夏
付き合って数ヶ月がたった。とは言っても毎日一緒に登校する訳でもなく、家に着いてからメールでやり取りするだけ。趣味とか授業のこととか、業務連絡みたいに早く終わることもあれば、電話してくる時もあるし、体調が悪くてと母親が出る時もある。それでも毎日の日課のような彼女とのやり取りを、俺は純粋に楽しんでいた。そうしていくうちに、学校は夏休みに入り、俺達は初めてデートすることになった。明日ヶ丘水族館でイルカショーを見ようと窓辺が言い出したことがきっかけだった。
「明日、朝8時に水族館の前で集合ね!」
快活な文面のメールに了解とだけ返して眠りにつく。蒸し暑い空気も、寝てしまえば気にならなかった。
「お、お早いですな。」
「そういうお前もだろ。」
水族館入口に設置されていた時計は朝7時を指していた。2人で入館料を払い、水槽を見ていく。名も知らない色とりどりの魚に群れで泳ぐ魚、巨大な魚、魚じゃない水生生物。記念撮影もしながら2人で歩くと、見て回るのにも時間がかかった。
「ちょっとそこ、座ろっか。」
窓辺が休憩用のベンチを指さして言った。2人で腰かけると、窓辺が俺を見つめてきた。
「結構体力あるね、君。」
「そうかな。」
窓辺は少し息を切らしながら、頬を赤く染めている。彼女が余命1年の病人であるという変えようのない事実が脳裏をよぎる。必死に気を紛らわして忘れようとしていたのに。俺は窓辺を見つめた。花柄のあしらわれた紺色のワンピースは彼女にとても似合っていた。窓辺がそっと肩を寄せる。落ち着くようないい香りがした。恐らくシャンプーの匂いだろう。別段シャンプーに興味はないが、きっといいものを使っているのだろう。暫くして、窓辺の体力が回復すると、俺達はイルカショーを見に行くことにした。
「わあっ!見て見て!イルカだよ!」
「見えねぇよ。」
最前列に近いところで見れたおかげで、とても嬉しそうな窓辺が見れて、俺は満足だった。イルカショーの内容はよく分からない、飼育員の手の動き1つで多種多様な技を披露するのは目を見張ったぐらいだろうか。水しぶきをかけられつつも、とても楽しい時間を過ごせた。
「ふい〜今日は楽しかったね!」
「そうだな。」
水族館からの帰り道、俺達は公園に立ち寄ってベンチに腰掛けていた。夕日が眩しく体を照らす。窓辺が眩しそうに眉をひそめた。
「イルカショー見に行けてよかった。動画でしか見た事なかったから。」
「そうか、良かったな。」
沈黙が2人を包む。会話は苦手だった。
「ねぇ…桐花。」
そう窓辺に呼ばれ、反射的に顔を向ける。瞬間、なにか柔らかいものが唇に触れた。一瞬だった。脳がそれを認識するよりも早く、お互いの頬が赤く染る。
「好きだよ。」
「……お、俺も……」
「俺も……なに?」
「俺も………好き……」
「誰が?」
「…………し、四季が…………好き………だ……」
恥ずかしさと言葉にできない感情で頭の中がぐちゃぐちゃになる。やり直せるならやり直したいと思う反面、何度やっても恥ずかしさに勝てない気もした。お互い見つめあったまま時間が経った。互いの頬は赤らんだまま、四季が笑う。
「帰ろっか。」
「うん。」
俺達は手を繋いで帰路に着く。四季を家まで送り届けると、夜道を一人で帰った。冷たいはずの夜風も、該当が照らすだけの薄暗い夜道も、何故か今は明るく、身体が火照ってしょうがなかった。