第31話 昭野島沖海戦(中)
甲高いターボシャフトエンジンの駆動音と、ロータブレードが大気を叩くバタバタという轟音が京平たち三人の鼓膜を殴りつける。
純白と淡い青で塗装されたヘリコプターは、京平たちが乗る漁船と離れて行く敵船との間に割って入り、機体を後ろに傾けて減速。そして、海面から数メートル上空を二隻と並走するように飛行しはじめた。
『直ちに武器を捨て停船せよ! こちらは海上保安庁だ! 今すぐエンジンを切り、両手を上げてデッキに上がれ――』
ヘリコプターの拡声器が女性の声を発する。
海上保安庁――――!
無駄かもしれないと思っていたが、救助を求める無線は届いていたのだ。
「助かった……」
京平は安堵の溜息を吐いた。
これで助かった。海上保安庁が来たのなら、もう安心だ。
「生きてる……助かったんだ……」
隣で、夏海が放心したように呟いた。
未来がスロットルを緩め、全力運転を続けていたディーゼルエンジンの音と振動が小さくなり、漁船は減速し始める。
京平がヘリコプターに両手で手を振る。ヘリコプターの操縦席で、女性操縦士がヘルメットのバイザ越しにこちらを見た。
――ダダダダダダ!
突如、複数の銃器が一斉に連射を始める凄まじい銃声が鳴り響いた。
同時に、ヘリコプターの機体に火花が散る。
敵船が、あろうことか海保のヘリに対して射撃を始めたのだ。
弾着の火花を散らすヘリコプターは機体を斜めに傾け、加速しながら高度を上げて離脱してゆく。
「なんて往生際の悪い奴らなの!」
未来がスロットルレバーを乱暴に前に倒し、減速していた漁船は再び加速し始めた。
「ちょっと、逃げないでよ! 畜生! あのヘリ、ミサイルとか積んでないの!?」
「ないみたいだな! なんとしても敵船を近づけるな!」
百メートルほど離れたところからまた接近してくる敵船に、京平と夏海が銃を構えて引鉄を引く。
敵船の上では、船首甲板上の二人が相変わらずこちらに自動小銃を撃ちまくり、操縦席のハッチから上半身だけ出している戦闘員がロケット弾発射器にせっせと弾頭を取り付けている。
「クソ、弾切れだ!」
京平は弾が尽きたAK―47自動小銃を捨て、スリングで背中に回していたポンプアクション散弾銃を手にする。
そして、今まさに発射筒を肩に乗せた男に狙いを付け、引鉄を引いた。
――ダン!
肩を殴りつける反動と、凄まじい銃声。
外した。
京平はそれに構わず、即座にフォアエンドを引く。
ガシャッという金属部品どうしのぶつかる音とともに、空のショットシェルが機関部横の排莢口から排出される。
同時に新たなショットシェルがチューブ弾倉から薬室に装填される。
発砲。
装填。
「あああああああああああ!」
京平は雄叫びを上げながら、散弾銃を矢継ぎ早に発砲する。
四、五十メートルの距離まで迫っていた敵船を多数の散弾が襲い、キャビン前面の広いフロントガラスが砕け散り、船体に拳ほどの大きさの穴が穿たれる。
船首の戦闘員らは、連発される散弾を恐れて甲板に張り付くように伏せた。
そして、こちらを見もせずに自動小銃を乱射してくる。
まともに狙いを付けることなく発射された銃弾は、そのほとんどがこちらを掠めることもなく、海面か空中に消えてゆく。
だが、他の戦闘員が恐怖で頭を上げられなくなっているのに対し、ロケット砲手の男は相当肝が据わっているらしく、船体のあちこちが被弾する中、こちらに向けた発射筒の照準器を超然と覗いている。
「死ねえ!」
京平は、弾倉内最後の一発を撃ち放った。
次の瞬間、今まさにロケット弾を発射しようとしている男の真横で、回転していたレーダアンテナが散弾を食らい、火花と部品を散らして吹き飛んだ。
キャビン上で爆煙が生じ、ロケット弾は空に駆け上ってゆく。
流石の男も至近弾には肝を潰したらしく、狙いを外したようだった。
「よし……!」
京平が小さく呟く。
ロケット弾発射の妨害に成功し一安心かと思われたが、次の瞬間、船体を銃弾が叩く音が連続し、足元で小規模な爆発音が生じた。
操縦席横の排気管から黒煙が噴き出し、船体に開いた複数の穴から黒煙が湧き出して来る。
「なんだ!?」
「エンジンに被弾したみたい! ……まずい、エンジン停止!」
未来が叫んだ。
推進力を失った漁船は減速を始め、敵船が急接近してくる。
京平はチューブマガジン内の六発を撃ち尽くした散弾銃から手を放し、腰のホルスターから自動拳銃を抜いた。
夏海も弾切れとなったミニUZIを捨て、拳銃を抜き、敵船に向けて発砲する。
明らかに火力の低下した漁船側に対し、敵船は勢いを増して突っ込んでくる。