第27話 急襲
昭野島漁港には、湾に五十メートルほど突き出た波止場と、二階建ての漁協くらいしかない。
寂れた離島の漁港とはいえ、昨日までは何艘もの漁船や釣り船、小型のボートなどが停泊していたのだが、今やそのほとんどが破壊され、海面を漂う無数のゴミと化している。
湾を挟んで二百メートルほど離れた対岸には、京平と夏海の父親が働いている昭野島発電所がある。
発電所といっても、大型のディーゼル発電機が数基収められた建屋と、大きくもない重油タンクが三基あるだけの小規模なものだ。
昭野島は本土から離れているため、海底ケーブルによる送電ではなく、島内のディーゼル発電所に電力供給を頼っていると父が言っていた。
※
未来と夏海は発電所に向かった。
京平は漁協の建物から二十メートルほどのところまで四つん這いになって近づき、腰丈のブロック塀の影に隠れて銃撃が始まるのを待っている。
京平は、AK―47自動小銃と引き換えに未来から貰ったUZI短機関銃のセレクタをフルオートに合わせる。
その名の通り全長の短い短機関銃は、射程と威力では自動小銃に劣るが、狭い屋内での取り回しという点では自動小銃より優れている。
漁協の狭い建物の中では、自動小銃よりも短機関銃のほうが有利だろうという判断だった。
未来と夏海は発電所に到着次第、銃撃を開始する予定だ。
無線機など無いので、京平はいつ始まるか分からない銃撃に神経を尖らせる。
心臓が高鳴り、緊張で思わず吐きそうになる。
京平は生唾を飲み込み、汗でべたつく手の平をズボンに擦りつけた。
短機関銃の握把を握りなおしたそのとき、一発の銃声が京平の鼓膜を叩いた。
運動会のピストルのような銃声は、次の瞬間には爆竹のような連続した炸裂音に変わる。
未来の自動小銃だ。
それより少し小さい、夏海の拳銃の発砲音も断続的に聞こえてくる。
ガラスの砕ける音や、コンクリートの壁を銃弾が叩く音。それらの音に混じって、「どこからだ!」という悲鳴のような声が間近から聞こえてきた。
「機関銃! 撃て、撃ち返せ!」
「クソ、どこから撃たれてるか分からない!」
「ふざけるな、どこ見てんだよ! 発電所だ!」
「畜生、ここからじゃ撃てない! 移動する!」
「早くしろ!」
戦闘員らの怒号が飛び交う。
そして、未来と夏海への応射を即座に始めた戦闘員らの自動小銃に少し遅れて、派手な連射音が空気を震わせた。
二階の機関銃が発砲を始めたのだ。
京平は頭を少し上げ、漁協の様子を窺った。
機関銃そのものは、先ほどまで陣取っていた道路側から海側の窓に移動しているので見えないが、黄色く光る曳光弾が、レーザのような一直線の軌跡を描いて対岸の発電所に飛んでいくのが見える。
地上の戦闘員二人はフォークリフトの影から自動小銃を対岸に向けて引鉄を引いており、どちらも京平のほうに背を向けている。
今だ。
京平は素早く立ち上がると、漁協までの二十メートルを数秒で駆け抜けた。
戦闘員らに気づかれることなく建物の裏に回り込み、古びた勝手口ドアの採光窓から中を覗き込む。
見える範囲には誰もいない。
右手で短機関銃を保持して腰だめに構え、左手でドアノブを捻る。
鍵は掛かっておらず、白い錆の浮いているアルミ製のドアは、その古びた外観の通り軋むような音を立てて開いた。
京平は短機関銃の銃床を肩に当てて構えなおし、漁協の建物の中に足を踏み入れた。
二階で派手に撃ちまくっている機関銃の発砲音が、鉄筋コンクリート造の狭い漁協の建物の中を反響し、それ以外の全ての音を掻き消している。
京平は短機関銃の銃口を周囲に向けて警戒しながら、急ぎ足で階段に向かう。
敵が突然目の前に飛び出してくるような事態を警戒していた京平だったが、四人目の戦闘員が現れることはなかった。
足音を立てないように――どんなに足音を立てようと、銃声に掻き消されて聞こえないだろうが――急な階段を駆け上り、二階に侵入する。
二階は事務室だった。
スチール製の事務机や書類棚などが狭い部屋に押し込まれていて、窮屈極まりない。
その事務室の窓際で、戦闘服の男が外に向けて一心不乱に機関銃を撃っていた。
見回してみても、機関銃手の他に敵の姿はない。
京平は自分のUZI短機関銃を見下ろした。
握把の根元のセレクタはフルオートを指している。
槓桿は後ろに引かれており、機関部右側面の排莢口からは真鍮色に鈍く輝く九ミリ弾が見える。
京平は短機関銃を構え、照星と照門を機関銃手に重ねたまま、足を踏み出した。
事務室の中をゆっくりと進み、ひたすら機関銃を撃ちまくっている男との距離を詰めてゆく。
そして、男の背後二メートルほどのところで、足を止めた。
「死ね」
京平は短機関銃の引鉄を引き絞った。
連続する強烈な炸裂音が室内を反響し、耳が壊れそうになる。
銃口が跳ね上がるのを、被筒を握る左手でどうにか抑えつけ、一発一発が必殺の威力を秘めた弾丸を敵に叩き込んでゆく。
ミニUZIに比べればUZI短機関銃の連射速度は控えめだったが、背後から銃撃された男にとって、それはなんの慰めにもならなかった。
黒い戦闘服の背中に複数の穴が穿たれ、鮮血が糸を引いて飛び散る。
引鉄を引いていた一秒足らずの間に十発以上の銃弾が発射され、その全てが男の背中に吸い込まれた。
引鉄に掛けた人差し指から、力を抜く。
往復して次々に雷管を叩いていた遊底が停止し、射撃が止まった。
男は後ろを振り向くことすら出来ず、床に崩れ落ちる。
京平は倒れた戦闘員を足で退け、二脚で窓枠に引っ掛けられていた軽機関銃の銃把を握った。
軽機関銃は今まで使ったことのある短機関銃や自動小銃と異なり、弾倉ではなく弾帯で給弾を行う方式だったが、基本的な操作は同じだろう。
槓桿と思われるレバーを引くと、既に装填されていた小銃弾が排莢口から転がり落ちた。
同時に、弾帯が一列ぶんだけ横にずれ、次の銃弾が薬室に装填される。
「おい、装填不良か!? だったら一言何か言えと、さっきも――!」
外で自動小銃を対岸に向けて撃っていた中年の戦闘員が、何も言わずに射撃をやめた機関銃手を怒鳴りつけながら振り返る。
そして、仲間の機関銃手がいるはずの二階の窓に京平がいるのを目撃して、驚愕の表情を顔に貼り付けた。
戦闘員は慌てて京平に自動小銃を向けようとするが、既に軽機関銃の銃口を戦闘員らに向けていた京平が引鉄を引くほうが早かった。
ドドドドドド――――!
短機関銃とは格の違う、耳を劈く強烈な発砲音と発砲炎が京平の視覚と聴覚を乱打し、重い反動と激しい振動が腕と肩を痺れさせる。
「死ね、死ね、死ねえ!」
京平は叫びながら、ろくに狙いも付けずに軽機関銃を乱射する。
戦闘員らは身体中に機関銃弾を浴び、一発たりとも反撃出来ずに倒れ伏した。
銃弾が直撃する度に戦闘員らの身体が跳ね、皮膚が裂けて血飛沫が飛び散る。
劣化したコンクリートの地面に赤黒い水溜まりが広がってゆく。
戦闘員らはもう生きてはいないだろう。
不幸にもまだ生きていたとしても、瀕死の重症で反撃どころではないはずだ。
しかし、それでも京平は軽機関銃を撃つのを止めなかった。
京平は怒りと復讐心に身を任せ、引鉄を握り続ける。
弾帯が次々と機関銃に吸い込まれてゆき、煤けた薬莢が足元の床を埋めてゆく。
舐めるように行ったり来たりする火線が、もはやぴくりとも動かなくなった襤褸切れ同然の戦闘員らの腕や足を吹き飛ばす。
戦闘員らを外れた一部の銃弾が地面のコンクリートを砕き、トタン板を棒で叩くような音とともにフォークリフトを穴だらけにしてゆく。
時折混ざる曳光弾が、フォークリフトから漏れたガソリンの水溜まりに突き刺さった。
次の瞬間、二階建ての漁協の建物を遥かに超える高さまで爆炎が上がり、京平は思わず腕で顔を庇った。
熱風が腕の表面を撫でる。
次に目を開けたときには、フォークリフトは横倒しになって炎上していた。
炎の中に、人間大の黒い影が二つ見える。
京平は弾切れとなった軽機関銃をその場に捨て、対岸の発電所に目をやった。
さっきまで白かった重油タンクの表面に、小銃弾と機関銃弾が穿った穴から流れ出した重油が、無数の黒い筋を描いていた。
防潮堤の古びたコンクリートにも無数の着弾の痕が残っており、銃撃の激しさを物語っている。
『こちら本隊、間もなく北集落に到着する。出航の準備にかかれ』
突如として聞こえてきた声に、驚いた京平は短機関銃を手に勢いよく振り返り、部屋中を見回した。
だが、部屋の中に人影は見えない。
『守備隊、聞こえているか? どうぞ』
ザーザーという雑音と声が再び聞こえてきて、京平は足元に目をやった。
機関銃手の死体から流れ出た血で赤く染まった毛足の短いカーペットの上には、大量の空薬莢や弾帯のリンク部品などと一緒に、小型のトランシーバが転がっていた。
『港守備隊、応答せよ! ――――ったく、無線機はトイレにも持って行けと言っただろうが』
「港守備隊は俺が全員殺したよ、ボケ」
京平は男の声でがなり立てるトランシーバを蹴り飛ばし、そう呟いた。
そして、窓から身を乗り出し、大きく手を振る。
防潮堤から顔を出していた未来と夏海が引っ込み、発電所と港を繋ぐ道路を二人が駆けて来る。
京平は急ぎ足で階段を下り、燃え盛るフォークリフトの残骸がガラスドア越しに見える正面玄関に一直線に向かった。
六畳程度の正面玄関に、カナリア聖教の武装集団が持ち込んだらしい怪しげなハードケースや木箱がいくつか置かれていることに、京平は先ほど一階を通ったときに気づいていた。
京平はまず、玄関正面の受付カウンターに置かれた細長いハードケースを開ける。
中にはポンプアクション式の散弾銃と、ショットシェルが収められた紙箱が入っていた。
京平は散弾銃をスリングで背中に回し、ショットシェルは受付の脇に飾ってあった昭野島漁協謹製のエコバッグに箱ごと突っ込んだ。
空になったハードケースを滑らせてカウンターから落とし、隣に置かれていた「7・62×39」と蓋に書かれた木箱を開ける。
箱の中には、真鍮色の小銃弾が詰まっているプラスチック製の小物入れと、湾曲した弾倉数本がおがくずに包まれていた。
京平は、弾と弾倉をエコバッグに放り込んでゆく。
床に置かれていたプラ箱を持ち上げて逆さにすると、見覚えのあるミニUZI短機関銃と、細長い弾倉数本が金属音を立てて床に落下した。
当然、ミニUZIと弾倉もエコバッグに突っ込む。
ミニUZIが入っていた箱を放り投げ、最後の木箱の蓋を開ける。
木箱の中にはおがくずが敷き詰められており、その上に手のひらサイズの緑色の球体が二つ鎮座していた。
京平は球体を持ち上げ、まじまじと見つめた。
金属製でずっしりと重い球体にはレバーとリング状のピンが取り付けられており、映画から得た知識が正しければ、それは「手榴弾」とよばれるもののようだった。
京平は手榴弾を二つとも、銃器と弾薬ではち切れそうになっているエコバッグに捻じ込んだ。
何かの拍子に爆発しないか怖いが、今はそんなことを言っている場合ではない。
一分もかけずに武器弾薬の調達を済ませた京平は、正面玄関を出た。
派手な炎と黒煙を上げて火葬されるフォークリフトと二人の戦闘員らの横を通り過ぎ、走ってくる未来と夏海を「走れ! じき敵が来るぞ!」と急かす。
「クソ、少し遅かったか」
ディーゼルエンジン特有の騒々しい排気音が近づいて来ることに気づいて、京平は思わず悪態を吐いた。
間違いなく敵の本隊だ。
今すぐ船に乗り込んで島を脱出したいところだが、しかし、船を発進させる前に敵本隊が港に到着するほうが早そうだたった。
船の発進準備中に集中砲火を受け、脱出まであと少しのところで殺されるなどという事態は絶対に避けなければならない。
「俺はここで敵を食い止める! お前らは船を出せ!」
息を切らしながら駆け寄ってきた未来と夏海に、京平は船を指差しながら言った。
そして、敵を迎撃するため漁協の建物に戻ろうとし、未来に腕を掴まれて引き留められた。
「そんなのダメ! わたしたち三人で脱出するのよ!」
未来が泣きそうな顔で、京平に怒鳴る。
「は? 当たり前だろ――」
そこまで言いかけて、京平は未来が何か勘違いしているようだと気づいた。
未来は、京平が自らを犠牲にして二人を逃がすつもりでいるとでも思ったらしい。
――まさか、この俺が自己犠牲を厭わないタイプだと思われていたとは。
京平は思わず吹き出しそうになった。
京平は、こんな場所で死ぬつもりなど毛頭ない。
「勘違いすんな。船を出したら、そこに横付けしてくれ。俺を置いて行くんじゃねえぞ」
京平は口の端を歪めて不敵に笑った。