7 幸田孝の生涯 その7
タカシは大切な家族を一度に全て失って、深い絶望・悲しみ・怒りに襲われていた。しかし長男としての責任感と家族への愛情から、全ての感情を押さえ込んで立派に喪主として葬儀を執り行った。だが無事納骨を済ませて墓前に立った時にそれまで押さえ込んでいた感情が一気に溢れ出した。絶望と悲しみと怒りが一体となって混沌とした感情が真っ黒な霧のように全身を包み込むような感覚に襲われて、目と鼻と口からとめどなく液体を垂れ流しながら、まるで獣の如く咆哮したのである。後ろで控えていた幼なじみ達も見たことがないほど感情を顕にしていた。そう、それは幼なじみ達が昔から知っているタカシではなく、まるで全ての闇を振りまく魔王の咆哮に思えるほどであった。
しばらくして落ち着きを取り戻したタカシ達は、商店街事務所に戻って後片付けや掃除をしていた。その時にスーツ姿の男性がタカシを訪ねてきた。渡された名刺を見ると不動産業者であった。
男性の用件は幸田精肉店の火災跡の土地を売却してほしいとのことであった。しかしその会話の内容はタカシを気遣うものではなく、火災で3人の人間が焼死した所謂事故物件だから通常なら二束三文にしかならない土地で、それでも駅前の一等地だから相続税はバカ高い。それを良心的な価格で買い取らせてほしいというものであった。
そしてその男性の口元がタカシを見下すかのようにニヤリとしたのが見えた瞬間に、家族の墓前で全身を包み込んだ真っ黒な霧が再び出現した感覚に襲われて、頭の中に何者かの声が響いてきたのである。
『…この男だ…』
男性は言い知れないプレッシャーを感じてタカシの姿を見ると、そこには真っ黒な霧のようなオーラを纏い瞳を赤黒く光らせたタカシの姿があったのである。その瞳に睨まれた男性は体の自由を失って口から泡を吹いて痙攣しながら気を失ったのである。
幼なじみ達には何が起こったのか訳がわからなかったのだが、振り返ったタカシの口から暗く重い声で、
『…この男だ…』
と発せられたのである。その一言だけでなぜか彼らは自分のすべきことを悟り、商店街事務所の物置からロープとガムテープを持ってきて男性を拘束したのである。
そう、この男こそが商店街火災の放火犯だと何の確証もないのに全員が確信してしまったのである。