section10 Call from the past
「いつまで逃げるつもりなのぉ? 」
「お前がバテるまで、ともいかねぇわな」
崩れ落ちる屋上、未だ止むことのないガレキの雨。四霊は目の前で不敵に笑う女性を睨みつけながらコンクリートの弾を躱し続ける。
「鉄筋コンクリートの塊を飛ばす、か。テレキネシスなんてトンデモ能力はコルウスには居ないはずなんだが」
「さぁ? あなたの勘違いじゃないのぉ? 」
四霊の真上からコンクリート片が降ってくる。紙一重で躱しきり着地と同時に殴りかかるも、目の前の女性はニヤリと笑いながら拳を受け止めた。
「あれだけ打ち込んだのに避けきるなんて、すごいわねぇ」
「……嘘つくなよ、本当は『磁力操作』なんだろ? 」
「物知りなのねぇ! ひと目見ただけで分かるなんて!! 」
再びローッキクを繰り出す四霊。しかし女性はこれもバックステップで危なげなく回避してみせた。
「……いい加減、目を覚ませよ」
「なんの話してるのぉ? 」
「思い出せないのかフリをしているのかは知らないが…… あんまり気分のいいもんじゃねぇな、百合子」
瞬間、女性の動きが止まる。
「……どういうつもり? 」
「ほらな。『リリアン』なんて軍人時代のコードネーム名乗ったってお前はそんな簡単に心を捨てたりしてなかった」
「うるさい!! 」
次の瞬間、崩れ落ちたがれきの山から見え隠れしていた鉄筋が鈍い音を立てながら振動する。
「今さら名前で呼べると思ってるの? 」
「……そんなに根に持ってるか。まぁそうだよな、何も言わずに出て行ったのは俺の方だからな」
「えぇ、そうよね。私はあなたに捨てられたと思ったもの」
刹那、鉄筋の何本かが意思を持ったかのようにコンクリートの塊から抜け出し四霊めがけて飛んでいく。間一髪躱して急所は逃れたものの、そのうちの一本が四霊の左肩に突き刺さった。
「っ随分と…… 上手くなったじゃねぇか」
「避けれたくせに」
「手厳しいねぇ……ヌンッ!! 」
鉄筋を引き抜く四霊。肩口から血がポタポタと滴り落ちるが、そんなことはお構いなく駆け出した。バシッと鈍い音が闇夜の静寂に響き渡る。
「……そこそこ力を入れたんだけどな」
「他の仲間を殺したときはそんな半端な蹴りじゃなかったでしょ? 」
「そもそもお前を殺したくないんだよ、百合子」
「そんな今さらの言葉なんていらなかった…… 私は…… 」
再び距離を取る二人。四霊が口を開こうとするが、目の前の相手の叫びにかき消された。
「私はコードネーム『リリアン』としてあなたに殺されたかったの!!! 」
「……そうか、そうだったのか」
大きくため息をつく四霊。敵は出方をうかがっているのか四霊を見つめたまま動かない。
「私は! あなたと一緒にいたかったの!! だからどんな痛みにだって耐えた!! 」
明らかに人の大きさを超えたヘリポートの残骸が風切り音を立てて飛んでいく。しかし四霊にぶつかる寸前で突如空中で静止した。
「鉄筋を磁石代わりにして!? でも…… 」
「もう、終わりにしよう」
続けざまに鉄筋を飛ばすリリアン。しかし四霊はおよそ人間が出せる域を超えた速度でそれらを叩き落し、回避していく。
「……俺はな、百合子」
「……ゴフッ!? 」
「お前に、生きてほしかったんだ」
女性の口の端から血がにじむ。四霊の右手は目の前の女性の胸を貫き、朱に染まった指先は彼女の心臓を鷲掴みにしていた。
「それでも私は…… 四霊と一緒にいたかった…… 」
「あぁ、俺が悪かったよ」
「ずるいよ…… いっつも一人でさ…… 」
「もう喋るな」
穏やかな笑みを浮かべて四霊を見上げるリリアンとは対照的に、男は目頭に涙を溜めていた。
「し、りょぉ…… 私は…… 」
「あぁ、俺もだ…… 」
百合子が力なく崩れ落ちる。四霊はしばらく百合子を見つめていたが、やがて静かに百合子のまぶたを抑えた。
「参ったな…… やっぱりこうなっちまったか」
ふと顔を上げると、膝に手を付き肩で息をしている佳苗が映った。
「……遅かった」
「あぁ、悪いが一人で片付けちまったよ。でも…… 」
「違います! そういうことじゃなくて」
足元の死体に目をやる佳苗。四霊は一瞬悲しそうな眼をしたが、すぐにいつもの空気感に戻った。
「……すまん、惚れた女くらいは一人で見送ってやりたかったんだ」
「……そんな、まさかリリアンって…… 」
次の瞬間、意識を失った佳苗が膝から崩れ落ちた。しかし、それを抱き止めたのは四霊ではなかった。
「やっとこさ決心できたようだなぁ、四霊」
「……お前の方も元気そうだな、晋也。こんなところに何しに来た? 」
「何しにって……百合子殺しといてまだ分かんねぇのか? この女は借りてくぜ」
晋也と呼ばれた小柄な男が佳苗を片手で担ぎ上げる。その動作の軽々しさから、恐らくは四霊と同じなのだろう。
「二日後、でどうだ? 」
「……分かった」
小男は人間離れした跳躍力で20mほど離れた隣の廃ビルに飛び移り宵闇に消えていった。
「……結局、お前も一緒だったというわけだ」
雲一つない夜空に浮かんだ月を見上げ、四霊は上着からタバコを取り出した。




