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カルトアイランドZ  作者: 冷凍野菜
第1章
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第3話 RUN! HIDE! FIGHT! (上)

「あいつら何!? いったいどうなってるの!?」


「俺にも何がなんだか分かんねえよ!」


 京平を先頭に、三人は階段を駆け下りる。

 二階からはドアを殴りつける激しい音が聞こえてくる。鍵などないドアなのでノブを捻ればすぐ開くはずなのだが、奴にその発想はないらしい。ドアを滅茶苦茶に殴りつける音が、振動を伴って薄暗い家の中に響く。


 奴が鍵のかかっていないドアを力任せに破ろうとして、無駄に時間を掛けてくれているのは不幸中の幸いだったが、未来の部屋のドアは京平の部屋同様ペラペラの合板製なので、どちらにしても長くはもたないだろう。

 階段をほとんど転げ落ちるような速さで駆け下り、靴を履きっぱなしだった京平と夏海は、玄関ドアを開けてさっさと外に逃げ出そうとした。状況を把握できないまま後ろを付いて来ていた未来が、慌てて「靴履くから少し待って!」と京平たちを呼び止める。


「なんで二人とも靴履いてるのよ。うち、土禁なんだけど!」


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」


 見当外れな抗議をする未来が靴を履き終えるのを待ち、京平は鍵を開けてドアノブを捻り、勢いよくドアを開けた。そして次の瞬間、ドンという音とともに、ドアに何かがぶつかったような衝撃が走った。

 ドアの向こうを見ると、近所に住んでいるお爺さんが仰向けに倒れていた。京平がドアの向こうを確認することなく開けてしまったため、弾き飛ばされたようだ。


「すみません! 大丈夫ですか――」


 反射的に謝罪した京平だったが、お爺さんの様子がおかしいことに気づき、口を閉じた。

 彼の着ているシャツは襟元が大きく破れ、大量の血で真っ赤に染まっていた。左肩の肉が抉られたかのようにごっそりと消失し、普通の人間ならその痛みだけでショック死しそうな有様だ。だが老人は痛みに悶絶することもなく、仰向けに倒れたまま、まるで獲物を狙う肉食獣のような眼光で京平を睨みつけた。

 老人は唸り声を上げながら赤黒く染まった歯を剥き出しにし、その年齢からは想像もつかないような勢いで立ち上がった。

 京平はドアノブを掴み、ドアクローザを捻じ伏せるように強引にドアを閉じる。アルミ製の玄関ドアが枠に衝突する激しい音とともに閉まり、採光用の細長い曇りガラスが衝撃によってひび割れる。京平は即座にサムターンを回して鍵を掛け、後ろの二人に振り返った。


「こっちはダメだ。勝手口にまわるぞ」


 未来と夏海は、それだけでドアの向こうに何がいたのか理解したようだった。三人は靴を履いたまま家に上がり、走って居間と台所を横切って勝手口に向かう。二階から響いてくる衝撃音と絶叫に、玄関ドアを殴りつける音まで加わり、鏡があれば三人とも真っ青になった自分の顔を見ることができただろう。


 勝手口のたたきには、プランタやじょうろといった未来の父親が趣味にしている家庭菜園の道具が置かれており、京平はその中に鎌を発見した。雑草を刈るのに使っていたと思われる鎌を手に取り、いつでも「使用」できるようにビニールのカバーを外す。

 もっとも、手が血塗れになるのも構わずに素手でドアをぶち破り、大怪我をしているのにもかかわらず猛然と襲い掛かって来るような白装束を相手に、刃渡りたかだか十五センチ前後の鎌だけで太刀打ちできるのか疑問ではあるが、さらに小さい肥後守よりかはマシだろう。

 京平は鎌を右手に持ち、勝手口のドアノブを左手で回してゆっくりと開けた。少しだけ開けたドアの隙間から顔だけ外に出して辺りを見回し、狭い裏庭に人影がないことを確認して胸を撫でおろす。


「大丈夫だ、誰もいない」


 夏海と未来にそう言ってから、京平は勝手口のドアを大きく開けた。

 未来の家の勝手口の外にあるスペースを京平たちは「裏庭」と呼んでいたが、高さ四メートルほどの擁壁と二階建ての家との間に挟まれた裏庭は晴れた日でも薄暗く圧迫感があり、未来が昔使っていた自転車や古いストーブなどが放置される粗大ごみ置き場と化していた。

 この辺り一帯の住宅は蛇原山の山腹を削って建てられている。擁壁の上に見える木々は、蛇原山山頂まで続く雑木林の一部だ。裏庭の一番奥には錆びの浮いた古い物置が鎮座していて、京平と未来が小学生の頃は、よく物置の屋根から擁壁の上に登って雑木林で遊んでいたものだった。


 大粒の雨が降りしきる中、勝手口を出た三人は、十秒で全身ずぶ濡れになった。しかし、誰もそのことを気にしないどころか、気づきすらしていなかった。


「未来が最初に擁壁に登って、夏海を引っ張り上げてくれ」


「わかった」


 まず、運動部所属で最も身体能力に優れる未来が擁壁をよじ登る。未来は高さ二メートルはある物置の屋根に軽々と登り、さらにジャンプと腕の力を合わせて易々と擁壁の上に到達した。そして擁壁の上で片膝をつき、「いいわよ」と言って腕を伸ばす。


「夏海、持ち上げるぞ」


「絶対上見ないでよ」


「分かったから早く」


 続く夏海は三人の中で最も背が低く非力なため、京平に下から持ち上げられて物置の上に登り、さらに擁壁の上から未来に引っ張り上げられてようやく擁壁を登り終えた。夏海が未来に引っ張り上げられている間、京平は「早くしろ!」と叫びたくなる気持ちを押さえて鎌の柄を握り締めていた。

 雨音に混じって、悲鳴とガラスの割れる音が京平の耳にも届いていたが、結局白装束が裏庭に現れることはなかった。未来の家の中からは連中の暴れるドタバタという音が聞こえてきたが、目的の京平たちが裏庭にいることには気づいていないようだった。


 京平は砂利の敷かれた裏庭の地面を蹴り、勢いをつけて物置の屋根に登る。錆の浮いたトタンの屋根がギシギシと音を立てて軋み、想定外の荷重に抗議してくる。京平は太っているというわけではないが、それでも夏海と未来に比べて背が高いぶん体重が重い。ここでジャンプでもしようものなら、屋根が抜けるだろう。

 京平は慎重に屋根の上を壁際まで移動し、擁壁の水抜き穴に足と手を引っ掛けた。そして腕力に任せて身体を持ち上げ、なんとか擁壁を登り切る。


「明日は筋肉痛だな」


 白装束が追って来る様子はなく、京平はひとまずの安堵感とともに擁壁の上に座り込んだ。しかし、「明日を迎えらればね」と応じた未来の声を聞き、いつもは楽観的な性格の未来らしからぬ発言に京平は未来の顔を窺った。

 未来は心ここに在らずといった様子で遠くを眺めていた。京平は未来の視線の先を追いながら立ち上がり、そして眼前に広がる光景に息を呑んだ。


 夜の闇に沈みつつある北集落からは街灯や家々の窓から漏れる白い光が消え失せ、代わりにあちこちに赤い光が揺らめいていた。赤い光は家屋を飲み込み、立ち昇る真っ黒な煙が、低く垂れ込めた鉛色の雲まで伸びている。

 だが、消防車のサイレンは聞こえてこない。打ち付ける激しい雨にもかかわらず、真っ赤な炎が弱まる気配はなく、既に隣家まで燃え広がっているところもある。幸い、この辺りでは火災は発生していないが、このまま消火活動が行われなければどうなるか分かったものではない。


 雨のカーテンの向こうで、唐突に白い閃光が生じた。三秒ほど遅れて、腹に響く低い振動が空気を伝わって京平たちのところまで届く。雷ではなさそうだった。激しい雨のせいで何も見えないが、音の遅れと方向からして、あの光は昭野島漁港のあたりだろうか。


「今度はなんなの?」


 未来が力なく呟く。その後も数回に渡って白い光が生じ、そのたびにまるで打ち上げ花火のような爆発音が響き渡る。音に誘き寄せられるかのように、数人の白装束たちが未来の家から飛び出してきて、海のほうへと走って行くのが見えた。


「お父さん、大丈夫かな」


 夏海は雨のカーテンの向こうに目を凝らした。京平と夏海の父親が働く発電所は、漁港のすぐ隣にある。漁港の様子は激しい雨に遮られて見えないが、漁港の方向に赤い光が揺らめいているのは見えた。


「発電所が爆発したのなら、あんなもんじゃ済まないはずだ。父さんは無事だよ」


 京平が極力軽い調子で言った。半分は夏海に対してであったが、半分は自分に言い聞かせるためでもあった。京平に父の安否を知る術はなく、出来ることは無事を祈ることだけだ。


「こんな目立つ場所にいたら、またあいつらに見つかるかも」


 未来が言った。擁壁の上からは周囲がよく見えるが、裏を返せば、擁壁の上は周囲からよく見えるということだ。三人とも、再び白装束たちに捕捉され追いかけ回されるなど御免だった。

 擁壁の上の雑木林は、小学生の頃の京平と未来の遊び場のひとつであり、二人は林の中に獣道があったことを覚えていた。その獣道を抜けると、大通りの上のほう――診療所と駐在所の百メートルほど手前――に出るはずだ。京平たちは雑木林を抜けて診療所を目指すことにした。

 診療所では、京平と夏海の母が島で唯一の看護師として働いている。

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