Mission 2. 迷子のケモミミ少女を保護するべし その1
バトルエンジニアという、罠や飛び道具や爆弾などを作って戦う、戦う技術屋を生業にする男、ジェルンは、とある町の領主からの依頼により、コボルドが大量発生したダンジョンの制圧の仕事に取りかかることに。
結局、町の安全を迅速に確保するため、丸ごと焼き払う方策をとらざるを得ず、ダンジョンの下層エリアに封じ込めて焼き払って処置したジェルン。
しかし、その処置により、ダンジョンは当分の間探索不能になり、冒険者たちの怒りの的になってしまい、彼は早々にその町から撤収することになってしまう。
主人公:ジェルン
バトルエンジニアという、その辺にあるもので何でも武器にして戦える戦闘のエキスパート
直接的に戦うと言うよりも罠や飛び道具や爆弾などを作って戦う
他、薬などを使った回復にも長けている、戦う技術屋さん
ダンジョン踏破には欠かせない職業
ただ、時には大量破壊を伴う仕事も多々こなすこともあり、町の人からは怖れられていて、あまり町での居心地はよくないらしい……
俺はミランダの忠告もあり、人目を避けるように町中を抜け、町の東にある森の中に続く細い道を進んでいった。
俺の暮らしている家はこの道をずっと進んで行った先、森のさらに奥にある大きな山の中腹に少しばかりある平坦な場所にぽつんとある。
町中からは歩いて一昼夜ほど、森を抜けてやや険しい曲がりくねった坂道を登って、ようやくそこにたどり着く……それくらいの距離感だ。
そんな道を夜通しかけて歩き通し、朝方、日が少し昇った頃、目の前が一気に開ける。
そこは山の中腹に少しだけ台地のように広がった、この辺りまで来ると数少ない貴重な平坦部だ。
そんな小さな平坦部の片隅に、一軒だけぽつんと佇む小さな家と、その傍らに物置小屋と馬小屋があるだけの小さな家。
これが、俺の家だ。
さて、夜通し歩いてきたこともあって、もうかなりクタクタだ。
さっさと荷物を片付けて、眠ることにしよう……。
そう思って、荷物をしまおうと物置小屋に近付くと。
……あれ?
物置小屋の扉が……開いてる……。
まあ、こんなところに誰も来るはずないので、特に物置には鍵をかけるとかはしていないんだが……。
動物でも迷い込んだか……?
そう思って慎重に、静かに音を立てないように近付いて、中をそっと覗いてみると。
………………。
そこに、人がいた。
人というか……女の子。
それが、窮屈に丸まるようにして、眠っていた。
少し大柄だけど、まだ顔に幼さの残る……少女という方が正しい感じ。
しかも……どうやらこの辺にはいない種族の子だ。
特徴的なふさふさした耳としっぽがある。
この辺りではこういう感じの種族はほとんど見ない。
極まれに、ギルドや酒場辺りであちこちを放浪している冒険者の中に見かけることがあるくらいだ。
どうしてそんな種族の、こんな子供といってもいいくらいの少女が、滅多に人も寄りつかないこんな山奥のこんな家に忍び込んでいるのか?
まあ、危険はなさそうだし、とりあえず起こすか。
見るからに寒そうだ。
今はまだ暖かい季節だが、朝晩はそれなりに冷え込むし。
トントン。
軽く肩を叩いて、彼女を起こす。
「起きろ。そんなところで寝ていたら、風邪を引くぞ」
そう声をかけると、彼女は重たい瞼をゆっくりと持ち上げて、ぼんやりと俺を見る。
ややあって、ようやく焦点が合ったのか、慌てて飛び起きて後ろの壁際に後ずさる。
『あ……あなたは、誰……です……か……?』
びくついた声で、彼女はそう言った。
その言葉はこの国の言葉ではなかったが、俺には覚えがあった。
学生の頃に学んだ言語の一つで、一度、はるか遠い南の果ての国にまで仕事で行った時に、現地で使われていた言葉だ。
『俺は、この家の家主だ。とりあえず、ここで寝ていたら風邪を引く。こっちへ来なさい』
彼女の国の言葉で、そう声をかける。
すると、彼女は頷いて、ゆっくりと立ち上がる。
俺は物置に置いておく荷物を手早く片付けてしまうと、物置の扉を閉め、彼女を連れて母屋の玄関へ移動する。
鍵を回して、扉を開けて。
『さ、入りなさい』
そう言って促すと、彼女は静かに家の中に入ってくる。
『お邪魔します……』
『とりあえず、暖かいものを用意しよう。そこに座って待っていなさい』
少女をソファーに座らせて、俺は手早く暖かいお茶を用意する。
木彫りのマグカップにいれたお茶を彼女に渡すと、彼女は少しフウフウと息を吹きかけて表面を冷ましながらゆっくりとお茶を飲む。
『すまんな。そんなものしかなくてな』
こんなところに足を運ぶ客なんて滅多にいないから、自分用の粗末な野草を乾燥させたお茶もどきみたいなものしか置いていなかった。
まさかこんな可愛らしい来訪者が来ると分かっていたら、それなりにちゃんとしたものを用意していたんだろうが。
『この味……知ってます。スピリム草のお茶ですよね。わたしの暮らしているところの近くでも簡単に手に入るので、普通に飲まれてます。この近くでもあちこちに生えているのを見ました』
『ほう……そうなのか』
今、少し思い出した。
そう言えば、彼女の話す言語が通用する遙か南の果ての国は、わりとこの辺と気候が似通っている。
同じような草が生えていてもおかしくはない。
平地であれば、向こうの方がこちらよりも少しばかり寒いかもしれないが、ここのような山の中だと、本当に同じような感じかもしれない。
『しかし……私の記憶が確かなら、君の話すその言葉は、サウスアリア方面の言葉だよな?』
俺は具体的な地名を挙げて、彼女のルーツを尋ねる。
『はい、そうです……。わたしの村からいちばん近くの都会と言える都市がサウスアリアです』
俺の質問に、彼女は頷いた。
『そうすると、とても残念なことを知らせなければならないが……今、君がいるこの場所から君を故郷に帰すとなると、船で大海原を越えて行かなければならない、遠い土地だ』
『船……ですか? 船に乗って、どれくらいかかるのですか?』
彼女は俺に尋ねる。
『以前、一回だけサウスアリアに行ったことがあるが、その時はあちこちに寄港しながらだったが、丸2ヶ月たっぷりかかったな』
『そんなに……』
俺の答えを聞いて、彼女は一瞬気が遠くなったような顔をし、それから、青ざめる。
『どうしよう……』
どういうわけかこんなところに迷い込んできた張本人は途方に暮れるだろうが、行きがかり上迎え入れる羽目になったこっちの方も思わず天を仰いだ。
こんなの、悪い冗談だと思いたいよ。
なんでそんな遥か遠くに住んでるいたいけな少女が、こんなところに迷い込んでくるんだ。
『だいたい、どうしてサウスアリアに住んでるはずの君がこんなところに迷い込んでるんだ?』
彼女に詳しい事情を尋ねてみる。
まだ、ホントはこの近くに住んでいて、普通に迷子になっただけ……という展開を期待していたところもあったのだ。
こんな少女が嘘をついているとは思いたくはないのだけれど。
『実は……』
彼女はぽつりぽつりと事情を話し始める。
彼女は十代半ばの同種族の女子としては、あまり発育が良くない方だったようで、ぶっちゃけ、イジメの対象になってしまっていたらしい。
昨日も村のやんちゃな男の子を中心にイジメを受けていて、周りの女の子も口では「やめなよー」とか言いつつも、その様子を笑ってみていたそうで、全然止めてくれなくて。
やがてイジメがエスカレートしたのか、逃げる彼女を男の子たちが追いかけ回す展開になったようだ。
女の子の足で男の子たちから逃げ切れるわけもなく、彼らに捕まって小突かれ始めた彼女は、身に付けていたお守りの石を握りしめて、「助けて!」と念じたそうだ。
すると、突然眩い光が彼女の周囲を包み込み、その光が消えて周りが見えるようになった時、辺りの風景が全く違う、見覚えのない場所になっていたそうな。
そして、とにかくまず森を抜けようと森の中を歩き回って、ようやく夕方にこの家を見つけ、助けを求めようとしたけれど留守だったため、物置小屋の扉に鍵がかかっていなかったので、夜の間拝借していた……。
彼女の説明によれば、ざっくりとそんな感じの話だった。
『そのお守り、ちょっと見せてもらえるか?』
俺が彼女にそう求めると、彼女は首からかけていたお守りを外し、おずおずと俺に差し出した。
首にかける飾り紐に、金具で小石大の半透明な石がぶら下げられている。
これは……。
一目見て分かった。
これは、転移魔法の魔法石だ。
そうか……。
だいたい、起こった状況が飲み込めた。
そして、俺のささやかな希望的観測も打ち砕かれることとなった。
これは、結構とんでもないことになったぞ……。
『君は、これを握りしめて「助けて!」と念じたんだね? 他に何かその時思ったこととか、ある?』
改めてそこのところをもう少し細かく聞いてみる。
すると。
『もう、ただただ、その場から逃げたい一心で……こんな奴らの居ないところに行きたいって……』
……ある意味、本当に願い通りの場所に送り届けてくれたということか。
現実的にここからこの子、帰せないしなぁ……。
下手すれば今後一生逢うこともないかもしれない。
『そうか……』
大きく一つ溜息を吐く。
そして、俺は彼女に現実を告げなければならなかった。
『とても残念なことを知らせなければならない。今、ここから君を故郷に帰すのは、手立てとしてないわけではないが、現実的ではない』
まあ、まず、とにかくお金がかかる。
サウスアリアまでの旅費をこの子が持っているわけがない。
それに、たとえその旅費をこの子が持っていたとしても、こんな歳の少女一人で帰すわけにはいかない。
そんなことをすれば、盗賊や人攫いの格好のターゲットになるだけだ。
改めて現実を突き付けられた少女は、自分の置かれた状況を知り、顔面蒼白になる。
『ど……どうしよう……』
彼女も青くなっているが、俺もこれはさすがに考え込んでしまうな。
しかし……どうしようもこうしようも……なぁ……。
やっぱり、行きがかり上、俺が面倒見るしかないんだろうか?
それとも、孤児院に引き渡した方が良いのだろうか?
……いや、それは少し難しいかもしれない。
なにしろ、この子はこの辺で暮らしている人々の間にいない種族の子で、しかも、一目見て分かる特徴がありすぎる。
明らかに周りとは違う身体的特徴があるし、言葉もこちらの言葉が分からないと思われる。
彼女はそれでなくても故郷でいじめられていたせいで、こんな事になってしまった経緯を考えると、少なくとも当面は孤児院に引き渡すのは得策ではないだろう。
少なくとも、俺は彼女の話す言語を理解できる。
そうなると、やはり当面はここに置くのが自然な流れになるのだろうな。
ただ、問題は……ある。
『とりあえず……君はしばらく俺のところで預かるしかなさそうだが……少々、とは言えない問題がある』
そこで、ひとつ、咳払いをしてから。
『君はもうすぐこれから……というくらいの歳だろうから、まだあまりピンと来ないかもしれないが……年頃の女の子が男と一つ屋根の下で暮らす……ということは、やっぱりいろいろと問題も多い。それでも君は大丈夫か?』
彼女にそう確認してみると。
彼女は驚いたように目を見開いて。
『わたし……ここに置いていただけるんですか?』
逆にそう尋ねられた。
『当たり前だ。ここで君を放り出して、これから行くところもない女の子が、一人で生きていける訳がないだろう。さすがにそんな事は俺にはできない』
彼女にそう答えると、彼女は。
『あの……ありがとう……ございます……』
少し涙ぐみながら、俺に礼を言う少女。
『こんなおっさんと二人きりで暮らすのが嫌でなければ……な』
そう言うと。
『そんな……! 嫌だなんて! 置いていただけるだけでどれだけ感謝したらいいか……』
彼女は慌てて首をふるふると横に振った。
『そうか。それなら決まりだ。さて、一緒に暮らすとして……ああ、そうだ。まだ大事なことを一つ聞いてなかった。君の名前をまだ聞いていなかったな』
『ソフィーです……』
『ソフィーか。可愛い名前だな』
俺がそう言うと、彼女……ソフィーは、少しはにかんだような顔をする。
『じゃあ、ソフィー。これから一緒に暮らすわけだから、まずはソフィーの寝る場所を用意しないとな。さて……』
俺はどこに彼女の寝る場所を用意すべきか、家の中を見回す。
『あっあっ……そんなの、適当でいいですから……! その辺の床の上で大丈夫です!』
彼女は慌てて遠慮するが。
『ソフィーは女の子なんだから、そういうわけにはいかない。冒険者とかなら硬い地面の上で寝るのとかは慣れてるだろうがな……』
そう言いながら、家の中を見回しつつ、適当な場所がないか素早く探す。
この家はそもそも俺の一人暮らししか想定していないから、彼女に割り当ててやれる部屋もないし。
せめて、柔らかいクッションを広げて横になれるスペースだけでも用意しないと……。
そうだな……その辺の床に置いてる文献とか、ちょっと片付ければ、邪魔にならない場所に寝られそうだな。
俺が部屋の隅の方に積んだままになっていた本を集めて俺の寝室の方に運び込み始める。
すると、ソフィーも同じように本を集めて抱えて、俺の寝室の前に並べてくれる。
おかげで、流れ作業でササッと彼女の寝る場所が空いた。
そこに、余っていたクッション類を並べて、とりあえず差し当たってしばらく彼女が寝られる場所ができた。
とりあえず、差し当たって彼女が寝る場所を確保したところで、さすがに眠気が……。
さすがにちょっと限界かも。
とりあえず、この後まだまだ彼女のためにしておかなければならないことは山ほどあると思うが、そのことは一眠りした後にまた考えるとしよう。
『すまない。俺、昨夜は寝てないもんでな……そろそろ限界』
『えっ……それなのに……ここまでさせてしまって、すみません……』
ソフィーは恐縮しきり。
『いや、いいんだ。仕方がない。それより……しばらく起きてこないだろうから、お昼とかは適当に食べちゃってて。食料は……こっちにあるから』
ソフィーを連れてキッチンに入り、その奥の食料庫の中を見せる。
ひんやりと冷えた、しばらく入っていると正直かなり寒いくらいの食料庫の中に、肉から野菜から、だいたい一通り揃えてある。
『ソフィーは料理はできる?』
そう訊くと。
『はい。普段から結構やってました』
……との答え。
『じゃあ、適当になんでも作って食べちゃってて。火を使う時は、そこの竈の横に置いてある赤い魔法石を竈の中に置けばいい』
『置くだけ……ですか?』
『そう。そこに置くと、すぐに強く発熱してくれるから。普通くらいの火力はしばらく出る。煮物をやるとか、強い火力が欲しい時とかはホンモノの火を使うけど、ササッと料理をするくらいの時はこれで十分だ』
そう説明しながら、実際に魔法石を竈の中に置くと、赤い魔法石から炎のオーラが上がって、竈から熱気が上がり始める。
『すごい……とても便利ですね』
その様子を見ながら、ソフィーは目を輝かせて俺の説明に聞き入り、さらには興味深そうに竈の中の魔法石を覗き込んでいた。
『まあ、こんな感じで。使い終わったら竈から出すと、すぐにオーラが止まる』
トングで竈の中から魔法石を取り出すと、サッとオーラが止まる。
それを、元の魔法石を収めたバケツに戻す。
『こんな感じで使えばいい。使い方、大丈夫?』
『はい……大丈夫です』
ソフィーが頷く。
『じゃあ、俺はそっちで寝てるから。暇かもしれないけど……そうだな、外出てもいいけど、あまり遠くには行かないようにな。この家が見える範囲で』
『はい』
ソフィーがにっこりと頷いた。
『じゃあ、俺はしばらく寝させてもらうな。おやすみ』
『おやすみなさい』
俺は一旦部屋に入って、ベッドの上に倒れ込むと、そのまま電池が切れてしまったように眠ってしまった。