっとだけ気分が悪くなった。

 それから僕はこれが夢である可能性を疑った。実は転んでトラックに衝突する前、僕は藪沢って友達とゲームの話をしていたのだ。僕らは二人とも“グレートブルー”という基本無料のオンラインゲームに嵌っていて、無課金でどれくらいまで強くなれるのかを互いに競い合っている。

 二人とも学生だから単純に金がないってのもあるのだけど、“工夫して無課金で強くなる”というのが楽しかったのだ。運営にとってはあまり良い客ではないだろう。

 

 「へへーん。僕はもうダークドラゴンを倒したぜ!」

 

 トラックに轢かれる前、僕は藪沢にそう自慢していた。ダークドラゴンというのは、無課金でクリア可能なシナリオの最終ボスで、無課金の場合はかなり頭を使って戦略を考えてそれに合わせたキャラクター育成をしなくちゃならない。難易度は高いはずだ。実際、藪沢はまだ中ボスを撃破したところだった。だからこそ僕は良い気になって奴に自慢していた訳だけど。

 「そろそろ“グレートブルー”は、止めようかと思っているよ。無課金だと限界ってところまでは楽しんだ気がするし」

 僕は優越感たっぷりに藪沢にそう言った。

 「気が早いんじゃないか? 大幅アップデートが入るかもしれないだろう?」

 などと藪沢は僕に反論して来たが、本心ではただ単に僕に負けたのが悔しかっただけだろう。僕は勝ち誇った気分でいっぱいだった。

 「いや、もういいよ。飽きたから。ほら、“テック・ファンタジー”ってオンラインゲームが今度出るだろう? 次はあれをやってみようと思っている」

 「テック・ファンタジー?」

 「NPCにコピー人格“ゴースト”を使う斬新さを売りにしているやつだよ」

 「ケッ」とそれに藪沢。

 「そういう変わった事をやろうとするゲームってのは大抵失敗するんだよ」

 「負け惜しみ言うなよ~」

 

 ……きっと、僕らのこんな感じの会話を聞いて「高がゲームで何を熱くなっているんだよ?」というような疑問を口にする人達もいるだろう。けれど、それは少々時代遅れの考えだ。特にオンラインを通じて他のユーザーとの交流が可能なゲームにおいてこれは顕著なのだけど、ゲームが巧かったり、ゲーム上での地位が高かったりする事は、既に社会的ステータスの一つとなっているのだ。

 メジャーなタイトルで上位に入れば尊敬されるし、異性にモテたりもするし、何なら仕事で役に立つケースすらもある。外交官が、人脈を広げる為にオンラインゲームをやっていたなんて事が実際にあったのだそうだ。

 最近では現実社会の活動よりも、オンラインゲームの活動を中心にする人までいて、そういう人達は“異世界人”などと呼ばれていたりもするらしい。オンラインゲームの世界で成果を出す為に仕事をしてお金を稼ぐ。もっとも完全にオンラインゲーム中心の生活になっている人は流石に稀らしいけど。

 僕は、“異世界人”になりたいとまでは思わないけど、それでも社会に出てからもオンラインゲームはやろうと思っている。できれば仕事で活かせる感じで。ゲームの世界で有名になってコネを作り、それを仕事に活かすというのも面白そうだ。

 ……いや、実を言えば、ただ単にそう言い訳をすれば、ゲームをし続ける良い口実になると思っているだけなのかもしれないけど。

 僕が“グレートブルー”というゲームを止めようとしている理由の一つには実はそれもあった。“グレートブルー”はそれなりに面白いゲームではあったけれど、そこまでメジャーではないから、上位に入ってもあまり尊敬されそうにはなかったし、コネ作りの役にも立ちそうにない。だから僕は“グレートブルー”に見切りをつけて、今度は“テック・ファンタジー”をやってみようとしているのだ。

 ゲーム内で高い地位を狙うのなら、スタートダッシュは重要だ。既に数多の強豪がプレイしているゲームに挑むのは出遅れ感が否めない。レベルも低いし装備も弱い。その点、皆が同じ条件で始まる新しいゲームならば、充分に勝負になる。“テック・ファンタジー”は人気が出そうだし面白そうだ。僕は色々と調べて、コストをかけるだけの価値がある作品だと判断したのだ。

 

 「――うん?」

 

 “テック・ファンタジー”について考えていて僕はふと気が付いた。

 「あれ? この風景って“テック・ファンタジー”のデモ画面で見なかったっけ?」

 森の中の風景なんて、大体どのゲームでも同じだけど、遠くに見える山の形には見覚えがあったのだ。

 僕は“テック・ファンタジー”の事前登録を済ませている。フルダイブ機能も実装していると聞いているから、或いは僕はいつの間にかに“テック・ファンタジー”をプレイし始めてしまったのかもしれない。ただ、記憶ではサービス開始はまだ五日ほど先だったはずだし、それにチュートリアルもオープン特別サービスのガチャも何もないってのはちょっとおかしい。

 その内に僕は視界の隅にネジのような妙なアイコンを見つけた。背景に色が似ているお陰で気が付いてなかったのだ。手で触れようと意識を集中すると、触る前に自然にウィンドウがオープンした。所謂ステータス画面ってやつだった。僕自身の様々な能力値が確認できる。

 僕のタイプは“アタッカー”となっていた。近接戦闘向きって事だろう。比較的動き易そうな装備で、一応、安っぽいデザインではあったけど剣を装備しているから、そうじゃないかとは思っていたのだけど。レベルは当然まだ1で、その他のステータスが高いのか低いのかは比較対象がないから分からなかった。ただ、まぁ、ゲームを始めて間もないのだから高くはないのだろう。

 それから僕はプレイヤーネームを見てみた。“ハタケ”と、事前登録時に入力しておいた名前が表示されている(僕の名前は“畑一郎”というのだ)。オッケー。想定通りだ。やはりいつの間にかにゲームをプレイし始めてしまったのだと判断するのが妥当だろう。

 が、それから、名前の隣に書かれてある3文字のアルファベットを見て僕は愕然となってしまったのだった。

 「は? なんだ、こりゃ?」

 何故なら、そこにははっきりと“NPC”と書かれてあったからだ。

 NPC。ノン・プレイヤー・キャラクター。つまり、人間のプレイヤーが操作していないキャラクターという意味だ。僕は何かの間違いじゃないかと思って猛然とその文字を擦った。そんな事をしてもNPCの文字はまったく消えなかった。当たり前だけど。僕は涙目になってしまった。

 

 いやいやいやいやいや……

 

 絶対に何かの間違いだ。

 僕は人間で、AIでも何でもないのだから。

 そこで思い出した。

 テック・ファンタジーでは、NPCにコピー人格“ゴースト”を用いる斬新なシステムを採用しているのだ。多分、ゲームシステムは僕を誤ってゴーストだと認識してしまっているのではないだろうか?

 これは恐らくはゲームのバグだろう。運営に問い合わせのメールを送ってやらなくちゃならない。

 そう思って問い合わせフォームを探したのだけど、どこにも見つからなかった。それでログアウトしてからサイトにアクセスして探そうと思ったのだけど、そもそもどうやればログアウトできるのかも分からなかった。

 “冗談じゃない! このままログアウトできなかったら、下手すれば身体が死んじゃうかもしれないぞ!”

 多分、ゲームの世界に入り込んで餓死なんて事例は世界初だろう。そんな不名誉な称号なんて絶対に手に入れたくはない。

 やけくそになって滅茶苦茶にウィンドウを弄ってみたりしたけど何も反応がない。多分、NPCにはアクセス制御か何かが組み込まれていて、システム設定に関わる機能は触れないようになっているのだろう。“ならば”と次に僕は大声で助けを求めてみた。

 「運営さーん! 僕は人間です! NPCだと間違って認識されてログアウトできなくなっちゃいました! 助けてくださーい!」

 しばらく待ってみた。が、やはり何も反応がない。コンピュータグラフィックスの美麗な森の中に虚しく声が反響しただけだった。

 それでもしつこく「助けてくださーい」と声を上げていると、鳥やげっ歯類が声に反応したのか単なる演出かは分からないけど顔を見せて来た。けど、何のイベントも発生しなかった。

 まずい…… 絶対にまずい。

 僕は項垂れてうずくまった。

 が、しばらくすると、僕は冷静になり始めた。

 考えみれば、まだ誰にも遭遇していないけど、これは複数プレイヤー参加型のアクションRPGなんだ。いつかは絶対に人間のプレイヤーに巡り会うはずだ。その誰かに事情を説明して助けてもらえば良いのじゃないだろうか?

 きっとNPCと認識された所為で、僕はこんな森の真ん中に放り込まれてしまっただけで、普通の他のプレイヤーは街の中とかからゲームが始まっているのだろう。街を目指して歩いて行けば、きっと人間のプレイヤーと会えるはずだ。

 現実世界で森の中なら遭難してしまうかもしれないが、ここはゲーム世界だからそこまで広くはないはずだ。遭難するほど広かったらゲームが成り立たない。

 「よし!」

 と、僕は気合いを入れると、剣を握って歩き始めた。誰かに助けを求めるにしてもお礼の品が何か必要だろう。道中でモンスターを倒して戦利品を獲得しておいた方が良い。とんでもない状況だけど、どうせならゲームを楽しんでやろう。そう僕は思ったのだ。

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