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カルトアイランドZ  作者: 冷凍野菜
第2章
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第17話 小休止

 その後、今後どうするかについても話し合いが行われた。話し合いは紛糾したが、結局、大したことは決まらなかった。


 島外に助けを求める手段はないし、昭野島を脱出する手段もない。本土の誰かが駐在所や村役場からの定時連絡がないことに気づき、人を送ってくれるのを待つしかないのだ。

 それまでは、感染者やカナリア聖教の攻撃を警戒しながら耐えるしかないだろう。


 京平はカナリア聖教信者らに復讐したいと強く思っていたが、だからといって、走り去ったテクニカルを一人で追い掛けようなどとは全く考えていなかった。

 母は死に、父は行方不明の現在、京平には妹の夏海に対する責任がある。京平はカナリア聖教に対する強い怒りを感じてはいても、冷静さを失っているわけではなかった。


 話し合いの後、ライフルを持って屋上から警戒している下田に加えて、二階団欒室の窓から外を監視する人員が何人か追加された。これで感染者とカナリア聖教への備えは万全だと言うことなどとてもではないが出来ないが、他に出来ることもない。


 取り敢えずだが警戒態勢は整ったということで、仕事が割り振られていない住民は休憩時間となった。

 外に出ることは禁じられているが、住民たちは二階の畳の上で仮眠を取ったり、一階のホールでテレビを見たりと思い思いに過ごしている。


 京平は二階の団欒室の壁にもたれ掛かり、子供たちが見ている古いアニメを遠くから眺めていた。

 母親たちは子供を寝かしつけようとしていたが、非日常的な雰囲気にあてられた子供たちが寝付く様子は一向になく、結局アニメのビデオを見せて静めるしかなかったようだった。


「飲む?」


 隣に座った未来が、災害備蓄用の水のペットボトルを差し出してきた。

 京平は礼を言ってペットボトルを受け取り、喉を鳴らして一気に半分近く胃に流し込んだ。蒸し暑い中で動き回ったことで、思っていたよりも喉が渇いていたのだ。

 さらに未来が貰ってきたパサついた乾パンを食べていると、夏海と下山梓が未来の隣に座った。

 夏海をちらりと盗み見ると、目が合った。咄嗟に京平は目を逸らし、乾パンを食べることに集中する。


「ねえ、東京ってどうなの?」


 未来が京平を見た。京平はちらりと未来を見返したが、すぐに視線を前に戻し、ブラウン管に映るアニメを眺めながら答えた。


「別に。俺の高校、東京って言っても端っこのほうだから。なんなら、未来の行ってる高校の周りのほうが発展してる説まである」


「まさか。東京って言ったら、ビルとコンクリートがどこまでも続いてて、緑なんか一切ないんじゃないの?」


 田舎者の見本のような発言をする未来に、京平は呆れたような目を向けた。


「東京ったって、すごいのは二十三区の都心だけで、他は普通だぞ。まあ、電車で一時間もかからずに都心に出られるから、そこは腐っても東京だけどな」


「いいなあ。わたしも東京の高校行きたかったなあ」


 寝ている人もいるので、京平と未来は小声で話す。

 未来とこうして何気ない会話をしたのは、春休み以来約四か月ぶりだ。北集落から逃げて来る際や、公民館に到着してからも未来とは何回も話しているが、それらは雑談ではなく目的のある会話だった。

 このような間を持たせるためだけにする会話は、随分と久しぶりに感じた。


 ふと、壁の時計を見ると、短針が零時過ぎを指しており、いつの間にか日付が変わっていた。

 ほんの七時間くらい前までは、こんな会話が当たり前の日常があったはずなのに、それが何日も前のように感じる。


「わたしも東京行きたくて、中三のときにパパに『京ちゃんと一緒の高校なら良いでしょ』って聞いたのよ。そしたら、なんて言われたと思う?」


「さあ。もっと頭のいい高校行けるだろう、とか?」


「『なおさらダメだ』だって」


「なんだそりゃ。俺、未来の父さんに嫌われてんの?」


「嫌ってはいないと思うんだけどね。なんか、適当で芯がないとは思ってそう」


「十分に嫌われてるじゃん」


「信用してないだけで嫌ってはいないと思うよ。あ、そう言えば東京土産まだ貰ってないんだけど」


「春休みに『夏休みは帰らない』とかって言ってただろ。それに、未来が帰って来てたことも夕方まで知らなかったし」


「帰らないかもって言っただけで、帰らないなんて言ってないから」


 中身のない会話ならば、京平と未来はいつまでも続けられた。

 京平と未来は、物心ついてから中学卒業までの十年以上の間、ほぼ毎日のように会話を交わしていたのだ。二人はほとんど阿吽の呼吸といってよかった。

 コロコロと話題が変わり、話が飛んだり戻ってきたりと傍から聞くと意味が分からないところも多いらしいが、そもそも二人は他の人に理解してもらおうと思いながら会話しているわけではない。

 二人が分かればそれで良かったし、多少お互いの言っていることに分からない部分があったとしても、暇つぶしなので構わない。


 まだまだ話し足りない京平と未来だったが、十分も話すと雑談を切り上げ、口を閉じた。眠気は感じないが、身体は疲れているはずなので、眠れなかったとしても目を閉じて休むことにしたのだ。

 音量を抑えたアニメの音声に、時折住民らの間で交わされる小さい話し声と誰かのいびきが団欒室に流れる。


「ねえ、お兄ちゃん。起きてる?」


 目を閉じてしばらくしてから、夏海の声が京平を呼んだ。

 発電機の容量不足で部屋のエアコンを動かすことができず、雨上がりの異様な高湿度と住民たちの発する体温が相俟って団欒室は蒸し風呂と化しており、とてもではないが寝付けなかった京平はすぐに目を開けた。


 夏海が目の前で正座していた。

 その隣には未来もいる。数分前、未来と夏海が連れ立って団欒室を出て行ったのには気づいていた。

 改まった様子の二人に、京平も壁に寄りかかっていた身体を起こして姿勢を正した。


 夏海は視線を彷徨さまよわせ、口を開いて何か言おうとしてはやめるのを何度か繰り返す。

 京平はこの状態の夏海に見覚えがあるので、特に急かしたりはせず待つことにした。

 夏海は自分の気持ちを言葉にするのが下手なところがあり、さらに頑固な部分もあるので、適切な言葉を探すのに苦労しているのだろう。


 夏海は未来に優しく背中を叩かれ、意を決したように京平の顔を見た。


「その……さっきは人殺しとか言って、ごめん」


 夏海はそう言って、頭を下げた。

 夏海にこんな本気の謝罪をされたのは何年振りだろうか。京平は、頭を下げたまま微動だにしない夏海をぼんやり眺めながら、そんなことを考えた。

 ぼけっとしていると、隣の未来が「なんとか言いなさいよ」とでも言いたげに睨んできた。

 京平は我に返り、口を開いた。


「……別にいいよ。気にしてなかったし」


 京平は実際にはだいぶ気にしていたが、そう返した。謝っている夏海を責める気はない。目の前で母親を撃ち殺されれば、例えそうするしかなかったとしても、「人殺し」と罵りたくなるのは分かる。

 京平も、仮に未来が母親を撃ち殺していたとしたら、未来を罵倒していたかもしれない。


「はい、仲直りは終わり。寝ていいよ」


 未来が笑いながら京平に言った。

 小学生くらいまでは、京平と夏海はよくケンカしていたのだが、ケンカした後に仲裁するのはいつも未来だった。さっき未来と夏海が一緒に団欒室を出た際に、未来が夏海を諭したのだろう。随分と前の話だが、京平にも、夏海とケンカした後に未来に呼び出され、説教と夏海への謝罪命令を受けた経験があった。


 夏海とのわだかまりが解消し、抱えていた懸案事項の一つが片付いた。今後の不安はあるが、今、自分に出来ることはない。

 京平は夏海と梓が高校受験対策の歴史クイズを出し合うのを聞きながら、再び目を閉じた。

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