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004:魔導研究室

「いでっ! ……な、何が起きた!?」


 気が付けば、俺は雑然とした部屋の中へと放り出されていた。思いっきり床で尻を打ち付けたぞ……。

 ザッと見ただけでも大量の書物や用途不明の道具が、机や棚はおろか床にまで並べられている。

 一角には植物や動物の姿が見られたり、元の世界で見たような理科の実験道具を思わせるものも見られる。


「突然すまなかったね、異邦人クン」


 声の方へ振り向くと、リチェルカーレと呼ばれた少女が椅子に腰を下ろし、飲み物を口にしていた。

 初めて嗅ぐ香りだがおそらくはハーブティーか何かだろう。って、そんな事は二の次だ。


「いきなり何なんだ……。それに、ここは?」

「魔導研究室さ。アタシが主宰している国の機関だね」

「あー……いかにもな空間だな」


 言われてみれば、確かにファンタジー世界で良く見る『魔導』云々を体現したかのような部屋だ。

 道具や設備の他にも、壁やテーブルにまで乱雑に描かれている魔法陣らしきものや数式らしきものが目立つ。

 そこそこの人間が入れるだろう空間があるにもかかわらず、室内には他の誰も居なかった。


「他の人間が見当たらないようだが、個人でやってる研究室なのか?」

「その通りさ。ここはアタシのアタシによるアタシのための研究室だからね」

「仮にも国の機関なんだろう? たった一人で担ってんのか?」

「居ても邪魔になるだけだからねぇ。一人の方が色々とやりやすいのさ」

「優秀過ぎる人間の場合、周りがそれについてこられないってパターンがあるが……それか?」

「よーくわかってるじゃないか! さすが異邦人クン、見る目があるね!」

「名乗るから、そろそろ異邦人クン呼ばわりはやめてくれ。俺は刑部竜一だ」

「ではリューイチと呼ぼうか。早速だが、君について色々と聞かせてくれないか?」


 二人して席に座り、エレナに伝えた事と同様の内容をリチェルカーレに話して聞かせる。

 最初はふむふむと聞いていた彼女だったが、ある所で驚いたような表情になったので話を一旦止めた。


「……どうしたんだ?」

「リューイチ。キミは今『魂のみを救われた』と言ったね。肉体はあちらの世界で既に死んでいるとも」

「あぁ、なんか真っ白な世界で神様らしき存在と会話してる際、地球で死んでる俺の肉体を見たからな」

「だとしたら、今の肉体は何なんだろうね? その死んだ肉体とやらをこちらへ持ってきたのかい?」


 リチェルカーレの指摘で、俺は改めて気が付いた。

 そもそも俺の肉体は地球で手の施しようがない程に損壊してしまっていた。

 故に、何とか魂のみを救ったのだと神様も言っていたハズではないか。


 考えてみれば、今の自分の身体は本来の肉体とは違って若返ったものである。

 新たな肉体を与えられ、そこに魂が宿ったとなれば、この変化にも説明がつくのではないだろうか。

 もし肉体を修復した上でさらに若返らせられるのであれば、あの時点で既にそうしていたハズだ。


 俺はエレナには伏せていた『実年齢』の部分をリチェルカーレに伝える事にした。


「なるほど、元々の肉体と比べて半分近くに若返っている……か」

「見た目通りではなくてすまん。実際の俺はオッサンだ」

「気にしなくていいさ。それを言うなら、私も見た目通りの年齢ではないからね」

「あー……」


 不思議と、言われて納得してしまった。

 

 リチェルカーレは十代前半に見える少女だ。そんな少女が魔導研究室を主宰しているなどあり得るのだろうか。

 最初は若くして才能を開花させた天才少女なのかと思っていたが、言動がどうにも年相応のそれではない。

 ここはル・マリオン、剣と魔法の世界なのだ。年齢に逆らって若き肉体を維持する魔法があってもおかしくはない。


「こう見えて、先々代の王の頃からここに居座ってるからね。ティミッドは赤ん坊の時から面倒を見てきたよ」

「だから頭が上がらない感じだったのか……」

「まぁ、細かい事を話す前に軽く一服しようじゃないか」


 そう言って席を立ったリチェルカーレは棚から何やらを取り出すと机の上にそれを置いた。

 トレイに乗せられたお菓子とポットだ。リチェルカーレは慣れた手つきで、ポットの中身をカップへ注ぐ。

 元からあった分とは別に俺の分を用意すると、再び席に腰を下ろして飲食を促してくる。


「癒し効果のあるハーブティーさ。試してみておくれよ」


 紅茶の類は良く分からない身だったが、確かに良い匂いがする。

 棚から出してきてすぐ注いだ事や、湯気が立っていない事からも冷製だと解る。

 薦められるがままに口をつけると、瞬く間に口内で香りが広がっていく。


「おぉ、これは何ともさわやかなあ……じ……――」


 だが、感想を言い切る前に突然意識が朦朧とし始め、そのまま俺は机に突っ伏してしまった――。




・・・・・・・・・・




「……あれ?」


 気が付けば、俺は真っ白な空間に放り出されていた。


「さっきまで研究室にいたはずなのに」


 見渡す限りの白。足下も立っている感覚が無い不思議な空間。


「これって、神様と話した時の!?」




「あら? 想像以上に早い再会ですね……これは予想外です」


 一人驚いていると、何処からか可愛らしい女性の声。

 その直後、目の前に光が集まり、集まった光が可愛らしい女性の姿となった。


「やはり神さ……ミネルヴァ様。そうだ、ミネルヴァ様だ。どうして忘れてたんだ」

「ごめんなさい。無用に混乱させないためにも、今までその辺の認識は阻害させて頂いていました。今は大丈夫ですが……」


 曰く、明確に『精霊姫ミネルヴァとやり取りをした』と吹聴されると困るのだそうだ。

 神様らしき存在――と、対象をぼかした上でならばやりとりを他人に話しても構わないとの事らしい。

 既に何人かに対話の件を話してしまっていたので内心焦ったが、その点は幸いだった。

 完全に記憶を封じてしまわないのは、脳に掛かる負担が大きいため、悪影響が出るのを懸念しての事だという。


「それで、何故俺はこんなところに……?」

「お気の毒ですが、貴方は……お亡くなりになりました」

「はぁ!?」


 この空間は、俺がル・マリオンで初めて死んだ時に自動的に魂が送られてくる場所だと説明を受ける。


「なんで? さっきまでリチェルカーレと話していて、ハーブティーを飲んで……」

「リチェルカーレ? 竜一さん、今リチェルカーレと申しましたか?」

「え? えぇ……。言いましたけど、ミネルヴァ様はリチェルカーレをご存じなのですか?」

「はい、良く存じていますよ。なるほど、これで得心がいきました。まったく、あの子ったら……やってくれましたね」

「えっと、説明してもらっても?」

「わかりました。少し長くなるので、軽くお茶を用意させて頂きますね」


 そう言うと、ミネルヴァ様は軽く杖を光らせる。

 直後、白い空間内にこれまた純白の机と椅子が出現。さらにその上には、純白のティーセットが用意され、自動的にお菓子とティーまでもが準備された。


「さぁどうぞ」


 ミネルヴァ様に促されて腰を下ろす。だが、カップに手が伸びない。

 この時点で何となく分かってしまったのだ。俺が、何が原因でこうなってしまったのかが。


「ご安心ください。私はあの子とは違って、お茶に毒を入れたりなどは致しませんよ」

「毒……。やはり、リチェルカーレはお茶に毒を盛って……でも、何故? と言うか、何でリチェルカーレが毒を入れたと知っているんです?」

「知っていた訳ではありません。お茶を警戒する貴方の態度と、ここへ来た経緯を考えると、あの子がお茶に毒を仕込んで竜一さんをここへ寄越したとしか考えられません」

「寄越した……? つまり、リチェルカーレは俺が死ねばここへ来ると確信していたのですか?」

「おそらく、今の貴方の『肉体の秘密』に気が付いたのでしょうね。そして、貴方が死ぬ事により私がアクションを起こす事にも」

「……予定通りって事ですか」

「あの子に踊らされているようで少々癪ですが。まぁ、何かお仕置きを考えておきましょう」


 ふふ、ふふふふ……と怖い笑いを浮かべるミネルヴァ様。


(この人にも『怒』を思わせる感情があるんだなぁ)


 ミネルヴァ様という存在を少し身近に感じ、安心感が芽生える。


「にしても、ミネルヴァ様をしてそう言わせるとか、リチェルカーレは一体何者なんだ……」

「あの子は過去『儀式』によって私と対面し、願いを叶えた者なのです。最近、私に異邦人の召喚を願ったエレナという神官と同様に」


 俺という存在は、俗に言う『召喚魔法』によってル・マリオンへ呼ばれたのではない。

 エレナが儀式を行い神に願う事で、その願いを聞き届けたミネルヴァ様が自らの手で異世界から人材を選んで連れてきたのだ。

 故に、儀式を行った者が抱く願い次第では、当然の事ながら異邦人を召喚する以外の事だって可能な訳である。


「なるほど。それで面識が……。リチェルカーレは一体何を願ったので?」

「そこはプライベートの領域になりますし、戻ってから本人に聞いてみてください」

「戻ってから……って。も、戻れるんですか俺!?」


 思わず立ち上がり、ガタッと机の上に乗ったものが揺れ、ティーも波打つ。


「お気持ちは察しますが、どうか落ち着いてください。ほら、癒しのハーブティーですよ」


 ミネルヴァ様に促され、ティーに口を付けてみる。


(あれ? これって……)


「……リチェルカーレの入れたティーと同じ?」

「あら、あの子ったら相当に気に入ってくれていたみたいですね」

「その言い方ですと、こちらがオリジナル?」

「えぇ、以前お会いした際に振る舞ったものです」


 これはミネルヴァ様の居城でのみ栽培している特別な茶葉で、実質ミネルヴァ様専用の物であったらしい。

 しかし、リチェルカーレに振る舞ってあげた際、大層気に入られ、懇願の果て特別に茶葉の種を渡したという。

 茶葉ではなく大元の種を渡したのは、継続的にハーブティーを飲めるように配慮しての事。

 ティーに魅せられていたリチェルカーレはちゃんと栽培を成功させ、先程俺が飲まされたように、無事に飲用する段階にまで至っていた。


「あ、いやいや。お茶の事ではなく俺の身体の事をですね……」

「すいません、脱線してしまいましたね。わかりました、では最初に結論から申します。貴方の身体は、貴方本来の肉体ではありません」

「やはりですか……。元々の肉体を治療して若返らせられるのであれば、最初に出会った時にそうしているハズですもんね」

「健全な肉体であればそのまま引き込めたのですが、あの状態で肉体のまま引き込んでいたら、その際の衝撃で魂が消えていた可能性がありました」


 本来であれば、生きたままでこの空間へ呼び込むのが普通であるらしい。俺のケースが例外なのだという。


「他の次元に存在する世界へ干渉するにあたっては、非常に大きな力を使います。あの時の私では一度が精一杯でした。故に二度目の干渉をして肉体を回収する事は出来ませんでした」

「あれ? でも俺の荷物を回収していたような……」

「それは貴方が『自分自身の私物を回収しただけ』ですので、私が干渉したのとは違いますよ」

「あ、そうか。確かに呪文を唱えて俺自身が呼び出してたっけ」


 そのための力こそミネルヴァ様に与えられたものだが、力を使ったのは俺自身であり、縁が結ばれた自身の私物を回収しただけに過ぎない。

 こうして縁が結ばれた物を呼び出すのは、例え次元を超えた世界からであっても『他世界からの干渉』には当たらないという。

 完全にこちらの世界へ渡り、ル・マリオンの住人となった後も地球から私物を召喚できるのはそのためらしい。


「ル・マリオンで活動して頂くためには新たな肉体を与えるしかなかったのです。で、せめてものお詫びにと『若返り』や『召喚』『存在の保証』などのサービスをと……」

「そういえば『俺の存在を保証する』みたいな事を言ってましたね。あれは一体どういう事なんです?」

「第二の生を満喫して頂く、そのためには志半ばで終わるという事があってはなりません。そのため、万が一の事が起きても大丈夫なように、貴方を『世界を構成するにあたって必要不可欠な要素』として組み込ませて頂きました」

「は? えっと、それはつまりどういう……?」

「この世界は実に様々な要素で構成されています。その中でも必要不可欠な重大要素が破損あるいは欠損したりすると、世界そのものが壊れかねません。そうならないため、世界はその要素を自動的に修復し、維持を図ろうとします」

「あー……つまり、その要素として組み込まれた俺は、万が一死ぬような事があっても世界によって自動的に修復される――と?」

「初対面の時も思いましたが、やはり理解と適応が速いですね。まさに仰る通りです」

「俺はいわゆる不老不死を与えられたとでも思えばよいのでしょうか?」

「いえ、あくまでも肉体は『人間』として構築しましたので、身体能力自体は人間そのものです。老いもすれば病気にもなりますし、重傷を負えば激痛も苦しみもあります」


 これは、ミネルヴァ様による『二度と元の世界へ戻れない状況』にしてしまったお詫びであった。だが正直、俺としてはミネルヴァ様のお詫びが重いと思った。別にごく普通の人間のままであっても、何一つ文句を言うつもりなど無かったのだ。

 そもそも彼女に助けられなければ第二の人生すらなかった訳で、お詫びを要求するどころか逆にお礼を言ったくらいであったのだが、向こうとしては『健全な状態のまま連れてきた上で、願い次第では後に元の世界へ戻す』事こそ本来あるべき形であったと思っているため『その形を外れた時点で失態を犯した』という考えであるらしい。

 決して悪気があってやっている訳ではないのはわかる。心底からの申し訳なさでやっているというのであれば、それを断るのも野暮な気がした。何より、こんな所で本当に死んでしまってはエレナの願いを果たせないし、リチェルカーレを本当の人殺しにしてしまう。蘇る事が出来るのならば、それに越した事は無い。


「天寿を全うして頂くため、寿命以外によるありとあらゆる死を排除する。それが、存在の保証です」


 まるで世界が俺の死を許さないようだ……そう表現するとなんか厨二的だなぁ。


「注意点としましては、先程挙げました通り『死んでも蘇る事』以外はあくまでも普通の人間の領域です」

「では、常識を凌駕するような凄まじい力を与えられた訳でもなければ、規格外の魔法が使える訳でも無いのですね」

「肉体はただの器に過ぎませんので、基本的な能力は竜一さんの魂に依存します。魂にはありとあらゆる情報が刻まれており、その内容をその肉体に反映させますので、例え肉体自体は別のものであっても本来の肉体と何一つ変わりなくなっています」

「なるほど、そこはちゃんと自分自身でどうにかする余地が残されているという訳ですか」

「後は竜一さんの才能次第です。鍛錬によって力が何処まで伸びるか、あるいはどんな魔術・魔法が使えるか、それは私にもわかりません」


 そこまで話すと、ミネルヴァ様は両手を差し出し、その掌の上にそれぞれ小さな光球を作り出して見せた。


「これはお土産です。青い方は貴方に、赤い方はリチェルカーレに渡してあげてください」

「わかりました。それで俺はどう戻れば……」

「元居た場所を思い浮かべてください。それで戻れます。あと、これをどうぞ」


 俺とリチェルカーレへのお土産と共に渡されたのは、ミネルヴァ様の杖と同じ意匠が施されたチョーカーだった。 


「お守りのようなものです。私の事も覚えていられるようになりますし、どうかお持ちください」


 そう言って、この場で俺の首へと装着してくれた。


(うわ、正面からやるのか……。正直、こっ恥ずかしいぞ)


 俺にとっては、自身の肉体の秘密を聞かされる事より、凄まじい美少女が眼前にまで顔を近づける事の方が遥かに動揺させられた。

 向こうは全くこちらの事を意識していない点が、恥ずかしさをさらに増す要因にもなっている……。


「はい、できました」

「あ、ありがとうございますっ」


 声が上擦ってしまった。その様子に、ミネルヴァ様も思わずフフッと笑っている。




「最後になりますが、今回はガイダンスのようなものですので、以降お亡くなりになられても自動的にここに来る事はありません」

「では……次からはどうなるんですか?」

「魂が抜けます。復活したい場合は、その状態で元に戻る事を願ってください。貴方の存在が再構築されます。その時に装備していた物も一緒に再構築されますので、ご安心を」


 そんなマンガみたいな状態になるのか……。


「では、貴方の新たな生において、どうか幸あらん事を」


 ル・マリオンへと送り出してくれた時と同様の言葉で、今回の対面を締めくくるのだった。

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