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カルトアイランドZ  作者: 冷凍野菜
第1章
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第4話 RUN! HIDE! FIGHT! (中)

 比較的背の高い京平ですら埋もれるほどの高さの雑草や笹を掻き分けながら、黙々と雑木林の斜面を登ること数分、三人は雑草の密度が若干低くなっている獣道に突き当たった。獣道の幅は一人分すらなく、生い茂る雑草のせいで油断するとすぐに道を見失いそうになる。

 頭から靴の中まで全身ずぶ濡れだが、寒いどころか蒸し暑く、熱帯雨林の中にでもいるかのような気分になる。肌に張り付くシャツに、足や腕の露出した箇所に擦れる雑草が非常に不快だ。

 

「あの白い服の奴ら、この島の人間じゃないよな。何者なんだか」


 京平が沈黙を破り、誰に言うわけでもなく呟いた。京平は一年半前までこの島に住んでいたが、島民の中に全身真っ白のお化けみたいな格好をした奴がいたという記憶はない。この島の人口は三百人程度しかないので、そんな目立つ奴がいたら有名人になっていたはずだ。まして、そんなのが何人もいたら、島民だった京平が知らないわけがなかった。


「あの全身白装束。カナリア聖教の信者に決まってるじゃない」


 京平の疑問にあっさり答えたのは未来だった。京平は雑草を掻き分けながら後ろを進む未来を振り返る。


「カナリアセーキョー? なんだそりゃ?」


 コープのほうの生協を思い浮かべた京平に、未来は「え、知らないの?」と、常識知らずを見るかのような目を向ける。京平が「え、知らないけど」と応じると、未来は呆れと驚きが混じったかのような調子で言う。


「一年くらい前、カナリア聖教の信者が昭野島で共同生活を始めたって、全国ニュースにもなってたじゃない……本当に知らないの?」


「知らないな。全寮制の学校か何かか?」


 何も知らない京平に未来は溜息を吐き、説明を始めた。

 成立からまだ十年と経っていない新興宗教、カナリア聖教。信者数は三千人程度とそこまで多くはないが、信者の大半が出家して日本各地にいくつか存在する教団施設「カナリアの家」で共同生活を送っていることから、胡散臭い新興宗教団体の一つとして信者数の割に知名度は高い。

 その閉鎖性から噂だけが独り歩きし、実際にどういった活動をしていて何を信奉しているのかといったことは一般に知られていないが、大衆の想像通り、カルト宗教のステレオタイプからそう離れてはいない。

 その胡散臭いカルト新興宗教団体が、縁も所縁もない、本土から遠く離れた人口三百人程度の離島――昭野島に土足で上がり込んできたのは、一年前のことだった。


 今から一年前、着々と信者数と勢力を拡大させていたカナリア聖教は、昭野島の中央にそびえる蛇原山の頂上にあった廃ホテルを二束三文で買い取り、道場兼居住施設へと改装した。

 完成直後にバブル崩壊し、そのまま一日も営業することなく廃墟と化したホテルの建物は朽ち果てていたが、ものの一ヶ月で外壁の塗装は塗りなおされ、割れていた窓ガラスも全て綺麗に張りなおされてぴかぴかになった。


 何も知らされていなかった島民たちは、どこかの酔狂なリゾート開発会社が昭野島ホテルの再営業を試みているのだろうと考えており、まさか話題のカルト宗教が昭野島に拠点を構えようとしているなどとは露ほども考えていなかった。

 ある日突然、数十人規模の白装束たちが連絡船に乗ってやって来て、山頂のホテルに入って行ったことで、島民たちはようやく廃ホテルの買い主がリゾート開発会社などではなくカナリア聖教だったことを知ったのだ。

 当然、島民たちは突然昭野島にやって来た胡散臭い新興宗教団体に警戒心を露わにした。反対集会なども開かれた。


 だが、信者たちは集落から離れた山頂の施設から全く出て来ず、島民への実害は一切でなかった。それどころか、教団は信者約百人分の食料品や日用品を島の商店に発注し、さらに「感謝の気持ち」と称して昭野島村に多額の寄付をすることで、少子高齢化で衰退一途だった昭野島の経済に大きく貢献した。

 切れたまま放置されていた街灯の蛍光灯がLEDに交換されたのも、昭野島村立小中学校の校庭が人工芝になったのも、カナリア聖教の寄付なしにはあり得ないことだった。


 島民の中にはカナリア聖教に感謝する者まで現れるようになり、大多数の島民はカナリア聖教を薄気味悪がりつつも、昭野島から追い出そうなどとは言わなくなった。反対運動は盛り上がる前に自然鎮火する結末を迎えた。


「でも、こんなことになるって知ってたら、山内さんがやってた反対運動にみんな参加したのに」


 夏海がぽつりと呟いた。突然出てきた聞き覚えのある名前に、未来が聞き返す。


「山内さんって?」


「あ、そっか。あのときは、もう未来お姉ちゃんとお兄ちゃんは島にいなかったっけ」


 夏海の説明によると、山内さんというのは、昭野島でのカナリア聖教の活動に最後まで反対していた島民の一人だそうだ。山内は署名活動や反対運動への勧誘がしつこすぎて他の島民たちに煙たがられ、最後は自治会の会議で喧嘩騒ぎを起こし、島を出て行ってしまったという。


 カナリア聖教なる宗教団体の施設が昭野島にあることすら知らなかった京平は言わずもがなだが、未来も京平と同様に高校進学で島を出ていたので、カナリア聖教が島に来た頃に島民たちの間で何があったかなどの詳しい事情は知らなかったらしい。未来は「そんなことがこの島で……」と、驚いた様子だった。

「その山内とかいう人は幸運だな。今、この地獄と化した昭野島にいないんだから」と京平は思ったが、口には出さず、無言で雑草を掻き分けて獣道を進む。三人の間に、再び沈黙が流れた。


 その後、獣道を進むこと十分。小学生の頃の記憶通り、獣道は大通りに突き当たった。

 昭野島漁港を始点とする大通りは北集落を貫いて蛇原山に向かって伸びており、山向こうの崖登集落へ通じる昭野島一周道路との三叉路が終点だ。大通りの半分から下の港側には商店や郵便局などがあるが、この辺りになると民家が点在するのみで、ここから一周道路までの間には昭野島村立小中学校と駐在所、そして診療所しかない。


「診療所まではここから百メートルくらいだ。声は出さず、音も出来るだけ立てるな。ヤバそうな奴がいたら、物陰に隠れるんだ」


「うん」


「わかった」


 三人は獣道の出口付近で、見える範囲に怪しい人影がないか確認してから、雑草を掻き分け大通りに出ようとする。しかし、そのとき、近づいてくるディーゼルエンジンの音に三人はほぼ同時に気づいた。


「ヤバい、なんか来るぞ。戻れ」


 先頭の京平が踵を返し、後ろの未来と夏海も急いで雑木林に戻る。三人は茂みの中に身を隠し、気づかれないように息を殺して大通りに視線を走らせる。

 約十秒後。白いワンボックス車が、ディーゼルエンジンを唸らせながら一周道路のほうから現れた。ワンボックスは加速しながら大通りを駆け抜けて行く。そして、その直後、今度は咆哮しながらワンボックスを追って大通りを駆け下りて行く白装束の集団が、京平たちが隠れた茂みの目と鼻の先を通り過ぎた。


 驚いた未来と夏海が短く悲鳴を上げ、二人とも慌てて自分の口を手で塞ぐ。幸運にも雨とエンジンの音が悲鳴を掻き消してくれたため、白装束たちが茂みに殺到してくることはなかったが、京平は寿命が縮む思いを味わった。


 ディーゼル特有の排気ガスの臭いが、遅れて京平たちの隠れる茂みまで届く頃には、ワンボックスも白装束たちも見えなくなっていた。夏海と未来が安堵の溜息を吐くが、京平は「気を抜くな。まだ全員行ったとは限らない」と二人を諫める。

 エンジン音は遠ざかり、三十秒もすれば雨音に掻き消されて聞こえなくなったが、念のためすぐには出ていかずに茂みの中で息を殺し、遅れて来るような鈍くさい奴がいないことを確かめる。


 結局、数分待っても誰も現れなかったので、三人は恐る恐る茂みから出た。

 夏海と未来を急かし、京平は鎌を手にして二人の先頭に立つ。隠れる場所のない大通りで白装束と遭遇すれば、戦うしかない。自然、京平の鎌を握る手には力が入った。

 京平は、あのゴルフクラブの男のような死に方だけは絶対にしたくなかった。生態系の頂点にいる人類が感じることなどあり得ない捕食される恐怖を、京平たちは強く感じていた。


 街灯も民家の窓から漏れる明かりもない薄暗い大通りを、三人は診療所に向かって歩く。

 大通り沿いの民家はどれも、窓や玄関を破壊されていた。普段ならそろそろ夕食の時間のはずだが、中からは家族団欒の声もテレビの音も聞こえてこない。聞こえるのは、アスファルトに打ち付ける無数の雨粒が奏でるザーという轟音だけだ。濡れた衣服が肌にへばり付いて鬱陶しいが、激しい雨音が足音を掻き消してくれるのだけは助かった。


 誰とも遭遇することなく大通りの坂を上って行く三人。あのワンボックス車が白装束を全員引き連れて行ってくれたのではないかと思ったのも束の間、カーブを抜けた先の光景を見て、三人揃って絶句することになった。


 路上に、二十では下らない数の白装束が転がっていた。数十メートル先のカーブまで、血塗れの白装束の死体が、幅四メートルもない道路に非等間隔に散らばっている。

 異様な光景に固まる三人だったが、この道路以外に道はなく、先に進むしかない。京平は再び歩き始め、未来と夏海も怯えながら京平に続いた。


 車道も歩道も関係なく、あちこちに転がる白装束の死体はどれも血を流しており、自らの流した血で白い奇妙な服を赤く染めていた。数十の死体から流れ出す血は、継ぎ接ぎだらけのアスファルトの溝や道路脇の側溝を流れる雨水を赤く濁らせている。

 その泥と血の混じった水と一緒に、アスファルトの上を小さい円筒形の何かが転がってきた。単三乾電池ほどの大きさのそれを、京平は拾い上げる。それは金属製で、筒の片方はくびれるように細くなっていた。細くなっているほうの端は穴が開いており、中は空洞になっている。

 

「何それ?」


 未来の疑問に、京平は答えた。


「多分、薬莢だな」


 辺りを見回すと、鈍い真鍮色の光を放つ空薬莢がそこらじゅうに転がっている。さらに、抉られたように表面が欠けた電柱や、いくつもの穴の開いたブロック塀に京平は気づいた。何者かが、ここで白装束たちを相手に銃を使ったらしい。


 日本で銃を所持することを許された人は少ないが、人口三百人のこの島にも何人かいるはずだ。

 まず思いつくのは駐在さんだが、この薬莢は拳銃には大きすぎるだろう。明らかにライフル弾の薬莢だ。こんな島にも猟友会はあるので、そのうちの誰かが身を守るために猟銃を撃ったのかもしれない。

 さっきから気になっていた、辺りに漂う鼻を突く臭いは、所謂硝煙の臭いというやつだろうか。もしかしたら血の臭いかもしれないが、考えただけで気持ちが悪くなるので、京平は硝煙の臭いだと思うことにした。


 三人は、数メートル間隔で死体が転がる地獄絵図の中をゆっくりと進む。未来か夏海のどちらかが薬莢を踏みつけ、ギャリッというアスファルトと金属の擦れる音を立てた。

 京平は鎌を握る手に軽く力を入れたが、生きた白装束が音を聞きつけ、京平たちの前に現れることはなかった。


 京平は死体を出来るだけ避けて進むようにしていたが、幅四メートル程度の道では限界がある。頭の上半分が消失した死体の横を通過したとき、後ろからビシャビシャという液状のものが地面を打つ音が聞こえてきた。振り返ると夏海が吐いていた。


「夏海ちゃん、大丈夫?」


 未来が夏海の背中を擦る。その未来も顔を青ざめさせ、必死に死体が視界に入らないように別な方向を見ている。

 京平は周囲を警戒しながら、ぐちゃぐちゃになった頭の断面から、赤黒い血とピンク色のぶよぶよとした何かを溢れさせる白装束を見下ろした。吐きそうになるのを堪えて、出来るだけ頭のほうを見ないようにしながら白装束を観察する。


 身に纏う白装束の衣装は、普通の洋服なら五人分は賄えそうなほどの大量の布を使っており、見るからにだぼだぼで動き難そうだ。さらに布が雨水を吸収し、相当な重さになっていることだろう。

 こんなものを着ていては、普通の人間ならとても全速力で走ることなど出来そうにないのだが、ワンボックスを追いかけていた白装束たちは陸上選手もかくやという足の速さだった。

 

「ごめんなさい。もう大丈夫だから……」


「全然大丈夫には見えないよ。もう少し休んでもいいんだよ」


「診療所まであと少しだから、大丈夫」


 真っ青な顔の夏海を未来が気遣う。胃袋まで吐き出さんばかりの勢いで激しく嘔吐していた夏海は、まだ気持ち悪そうにしている。

 診療所はカーブの先にあり、ここからでは見えないが、あと百メートルもないだろう。京平たちは再び歩き出した。死体を目に入れないようにしながら、診療所を目指す。


「京ちゃんは平気なの?」


 未来が後ろから気遣うように声を掛けてきた。


「何が?」


「死体」


「……ああ」


 未来と夏海を不安にさせないため、京平は平然とした態度を取り繕う努力をしていた。だが、大通りを歩いて進めば否が応でも視界に入ってくる、大量の白装束の射殺死体が転がる光景に、京平は頭がおかしくなりそうだった。


 一刻も早くこの地獄を抜けるため、内心では脇目も振らずに全力で走り抜けたいと思っていた。だが、走って疲れたところを白装束に襲われでもしたらと考えると、せいぜい歩調を速めることくらいしかできない。

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