section8 be seriously
意外と筆が進む
基本、訓練室で行われる訓練は近接格闘のみである。いわゆる違法改造能力者に対抗するべく、射撃訓練は別に訓練場が存在しているからだ。
「全力でお願いします」
佳苗が得物を構える。今回使用するのは刃渡り一尺八寸、55cm程度の小太刀と分類されるサイズの日本刀を両手に持つ二刀流。速さと手数で押し切る形を取った。
「……? 」
目の前の男が虚空を見つめて何かを呟いている。
「ん? あぁ、気にすんな。独り言だ」
「そうですか。では、改めて」
日本の小太刀の刃が光る。二人の間はおおよそ5m、強化スーツで身を固めた佳苗にとっては一足飛びで捉えられる距離である。
(なんで構えない? 分からない……)
目の前の男が全く動く様子を見せないことに、佳苗は戸惑いを隠せない。男の反応は、明らかに刃物に恐怖を感じていないものだった。
「その長さ、刃渡りは二尺足らずってところか。そんな得物で俺にあたられると思われてるとはな」
気だるげに上着を脱ぐ四霊。服の下から見える無数の傷跡に佳苗は思わず唾をのんだ。
「その傷…… 」
「まぁ、昔やんちゃした跡だと思えばいいさ。ほれ、かかって来いよ」
「……えぇ、もちろんッ!! 」
戦車砲が直撃しても耐えうるはずの床材が音を立ててきしむほどに踏み込む佳苗。常人が目で追うことすら叶わない速度で切り込んだはずだったが、四霊には当たらなかった。
「はぁッ!! 」
「残念、惜しい」
続く一撃はとてもではないが通常回避すらできない攻撃のはずだった。
「…… 」
「不思議か?まぁそうだよな」
相手の首筋に切り込む袈裟斬りと逆サイドの脇腹への斬り上げの同時攻撃、しかし刃先はほんの数ミリだけ四霊に届かない。
「そんな教科書通りの攻撃が当たると本気で思ってんのかよ」
「うるさい!! 」
がむしゃらに攻撃を続ける佳苗、しかし目の前の男は微笑を顔に貼り付けたまま四霊は攻撃を避け続ける。
「ハァ、ハァ…… そのまま攻撃してこないつもり? 」
「当たり前だろ。お前が何を思って俺に襲い掛かってきたのかは知らんが、俺はお前を攻撃する理由も道理もない」
袖のホコリを払う四霊。いままで捕らえた全ての標的にヒットさせてきた渾身の攻撃をことごとくいなされた婦警は敵の目の前で肩で息をしていた。
「なめ……ッるなぁッッ!! 」
苦し紛れに、そして不意打ちの様に突っ込む佳苗。普段は殺傷力が高すぎるためにあえて使用していなかった『突き』を、全力で四霊のみぞおちを狙って放つ。
「……え? 」
「分かりやすすぎんだよ。次どこを狙ってるかも、どんな攻撃するかも」
全力ならば得物を犠牲にするものの自動車程度なら切ってしまえる程の膂力で打ち出されたはずの二本の刀は、親指と人差し指で『摘ままれて』いた。
「お前にどんな過去があるかは知らん、でもな…… 」
指先に力を籠める四霊。次の瞬間、装甲車の胴体すら切断できるようにカスタマイズされた刃が砕け散った。
「俺にはこういう生き方しか出来なかったんだ。すまん」
「くッ…… 」
一瞬四霊の目に悲しい光が宿ったように見えた。そして後ずさりして距離を取ろうとした佳苗は10mほど吹き飛ばされ壁に激突した。
「うっ…… 」
力なく床に倒れ込む佳苗。強化スーツの胸部装甲は大きく変形し、打ち込まれた拳の形がはっきりと残っていた。
「……やっぱり、お前は連れていけねぇよ」
意識を失った佳苗をその場に放置して、コートを拾い上げ無言で訓練室のドアを開く四霊。さっきまで窓に張り付いていた署員たちは一瞬どよめいたが、その場から動くことはなかった。
「やはり、一人で行くんだな」
「あぁ。こいつに余計なもん背負わせるつもりはないし、あいつをほっとく気もない」
その場を立ち去る四霊の背中には、言い知れぬ何かが宿っているかのようだった。