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カルトアイランドZ  作者: 冷凍野菜
第2章
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第13話 不安全地帯(上)

 ホールに置かれた二十四インチの液晶テレビには衛星放送のニュース番組が映し出され、住民たちは街頭テレビに見入る昭和の人々のようにテレビの周りに集まっていた。

 少し前までは土砂降りの雨のせいでテレビはろくに映らなかったらしいが、雨が止んだことで衛星放送は受信できるようになったようだ。


 画面左上の時刻は二十一時過ぎを表示しており、ちょうどニュースの時間だった。


 電話もインターネットも繋がらず、島外に助けを求める手段がない今、昭野島の住民は島外の人間が昭野島の異常事態に気づいて救援を送ってくれるのを待つしかない。

 そして、島外の人間が異常に気づいてくれたかどうかを島民が知る手段は、現状ではテレビだけである。


 人が死んでいる状況で、島外の誰かが気づいてくれるのを祈りながら待つなどという悠長なことをしていて大丈夫なのかという不安は当然、島民全員が抱いていた。

 しかし、崖登集落にはアマチュア無線も衛星電話もない。

 京平たちが命からがら脱出した山向こうの北集落には駐在所と昭野島消防団本部詰所があるので、無線機くらいはありそうだが、取りに行くのは不可能だ。


 誰かが「船で逃げよう」などとも言っていたが、「崖登」の地名の通り、この集落は断崖絶壁の上にある。海面は、崖登で最も海抜が低い場所であるグラウンドの横の崖を、垂直に三十メートルも下りなければ辿り付けない。そんな立地なので、当然、崖登には港どころか浜もなく、昭野島の港は北集落にある漁港が唯一である。


 島から脱出するには、多数の感染者がうろつく北集落を突破して港に辿り着く必要があるが、辿り着く前に喰い殺される可能性のほうが高そうだ。

 島と外部との数少ない交通手段である定期連絡船が次に来るのは一週間後となると、それより前に誰かが気づいて救援を送ってくれることを祈るよりほかなかった。


 現在、昭野島は音信不通となっているはずなので、外部の誰かがそれに気づいて通報してくれれば、いずれは海上保安庁や自衛隊が状況確認のためにヘリコプターを送ってくれるだろう。

 小野田はそう言っていたが、その「いずれ」が明日になるか一週間後になるかは分からない。

 夜九時のニュースで昭野島について報道があれば救援に期待が持てそうだったのだが、ニュースは大規模公共事業での談合事件から始まり、高速道路での多重事故や殺人事件がそれに続き、どこかの動物園で飼われているペリカンの話題をアナウンサーが微笑みながら話し始めると、テレビを見ていた四十人は一斉に落胆した。


 案の定、ペリカンが魚を丸呑みにする映像の後は天気予報のコーナーに入り、昭野島について言及されることはなかった。


「まあでも、島が一つ音信不通なんだ。明日か明後日には県か国が気づいて、ヘリを送ってくれるだろうよ」


 誰かがわざとらしい楽観的な声音で言った。他の住民たちも不安そうな表情を顔に浮かべながらも、「そうだそうだ」とでも言うかのように頷く。

 目の前で消防団員が感染者に襲われ、襲われた者も感染者と化して父親に襲いかかったところを射殺される瞬間を目撃しながらも、未だに多くの住民は事態の深刻さを正しく認識できていなかった。


「まあ今のままでは、朝まで生きていられるかも怪しいですがね」


 弛緩しかけた雰囲気を、小野田が冷や水を浴びせるような発言で再び凍りつかせた。


「山向こうには、少なくともここにいる人数の二倍を超える、百人以上の感染者がいるらしい。そいつらの一部でも崖登に押し寄せてきたら、我々は皆喰われて死ぬか、感染者になるかのどっちかだろう」


 小野田の発言に、楽観的なことを言っていた住民たちは言葉を失う。京平ですら、感染者が百人以上いるだろうと小野田に言った本人であるにもかかわらず、この公民館にいる崖登集落住民の人数の倍という言い方をされて初めて、その数の多さに気づいて衝撃を受けていた。


 住民たちも事態の深刻さを認識し始めたようで、ホールは騒然となった。女の感染者一人を相手に男三人がかりで何とか対処し、さらに対処した者の一人が犠牲になったというのに、それが百人である。対する崖登住民は四十人程度で、その半数以上は女子供と老人で占められている。

 勝てるわけがない。


 状況は絶望的であった。地獄と化した北集落から這う這うの体で逃げてきたとき、公民館の窓に灯る明かりを見で抱いた安心感は既になく、それに代わって不安が押し寄せてくる。

 しかし、だからといって、京平は大人しく感染者に殺されるのを待つつもりはなかったし、隣の未来も他の住民たちもそれは同じだろう。


「さっき、守りを固めると言っていましたよね?」


 ホールのざわめきを遮るように、京平は少し大きめの声で小野田に聞いた。ホールは静まり返り、住民らの視線が再び小野田に集中する。

 小野田は自分に集まった四十対の視線にたじろぐこともなく、用意していたかのように「まず、武器を集める必要があります」と切り出した。


「さっきので分かった通り、感染者は非常に力が強いらしい。襲いかかってくる感染者に対処するには、武器が要ります。リーチの長い鉄パイプや金属バット、鉈などをお持ちの方は家から持ってきてください。包丁なんかも、物干し竿みたいな長い棒の先に取り付ければ槍になります。あと――――」


 小野田の指示の下で、住民たちは動き出した。


 本来、非常時に指揮を執るはずの崖登集落会会長は数時間前に北集落の様子を見に行ったきり帰って来ず、そもそも持ち回り制の会長にこのような緊急事態におけるリーダーシップなど期待できないので、元自衛官で現職警官という肩書をもつ小野田がリーダーの役割を求められることになるのは、自然な成り行きであった。


 小野田は慣れた様子で住民らに指示を飛ばし、四十人の住民たちを、消防団を中心とする初老までの男だけで構成した集団と、それ以外の集団に分けた。

 男だけで構成された集団は、さらに五人と四人の二つの班に分けられた。彼らは、集落の家々を回って武器になりそうなものなどを取ってくる「収集班」である。

 全員で手分けしたほうが効率的なのだろうが、先ほどのように集落内部に感染者が入り込んでいる可能性を考慮し、小野田が単独行動を禁じたのだ。

 もっとも、懐中電灯が全く足りないので、小野田が言わなくても集団行動することになっていだだろう。公民館は発電機によって電気が点いているが、外は街灯もない真っ暗闇だ。


 男たちは公民館を出て行ったが、残りの住民たちも慌ただしく動いていた。

 収集班に配属されなかった年配の消防団員らは、小野田の指示で消防小屋にポンプ車を取りに行っている。

 グラウンドでは、感染者が公民館に近づいてくる前に発見できるように、車を動かして公民館前の道路をヘッドライトで照らすようにしている最中である。

 動ける老人たちと女性たちはバリケードを構築するため、階段の出入口に長机や椅子を並べている。夏海も唯一の同級生であり親友でもある下山梓と共に、バリケード構築を手伝っている。


 京平と未来は小野田に呼び止められ、感染者についてあれこれと聞かれていた。

 感染者と至近距離で闘った経験があるのは二人だけということだったが、言えたことは「噛まれないように気をつけて、尖ったもので頭を思い切り殴りつける」という極めて原始的な、対処法とよぶのもおこがましいような対処法くらいであった。


 小野田との話が終わり、バリケード構築を手伝いに行くとすぐに、長机が足りなくなったので取りに行けと、集落会婦人部長である小太りの中年女性に命令された。休みたかったが、そうも言っていられないのは分かるので、仕方がない。

 京平と未来は、狭い階段を上って公民館の二階に向かった。


 この建物の二階は一階の半分程度の広さなのだが、二階の床面積のほとんどを占める「団欒室」なる部屋は畳敷きであった。

 小規模なホテルの宴会場くらいの広さがある畳敷きの部屋は、崖登の住民――主に年寄り連中――の宴会場として使われているらしく、床の間に何本もの酒瓶が置いてある。

 しかし、老人にまで仕事が割り当てられた現在、団欒室には小さいブラウン管テレビの前に集まってアニメを食い入るように見ている数人の子供たちと、見守りの女性しかいない。


「風呂に宴会場まであるなんて、まるで旅館だな。北集落の小屋みたいな公民館とは大違いだ」


「人口は北集落のほうが遥かに多いのにね……あ、あった」


 三十畳くらいありそうな団欒室を見回した未来は、窓際に長机を発見した。

 京平と未来は踊り場で靴を脱ぎ、畳に上がる。感染者がグラウンドに現れた後、「逃げるにしろ戦うにしろ、スリッパでは話にならない」と京平が言ったことで、公民館内でも靴を履くことになったのだが、流石に畳に土足で上がるわけにはいかない。


 アニメに夢中の子供たちを横目に、京平と未来は団欒室を横切って、壁際に寄せられた長机に向かう。


「脚が短いな、これ」


「バリケード用だから大丈夫じゃない? どうせテープと針金で横向きに固定するんだし」


「それもそうか」


 京平は未来と話しながら、なんとなく窓の外に目をやる。

 投光器に照らされるグラウンドの入口付近には数台の車が配置され、ヘッドライトで周囲を照らしている。想像していたよりも明るい車のヘッドライトは夜の闇を切り裂き、公民館周辺の視界を辛うじて確保することに成功していた。

 しかし、ヘッドライトの光が届く範囲の外は、純度百パーセントの闇だ。


 グラウンドのすぐ真横にはクズの葉に覆い尽くされた斜面があり、さらにその先は断崖絶壁になっているので、昼間であれば三十メートル下に広がる海を見ることが出来るはずなのだが、月も星も雲に覆い隠されている今、地面と海と空の境界すら黒一色に塗りつぶされていて判別できない。

 同様に、海とは反対の方角に見えるはずの蛇原山も、やはり輪郭すら捉えることができなかった。公民館のグラウンドとその周囲だけが、闇の中に浮かび上がって見える。


「ん? なんだ、あれ」


 車のヘッドライトは公民館とグラウンドに隣接する住宅や道路を照らしているのだが、京平はヘッドライトの光が届くギリギリのところに、不審なトラックを発見した。

 京平がブレーキの死んだ車のハンドルを握って駆け降りてきた坂の上に、白っぽいトラックが停まっている。暗くてよく分からないが、トラックの荷台には人影も見えた。


「あそこのトラックが見えるか?」


 京平が坂の上にいるトラックを指差す。

 未来は長机の上に置かれていた急須などを下ろすのをやめ、京平の指差すほうを見た。


「あの坂の上にいるやつ?」


「そう。あの白いトラック。さっき通ったとき、あんなトラックいなかっただろ。怪しくないか?」


「確かに。……小野田さんに知らせたほうが良いよね」


 長机を運ぶより、不審車両について報告するほうが先だろう。

 京平と未来は、長机を放置して一階にいると思われる小野田の下へ向かった。

 ホールの引き戸を開けると、小野田と消防団の制服を着た年寄り四人が立ったまま話していた。


「――――それと、ポンプ車は消火栓に繋いでおいて下さい」


「……水道が止まってても消火栓って使えたか?」


「使えないな」


「ポンプ車のタンクは満タンだから放水はできるはずだ。フルで放水したら三分で空になるがね」


「少しでも時間を稼げればそれでいいので、ポンプ車をグラウンド入口のところに――」


 五人は打合せの最中と思われたが、未来はお構いなしに「小野田さん」と割って入った。五人が一斉に未来と京平のほうを向き、「何か?」と小野田が応じる。


「不審なトラックがそこの坂の上に」


 そう言って、未来が窓を指差す。京平も窓の外を見たが、一階からでは坂の上は死角となって見えなかった。

 消防団員たちが窓に近寄ろうとするのを制止し、小野田はカーテンの影から外を窺う。

 

「見えんな……どこがどう不審だったんだ?」


 小野田は振り返って、京平と未来を見た。

 京平が答える。


「トラックは、俺たちが北集落から逃げてきたときにはいませんでした。ここ一時間半くらいの間に来たみたいです。近くに人影が見えましたけど、ヘッドライトを消していて、見つからないようにしているような感じでした」


 小野田は「なるほど」と呟き、腕を組んで窓の外を眺める。


「下田さんは残ってください。他の三人はポンプ車を所定の位置に移動をお願いします」


 小野田は少し考えた後、指示を出した。

 消防団員三人は指示通り、ぞろぞろとホールを出て行き、七十歳ほどの小太りの消防団員だけがホールに残った。

 彼は全長一メートルほどのライフルを持っていた。ライフルは背負い紐(スリング)で銃口を上向きにして肩に掛けられている。木製の銃床は飴色の艶を放っており、素人目にもよく手入れされているのが分かった。


「下田さん、念のため猟銃を使えるように準備してください」


「おう。準備って言っても弾を込めるだけだ」


 下田は肩掛け鞄をテーブルに置き、鹿の写真と英語が印刷された紙箱を鞄から取り出してテーブルに置いた。そして紙箱を開け、真鍮色に輝く先端の尖った銃弾を取り出し、一発ずつライフルに装填してゆく。

 小野田も銀色の自動拳銃をホルスターから抜いて、何やら確認をしている。


「京平くんも一緒に来てくれるかな」


 拳銃をホルスターに戻した小野田が京平を見た。

 京平は反射的に「はい」と答えていた。小野田の口調は荒っぽかったり高圧的だったりするわけではないのだが、どこか有無を言わせない圧力のようなものを感じるのだ。

 見た目は三十代半ばくらいだが、元陸上自衛隊第一空挺団で現役警察官という彼の経歴を聞けば、滲み出る威圧感についてはなんとなく納得できるというものである。


 下田がライフルの装填を終わらせたのを見て、小野田が話し始めた。


「坂の上にいるのが山向こうからの避難者であれば問題ありません。が、もし敵だった場合には戦闘になる恐れがあります。そうなった場合は、私の指示に従って動いてください」


「敵? 感染者じゃなくて?」


 下田が小野田に聞く。小野田は淡々と答える。


「話を聞く限り、感染者なら真っ直ぐ公民館に向かって来そうだし、あの錯乱ぶりからして車を運転できるとも思えない。恐らく、いるのは感染者ではなく、人間でしょう」


 そういえば風呂場の前で話した時、小野田が何か知っているような口ぶりをしていたことを京平は思い出した。ちょうどいい機会だ。


「敵だったら、なんだと思いますか?」


 京平の質問に、小野田は鼻で笑ってから答えた。


「この島で敵になりそうな奴なんていったら、あいつらしかいないだろう」

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