Mission 1.モンスター大量発生! ダンジョンからモンスターの大群を排除せよ! その1
主人公:ジェルン
バトルエンジニアという、その辺にあるもので何でも武器にして戦える戦闘のエキスパート
直接的に戦うと言うよりも罠や飛び道具や爆弾などを作って戦う
他、薬などを使った回復にも長けている、戦う技術屋さん
ダンジョン踏破には欠かせない職業
ただ、時には大量破壊を伴う仕事も多々こなすこともあり、町の人からは怖れられていて、あまり町での居心地はよくないらしい……
「よし! デニス! 今だっ! 突っ込めぇ!」
ダンジョンの奥からワラワラと押し寄せてくるコボルドの大群を大きく薙ぎ払って、奴らが怯んだ瞬間を逃さず、パーティーリーダーのアルバートが指示の声を飛ばす。
「よしきた! うおぉぉぉっ!」
ランサーのデニスが巨大な槍を手に、一気に突撃を敢行する。
一気に20匹近いコボルドを跳ね飛ばす強烈な突撃を決めると、サッと後退する。
そこに、後方からアーチャーのルートが矢を一度に数本ずつ撃ち込み、僧侶のメリッサも火球を撃ち込んで援護する。
だが、それでも討ち漏らしたコボルドはこっちへ飛びかかってくる。
それを、女騎士のミランダが盾で弾き、剣で斬りつけて防ぐ。
もう何度それを繰り返しただろう。
とにかくダンジョンの奥からいくらやっつけても次から次へと湧いてくるみたいにコボルドが出てきて、全く前に進めない。
「ちっ! これじゃきりがねえ……!」
もう何度目、何十度目だろうか。
押し寄せる新手を前に、また今一度、大きく薙ぎ払って数匹を真っ二つにしながら、アルバートは舌打ちする。
「……そろそろ撤退しませんか?」
彼らの後ろから戦況を見ていた俺はアルバートに撤退を提案する。
「この状況からどうやって撤退するんだ!」
半ギレ気味に俺に怒鳴り返すアルバート。
「ルート。これを矢の先に付けて、あの集団のど真ん中撃ち込める?」
「もちろんできるさ。だが、これは?」
「まあ、ちょっとした足止めの策ってとこかな」
俺は焚き火の準備をしながらそう答える。
まあ、今詳しい説明をしている余裕はないが。
「? ふむ、とりあえず、いくぞ」
デニスは矢の先に俺が渡した黒い球体を突き刺して、それをコボルドの大群の中に正確に撃ち込んだ。
バァンッ!
着弾するや、球体は破裂して、辺りに黒い液体のようなモノをまき散らした。
撒き散らかされた黒い液体は、コボルドたちの身体に纏わり付いて、動きの自由を奪う。
「よし、今のうちに撤収しましょう」
準備した焚き火に火をつけて後退する。
あの黒い液体を踏み越えてこっちへ追ってくるのはそれなりに難儀するはずだし、その先には彼らが本能的に怖れる火を置いてきたので、しばらくは追っては来れまい。
その間に、俺達は戦線を離脱して、余裕を持ってダンジョンの外にまで出てくることができた。
「くそっ! またミッション失敗か……」
パーティーリーダーのアルバートが忌々しげにそう言う。
「だけどよー……あのまま戦い続けたらいずれは全滅必至だぞ」
ランサーのデニスがアルバートをなだめる。
「そりゃ、分かってはいるが……」
アルバートはそう言って、天を仰ぐ。
「それにしても、ホントにあれ、どうしちゃったっての……。あんた……ジェルンって言ったっけ? あんた、凄腕のバトルエンジニアだそうだけど、一通りあの様子見て、なんか手立て浮かんだ?」
女騎士のミランダが俺にそう尋ねる。
「ん~……まあ、一応打つ手はあるよ。ただ、ちょっと事前の準備が要るな」
俺はダンジョンから出た後の作業を続けながら、そう答える。
「日数どれくらい?」
「まあ、数日ってところかな。それなりに大がかりなことをやんなきゃなんないから、人集めも必要だし」
「大がかりって、何すんの」
「あれだけの大群を一網打尽にするとなると、それこそちょっとやそっと吹っ飛ばすとか燃やすとか、そういうレベルじゃ収まらないし。仕掛けを組んでいる間、それなりに戦ってもらわなきゃならないところもあるし。20人くらいは集めないといけないかな」
「そんなに集めんの?」
ミランダが驚いた顔をする。
「今日みたいに戦い続けて、5人6人のパーティーで、何時間も持ち堪えられるか? どんだけやっつけたって、向こうはどんどん新手が出てくるのを延々ああやって戦い続けるのはキツいぞ。だから、適宜交代して戦うために3パーティーくらいいるとだいぶ負担が軽減できるし、それに、それなりに怪我人も出ることも計算している。ギリギリの頭数でやるのは危険だ」
俺の説明に、ミランダはちょっと呆れたような顔をする。
「あんた……冒険者界隈には珍しい慎重な奴だねぇ……。あたしらはいざとなったらやっちまえーって感じで行っちゃうけどさ。けど、大丈夫なのかい? そんな頭数雇う金あるの?」
「ご領主様からの特命だからな。必要な経費はそっちで持ってくれる。お金の方の心配はないよ」
「ふうん……。コボルドの大群が湧いて出るダンジョンの中が見たいなんて、変な奴だと思ったけど、ご領主サマの命令だったって分けか」
ミランダは納得したように頷く。
そして。
「それで……なんだけど」
「なんだ?」
「今はあんた、さっきから何やってんの?」
「あ、これか?」
俺は作業の手を少しだけ止める。
「これは、ダンジョンの入口の封印の準備だ」
「ダンジョンの封印って……そういうのは魔導師とか、そういう連中のやることだろ? あんた、そんなことまでできんのか」
「まあな。厳密に言うと、ちょっと理屈は違うんだが。けど、ほっとくとなんかの拍子でダンジョン内に溢れたコボルドがここの出口から出てきちまうこともあるだろうから……。あ、そこ、ちょっと押さえておいてくれる?」
「こうか?」
ミランダは俺に言われるままに、金具を指で押さえる。
「そうそう。こいつをここにハメ込んで……よし、できた。もういいよ」
組み上げた器具を持って、ダンジョンの入口、石の扉の外側に取り付けて。
「よし、これでスイッチを入れて……あとは、キッチリ閉めるだけ……と」
バタン。
重たい音を立てて、石の扉が閉まる。
「これで、ここの扉はしばらく封印の魔法石の効力がかかるから、きちんと解除の手順を踏まないと開かない。内側からはこの器具に触れないから、魔法石の効力が切れないと開かない」
トントンと閉じた石の扉を小突きながら彼女に説明すると、彼女は「ほえ~……」と、感嘆の声を上げる。
「あんた、そんなことまで考えてたのか」
「当たり前だろ。コボルド禍をなんとかしろって依頼なんだから、極力被害が起こらないように手当てするのは当然だよ」
「ああ、そういう依頼なのか……なるほどね」
ミランダは妙に納得した顔になる。
「あたしらの依頼って、基本的に討伐だから、とりあえず倒して証拠さえ取れれば後は何も考えてなかったからね……」
「あんたらは戦って相手を制圧するのが仕事だから、それでいいんだよ。俺は直接戦闘職じゃないからな。制圧するだけの仕事はあまり回ってこない。そういうのはそっちの専門家がいる。あんたらみたいな……な」
「確かに」
ミランダは頷く。
「じゃあ、今日のところは帰ろう。この封印もそんな長い間は持たないから、準備を急がないと」
「じゃあ、みんなに声かけるか。おーい! みんな! 帰るよ!」
ミランダが今日のパーティーのみんなに声をかけると、他のメンバーがやれやれという感じで重い腰を上げる。
パーティーリーダーのアルバートはやっぱり少し恨めしそうにダンジョンの入口の封印された石の扉を睨め付けていた。
俺はそんな彼の背中をぽんと叩いて。
「さ、帰ろう」
と促す。
「ああ……」
アルバートは少し力ない感じで頷いて、重たい足取りで町への道を一緒に歩いて行くのだった。
町に戻った俺は、この案件に当たっている間の宿兼作業場として宛がわれた、町外れの廃商店に戻る。
「なんだい、随分辺鄙なところじゃないか」
そんなことを俺の背後から言うのは女騎士のミランダだ。
どういうわけか、俺の止まっている場所が見たいと言って付いて来やがったのだ。
「ご領主サマの依頼で来たっていうから、どんな豪勢な宿に泊まってるんだろうと思って見てやろうと思ったら、こんな町外れの廃店舗とはね……」
心底がっかりという感じで、溜息を吐くミランダ。
「準備に当たっては、結構危ないモノも扱うからな。仮になんか事故があっても迷惑のかからないところとなると、こういうところしかないんだよ」
そう言いながら、鍵を回してドアを開け、明かりをつける。
内部は元々店舗だったこともあって、それなりに広いスペースがある。
「ふうん……。結構中は広いじゃない」
「この辺は作業場だからな」
中を値踏みするみたいに見回すミランダに、そう答える。
ミランダに続いて、もう一人。
「あら。なかなか洒落た、趣味の良い実験室じゃない」
こっちは僧侶のメリッサ。
俺の宿が見たいとムリヤリ付いてこようとするミランダを、女一人連れ込むわけに行かないと言って断ったら、彼女を抱き込んで、これなら文句ないでしょ……ということで押し切られてしまったのだ。
そんなわけで、今日のパーティーの女二人で俺の作業場兼宿を物色し始める。
「おいおい、何してるんだ」
「これだけの家だし、空いてる良い感じの部屋の一つや二つくらいあると思って」
「そんなもん見たってしょうがないだろう。見るだけ見たらさっさと帰れよ」
「え? こんだけ部屋あるのに泊めてくれないの?」
「は?」
ミランダのその一言に開いた口が塞がらなくなった。
「なんで泊めなきゃいけないんだよ」
だいたい、男一人でいるところに女を泊めたらおかしな噂の一つや二つは間違いなく立っちまう。
「どうせまた準備整ったら一緒にダンジョン潜るでしょ? だったら一緒にいた方が何かと都合が良いじゃん。色々作業するにしても、手伝う人手もあった方が良いでしょ? あたしらも宿代が浮くし」
「それが本音か……」
「ね、ジェルン。頼むよ~……。そう思って、もう宿引き払って来ちゃったからさぁ……」
「……それ、メリッサもか?」
僧侶のメリッサの方にも聞いてみると。
「うん、あたしジェルンが泊めてくれるってミランダに聞いたから、一緒に引き払って来ちゃったんだ……」
メリッサの方は少し申し訳なさそうにそう言う。
ミランダの方はそもそも悪びれる様子もないが。
はぁ……女二人、宿無しで放り出すわけにも行かないか。
仕方ない。
とは言うものの、これだけは確認しておかないと。
「わかった。こっちとしてはもう仕方ない。けど、おまえらはどうなんだ? 俺んとこ泊まってるって知られて問題ないのか?」
すると、ミランダはメリッサと一瞬だけ顔を見合わせて視線のみで会話を交わした後。
「うん、別に良いかな。ジェルン、信用できそうだし、それに、これから忙しくてジェルンもあたしたちに手を出す余裕なんてほとんど無さそうだし」
そう言って、二人はあっけらかんと笑っている。
まあ、本人がそれでいいって言うなら、いいか。
実際、これから俺は忙しくて、あいつらに構ってる暇なんてないのは本当だからな。
「じゃ、わかった。俺の私物が置いてない空いてる部屋ならどこでも好きに使ってくれていい」
「やったぁ! これで宿代が浮いた!」
ミランダのヤツ、現金すぎるぞ……。
メリッサも隣で苦笑いしている。
「まあ、そういうのは構わんが……ここにいる以上はこき使うぞ」
「わかってるって。なんでもお手伝いするよ。ね、メリッサ」
「うん……あんまり役に立てるかどうかはわかんないけどね……」
メリッサはそう言って曖昧に笑う。
「まあ、二人にはギルド関係の手続きに行ってもらったりとか、そういうのを主にやってもらおうと思ってる。人を集めたりとか、ダンジョンの周囲の安全確保の相談とか、ギルドでやらなきゃいけないことも山ほどある。そういうのに俺が出かけていかなくて済むならだいぶ助かるんだ」
そう説明すると、二人は頷いて。
「そういうことなら、任せて!」
「ギルドなら勝手も知ってるしね」
二人とも、それなりに腕の立つ冒険者だから、ギルドで何をすれば良いかは細かく説明の必要もない。
そういう意味では十分居てくれれば心強いことは間違いない。
「そうと話が決まれば、部屋選んじゃおっと!」
ミランダが我先にと2階へと階段を駆け上がっていく。
「あ、ずるい! 私も行く~っ!」
慌ててメリッサがそれを追いかけていった。
まるで嵐のような二人が去って行って。
「やれやれ……」
1階の作業場に残された俺は、彼女たちが上がっていった階段の奥を見つめながら、一人小さく肩をすくめたのだった。