失われた色の物語
リンシーは今日も自分のベッドでいつものように目を覚ました。
爽やかな朝の日差しと思っていたカーテンの隙間から漏れる細い光も昼の強い日差しに変わっており、とてもカーテンを開ける気にはなれなかった。壁の時計を見やると、午後1時を回っていた。リンシーは溜息をつく。いつもなら仕事に遅れないように朝7時には起きるのだが、今日は寝過ごしてしまった。どうやって職場に言い訳しようか思案していたその時、突然リンシーの部屋のドアが小さくノックされた。テレビを付けていたら聞こえない様な小さなノックだ。
リンシーの鼓動が速くなる。この家には今はリンシー一人のはずだ。いつも朝食が出来たよとドアをノックする母親も、リンシーよりも四歳下で口達者な妹もいない。
ノックの音が速く激しくなる。
ノック音は耐え難い大きさになった。リンシーはドアを開けて誰がノックをしているのか見てやろうとドアを勢いよく開けた。意外にもノックの主は小さく、白い花や赤い木の実で着飾った白ネズミだった。白ネズミの小さな手で、あれほど激しいノックが出来るだろうか。そもそも、白い花や赤い木の実で自らを着飾るネズミなんて存在するのだろうか。様々な疑問が脳内を渦巻いているリンシーの眼前で、更に驚くべき事が起きた。
「リンシー殿! ドアを開けて下さり感謝致しまする」
ネズミが喋った。この事実がリンシーの思考を完全に停止させてしまった。
「外に怪…...」
白ネズミの言葉を聞き終わらないうちにリンシーはドアを閉めた。何が起きているのか知らないが、これは夢だと分かったからだ。夢なら面倒な展開にならないうちに目が覚めるのを待つ方がいい。そう思ってベッドに向かうが、床に転がった白いバックに躓いてリンシーは前のめりに床に倒れた。床に積んであった本の小山がリンシーに向かって崩れた。本の角が脇腹に当たって痛い……はずだった。やはり痛くない。これは夢なのだ。服や本が散乱する床で、1枚の紙切れがリンシーの目に止まった。起き上がって紙を手に取ると、それは母親がリンシー宛に書いて、昨日リンシーのベッドに置かれていたものだ。内容は、母親は妹と共に二週間ハワイへ旅行に行くから宜しく、と4行程度で書かれている。リンシーは2人が旅行に行くことを昨日夜この手紙で知った。リンシーが昨晩遅く帰宅した頃には、家はもぬけの殻だったのだ。二人はリンシーが二週間も有休を取れるはずがないと踏んで、知らせずに行ってしまったのだ。
実際、リンシーは2週間も休みを取れないので余計に腹立たしかった。リンシーは行き場のない怒りを手紙を両手でビリビリに破いて捨てる事で収めた。
またノックが始まった。最初は小さく、だんだんと大きくなった。さっきと同じように。リンシーがドアを開けると、さっきと同じ白ネズミがいた。ドアを閉めてからずっとリンシーがドアを開けるのを待っていたようだ。
「リンシー殿。外に怪物が居りまする。追い払ってくださいまし」
「怪物…...?」
白ネズミが放った怪物という言葉にリンシーは興味をそそられた。怪物とは何のことだろう。ネズミにとっての怪物なんていくらでもある。それとも本当の怪物だろうか。とにかく、夢なら襲われてもなんとも無いはず。
「それ、どこにいるの?」
「この家の門の前に居りまする」
夢なら楽しんだ者勝ちと思い、リンシーは怪物を見に行くことにする。廊下を少し進んたところでリンシーは白ネズミに振り返った。
「そうそう、その怪物って私より大きいの?」
しかし、返事は無かった。白ネズミがいた所には、代わりに白ネズミが身に付けていた赤い木の実が落ちているだけだった。
リンシーは無事玄関にたどり着いた。また変なモノが現れないか警戒していたが、屋内は特に変わった様子もなかったので、思い切って玄関のドアを開けた。そこには大きな庭があり、目の前に門があるはずなのだが、門が見えない。
なぜなら、門の前に黒い大きな塊が落ちていたからだ。近づいてみると、黒く見えた塊は紺色で僅かに上下に動いている。まるで呼吸をしているみたいだ。その身体は紺色の羽にびっしりと覆われている。そして、リンシーが想像していたものよりも遥かに大きかった。軽くゴミ収集車位はありそうだ。コレが白ネズミの言っていた怪物に違いなかった。
「おーい!」
リンシーは怪物に声を掛けた。
しかし、反応は無い。
次に、リンシーは足下に落ちていた小石を怪物めがけて投げた。
当たった小石は怪物の上を滑り落ちた。ヤケになり、その辺にあるものを手当り次第怪物に投げつけた。小石、植木鉢、壊れた傘、引っこ抜いた土付きの芝生まで投げた。
「……」
それでも反応はない。
何かしらの反応を求めていたリンシーは落胆した。これでは庭の外に出られない。投げつけたものが怪物の上を滑り落ち、地面に散らばっている。怪物にまで自分がないがしろにされている気がした。リンシーはズカズカと怪物に歩み寄ると、紺色の山に蹴りを入れる。怪物はびくともしない。リンシーは我慢の限界を迎えた。
「もうっ、なんで動かないの! これじゃ外に出られないじゃない!!」
リンシーは何度も怪物をつま先で蹴る。庭は防犯のため、ぐるりと高い木の塀に囲まれている。外は見えないが、何故か、怪物が動かないとこの悪夢は終わらない気がした。
どの道怪物を動かさないことには門も開かないし、外も見れない。リンシーは閉じ込められているも同然だ。
「私だって、好きでこんなことになってるわけじゃないのよ! どーせアンタも私の事ないがしろにするんでしょ!? 私はいつも夜遅くまで働いてるし、休みは家事やって親孝行もして妹の勉強も見てあげてるのに!旅行行きたかったのに!! ハワイなんて私行ったことないのに! なんでっ…...私だけ……」
悔しさで涙が溢れてきた。最後に大きく怪物を蹴り上げた。見事な蹴りだった。もしリンシーがサッカーをやっていたら、今の蹴りを見た監督たちからスカウトが殺到しただろう。しかし、反応したのは監督ではなく怪物の方だった。ブルっと震えたかと思うと、リンシーの眼前でゆっくりと立ち上がる。その両足は巨大で、4つの大きな鈎爪が地面をえぐる。手はなく、代わりに羽に覆われた二つのこれまた巨大な翼をバタつかせている。大きな頭と黄色い目、そして太い嘴が見えた。
怪物がリンシーに気付き、怪物の細い瞳孔と目が合った。
「ギャー! ギャー!」
怪物が叫ぶ。リンシーは数歩後退りした。すると、怪物はリンシーを無視し、翼をバタつかせたり引きずったりしながらその強靭な脚で庭中を走り出した。
「マッシロ! マッシロシロ! ギャークオーン!! ドーシテン?ワレワレワレ!ワレワレワレ?ギャーー!!」
怪物が何かを叫びながらリンシーに向かってくる。リンシーは我に返り、一目散に玄関の開いたドアに駆け込んだ。鍵を閉め、自分の部屋に駆け込むと、ベッドの隅に座り込んで毛布を被った。そして一心にこの悪夢が早く終わることを祈った。
カーテンに怪物が翼を使って飛ぶ影が写った。ドスンっと嫌な音が家中に響く。どうやら怪物が屋根に乗ったようだ。パラパラと屋根の欠片が落ちていくのが影でわかった。リンシーの怒りが再び燃え上がった。夢とはいえ、自分の家を破壊していく怪物に文句の一つでも言ってやりたい。怪物が屋根で暴れるので、家全体が大きく軋む。ジャンプでもしているのか、ドスンドスンという音も大きくなる。このままでは屋根が粉々にされそうだ。
とうとう我慢出来なくなり、リンシーはカーテンを乱雑に開けた。眩しい光と共に外の異様な景色が目の先にに広がる。
「え……?」
リンシーの家の塀の外外は真っ白だった。
カーテンを開けた先に見えるはずの住宅街が無かった。
その先にあるはずの町並みも全て消えていたのだ。あるのは、真っ白い地面に生えた立ち焼けた木と、少しばかりの瓦礫だけだった。窓から身を乗り出して屋根を見やると、まるで風見鶏のように屋根のてっぺんに立っている怪物が見えた。
「ギャークォーン!! モーエタモエタ! ヒノタマシューライ!! ミーンナミンナ! マッシロシーロ!! ギャークルオーン!!!!」
リンシー目の前は家の周りと同じように真っ白になっていった......
「私はこの目の前が白くなったところで目覚めました。そして、今聞こえてると思いますが、私の部屋のドアはノックされ続けています。だんだん激しさを増しているのがお分かり頂けるでしょう。私はこのノックの主があの白ネズミであると確信しています。私には今カーテンを開けて外を確認してみる勇気はありません。試しにさっきほっぺたをつねって確認してみましたが、 普通に痛かったのでこれは現実のようです。外の真っ白い景色を見た途端、また目の前が真っ白になるのかと思うと恐ろしいです。だから、今からドアを開けて白ネズミの話を聞いて、怪物に会って真実を聞き出してみようと思います。。少なくとも、怪物は言葉を話せる様でしたし。私が怪物との対話に成功し、無事帰ってこれたらこのテープはキッチンに置いておきます。もしこのテープを聴く人がいて、テープをこの部屋…...私の部屋で見つけたのなら、怪物には決して近づかないで下さい。これで私の話は終わりです。このテープが誰かに聴いて貰えて、誰かの役に立ったのであれば幸いです」
リンシーはここで録音を切った。もし、ドアを開けても白ネズミも怪物も居なくて、外もいつも通りならばこのテープを捨てるつもりだ。しかし、そんな事にはならないだろう。このテープが行く道は、二択しか無いのだから。
ノックは未だに激しく続いている。リンシーは覚悟を決めた。
「よーし!」
掛け声と共に、リンシーは自分の部屋を後にした。ベッドの上には先ほど録音したテープが残されている。
ーーーーこのテープが再生されることはこの先、未来永劫無いのであった。
どうも鹿の子姫です!
この短編は自分の文化祭ように書き下ろしたものを加筆したものです。
内容の補足説明をしたいと思います。ここからはネタバレ注意です!
実は白ネズミは床に残された赤い木の実の精霊がネズミの姿で現れたという設定なんです。世界から色が消える中、あの木の実の赤だけは色を失わなかった。同じく色を失わなかったリンシーになぜ怪物の存在を教えたのかは読者の皆様のの想像におまかせします。
以上!補足説明でした。
【塔の賢龍】というタイトルで長編ファンタジーも書いているので興味がある方呼んでくれると嬉しいです!




