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Missison 9.冬の終わりの訪問者

バトルエンジニアという、罠や飛び道具や爆弾などを作って戦う、戦う技術屋を生業にする男、ジェルンは、時として大量破壊を伴う仕事も多々こなすことから、冒険者や町の人から怖れられ、敬遠されているため、遠く離れた山の中に住んでいる。

そんな彼は、またひとつ大きな仕事をこなして戻ってきたとき、家の前の小屋に迷い込んで眠り込んでいたケモミミ少女・ソフィーを見つける……。

ソフィーを保護し、二人での生活が始まると、ソフィーはジェルンにどんどん懐いていって、彼女はジェルンへの恋慕を隠さなくなる。

可愛らしい少女の好意をむき出しにしたアタックに、徐々にジェルンもグラついていき……。

そして、ジェルンはついにソフィーを妻にすることにしたのだった。

ソフィーを妻に迎えたことで、家庭を持つことになったジェルンは、ソフィーと夫婦二人での冬ごもりを見据えた住環境の整備のため、自宅を大きく改築。

近くに温泉もあったので、ついでにそこからお湯を引いた外風呂も完備し、すっかり二人の癒やしと憩いの場に。

こうして、冬を迎える準備を整えたジェルン。

ソフィーと二人で迎える初めての山の中での厳しい冬がやって来る。

そして、冬が終わりに差し掛かった頃、ソフィーの妊娠が発覚する。



主人公:ジェルン

バトルエンジニアという、その辺にあるもので何でも武器にして戦える戦闘のエキスパート

直接的に戦うと言うよりも罠や飛び道具や爆弾などを作って戦う

他、薬などを使った回復にも長けている、戦う技術屋さん

ダンジョン踏破には欠かせない職業

ただ、時には大量破壊を伴う仕事も多々こなすこともあり、町の人からは怖れられていて、あまり町での居心地はよくないらしい……



ソフィー

主人公の暮らす山の中に迷い込んでしまった獣人族の女の子

種族の中では発育が良くないらしく、きょうだいからもイジメに遭って、逃げ出したら気が付いたら知らない場所に出てしまっていたらしい

さまよった挙げ句、主人公の小さな家に迷い込んでいたところをジェルンに見つかり、拾われた。

以降、こちらの土地の言葉が分からないソフィーに言葉から山での生活に必要なことまで、優しく教え、保護してくれたジェルンに好意を抱くようになる。

町に出た時、変な噂の出ないようにと、ジェルンは建前上彼女を妻……ということにしていたのだが、その結果、逆にジェルンもソフィーを妙に意識し始めることに。

そして、二人は自然と一緒になることに……。


 さて、ソフィーが俺の子を身ごもったのは、冬の初めのタイミング。

 結果的な話ではあるが、ソフィーの初めての懐妊がこの時期だったのは良かったかもしれない。

 季節の良い時期なら、月に一度くらいの割合で、仕事や買い出しの用事で町に出ることもあるのだが、あれは乗り心地が良いとはお世辞にも言えない馬車に揺られて丸一日かかる行程だ。

 安定期に入った後ならまだ良いだろうが、その前に身重な妊婦を連れて出かけるにはリスクが高すぎる。

 一人で家に置いておくのも、それはそれで心配だし。

 だから、結果的には時期としては良かったかもしれない。

 雪はそこまで深くはないから、完全に外界と隔絶されるとまではいかないものの、外の寒さは結構厳しく、遠くに出かけるには結構重装備の防寒が必要で。

 そういうわけで、嫌でも家に引きこもりっきりでおとなしくしている毎日になるわけだが、初めての子を身ごもったソフィーに付きっきりでいられるので、今年に関しては決して悪いことじゃない。

 余計な行動をしなくていい分、事故の危険も少ないし。

 外が好きなソフィーとしては、少しだけ退屈なところがあるようだけど。

 冬に入る前に広くて暖かいお風呂場が完成したので、一緒におふろに入る時間が良い感じに開放的な気分転換になっているみたいだ。

 板囲いと屋根の隙間から周囲の山の頂近くの景色が見えるし、天気が穏やかな日は、入浴以外にも彼女は時々お風呂場に行って、板囲いと屋根の隙間から見える景色を楽しみながら、外の空気を吸いに行ったりしている。

 温泉が常に注がれている浴槽が熱源としてあるから、囲いと屋根を作ったおかげで、風が吹き荒れるとかでもしてなければ、それなりに暖かい空間になっているので、ここだけは気軽に外の空気に触れることができる場所になっていたりする。

 作った時はそこまであんまり考えてなかったけどな。

 そんなわけで、今日も。

 書斎の自分の机で、仕事で依頼が来ていた機材の設計図の図面を引くのに集中していた俺。

 ふと、顔を上げると、ソフィーの姿が消えている。

 普段、俺が仕事中の時は、同じ部屋にある彼女専用の席で、俺が頼んだ作業をしてもらったり、作業がない時は編み物をしていたりしているのだけれど、時折姿が消えていることがある。

 そういう時は大抵……。

 そう思って、俺は浴室へ向かった。

 ちょっと頼むこともできたしな。

 浴室の扉を開けると、ソフィーはやっぱりそこにいた。

 太陽の傾きの加減で、外から日光が差し込んでいて、調度今は浴室内は一応外の扱いではあるが、結構暖かい空間になっていた。

「今日はだいぶここ、暖かいな」

 そう声をかけると、板壁と屋根の隙間から見える外を眺めていたソフィーは、こちらを振り返る。

「ジェルン」

「これならここはかなり快適だな。ソフィーがここによく足を運ぶのも分かる気がするよ」

「ごめんなさい、急にいなくなったりして……」

「いいさ。すっかりここ、気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」

 少し申し訳なさそうな顔をするソフィーの頭を軽く撫でる。

「あのね、ジェルン。ここに来るとね、おなかの子がすごい元気に動くんだよ。なんか、この子もこの場所が好きみたい……あっ、また蹴った」

 そう言って、ソフィーは少しだけ大きくなったおなかを軽くさするような仕草をする。

「どれどれ」

 俺も彼女の傍らに近寄って、スッと手を彼女の服の中に差し入れて、直接おなかを触ってみる。

 おなかの中で、時折もぞもぞと動くような感触があって……あ、今、ぽこんって……。

 視線を上げると、ソフィーと目が合って、思わずお互いに笑みが。

「今、蹴ったね」

「うん。ここに来ると、ホントに元気に運動するのよ」

「そうか。元気そうで良かった」

 おなかの子は、すくすくと元気に育ってくれているようだ。

 経過としては順調と言えそうで、安堵の息をほっと吐く。

 すると、ちょっとにやにや顔のソフィーが。

「ね、ジェルン」

「ん?」

「赤ちゃんにこじつけて、思いっきり触ってるね」

 からかうようにそんなことを言う。

 言われてハッと気付いたが、そういや俺、ソフィーのおなかのところに服の裾から手を突っ込んで、思いっきりベタベタ触りまくってたわ。

 まあ、いつものことではあるけどな。

「まあ、つい、いつもの調子でな……」

「もう、えっち」

「からかうなよ。だいたい、いつもやってることじゃねーか」

「まあねー」

 そう言って、彼女はくすくす笑う。

「やっぱり、嫌だったりするか?」

 そう尋ねてみると。

「嫌だったらつねってポイするわよ」

 くすくす笑ったまま、そう答える。

「だったらいちいち言わなくてもいいじゃないか」

 そうちょっと抗議してみるが。

「そんな感じにむくれるジェルンがかわいいのよ」

 完全に遊ばれていた……。

「まあ、からかうのは好きにすれば良いけど……あんまり挑発するようなこと言うと、俺、スイッチは言っちまうかもしれねーぞ?」

 そう言って、俺はおなかに差し入れた手をそのままスルッとスカートの中へと伸ばす。

「あっ……だめ……」

 慌てて彼女は俺のその手を掴んで止める。

 もちろん、力づくなら止めきれるわけもないが。

「まだ、そういうことは……お医者様にも止められてるし……」

 もちろん、俺だってそのことは承知の上だ。

 そういうことは、きちんと安定期に入ったと診断が下りるまで、控えるようにと釘を刺されている。

 とはいえ、からかわれっぱなしも癪じゃないか。

「まあ、分かってはいるが……ちょっとくらいなら、いいだろう?」

 わざと誘ってみる。

 ところが。

「ダメ、ジェルン……わたしまでその気になっちゃったら……もう止まらなくなっちゃうから……」

 ソフィーは半泣きになって、そんなことを言い出す。

 あまりにナチュラルなその反応は、逆に反則過ぎる。

 可愛くて仕方なくなると同時に、俺にブレーキをかけるには十分だった。

「わたしだって……ジェルンにそういうこと、されたいよ……でも、今は、このおなかの中に居るジェルンの大事な宝物を、守らなくちゃいけないの……だから……」

 そう言って、べそをかかれたら、俺はずきゅんとハートを撃ち抜かれ、同時に頭をガツンとハンマーで殴られたような感じで変な悪戯心は霧散する。

 そうなってしまうと。

「すまん、悪かった。ちょっと悪ノリしすぎた……」

 これはもう、謝るしかない。

「ホントだよ……わたしだって、ジェルンにいっぱい抱きしめて欲しいけど……わたしまで今、スイッチが入っちゃったらって考えたら、やっぱり怖いから……」

 ソフィーに半泣きで睨め付けられると、さすがに弱い。

「悪かった悪かった……」

「あのね、ジェルンがすごく、そういうことしたい気持ち、分かってるから……。お医者様のお許しが出たら、してもいい範囲でわたし、がんばるから……」

 ソフィーのその気持ちだけで、結構十分だったりする。

 確かに、安定期に入ったからといって、あまり無理をさせるのも良くないからな。

「ああ、期待してる。だが、無理は禁物だからな」

「うん、わかってる……」

「今は、その気持ちだけで充分だからな」

 ソフィーは何度も頷き返す。

 そんな彼女の頭をしばらく撫でていると、ようやくソフィーが落ち着きを取り戻してくる。

「落ち着いたか? ソフィー」

「うん……だいじょうぶ……」

 彼女は俺の言葉に頷くと、そっとさりげなく身体を寄せてくっつけてくる。

「あのね、ジェルン……」

「ん?」

「わたしね、早くまたジェルンに抱かれたいよ……。おなかの赤ちゃんも大事だけど、ジェルンにいつだって可愛がられたいのは変わらないもの」

「そうか……」

 思いの丈を吐き出すかのようなソフィーの懸命な想いのこもった言葉。

 そして、俺の胸元に頬を擦り付ける仕草に、ちょっとグッときてしまう。

「正直、ソフィーのことはなし崩し的に嫁にしちまったところは大いにあるからな……。もちろん、今まで一緒に暮らしていて、好意そのものは感じていたが……そこまで愛されてたというのは自信が持てなかった。そこまで思ってもらえていたのは、正直嬉しい」

 そう言うと、ソフィーはくすくすと笑う。

「何を言っているの。わたしはずっと、ジェルンのことが大好きよ。きっと、出会ってすぐの頃から、ジェルンに恋してたと思う」

 そう言って、もう一度、俺の胸元に顔をすり寄せる。

「そうか」

 俺もまた、彼女の頭を撫でてやると、心地良さそうにうっとりと目を閉じる。

 そんな仕草がまた可愛くて仕方なくて、またちょっと悪い心頭をもたげかけるが、そこはグッとこらえる。

「あ、そうだ」

 落ち着いたソフィーは、もういつものソフィーに戻っていた。

 彼女は何かを思い出したかのように、顔を上げる。

「ん? どうした?」

「すっかりわたしから話しちゃって、ジェルンがなんでここに来たのか聞いてなかった気がする……。たぶん、わたしに用があったんじゃない?」

 ああ、そういえばそうだったっけ。

「そうだな。ちょっと頼みたいことがあったんだが」

 そう答えると。

「そっか。じゃあ、部屋に戻りましょうか」

 ソフィーはそう言って頷く。

「もういいのか?」

 すっかりここで外の空気と景色を満喫していたのを邪魔した形だったし、用と言っても急ぎではなかったから、もうちょっとゆっくりしていっても別に構わなかったので、そう尋ねると、ソフィーは。

「うん。もう充分リフレッシュできたし。ジェルンのお仕事のお手伝いなら、いくらでもしたいもん」

 そう言って、俺の手を引いて、家の中へと向かうソフィー。

「そうか、じゃあ、お言葉に甘えて、さっそくお願いするとしようか」

 俺が頷くと、ソフィーは嬉しそうに笑って。

「うんっ」

 にこにこと頷いたのだった。




 そんなこともありつつ、冬ごもりの日々を過ごした俺とソフィー。

 去年まではずっと一人きりで、長く感じた冬ごもりの日々だったが、ソフィーが側にいるこの年は、いつになく早く過ぎたように感じた。

 それだけ、二人きりで過ごす濃密な時間が楽しくて仕方なかったということなのだろう。

 ソフィー自身、こんな雪景色の山の中で一冬を越すのは初めてだったようで、表情豊かに驚き、笑い、日々の生活で起こる出来事の一つ一つを楽しむ姿を見ていると、こちらもまったく退屈しない。

 そのおかげだな。

 今年の冬はあっという間に過ぎてしまった感じがする。

 気が付けば、寒さの盛りの時期は過ぎ去って、雪の隙間から春の草の新芽が顔を覗かせ始める頃になっていた。

 すぐ側に温泉の湯を引いた風呂場があるうちの庭は、その構造故か、少し地面も周囲より暖かくなっているようで、ところどころ、雪が溶けて地表面が他のところよりも少し早く顔を覗かせている。

 春はもう近い。

 そろそろ、今年も庭の畑の準備を始める頃合いだ。




「ジェルン。少し休憩しない?」

 俺が朝から春の種まきに備えて雪化粧も薄くなった庭を耕し直していると、不意にソフィーから声がかかる。

 その手にはお茶と焼き菓子の用意を整えたトレイを携えていた。

「ソフィー。片付けは終わったのか?」

「うん。だいたい終わったよ。時間も結構経ってるから、そろそろちょっと疲れてきてないかなと思って」

 ソフィーは自分の仕事が片付いて、朝から畑を耕している俺に気を遣ってくれたのだろう。

 軒先に置いてある机に用意したお茶とお菓子のトレイを置くと、彼女は桶に水を汲んできてくれる。

「はい、これで手を洗ってね」

 近くの川から水を引いて、水汲みの手間が要らないので、こういう時に便利だ。

「おお、ありがとうな」

 俺が手を洗っている間に、ソフィーはお茶をカップに注いでくれる。

 二人きりのお茶会の準備がすっかり整った。

「はい、どうぞ」

 手を洗い終わった俺の立つ側に、カップと焼き菓子の載ったお皿を出してくれる。

「ありがとう」

 彼女が出してくれたお茶を口にする。

 空気はまだやや冷たい中だが、朝からだいぶ陽も高くなってきた今まで作業していると、結構喉が渇いていたようで、だいぶ生き返る感じがする。

 小腹も空いていたので、甘い焼き菓子もタイムリーである。

「うん、美味しい」

「そう? 良かった」

 この焼き菓子もソフィーの手作りだ。

 だいたい週に一度くらいの割で、こういうお茶菓子をいろいろ彼女は作ってくれている。

 元々結構こういう事には興味があったみたいで、二人暮らしを始めて半年足らず、今ではすっかりお菓子作りもお手の物だ。

 今日のもその例に違わず、とても美味しかった。

 それを伝えると、ソフィーもとても嬉しそうに笑顔になった。

 彼女が作ってくれるものはいつも楽しみだ。

 もちろん、この後、今日のお昼や夕飯も楽しみではあるのだが。

「ふう、生き返った。これで、お昼までもうちょい、頑張れそうだ」

「そっか。お昼も腕によりをかけちゃうから、期待してて」

「ああ。期待してる」

「じゃ、すぐに準備始めなきゃ。ジェルンも頑張ってね!」

 キラッキラの笑顔で、飲み終わったお茶を片付けて家の中に戻っていくソフィーだった。

 なんか、その笑顔だけで癒やされる。

 俺まで元気いっぱいになっちまった。

 よし、お昼までまたしばらく頑張るか。




 そんな感じで庭を耕して、2日もあれば庭の畑のスペースは全部耕しきることができて。

 あとは、頃合いを見計らって、作物の種を蒔くだけだ。

 まあ、まだ多少雪も降るので、毎日多少手入れが必要になるが。

 寒さも少しは緩んできた頃合いなので、そろそろあれを頼んでおかなければ。

 そういうことで、町に向けて伝書鳩を飛ばす。

 ぶっちゃけ言うと、お医者さんを呼んだのだ。

 冬の間は診察を受けられなかったので、時期的にもそろそろ安定期に入っているはずなので、その辺の診断もしてもらおうということだ。

 伝書鳩は夕方にも戻ってきて、返事を持ち帰ってきた。

 1週間後に来てくれるとのこと。

 そして、診察日。

 町から丸一日かけて先生が到着し、さっそくソフィーの身体を診てもらう。

 おなかの音を聴診器で聞いた先生は破顔して一言。

「うん、順調なようですね」

 その後、もう少し詳しく診察した後。

「いやぁ……とても元気に育っているようですねぇ。おなかの中でとても元気に動いていますし。極めて順調と言って良いでしょう」

 そう太鼓判を押してくれる。

「じゃあ、もう安定期には……」

「ええ、完全に入っていますね。あとはもう、無事に生まれてくるのを待つばかりですね」

「そうですか。良かった」

 実際のところ、かなり順調そうなのはおなかの子供が元気よく母親のおなかを蹴ったりしている様子を体感しているのでなんとなく分かってはいるのだが、きちんと先生の診断が下りるとやっぱり安心する。

「先生、ありがとうございました」

「いやいや。おなかの子が元気そうで何よりです」

「はい、診ていただいてホッとしました。さ、今夜は妻の手料理と温泉でおもてなししますよ」

「そうそう、ラファエル君からここにはいい温泉があると聞いていて、楽しみにしていたんだよ」

「ええ、是非お楽しみください」

 冬に入りかけの頃、ソフィーの妊娠の診断をもらった時に来てもらった時は、かなり緊急で呼んだので、すぐに先生は町へ帰っていったのだが、今回は十分時間的な余裕をもって来てもらったので、この前の分も含めておもてなししようと思っている。

 どうやら、先生もラファエルから話は聞いていたようで、ずいぶんと楽しみにしていたみたいだ。

「せっかくだから、ちょっと温泉の様子を見てみますか?」

「おお、是非見せてもらえると嬉しいですね」

「では、こちらへ」

 キッチンで夕食の準備にかかっているソフィーに、ちょっと浴室を見に行くと声だけかけて、俺は先生を浴室へと案内する。

 浴室の中に案内すると。

「おお……」

 先生が感嘆の声を上げる。

「これは素晴らしい。なんて贅沢な……」

「いや、そこまで贅沢というほどのものじゃないですよ。壁も板一枚で外と隔てているだけの簡素なものですし」

「いや。いつでも好きな時に温泉に浸かれる環境というだけでも贅沢なものですよ。それに、作りは簡素とはいっても、綺麗な、いい板を使って、中も綺麗に整えてある。噂には聞いていたが、これは素晴らしい」

「噂……ですか?」

 町ではそんなことになっているのか。

 そんな俺の疑問に。

「たぶん、君は知らないと思うが、君の家の温泉のことは、結構町では噂になっているようだよ」

 と、先生は言う。

「そうなんですか?」

 ラファエルのヤツ……余計なことをあちこちに触れ回ってんじゃないだろうな。

「多分、次こっちに出てきたら、いろいろ町の人たちに聞かれると思うよ」

「マジですか……」

 うわぁ……町に出たくないな……。

 だけど。

「ああ、それで思い出した。奥さんの出産、どうするんだい? ここで出産させるのかい? それとも予定日近くに町に出てくるのかい?」

「それなんですよね……。やっぱり、ここではちょっと厳しいですよね……」

 そのことは俺も少しは考えていたのだけれど。

「ですけど、町でも出産を引き受けてくれそうなところ、ありますかね?」

 宿屋とかはいくらなんでもこういう対応をしていなかった気がする。

「まあ、うちでもいいなら入院させるという手もあるが、あくまで奥さんだけということになるからのう。なので、町から離れた場所に住んでいる妊婦さんに勧めているのは、短期で家を借りるという手だな」

「あ、なるほど」

「それなら、夫婦や家族で滞在して、いざという時はいつでも誰か医者や産婆を手配することもできる。うちの医院の近くにもそういう短期滞在者向けの物件があるから、早めに予約を入れておくといいだろう」

 確かに、それがいちばんな気がするな。

「分かりました。じゃあ、いい物件あったら教えてください」

「うむ。任せておきなさい」

 先生も請け合ってくれたし、その方向で考えよう。

「しかし、良い風呂場でしたなぁ……。これはゆっくりできそうだ」

 風呂場の様子を見た先生は、すっかり気に入ってくれたようで。

「気に入っていただけて良かったです。後ほど、ゆっくりと寛いでいってください」

「ああ、そうさせてもらうとしようか」

 その言葉に違わず、先生はソフィーが腕によりをかけた夕食に舌鼓を打った後、1時間以上、温泉をゆっくりと楽しんだ上、さらに、一晩眠った後、帰る前に朝にももう一風呂浴びていったのだった。


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