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カルトアイランドZ  作者: 冷凍野菜
第2章
22/34

第21話 崖登集落攻防戦(中)

 公民館では、既にほとんどの住民らが二階へと退避していた。


 京平は、一人減ってしまった守備隊の面々にも、二階に行くように言った。

 散弾銃を持った稲森と、短機関銃を持った山内と川中の三人には、ポンプ車で放水を行っている消防団員たちが撤退するのを援護してもらわなければならない。


「二階から、釘付けになった感染者たちを撃って数を減らす。その後、撤退する消防団の人たちを、追いかける感染者から守る。そんな感じでお願いします」


 階段のバリケード前で稲森と山内、川中に話していると、トランシーバが『ザッ』という雑音を出し、その直後に声を発した。


『あと一分で水がなくなる! 援護を頼む!』


 思っていたよりも早い。

 京平は思わず舌打ちした後、三人に「行ってください!」と怒鳴った。


 京平自身は未来と一緒に玄関で、消防団員たちが撤退してくるのを待つ。

 短機関銃から弾倉を抜いて残弾があることを確認し、ガシャッという金属音を響かせて弾倉を握把の中に戻す。セレクタが「フルオート」に合わせてあることも確認した。


 二階からやかましい銃声が聞こえてきた。

 放水を受けてもがく感染者らは、短機関銃の放つ九ミリ弾やショットガンの散弾、下田のライフルの七・六二ミリ弾を撃ちかけられ、次々と死体に変わってゆく。


 理性を失った感染者とはいえ、半日前までは同じ島の住民だった人々だ。見ていて気持ちのよいものではない。

 だが、殺さなければ殺される。仕方がないと、京平は深く考えないようにした。


『タンクが空になった。撤退を始める』


 トランシーバが言った。


 水流の勢いが一気に弱まったホースを捨て、ポンプ車の担当だった消防団員ら三人がグラウンドを走って公民館に向かって来る。

 その後ろから、銃撃を生き残った感染者らが猛然と追いかける。


 京平が考えていたほどには、感染者の数は減っていなかった。

 他の感染者の下敷きになっていた者や、銃弾を食らいながらも致命傷にはならなかった者が多くいたのだろう。


「こっちです! 早く!」


 逃げる消防団員たちに京平が怒鳴る。


 中高年の多いポンプ車担当の消防団員たちは必死の形相で走ってはいるが、タガの外れた感染者のほうが数段足が速い。

 両者の距離がどんどん縮まってゆく。


 誤射することを恐れ、消防団員たちの近くにいる感染者は二階から狙えない。

 さらに、短機関銃も散弾銃も同じタイミングで撃ち始めたため、一斉に弾切れとなり、感染者らの排除が追いついていなかった。


 消防団員たちは、感染者らに追いつかれる寸前で玄関に辿り着いた。

 息も絶え絶えの消防団員たちが玄関を潜り、それを追って殺到する感染者らに京平が短機関銃を乱射する。

 特に近くまで来ていた数人の感染者らは身体の前面に複数の穴を穿たれ、なぎ倒された。


「京ちゃん!」


 後ろから未来に呼びかけられ、京平は玄関ドアの前から身を引く。

 直後、玄関ドアは未来によって勢いよく閉められた。


 未来は閉めると同時にサムターンを回し、ドアを施錠。

 少し遅れて駆け寄ってきた感染者らは、走る勢いそのままにドアに激突した。

 ラグビー選手のタックルでも受けたかのような衝撃にドアが軋み、ドアに嵌め込まれたガラスにひびが入る。

 京平と未来はそれを尻目に、階段に走る。


 京平と未来は階段前のバリケードを潜り、いくつもの長机を組み合わせて作られたバリケードの開口部に、予め用意されていたベニヤ板を押し付けた。

 そして、京平がその板を太い針金で長机の脚に結び付けてゆく。


 ガラスの割れる音が響き、途端に感染者の唸り声が大きくなった。玄関か、どこかの窓が破られたようだ。

 ドタバタという足音が近づいて来る。


「――終わった!」


 板をバリケードに固定し終えた京平は立ち上がった。

 それと同時に、感染者がバリケードの前に飛び出してきた。


 感染者らは京平と未来の姿をバリケードの後ろに見つけ、机の隙間に腕を突っ込んで京平たちを掴もうと試みる。

 だが、二メートル近く離れた京平たちに腕が届くはずがない。


 感染者らは、目の前に見えているのに手の届かない京平と未来に苛立ちを露わにし、咆哮しながら力任せにバリケードへの体当たりを始めた。

 凄まじい音を立て、バリケードが軋む。

 さらに、咆哮に気づいた感染者らがバリケード前に集まって来て、見える範囲の廊下はあっという間に感染者で埋め尽くされた。


「これ、ヤバいんじゃない!?」


「ああ、ヤバいな!」


「ヤバいなじゃなくて、どうするのよ!?」


 未来と京平は、咆哮と体当たりの衝撃音に負けないよう大声で会話を交わす。


 感染者らは明らかにバリケードを破壊しようとしているが、感染者どうしで協力するということもなく、道具を使おうともしない。

 タイミングを合わせることもせず、各々が勝手にバリケードにタックルするだけなのだが、そのタックルが強烈な上に数が多い。


 体当たりを連続して食らった長机の天板が折れ曲がり、脚どうしを結び付けている針金が緩んでゆく。

 頑丈に作られていたはずのバリケードは感染者の大群の猛攻を受け、あっという間に壊れるまで秒読みの状態になっていた。


「クソッ、二階に逃げるぞ!」


 京平は未来を急かして階段を駆け上り、二階団欒室のドアを勢いよく開けた。

 階下から聞こえてくる感染者の咆哮や、バリケードに体当たりを食らわせる振動に怯え切っている住民らの視線が、一斉に京平と未来のほうを向く。


「稲森さんたち、こっちをお願いします! もう外はいいですから!」


 京平は住民らの視線を無視し、窓からグラウンドの感染者を射撃している稲森、山内、川中の三人を階段に呼び寄せた。

 バリケードが破られそうな今、この高低差三メートル弱の階段が最後の砦だ。

 感染者たちにこの階段の突破を許せば、三十人以上の住民がいる二階へと感染者が雪崩れ込んでくることになる。そうなれば、京平を含む住民たちは喰い殺されるか、正気を失った感染者に仲間入りするかの二つに一つだ。


 絶対に、感染者に階段を上りきらせてはならない。


「残弾はどのくらいありますか?」


 京平が三人に尋ねた。


「ショットシェルは二、三十発」と稲森。


「短機関銃は弾倉あと二本」と、山内

「同じく」と山内。


「拳銃はこれが最後よ」と未来。


「クソ、足りねえなあ」


 京平は短機関銃に最後の弾倉を叩き込んで呟いた。

 押し寄せる大量の感染者に対して、決して余裕があるとはいえない。


 階段の下を見ると、整然と積まれていた長机のバリケードは歪み、今にもバラバラになりそうだった。

 感染者らは自分の身体が傷つくのもお構いなしに、半壊のバリケードへと体当たりを繰り返している。

 バリケードの軋むガタガタという断末魔と感染者の咆哮とが、住民らの不安を増幅させる。

 背後の団欒室から、子供たちの泣き声が聞こえてくる。


「主に稲森さんが感染者を撃って、稲森さんが二発撃ち尽くしたら、次に川中さんと山内さんの順で短機関銃を撃ってください。弾の節約のため、出来るだけセミオートで頭を狙うようにしてください」


 京平が年上の三人に指示する。


 階段は大人が三人横並びになることもできない横幅のため、一度に襲いかかってくる感染者の数は限られる。

 列を成して上ってくるであろう感染者たちを、一人ずつ始末していけばよいのだ。

 着実に数を減らしていけば、十分に勝機はある。


「バリケードが崩れるぞ!」


 稲森が叫んだ直後、堤防が決壊するかのように、バリケードは一気に崩壊した。

 壮絶な破壊音とともに、針金で結ばれていた長机の壁が倒れ、多数の感染者たちがバリケードの残骸を乗り越えて階段室に乱入してくる。


 階段の上に京平たちの姿を見つけた感染者らは、咆哮しながら階段に殺到し、通勤ラッシュ時の駅のエスカレータのような密度で階段を駆け上ってくる。


 耳をつんざく轟音。

 つんと鼻を突く火薬の刺激臭。

 血飛沫(しぶき)を撒き散らしながら吹き飛ぶ先頭の感染者。


 稲森が水平二連散弾銃を発砲したのだった。


 何人かが、階段を落ちてゆく感染者に巻き込まれて一緒に転げ落ちていったが、その横にいた感染者の男は散弾の流れ弾を数発浴びていながらも、階段を上ることを止めなかった。


 稲森の散弾銃の銃口がまた火を吹いた。

 さらに距離を詰めようとしていた感染者の男は、頭の上半分を撒き散らしながら階段を落ちていった。


「装填!」


 稲森が散弾銃の銃身を折り、ショットシェルを交換する。

 その間、川中が階段を上ってくる感染者を短機関銃で始末していく。


 稲森が散弾銃の装填を終えると、再び二発の派手な銃声が轟き、先頭にいた感染者が散弾を浴びて吹き飛ぶ。


 稲森と川中が交互に感染者たちを始末し、階段の下はあっという間に死体で埋め尽くされた。


「代われ!」


 弾倉内の三十発を撃ち尽くした川中が、山内にバトンタッチした。

 山内も冷静に感染者の頭を狙い、順調に片付けていく。


 登ってくる感染者の全てを、階段の上半分に辿り着く前に始末できており、感染者一人に使う銃弾も一発から二発程度で対処できている。

 この調子ならば弾が尽きる前に感染者を全滅させられるかもしれない。

 希望が見えてきた気がした。


 突然、階段室の天井で青白い光を放っていた直管蛍光灯が不気味に明滅した。

 京平は天井を見上げ、切れかけのように明滅する蛍光灯を見る。


「なんだ……?」


 そう呟いた次の瞬間、蛍光灯が消え、周囲が真っ暗になった。

 視界から感染者も何もかもが消え去る。


「うわあああああ!」


 半狂乱になった山内が短機関銃を乱射し、稲森も二発連続で散弾銃を発砲する。

 無秩序な銃声が重なり合い、混乱に拍車を掛ける。


 発砲の一瞬、発砲炎がカメラのフラッシュのように瞬間的に辺りを照らし出す。

 真っ暗闇にもお構いなしに我先にと階段を上って来ていた感染者らが、大量に発射される銃弾を全身に浴びて、血を流しながら転げ落ちていく様子が、コマ撮り動画のように京平の目に映った。


「なんで電気が消えたんだ!?」


「発電機がやられたのかもしれない!」


「感染者にそんな知能が残っているのか!?」


「さあね! 偶然足でも引っ掛けてコードが抜けたんじゃないですか!」


 銃声と感染者の咆哮に負けないよう、京平たちは怒鳴り合うように話す。


 間もなくして、非常灯の豆電球が弱々しい光で階段を照らし出した。

 二十人を軽く上回る先達が挑戦し、ことごとく死体と化したにもかかわらず、また新たな感染者が赤黒く染まった階段を駆け上ってくる。

 再装填を終えた稲森が散弾銃を発砲し、無謀な感染者は胸から血飛沫をあげながら仰け反った。

 しかし、そのまま階段を転げ落ちていくと思われた感染者は、後ろの感染者にもたれ掛かるような状態になった。

 そして、意識しているのか否かは分からないが、後ろの感染者らは仲間の死体を盾にするようにして階段を駆け上ってきた。


 川中が短機関銃の引き金を連続して引く。

 弾避けと化した感染者の死体を九ミリ弾が襲い、着弾のたびに血飛沫が舞う。

 しかし、貫通力に劣る九ミリ弾は全て死体に防がれ、その後ろにいる感染者たちまで届かなかった。


 階段の上の京平たちと感染者たちとの距離が縮まっていき、最悪なタイミングで川中の短機関銃が弾切れになった。

 稲森は再装填の最中で、山内は弾倉の交換に手間取っている。


 もはや銃弾の節約などと言っていられない。

 京平は右手の親指で短機関銃のセレクタをフルオートに合わせ、階段を上ってくる感染者らの足元に銃口を向けて引鉄を引いた。


 ババババババ――! というミニUZI短機関銃特有のほぼ繋がって聞こえる連射音が鳴り響き、感染者らの足元の床材が砕けた。

 銃弾を食らった感染者のズボンの裾あたりが裂け、鮮血が飛び散る。


 足の骨を砕かれた感染者が前のめりに倒れる。

 再装填を終えた稲森が、倒れてもなおもじたばたと藻掻く感染者にとどめを刺した。続いて、倒れた感染者を踏みつけて向かって来る次の感染者に散弾をお見舞いする。


「このままじゃ押し切られるぞ!」


 稲森がショットシェルを交換しながら怒鳴った。


 殺しても殺しても、感染者が次々と現れてきりがない。

 停電になった際に無駄弾を撃ってしまったせいで、このままでは感染者らを殺しきる前に弾が尽きる可能性が高かった。


「すぐ戻ります!」


 京平は稲森たちにそう言ってから、後ろの団欒室のドアを開けた。

 天井に並んでいる直管蛍光灯は全て消えており、「非常口」の文字が光る緑色の誘導灯と非常灯の豆球、住民たちの持つ懐中電灯やランタンなどの光が、団欒室を暗いながらも見える程度に照らしている。


 住民たちはドアとは反対側の壁際にかたまっており、ドアを勢いよく開けて入って来た京平を、驚きと恐怖の混じったような顔で見てきた。


「槍は!?」


 後方から響いてくる銃声に掻き消されないよう、京平が大声で住民たちに聞く。

 住民らは「物置部屋に」などと口々に言いながら、トイレの横のドアを指差した。手伝う気はないらしい。


 京平は、壁際に固まったまま何もしない住民らに苛立ちを募らせる。

 こっちは命がけで感染者の侵入を防ごうと戦っているのに、こいつらはただ部屋の隅に集まって、手伝おうとする格好すら見せないのは何故なんだ、と。


「あんたらも少しは協力したらどうだ! このままじゃ皆殺しだぞ!」


 京平は住民らに怒鳴った。


 真っ先に夏海と梓の二人が京平のほうへ駆け寄って来て、続いてポンプ車での放水を担当していた消防団員らが立ち上がった。

 しかし、住民の半数近くを占める老人たちは「自分たちは歳だから関係ない」といった様子で京平を見遣り、残りは怯えているのか、ばつが悪そうに目を逸らす。

 京平はその非協力的な態度に怒りを爆発させそうになり、寸前でなんとか思い留まった。そんなことをしている場合ではないのだ。


「そもそも、なんで武器を物置に仕舞ったりしたんだよ」


「誰かが『子供が触ったりしたら危ない』って」


 京平は物置部屋の安っぽいドアを開けながら夏海と梓に疑問に思ったことを尋ね、答えを聞いて、もはや怒りを通り越して呆れ果てた。


「状況分かってんのかよ」


 吐き捨てるように言った京平は物置部屋の中に入り、ご丁寧に一番奥の壁に立て掛けられていた槍を手に取った。

 長さ二メートル程度の物干し竿の先に包丁を括り付けただけの手製槍だが、弾の切れた短機関銃や素手で感染者の相手をするよりは遥かにマシだ。

 本数も消防団員全員に行き渡る程度の数はある。


 京平は消防団員らに槍を渡していった。

 槍を受け取った消防団員らはすぐに階段に向かい、迫り来る感染者たちを残弾の少ない銃でなんとか足止めしていた守備隊に加わった。これで、弾が切れても暫くはもつだろう。

 原始的な武器だが、少なくとも感染者の腕よりかはリーチが長い。それに、下から来る感染者を上から一方的に攻撃できるという地の利もあるのだ。

 そう簡単に突破されたりはしないだろう。


 京平と夏海と梓は槍を手に物置部屋を出た。

 そして、階段での攻防に加わろうと歩き出したそのとき、京平の横にいた梓が消えた。


「え……?」


 消えた梓を探して辺りを見回した京平の目に、畳の上に倒れる梓と、その上に馬乗りになっている女の姿が目に映った。


 梓の金切り声が団欒室に響く。


 京平は目を見開いた。

 梓に馬乗りになっている女は開いた口から血の混じった涎を垂らし、唸るような低い声を出していた。

 間違いなく感染者だ。


 京平は考える前に、咄嗟に槍で感染者の横っ腹を突き刺した。

 ろくに構えもせずに放った中途半端な突きだったが、肉を貫く感触がパイプ越しに京平の手に伝わってくる。


 脇腹を槍に貫かれた感染者の女が首を回して振り向き、充血した目で京平を捉える。

 目標が目の前の梓から京平に切り替わったらしく、感染者は腹に突き刺さった槍を気にもせず、猛然と立ち上がりながら身を捩った。

 刺さっていた槍が京平の手を離れ、血の糸を引きながら遠心力で吹っ飛ぶ。


 感染者は身体の正面を京平のほうに向け、憤怒の形相で京平を睨みつける。

 脇腹に開いた穴から鮮血が溢れ出し、感染者の服に赤い染みが拡がってゆく。


 感染者は常人なら悶絶するであろう大怪我を負いながらも、そうとは思えない俊敏さでひとっ飛びに京平に躍りかかった。

 しかし、京平は槍が手を離れると同時に、肩から吊り下げた短機関銃の銃把グリップに手を伸ばしていた。


 短機関銃を腰だめに構えて、引き金を思い切り引く京平。


 ミニUZIの銃声が鳴り響く。

 スローモーションの視界の中を、全身を銃弾に撃ち抜かれる感染者の女の姿が大きくなってゆく。

 回避する暇はなく、京平は感染者に真正面から激突されて背中から転倒した。

 感染者が上から圧し掛かってきて、身動きが取れなくなる。


 感染者は十発以上の銃弾をその身体に浴びているはずだったが、それでもなお死んでいなかった。

 緩慢な動作で顎を開閉させ、死の間際にあって目の前の京平を噛み殺そうと足掻いている。


 京平は恐怖でパニック寸前になりながら、必死に感染者を引き離そうとする。

 感染者の歯が目の前でカチカチと音を鳴らす。


 京平は片手で感染者の首を掴んで噛まれないようにしながら、取り落とした短機関銃を手探りで探した。

 冷たい金属が右手の指先に触れる。

 京平はそれを手繰り寄せ、銃把を掴んだ。


「離れろ! クソッタレ!」


 そして、感染者のこめかみに銃口を押し当て、引鉄を引いた。


 銃声が鳴り響く。

 感染者の頭が弾かれたように揺れ、力の抜けた身体が重力に従って京平の上に落ちてきた。

 間一髪のところで、自らを喰おうとしてきた感染者の射殺に成功した京平は、自身の上に圧し掛かる感染者の死体を掴んで力任せに退かした。


「クソ、何が起きて――!」


 思わず悪態を吐いた京平は、開けっ放しになっていたシンク横の窓から、さらに感染者が侵入してくるのを見た。


 感染者と目が合う。


 京平は倒れた状態のまま、短機関銃を感染者に向け、引鉄を引く。

 だが、撃鉄の落ちるカチッという音がしただけで、九ミリ弾が発射されることはなかった。

 弾切れだ。


 京平は跳ねるように立ち上がった。

 それと同時に、今まさに窓枠を乗り越えようとしている感染者に短機関銃を投げつける。

 感染者の顔面を、重量約三キロの鉄の塊が直撃する。


 感染者の鼻をへし折った短機関銃は、弾みで回転しながら窓の外に飛んでゆく。

 奇妙に折れ曲がった鼻から夥しい量の鼻血を溢れさせる感染者は、不気味な唸り声を発して京平を睨みつける。

 常人ならば顔を押さえてうずくまるところだが、鼻の骨が折れた程度では感染者は止まらない。


 感染者が京平に飛び掛かろうと跳躍の姿勢を取る。

 京平はポケットから肥後守ひごのかみを取り出し、五センチ強の刃を開いてから右手に握った。

 こんな果物ナイフより小さい小型のナイフで感染者の突撃に対処できるはずがないが、もはや京平の手元にはこれしか武器がない。


 死を予感した京平の背後で、銃声が鳴り響いた。

 今まさに京平に襲いかかろうとしていた感染者が、跳躍する寸前に銃弾を頭に食らって倒れる。


 振り返ると、未来が拳銃を構えていた。銃口からは薄い煙が立ち上っている。


「悪い。助かった」


「お互い様よ……それより、梓ちゃんは大丈夫?」


 夏海に助け起こされた梓に、未来が尋ねる。

 梓は恐怖のあまり腰が抜けたらしく、足をがくがくと震わせ、夏海に抱き着いて声を上げて泣いている。

 とてもではないが、答えられる状態ではなさそうだ。


「なんだ!? 何が起こっている!?」


「感染者が入って来たんだ!」


「どっから!? 感染者はあれだけか!?」


 想定外の感染者の乱入に、団欒室の中の住民たちは混乱の極致にあった。

 悲鳴と怒号が飛び交い、幼い子供の泣き声が室内の空気を震わせる。


 京平も含め、住民たちは階段から感染者が侵入してくることしか考えていなかったので、階段の守備隊が健在のうちは大丈夫だと思っていた。

 ところが、現に感染者は団欒室への侵入を果たした。

 二階なので窓からの侵入はないと無意識に考えていたが、感染者らは外壁をよじ登ってきたのだろうか。


 ガラスの割れる音と複数の悲鳴が団欒室に響く。

 音源のほうを見た京平は、「あぁ……」と力なく発した。

 壁際に集まっていた住民らの真横の窓がぶち破られ、感染者が飛び込んできたのだ。


 住民らは、最初に感染者に襲われた不運な中年女性を助けようともせず、我先にと逃げ出す。

 だが、住民らには逃げ場すら与えられなかった。

 住民らと京平たち四人との間に、さらに数人の感染者らが窓を破って飛び込んできた。


 相変わらず、守備隊は団欒室の様子に気づかない。


 飛び込んできた感染者らは、しかし、最も近くにいた京平たち四人を睨みつけた。

 蛇に睨まれた蛙のごとく、京平たちは固まった。

 感染者らは低く唸りながら、京平たちに飛び掛かろうとする。


 万事休すかと思ったそのとき、住民の誰かが耐え切れずに悲鳴を上げた。

 感染者らは京平たちから目を離し、背後を振り向く。

 そして、すぐ後ろに三十人近い住民たちの集団がいることに気づいた。


 音の大きいほうに引き寄せられるのか、それとも後ろの住民たちのほうが京平たちよりも人数が多いことに気づいたのか、感染者らは京平たちを忘れて住民たちのほうに走り出した。


 未来が拳銃を構えるが、京平は抑えた声で「止せ」と言って、未来の拳銃を掴んだ。


「何するのよ――!」


「あと何発も残ってないだろ? 感染者がまたこっちに来たら、俺らが死ぬぞ」


 京平は、未来と夏海と梓の三人に有無を言わせぬ口調で、「物置部屋に隠れろ」と命令した。


 三人が息を呑むのが京平にも分かった。

 京平が住民たちを見捨てたことを、三人とも即座に見抜いたのだ。


 だが、三人は素直に京平の命令に従った。

 感情では納得できなくても、感染者と住民たちが入り混じって阿鼻叫喚の地獄絵図と化した団欒室を見れば、最早どうしようもないことは明白だった。


 感染者らに気取られないよう、四人は音と気配を消してじりじりと後退する。

 生きたまま身体を噛み千切られる住民の断末魔があちこちから上がる中で、足音を消す努力が必要とは思えなかったが、恐怖が四人をとにかく慎重にした。

 遺伝子に刻まれた、哺乳類が被捕食者だった頃の記憶が、捕食者に少しでも見つかり難いように緩慢な動作を促す。


 未来と夏海と梓の三人が先に物置部屋に入り、京平も団欒室から目を離すことなく後ろ足で物置部屋に入る。

 そして、ドアノブを掴んでゆっくりとドアを閉める。


 ドアと枠に挟まれて狭まる長方形の視界の中で、抵抗する術を持たない住民たちは続々と侵入してくる感染者らに喰われ、成すすべなく餌食となってゆく。

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