【平和の国】
僕等は馬車を降りて、門に近づいた。すると門番の二人が話しかけて来る。
「あー、お二人さん。入国者ですよね。それでしたら何か身元を証明出来る物はありますか?」
僕は金貨を見せた。僕の家の紋が彫られている特別な物。これを見せれば大抵事はこれで解決する。門番の一人がそれを確認すると、懐からミサンガを取り出した。
「では、これを出国の際に必ず身につけて置いて下さい。この国ではこれが入国許可証の代わりになるんで。」
門番が僕等の手に優しくミサンガを巻きつけた。ふむ、随分と不用心だと思う。入国審査なら手荷物確認や滞在期間を聞かないのだろうか。まぁ平和の国と呼ばれるくらいだし、これくらいでも問題はないだろうな。しかし、普通ならばこんな体制ではすぐに平和など崩れてしまう。それなのに【平和の国】を継続していけるのはどうもおかしい気もする。ガランが自身の手にミサンガを巻こうとする彼等をあ"ぁ"ん?と睨み返していた。はぁ…厄介事は起こさないで貰いたいのだが。大きな門がギィィと音を立てながらゆっくり開いた。
そこには実に平和的な光景が広がっていた。街行く人々は皆いい笑顔をしており、幸せを噛み締めているようなのだ。公園の遊具で遊んでる子供達、それを見守る親。屋台を盛り上げるおじさんにオマケをくれるコロッケのおばちゃん。魔法使いと剣士のライバルはお互いに認め合い握手を交わす。なんとも平和的で幸福である光景だ。
「ウゲェッ気色悪りぃあんなクソみてぇなの見たらさぶいぼが立っちまう………………なぁ?アイ」
これは…ガランがアイと呼んでくれたことに喜ぶべきなのだろうか?もしかしたら僕の対応が面倒になったのかもしれないがでもまぁ、これぐらい無理矢理近づかなきゃ多分これからもずっと他人行儀のままだろう。致し方ない事だと割り切る。
「そうかな?実に素晴らしい光景だと思うけれど。やっぱり悪魔だと色々価値観が違うのかな。」
「これのどこがだよ。確かに幸せそうだがなぁ?こういうもんは大抵何かしらの爆弾でも抱えてんだよ。」
「とりあえず、この話は置いといて今日は泊まれる宿屋を探そう。」
街並みのど真ん中をガランは大股でズンズン進んだ。僕は置いて行かれない様に後ろから駆け足でついて行く。そんな普通なら二度見してしまいそうな僕等だが、魔法が効いているのか街の人々は見向きもせず通り過ぎて行った。道はきちんと舗装されており、歩きやすいレンガの道が出来ている。小洒落たお店が並んでおり、道行く人々は皆笑顔だ。…だからだろうか笑顔すらしない僕等は少しだけ気まずい空気になった。いや、僕だけがそう感じているだけでガランの方は大丈夫だろう。涼しい顔をしている。
泊まれる宿はあっさりと見つかった。看板には木の蔓で『green hostel』と書かれていた。中に入ると気前が良さそうな女の人がカウンターから手を振っている。少し広いロビーには椅子が沢山並べられており、宿泊客が仲良く談笑していた。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用件でしょうか。」
「昨日、このホテルを予約したアイ・シェン・フォールドです。」
ホテルマンとの手続きを済ませ僕等は泊まる予定だった部屋に案内された。大きなベッドが二つ置かれていてその間にランプの付いた引き出しがポツンとある。トイレに小さなバスルームがあるが、そこの風呂が余りにも小さすぎてガランはおろか僕も入れないだろう。使えるとしたらシャワーぐらいだ。節約する為に安いホテルにしたが実家と余りにも違いすぎてくらくらした。庶民の気持ちがなんとなく分かった気がした。
「…無いよりマシか。」
「人間はこんな小さなホテルが好きなのか?だとしたら笑えるぜ。」
「安いホテルだと良い方だよ…けれど現実だと認識すると違うものがあるね。」
「テメェがこのホテル選んだんだろ?文句を言うな。」
「…うん、そうだね。ホテルの人に失礼だ。」
僕が家のバスルームに想いを馳せていると、突然街中にサイレンの音が響き渡った。