春
石動 桐花は明日ヶ丘高校の2年生だった。普遍的な日常を謳歌し、変化を求めないお気楽な口数の少ない高校生。と言えばだいたい想像つくだろう。よく言って物静かな性格、悪くいえば陰キャ。今日も窓辺から差し込む光を浴びて意識を夢の中へと投げ出していた。
「授業、終わったよ。」
不意にそんな声が耳元で聞こえた。意識が戻り、顔を上げると、女子生徒が俺を見つめていた。凛とした顔立ちに肩口まで伸びた艶やかな黒い髪。一言で表すなら美人一択だろう。そんな生徒を見て、俺はただ不思議に思った。
「どこのクラスの人?」
俺の知る限り、俺のクラスにこんな美人はいなかったはずだ。部活か何かで残っていたんだろうか。だとしても見ず知らずの俺を気にかける奴がいるとは思いもしなかった。まぁおおよそ気まぐれかなにかだろう。そんなふうに考えていると、予想外の言葉が聞こえてきた。
「あれ?君と同じクラスだよ?」
「ん?そうだったけ。」
少しだけ、悲しそうな顔をしていた気がする。
「私、窓辺 四季。石動 桐花君だよね。」
「うん。」
窓辺という名前は名簿で見たような気がするが、教室であったことがないような気がする。すると急に窓辺に手を握られる。
「ねぇ、なんで君が私を知らないのか知ってる?」
顔を近づけ、そう聞いてくる窓辺に、俺は分からないと言うような素振りを見せる。
「私ね、死んじゃうの、今年で。」
余命1年。健康そうな今の彼女からは想像つかなかった。
「どう思った?」
「分からない。」
正直に答える。初めて会った美人から余命1年であることを伝えられても分からない。
「そっかぁ〜まぁそうだよね。」
言葉は出ない。何を言っても変わらないから。
「これさ、君にしか言ってないの。」
そう、彼女は言った。
「つまり君は特別だから、なんかしてほしいなぁって。」
「いいよ。」
「いいの?」
「うん。」
別に可哀想だからとかじゃない。今退屈だからでもない。よく分からないけど頼まれたから。理由なんてどうでもよかった。
「何すればいいの。」
今度は自分から話し出せた。窓辺はしばらく顎に手を当てて唸っていたが、すぐに顔を上げる。そして大きな声で宣言した。
「じゃあ私と付き合ってよ。今年1年は人生で最高の年にしたいから!」