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005:リチェルカーレの願い

「……ん、あ?」


 まるで眠りから目覚めたような感覚で、伏せていた身を起こす。


「一瞬で起き上がった!? まさか、不発……?」


 正面で驚きの声が上がる。声の主はリチェルカーレだった。


(あぁ、そうか。俺は――)


 リチェルカーレによって、肉体の秘密を確かめるため、ティーに毒を盛られて殺された。

 それによりミネルヴァ様の許へ送られ、思惑通りに戻ってくる事となった。


「リチェルカーレ、お前……いきなり何て事をするんだよ」

「何て事とは何だい?」

「ハーブティーに毒を盛って俺を殺した事だよ。俺が『こう』じゃなかったらどうするつもりだったんだ?」

「へぇ、毒を盛った事に気づいたんだね。と言うか、ちゃんと毒は効いていたようで何よりだ」

「向こうでミネルヴァ様に教えてもらったんだよ」


 お、言われた通りちゃんとミネルヴァ様の事を覚えていられたぞ。


「ちゃんとミネルヴァ様に会えたんだね。それで……一体どれくらいの時間話していたんだい?」


 リチェルカーレもミネルヴァ様の事を認識しているようだ。やはり以前に願いを叶えて貰った経緯からだろうか。


「うーん、ざっと三十分くらいか?」

「へぇ、それは興味深いね。こっちでは一秒と経たずに君が起き上がったんだけどなぁ」

「え? マジ……?」

「だから毒が効いてないのかと思ったんだ。まさか時間の概念すら超越するとは、さすが上位存在だね」


 リチェルカーレに『毒を盛って俺を殺した』という罪悪感は全くないようだ。

 彼女的には、俺が違う肉体を与えられた時点でミネルヴァ様が何か施している事に察しが付いていたのだろう。

 毒によって死したとしても、必ず復活する。確信があったからこそ、躊躇いなく行動に移したのだ。

 さすがに時間を超越したレベルの出来事までは想定していなかったようであるが……。


 この『事実』を今のうちに把握しておくか、その時になってから知るかでは、今後の行動が大きく変わってくる。

 リチェルカーレとしては、この俺の肉体の秘密を前提とした上で今後の行動を決めるつもりだったという。


「では本題だ。ミネルヴァ様と何を話したのか聞かせておくれ」

「……その前に、ミネルヴァ様からリチェルカーレへのお土産だ。ほら」

「へぇ。ミネルヴァ様からのお土産かぁ」


 ミネルヴァ様から託された赤い光球をリチェルカーレに渡す。

 すると、彼女が受け取った途端に光球が強く光り出した。


「うぉっ、なんだ……!?」


 光が収まると、そこには半透明に透けたミネルヴァ様の姿があった。


『リチェルカーレ、よくもやってくれましたね』

「ミ、ミネルヴァ様っ!? な、何の事でしょうかぁ~?」


 顔は笑顔であるが、声が笑っていない。そんなミネルヴァ様の問いに、リチェルカーレは白々しく目を反らす。

 その返答を予想していたかのように、ミネルヴァ様は言葉を返すでもなく行動に出た。


『天罰です』


 振り下ろされる杖。リチェルカーレの頭から、ゴチィンッと固い物で叩かれたような凄い音が鳴った。


「痛ったぁ……!」


 両手で頭を押さえ涙目となるリチェルカーレ。

 その様子を見て満足したのか、ミネルヴァ様の姿がフッと掻き消えた。


(ホログラムかと思ったが、当たり判定あったのか……アレ)


 ミネルヴァ様がリチェルカーレへの土産としたのは、自分を良いように利用した事への罰だった。




「き、気を取り直して話を聞かせておくれ……」


 頭をさすりながら、再び話を促してくるリチェルカーレ。

 ミネルヴァから聞かされた内容を一通り語ると、合間合間で一人つぶやきつつ、自身の考察と照らし合わせているようだった。


「世界を構成するにあたって必要不可欠な要素……か、復活までは予想していたけど、これは想像以上の仕掛けだね」

「俺が死んでも、世界がそれを許さない――的な、何だか物凄い扱いだよなぁ」


 厨二的だと自嘲はしたものの、なんだかんだでこの表現が気に入った俺であった。

 間違いなく今後の口癖になるであろう。だが、それを言うには殺されて復活するという状況が必要となるのだが。


「物凄いどころか教科書に載るレベルだね。世界を構成する要素の欄に『リューイチ』という項目が追加されてもおかしくない」

「うぇっ、なんだそりゃ……。俺の世界で言う『地・水・火・風・空』が『地・水・火・風・空・俺』みたいな感じで認識されるようになるのか?」

「まぁさすがにこんな事は公に出来ないし、公にした所で信じられもしないから気にする事ではないと思うけどね」


 リチェルカーレは一旦席を立ち、再びハーブティーを入れて戻ってくる。


「今度こそ……大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫さ。こうして……」


 彼女は俺の方に差し出したカップを手に取り、実際に一口飲んでみた。


「それでもなお疑わしいのであれば、アタシが口を付けた所から飲むと良い。カップ自体に毒が塗ってあっては大変だからね」


 やってみろとばかりにニヤニヤした後、今度は自分のカップを口に運ぶ。


「……わかった」


 俺は早速、リチェルカーレが口を付けた所からティーを飲み始めた。

 何せとびきりの美少女が口を付けた部分なのだ。ためらう必要など一切ない。


「ばっ、馬鹿者。本当に同じ所から飲む奴があるか……っ」


 リチェルカーレとしてはからかったつもりであったのだろうが、意に反して俺は恥じる事もなく行動に移してやった。

 ミネルヴァ様に顔を寄せられた時の俺もそうであったように、相手が意識していない状態で自分だけが意識している状態だと、何故か異様に恥ずかしく感じる。

 今の彼女がまさにそれだろう。思わずティーを散らしてしまい、自分の服や口元、机など汚れた箇所を慌てて拭き掃除している。


「そう言えば、このティーはミネルヴァ様から頂いたものらしいな」

「あぁ、気に入ったからくれと言ったら、茶葉ではなく種をくれたよ。育てれば継続して飲めると言ってな……。そんな面倒な事せずドドーンと茶葉を一生分くれれば良かったのに」

「そんな量の茶葉どうするんだよ……」

「どうにでもなるさ。魔術で異空間に収納するなり、保管用の倉庫を借りるなり」

「でも、何だかんだ言ってちゃんと育てたんだろ? 今こうして飲んでるって事はさ」

「ま、農業を知るには良い機会だったからね。王宮の庭園の一角で育ててるよ」

「王様に提供したり、売ったりとかしてるのか?」

「残念ながら、アタシが育てている植物という事でみんな恐ろしがってしまってね。魔導研究者というのもつらいものさ」


 この世界において、魔導研究者と呼ばれる者達は毒性のある植物や植物モンスターを用いて危険な実験をしていると思われがちだという。

 確かにそう言った分野も取り扱うが、基本的には薬草を用いた治癒の研究や、火や水などの『属性』を秘めた植物を用いての媒体作成など真面目な仕事がほとんどであるらしい。

 これらの仕事は世間的にも普及している魔術系統における一般技術であり、街の道具屋でも魔導師向けのアイテムとして普通に売られていたりするとの事だ。


「君もまた、エレナと同じく『儀式』によって願いを叶えた者なんだろう?」

「ミネルヴァ様から聞いたのかい?」

「あぁ、だが詳細はプライベートだから本人に聞いてくれと言われたよ」

「なるほど、あの方らしい配慮だね。いいよ、別に隠すような事でもないし」


 改めて自分の分と俺の分のハーブティーを注ぎ、溜息と共に語り始めるリチェルカーレ。




「アタシはさ、単純に言えばこの世の中の全てを知り尽くしたいんだ」

「知識欲というやつだな。で、それをミネルヴァ様に願った訳か」

「はは、まさか。そんな無粋な事をするはずがないだろう。知識は探求する過程も楽しいんだ。いきなり全てを知って何が面白いというんだい」

「それは確かに言えてる。全てを知ってしまったら、もうその後がないからな……」

「けど、全てを知るにあたっては絶望的に足りないものがある。それは時間とスペックさ」


 この世全ての知識ともなれば、言うまでもなくその量は膨大である。

 仮に全てのものが読める字で書籍に記されていたとして、それを読破するだけでも人間の寿命などでは足りないだろう。

 実際は表面化していない未知の物ですら数多く存在し、また文字で記されていたとしてもその文字が未知のものであったりすれば、さらにそれを学び理解する時間が必要となる。

 また、ようやく文字を理解したところで、今度はその文面の意味する所を解き明かさなければならない。解き明かすために別の知識が必要となる場合もある。


 さらに問題となるのは、人間におけるスペックの限界。俗に言う脳の記憶容量の件だろう。

 仮に全ての知識の習得をその場で望んだとして、想像を絶する膨大な量の知識が一気に流れ込んだらどうなるか。

 とてもじゃないが人間の脳などでは耐えきれないだろう。破綻して廃人と化すのは間違いない。


 人間のスペックを問題視する辺り、リチェルカーレは漠然とではあるが科学的な概念を把握してるんだな。

 ル・マリオン全体において知られているのか、彼女だけが知る事なのかは分からないが、地球の知識が通用するのはありがたい。


「ミネルヴァ様に叶えて貰える願いは一つ。時間を望めば、知識の収集に耐え得るスペックを手に入れられない。スペックを望めば、全ての知識を得る時間を手に入れられない。ロマン云々は別としても、真っ先に知識を望む事は出来ないのさ」

「なるほどな。そういう意味でも知識を望む事はアウトなのか。となると、時間かスペックかだが……」

「どっちだと思う? 一つ言っておくと、少なくともアタシはこの時点で既に四百年以上は生きてる訳だけど」


 自身の幼げな顔を指さして、これでもかなり長い事生きてるんだぜーとアピールするリチェルカーレ。

 この露骨なアピールの時点で「不老不死にでもなった」と勘違いしてもらいたいかのような空気を感じた。故に――


「……知識の収集に耐え得るスペックだな」

「ほほぅ、それは何故?」

「若さを保ったまま長生きする魔法使いってのは、俺の世界にあった娯楽書物では珍しくない設定なんだよ。出来るんだろ? そういう魔法」

「あはっ、あっはっはっは! そんな理由かぁ。まったく、異世界の書物は侮れないねぇ……」

「俺の世界でも特に日本はそう言った架空の創作物に関しては幅が広いんだ。空想が金になる業界もあるぞ」

「空想……かぁ。さてさて、果たしてそれは本当に空想なのかな?」

「っ!?」


 リチェルカーレの指摘に、俺は思わず言葉を詰まらせた。


 今まで、各種創作物は個々の空想の産物であると思っていた。しかしこうして異世界が実在する以上、中には異世界帰還者が『実体験』を綴ったものがあってもおかしくない。

 そう思い始めると、過去に読んだあんな作品やこんな作品も、もしかして実在する世界を描いていたのかもしれない――と思えてくる。 

 今となってはどうしようもないが、地球におけるフィクション作品を隅々まで探し回れば、ル・マリオンの事を描いた作品だって存在するかもしれない。


「……否定できなくなったよ」

「だろうね。さて、一矢報いた所で答え合わせと行こうか」


 リチェルカーレの思惑を破った事により思わぬ反撃を食らったが、満更でもない感じの俺。

 なんだかんだ言って、こういうくだらないやり取りをするのは嫌いではなかった。


「当たり……と言いたいところだけど、正確に言えば『アタシの存在そのもの』を別物へと変えてもらったんだ」

「存在そのものを変えた? じゃあ今のリチェルカーレは、元々のリチェルカーレとは別の存在と言う事か?」

「違う器に魂を移しているキミとは少し違うけどね。アタシは自分の望みを果たすに特化した身体に変化させてもらったんだよ」

「特化とは、具体的にはどんな?」

「この器は基本的に願いを叶えた当時のアタシを模したこの姿で固定され、何年経とうとも姿は変わらない。あらゆる知識を収集するにあたって必要な時間の問題はこれで解決だね」

「で、そのついでに中身も特別なスペックへと変わっている……って事だな。膨大な知識を収めるに足るようになってるんだろう?」

「その通り。一つの願いで二つを同時に望んだ結果さ。今の私は厳密には人間ではなくなってるし、他の何かしらの種族にも該当しない。唯一無二の『リチェルカーレ』という存在になっているのさ」

「普通の人間だったころと比べて、特別に何か変わった感じはしたのか?」

「特にこれといった変化は感じないかな……。けど、数百年に渡って蓄えた知識の一つ一つ、思い出の一つ一つまで事細かに思い出せるから、間違いなく記憶力は向上しているんじゃないかな」

「スペック向上は良いとして、ずっとその姿のままだったら周りの人から怪しまれないか? もう数百年は生きてるんだろ?」

「そこは既に対策済みさ。アタシの手にかかれば外見なんていくらでも変えられるんだ。試しにやってみようじゃないか」


 パチンッと指を鳴らすと、その場で手足が身長し、女性の部分も大きく膨らみ、髪も伸びていく。

 このまま肥大化して服が破れないかとエロを期待したが、残念ながら服も体に合わせて伸長してしまった。


「ふふ、衣服に関しては期待に沿えなくて済まなかったね」


 十秒もしないうち、眼前には先程とは打って変わって大人びた美女が立っていた。


「Ohダイナマーイ……」


 メリハリのあったエレナのボディをさらに超え、大人の色香をムンムンと漂わせる妖艶なセクシーさ。

 そのボディに先程の少女状態と同様の黒いゴスロリを纏っているのが何とも言えない怪しさで、露出は少ないのに非常にエロい。

 まるで魔女という存在を体現したかのような姿だった。もう今後、魔女と言われたら俺はこの姿を浮かべるだろう。


「嬉しい反応だねぇ。お姉さんゾクゾクしちゃうわぁ」


 声も少女の時のそれとは違う。一言一言が呪文であるかのように、俺の男の部分を的確に狙ってくるかの如き色気に満ちている。


「あら? このままではリューイチの身が持たなさそうね……色 々 な イ ミ で」


 再び指を鳴らすと、先程の光景を逆再生したかのようにして少女の姿に戻っていく。


「ふぅ……。やっぱりアタシはこの姿が一番楽でいいや。おや? 残念そうだねぇ、リューイチぃ」


 目線の動きから己自身の股間部分を意識してしまっている俺を見て、リチェルカーレはニヤニヤと笑む。


「くっ、うるさいっ。想像以上に破壊力の高いお前が悪い」

「褒め言葉として受け取っておくよ。気が向いたら、またあの姿になってあげるからさ」


 さすがに堂々と態度に出すのは照れくさいので、俺は脳内で首を激しく縦に振っていた。

 未だにニヤニヤしているリチェルカーレの表情からすれば、それすらも筒抜けなのであろうが。


「それよりもすまなかったね。ティミッドと謁見中だったのに無理やり連れてきてしまって」

「あ、あぁ。そう言えばそうだな……。この後はどうすればいいんだ?」

「おいおい、自分で言った目的を忘れたのかい? 周りの国を見て回るんだろう? これからその辺の打ち合わせでもしようじゃないか」

「そういやそうだった。すまないが俺はこの世界の事を何も知らないから、案内はよろしく頼むよ」

「任せておくがいい。ふふ、数百年に渡って蓄えたこの知識を活かす時が来たようだね」

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