表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルトアイランドZ  作者: 冷凍野菜
第3章
29/34

第28話 脱出

 蛇原山の頂上付近が眩い光に照らされ、明るく輝いた。

 夜明けだ。

 水平線の影が山肌を舐めるように下がってきて、真横から朝日を受けた北集落の家々が赤く染まってゆく。

 まるで、昭野島で流された夥しい量の血を吸ったかのような赤色だった。


 小型トラックの荷台に機関銃を搭載したテクニカルがカーブを抜け、姿を現した。

 距離は、およそ五十メートル。


 京平は即座に右手でUZI短機関銃の銃把を握り、伸ばした折畳式銃床を脇に挟んで腰だめに構えると、フルオートで射撃した。

 激しい振動とともに遊底が秒間十回以上の速さで前後し、その度に、右側面の排莢口から空薬莢が飛び出す。

 くすんだ真鍮色の空薬莢は放物線を描いてコンクリートの地面に落下し、鈴のような金属音を鳴らした。


 突然の銃撃に驚いたテクニカルがその場に急停車し、後続の白いワンボックス車がテクニカルに追突する。

 その後ろから来た黒いワンボックスはぎりぎりで追突を回避し、スリップの甲高い音を立てて停車した。


 まともに狙うことなく連射した弾はほとんど当たらず、テクニカルに命中した弾は一発だけだった。

 その一発もフロントガラスの隅に直径一センチ程度の小さな穴を開けただけだったが、敵を混乱させるには、それで十分であった。


「行け! 早く!」


 京平は未来に怒鳴り、漁協の建物に向けて走り出した。

 銃把を握る右手の親指でセレクタを操作し、セミオートに切り替える。


 京平は漁協の外壁の角から半身だけ出し、今度は銃床を肩に当ててしっかりと短機関銃を構え、テクニカルの荷台の機関銃手に狙いを付ける。


 機関銃手は応射を開始していたが、京平を発見できていないのか、漁協の二階部分を出鱈目に撃ちまくっている。

 京平の後ろには顔を出したばかりの太陽があり、向こうからは逆光で何も見えていないのだろう。


 直線基調のUZI短機関銃の上に一直線に並ぶ照星と照門を機関銃手に重ね、引鉄を引く。


 銃声とともに、機関銃手が崩れるように荷台から転げ落ちた。


 京平はすぐに次の標的であるテクニカルの運転席に銃口を向け、連続して引鉄を引いた。

 テクニカルのフロントウインドウに小さい穴が開き、サイドウインドウが木端微塵に砕け散る。

 停車していたら狙い撃ちにされるとやっと気づいたのか、テクニカルはディーゼルエンジンを唸らせて急発進した。


 京平は短機関銃のセレクタをフルオートに戻し、引鉄を引き絞る。

 音速を超える飛翔速度の九ミリ弾が、毎分六百発の連射速度で銃口から吐き出される。

 テクニカルの車体が火花を散らし、ひび割れて真っ白になったフロントガラスが朝日を乱反射してきらきらと輝いた。

 さらに漁協の中からも銃声が聞こえてきて、テクニカルの白くひび割れたフロントガラスの内側に赤い汚れが付着する。


 テクニカルはディーゼルエンジンを唸らせながら、錆びたガードレールをなぎ倒し、そのまま道路から転落した。

 そして、道路の三、四メートル下の海面に運転席から真っ逆さまに落下し、派手な水飛沫を立てた。


「ざまあみろ、クソどもが」


 京平は弾の切れた弾倉を捨て、足元に置いたエコバッグから新たな弾倉を取り出して装填し、銃撃を再開しようと角から顔を出す。


 次の瞬間、壁の表面が自分の目の前で、小さい爆弾でも埋め込まれていたかのように弾けた。

 慌てて頭を引っ込める京平。

 派手に撃ちまくったため、流石に居場所がバレたようだ。

 白煙を上げるワンボックスの影から、複数の戦闘員らがこちらに自動小銃を向けて発砲している。


 京平はずっしりと重たいエコバッグを拾い上げ、正面玄関から再び漁協の中に入った。

 テーブルや椅子などの間を、飛び交う銃弾を避けるために屈んで駆け抜ける。

 そして、敵の正面の窓の下にいた夏海の隣に飛び込み、腰を下ろした。


「船に行ったんじゃ――」


「一人じゃ手が足りないでしょ」


 夏海は膝立ちになり、ガラスの割れた窓からワンボックス車に自動拳銃を向けていた。

 引鉄が引かれる度に銃声が鳴り響き、空薬莢が舞う。


 スライドが後退した状態で発砲がストップし、夏海は窓の下に隠れた。

 直後、飛来する銃弾の数が明らかに増加し、ガラス片と天井の石膏の破片が京平と夏海に降り注ぐ。


「使え!」


 京平がエコバッグからミニUZI短機関銃と弾倉を取り出し、拳銃の弾倉を交換していた夏海の前に投げる。

 夏海は拳銃をズボンに差すと、ミニUZIに弾倉を叩き込み、槓桿を引いた。


 カナリア聖教の武装集団の本隊は、テクニカル一台と戦闘員を乗せたワンボックス車二台で構成されていた。

 昨日の時点では、機関銃搭載のテクニカル四台に移動用ワンボックス車五台の勢力を誇っていたカナリア聖教の武装集団は、京平たちの抵抗によって今や人員・装備の過半を失い、つい先ほど、最後のテクニカルも海に沈んだ。

 残る二台のワンボックス車のうちの一台も、エンジンルームから煙を吐いて立ち往生している。


「お兄ちゃん、さっきはごめん!」


 外から聞こえてくる銃声と着弾の音に負けじと、夏海が怒鳴るように言った。

 京平は「なんだ急に!」と怒鳴り返す。


「もう感染してた梓から私と未来ちゃんを守ってくれたのに、酷いこと言ってごめんなさい!」


 京平は隣の夏海を見た。

 夏海の顔は砂埃や着弾の衝撃で舞い上がった粉塵で汚れており、目元には既に乾いた涙の跡があった。


「俺も叩いて悪かった! ――敵が動くぞ!」


 話している間に、最後尾の黒いワンボックスが猛然と動き出した。

 黒いワンボックスは走行不能になった前車を追い越し、前へ進もうとする。


 だが京平がそれを見逃すはずもなく、京平は頭の上半分と短機関銃だけ窓の上に出すと、銃口をワンボックスの運転席に向けてフルオートで発砲した。

 激しい銃声が狭い漁協の建物の中に響き渡る。


 ワンボックスのサイドウインドウが木端微塵に砕け散り、車体側面が火花を散らした。

 堪らず急停車したワンボックスに、京平はボンネットからリヤゲートまで舐めるように銃撃を加える。

 だが、敵戦闘員らは降車し、車体の影から反撃の銃弾を浴びせかけてきた。


 耳元を殺意の籠った風切り音が駆け抜け、京平は慌てて窓の下に身を隠す。

 不可視の銃弾が音速の二倍の速度で頭上を通過し、室内の壁紙や書類棚を穴だらけにしてゆく。


「畜生、船はまだなのか!?」


 京平はUZIの銃把から空になった弾倉を抜きながら、夏海に怒鳴った。

 銃を握る手だけ窓から出し、狙いも付けずにミニUZIをぶっ放していた夏海は撃つのをやめ、「何!?」と京平に怒鳴り返す。


「波止場を見て来い! 船が来たら呼べ!」


「了解!」


 京平の命令を受けて、夏海は波止場が見える窓のほうへ腰を丸めて走って行った。


 京平はUZI短機関銃に弾倉を叩き込み、槓桿を引いた。

 ガチャリという金属音。

 排莢口に、真鍮色の銃弾が覗く


 引鉄を引けば、いつでも撃てる。

 しかし、窓枠が着弾の音をガンガンとかき鳴らし、背中を預ける壁からも外側の表面が銃撃で削られる衝撃が伝わってきては、とても反撃することなどできなかった。


 さっきまでより、明らかに銃撃が激しくなっている。

 ワンボックス車での突撃を諦めた戦闘員らが下車戦闘に移ったことで、飛んで来る銃弾の数が倍になったのだ。


 京平が背中を預けている壁は十五センチ以上の厚さをもつ鉄筋コンクリートであり、小銃弾がそう易々と貫通してくるとは思えない。

 隠れている間は安全だ。

 だが、反撃をしなければ敵の接近を許してしまう。

 二十人近くの敵と近接戦闘になってしまったら、まず勝ち目はないだろう。


 京平はポケットから携帯を取り出した。

 いつの間にか画面がひび割れだらけになっていたが、電源ボタンを押すと、割れた液晶が普段通りにロック画面を表示した。

 運よくタッチスクリーンも無事で、カメラアイコンの位置をタップするとカメラアプリが起動した。


 京平はインカメラに切り替え、汚れた自分の顔が液晶画面に映るのを確認してから、携帯の下端をつまむように持って、レンズが埋め込まれた画面上端部分だけ窓枠の上に出るように持ち上げる。

 壁とサッシが下に流れて行き、画面が一瞬真っ白になった後、外の景色が映った。

 画面に映る漁港前の光景は、朝焼けの下、肉眼で見るよりも濃いオレンジ色に染まっていた。

 

 側面の音量ボタンを押して、カメラをズームする。

 デジタルズームの荒っぽい映像の中に、五十メートルほど先の道路に停車している二台のワンボックスと、その周囲で瞬く発砲炎を捉えた。

 さらに、複数の戦闘員らが、つい十数分前に京平がやったように、点在するブロック塀やガードレールなどの障害物に隠れてこちらに接近してくる様が映る。

 

「船が来るよ!」


 海に面する窓の下で夏海が怒鳴った。

 京平は「今行く!」と怒鳴り返すが、五十メートル先の戦闘員らはともかくとして、二十メートル先のブロック塀の影で突撃の機会を窺っている戦闘員らは、今どうにかしなければマズいだろう。

 ここまで来て、船に乗り込む直前に背後から撃ち殺されましたでは冗談にもならない。


 だが、ブロック塀の後ろに隠れている戦闘員らを銃撃しようにも、立ち往生したワンボックスの周辺にいる戦闘員らの制圧射撃によって、京平は頭を上げられない状態だ。

 そもそも、小銃弾を用いる軽機関銃ならまだしも、京平が手にしているのは拳銃弾を用いる短機関銃であり、銃撃したところでブロック塀ごと敵を撃ち抜ける威力があるのかは怪しい。


 京平は、ふとエコバッグの中にある緑色の球体のことを思い出した。

 障害物の向こうの敵を、それを使って吹っ飛ばす光景は何度か見たことがある。

 もちろん映画でだが。


「何してんの! 船が着いたよ、急いで!」


「先に船に乗れ! 俺もすぐ行く!」


 京平はエコバッグから手の平サイズの手榴弾を取り出すと、最近見た戦争映画の手榴弾を使うシーンを思い出しながら、左手でピンを引き抜いた。

 映画では、手榴弾はピンを抜いただけでは爆発せず、爆発するのはレバーが外れて数秒してからだった。

 京平は映画の描写が正しいことを祈り、右手の手榴弾本体をレバーごと固く握りしめる。


 手榴弾を投げつけるには、まずは制圧射撃を少しの間で良いので黙らせる必要がある。

 京平は左手にUZI短機関銃を持ち、窓の外を見もせずに、左手と銃だけ窓の外に出して引鉄を引き絞った。


 連続した銃声が鳴り響き、フルオートのUZIが左手の中で暴れる。

 当然、発射された銃弾はほとんどがあらぬ方向に向かい、一発たりとも敵に当たることはない。

 だが、五十メートル先で二台のワンボックス車に隠れて銃撃を繰り返していた戦闘員らは、突然の応射に驚き、慌てて頭を引っ込めた。

 京平の狙い通り、制圧射撃が止んだ。


 京平は短機関銃を撃つのを止め、勢いよく立ち上がる。

 そして、右手を振りかぶり、二十メートル先のブロック塀目がけて手榴弾を放り投げた。

 指先を離れた手榴弾はばねの伸びる音とともにレバーと分離し、きれいな放物線を描いてブロック塀のちょうど後ろへ飛び込む。

 京平は手榴弾を投げるとすぐ、その行方の確認もせずにしゃがんで窓の下に戻り、即座に再開した敵の制圧射撃を躱した。


「し、手榴弾!」


 ブロック塀の後ろの戦闘員らの悲鳴のような声が聞こえてきた直後、爆発の衝撃が空気と地面を揺さぶった。


 京平は耳鳴りを無視し、UZIを構えて窓の上に頭を出す。

 生き残った戦闘員がいれば射殺する気だったが、その必要はなさそうだった。

 一部を残して木端微塵になったブロック塀の周囲に、ぼろ切れのようになった戦闘服の男たちが転がっているのが、漂う煙の中に見える。

 誰もが血塗れで、無くなった腕を押さえて転げ回っている者や、うつ伏せで意識を失っている者、明らかに死んでいると分かる者しかいない。


 京平はエコバッグを手にして、玄関へと走る。

 玄関ドアを蹴破らんばかりの勢いで開け、外に飛び出すと、漁協の前の波止場に、全長十五メートル前後の古びた漁船が接岸していた。


「早く!」


 未来と夏海に急かされるまでもなく京平は漁船に走り、飛び乗る。

 それと同時に、扉もない操縦席に立っている未来が、スロットルレバーを前に倒した。

 床下のエンジンの唸り声と振動も高らかに、急発進する漁船。


 漁船は波を受けて上下左右に揺れながら、陸から海に突き出した波止場と並走するようにして加速してゆく。

 漁協の建物と、そのすぐ横で黒煙を上げているフォークリフトがどんどん離れてゆく。

 前を見れば、この漁船よりも少し小さいボートが進路上に係留されているのが見えた。


「未来、あの船の真横を通れるか?」


「十メートルくらい距離を取れば」


「やってくれ」


 京平は操縦席の未来と話し終えると、床に放り投げていたエコバッグから最後の手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。

 ボートが近づいて来る。

 京平はタイミングを計り、係留されているボートに通り過ぎざまに手榴弾を投げ込んだ。


 五秒後。

 京平たちの漁船がボートから二十メートルほど離れたところで、手榴弾が炸裂した。

 腹に響く爆発音とともに、ボートの屋根すらない操縦席が吹き飛び、破片が飛び散る。

 船外機のガソリンに引火したらしく、ボートは周囲の海面ごと赤い炎に包まれた。


 散発的に、漁船の周囲の海面が何かに叩かれたかのように水飛沫を上げる。

 何かと思えば、ようやく港に到着した戦闘員らが走り去る漁船に気づき、銃撃してきていた。


 夏海が直ちに応射を開始するが、京平は「弾の無駄だぞ」と言って夏海を諫めた。

 既に港からは数百メートル離れており、揺れる船の上から狙える距離ではない。

 敵の撃つ弾も、時折漁船から数メートルの海面に着弾して水飛沫を上げるが、海面を跳ねるようにして全速離脱する漁船には一発も当たらない。


 港がどんどん遠ざかり、往生際悪く発砲を続けていた戦闘員らもついには諦めた。

 追っては来られないだろう。

 カナリア聖教は、この漁船と京平が手榴弾を投げ込んで沈めた小型船の二艘以外、はしけから堤防に立て掛けられていた消防の手漕ぎボートに至るまで、湾内の全ての船を沈めていたようだった。

 島民が島から脱出できないようにやったことだろうが、皮肉なことに、出られなくなったのは連中のほうだった。


 遠くから、再び銃声が聞こえてきた。

 しつこい連中だと思ったが、遠ざかる波止場の上にいる戦闘員らは皆こちらに背を向けて銃を撃っていた。

 感染者の集団が銃撃戦の音に引き寄せられ、港に現れたのだった。


 京平たちとの戦闘に夢中で、走り寄って来ていた感染者らに気づいていなかった戦闘員らは、突如として目の前に飛び出してきた感染者らに大混乱に陥っていた。

 一本道の波止場の上で、戦闘員らは次から次に襲いかかってくる感染者を撃ち殺しながら、徐々に波止場の先のほうへと追い詰められていく。


 カナリア聖教の戦闘員らが感染者に喰い散らかされるさまを目にする前に、波止場の上の人影はゴマ粒より小さくなり、十分もせずに昭野島漁港ごと水平線の下へと消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ