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063:喜怒哀楽の仮面

 レミアが素早く剣を抜き放ちつつ立ち上がり、真っ先にこちらへ向かってきた相手の一撃を受け止める。

 まるで喜んでいるかのような表情の仮面を身に着けたその相手は剣を手にしていた。レミアと同じく剣士タイプか……。

 喜び仮面とでも言えばいいのか、そいつはさらに大振りの一撃を叩きつける事でレミアを飛ばし、俺達から離れた位置へと移動した。

 どうやら完全に狙いをレミアに定めたようだ。同じ剣を使う者同士、ライバル意識を抱いたのかもしれないな。


 とか何とか言っている間にも、俺に向けて両手に短剣を持った奴が襲い掛かってきた。

 楽しそうに笑っているように見える仮面を身に着けたその相手は、先程の剣士タイプと比べると小柄だが、素早さが違う。

 俺はとっさに転がって回避したが、向こうは俺が起き上がろうとする所を既に刺突で狙い定めている。ヤバイ――


『ふむ。どうやらこの者はかなりの使い手のようだ……今のお主には荷が重かろう』


 俺の顔面に向けて突き出されていた短剣が、目の前で王の右掌に突き刺さっていた。

 どうやら俺の危機を察して出てきてくれたらしい。予想だにせぬ援軍に、楽しげな仮面も思わず距離を取る。


「手を煩わせたようで申し訳ない、けど俺なら――」

『此度の戦い、『それ』はまだ伏せておいた方が良いであろう』


 それ――とは、言わずもがな俺の『死んでも蘇る』力の事だろう。王からすれば、この時点でそれを敵に知られない方が良いという事か。

 俺は楽しげな仮面を王に任せ、舞台に向けて走り出す。そこを狙い打ってくるのは、先程飛び出した四人のうち、残る二人だった。

 まるで悲しんでいるかのような仮面を着けた者と、怒っているかのような仮面を着けた者。二人とも魔導師タイプなのか杖を手にしている。

 同時に打ち出される炎の弾。しかし、俺はそれらを全く気にする事無く突き進む。だが、別に喰らっても蘇るから問題視していないのではない。


 俺に当たる直前。後方から飛来した魔力弾によって炎の弾が撃ち落とされる。

 目線をやると、不敵な笑みを浮かべたままリチェルカーレが指先をこちらへ向けているのが見えた。

 絶対にやってくれると思っていた。仮面の魔導師二人は彼女に任せても良さそうだ。


 ……俺は、舞台の上で指示を飛ばしていた中心の人物の下へ向かう。奴が間違いなくリーダーだ。



 ・・・・・



 レミアは、剣を手にした仮面の者と対峙していた。

 喜びの表情を浮かべる仮面と、全身を覆う黒マントが不気味なその者は、レミアと比べて頭一つ分は背が高い。

 剣もレミアのものと比べて一回りは大きく、リーチの面においては相手側に有利があるようだ。


(くっ、早くて重いだけではなく……読めない!)


 レミアは次々と繰り出される攻撃を後手に回って受け止める羽目になっていたが、それもそのはず。黒マントを羽織っているせいか相手の動きの初動が読めず、瞬時に攻撃を見切る事が出来ていない。

 普通に考えればマントを羽織った状態で剣を振るうなどやりづらくて仕方がないはずなのだが、相手はそれを微塵も感じさせない。おそらくはこの状態での剣戟を積み重ね、完全に慣れているのであろう。

 それでいて向こうはこちらの動きを完全に把握してしっかりと対処してくるのだから、不利になるのも頷ける。しかし、この状況下において敗北を喫するのは、何よりも彼女自身が許せない事だった。


 リチェルカーレを監視して暴走を止める云々は、彼女にとっては表向きの理由に過ぎない。今のレミアの実力では、自由気ままに突っ走る彼女を止められないという事は痛いほどに良く分かっている。

 だが、だからと言って彼女達に全てを任せてしまっては、国を護るべき騎士としての矜持が崩れてしまう。本来ならば、これは異邦人である竜一の仕事ではないし、団の者ではないリチェルカーレの仕事でもない。

 騎士団が不甲斐ないからこその現状。レミアは己にとってハードルが高いであろう二人の行程に同行する事で、あえて過酷な環境に身を置いてレベリングを図ろうとしていた……。


(だからこそ、こういう強敵との戦いは望むところです。敵は確実に私の動きに対応してきます。私が敵の立場であったなら、私は自分の攻撃にどう対処するか……)


 レミアは敵の立場になって、自分の攻撃をどう捌くかを考えてみる。次の動きを想像し、さらにその動きと相対する立場になって、敵側の位置からも動きを想像する。

 これでもし現実において敵が完全に同じ行動をとったのなら、以降は初動を見ずとも自身の動きから推測して敵の動きを読む事が出来るようになるハズだ、と。


(まずは、少し間合いを取ってから、改めて上段からの振り下ろし……。敵はおそらくパワータイプ、受け止めたあと膂力に任せて私の剣を跳ね上げると予想する!)


 不利な状況から強引に間合いを取って、わざとらしさすら感じる大振りの一撃を仕掛ける。自身の動きであるが故にここまでは想定通り。

 一方の敵はと言うと、レミアの予想通り剣を斜めに構えて盾のようにし、両手の膂力を以ってしっかりと受け止めた。

 鍔迫り合いの状態となるが、敵は闘気を高め、パワーを上げる事によってレミアを弾き飛ばそうと目論む。さすがに目の前で闘気を高められては、レミアにバレバレである。

 だが、あえて分かりやすく闘気を高める事で次の行動を誘う意図があるのかもしれない。レミアは弾かれるまでの一瞬で、敵の虚をつく一手を模索し、実行に移す。


「!?」


 その瞬間、レミアは喜びの仮面の向こうに焦りの表情を垣間見た気がした。レミアは手の力を抜き、そのまま剣を手放したのだ。レミアを弾き飛ばすために込められた敵の力が空を切り、軽い剣だけが何処かへと飛ばされる。

 彼女自身はその場にしゃがみ込み、隙だらけとなった敵のマントをわしづかみにすると、そのまま勢い良く手前へと引っ張ると同時に己の頭を突き出して、思いっきり仮面へと叩きつけた。

 あくまでも敵を動揺させるつもりで撃った奇手だったが、仮面はそこまで頑丈な材質ではなかったようで、メキョッという鈍い音と共に仮面に象られた喜びの表情が崩れ去り、敵の顔にダメージを通す事となった。


「くぅっ……」


 零れ落ちる仮面の破片。ふらついた事でめくれ上がったフードの下からは、燃えるような赤い髪が姿を見せる。

 顔を抑えていた手が退かされると、痛みに表情を歪め鼻血を垂らす女性の顔が見えた。


「せ、先輩!?」


 レミアは驚きを隠せない。仮面の下にあった顔が、良く知る者の顔だったからだ。

 リュック・ゲネラツィオン――かつてのツェントラール騎士団副団長であり、レミアをスカウトした女騎士。

 疲労困憊の騎士団を襲う追手から団員を守るため、一人殿を務め、そのまま帰らぬ人となっていた者。


「……やれやれだ。バレてしまったか。にしてもレミア、あんたらしくない荒っぽいやり方だね」


 発せられた声も喋り方も、自身の記憶にある通りのもの。この返答だけで、確信するには充分だった。



 ・・・・・



 楽しげな仮面を着けた短剣使いは、まるで舞を思わせる華麗な動きで王の周りを目まぐるしく動きつつ、次々とその身に刃を撫でつけ、傷を切り刻んでいく。

 王はと言うと、特に何をするでもなくその場に立ち尽くしている。迫ってこようが動きを目で追ったりする事も無く、かと言って隙を見つけて反撃をするでもない。

 一つ、また一つと刻まれる傷は増えていき、このまま繰り返せば全身が砕けるのではないかと思われるほどに、その骨の身体が損傷していく。


『ほぅ、舞と攻防を一体化させた美しい動きだ。よくぞその練度まで磨き上げたものだ。誉めてやろうぞ』


 楽しげな仮面は絶え間なく攻撃を続けていたが、動きが徐々に精彩を欠くようになり、ついには間合いを取って動きを止めてしまった。

 余裕ありげな死者の王の声を耳にして、今まで繰り出してきた数多の攻撃は全く通用していないのだと悟ってしまう。それに応えるかのように、王の身体が瞬く間に再生していく。

 例え粉末の状態からであってもその身を再構築出来る王にとっては、ただの斬撃などいくら浴びようとも効果はなかったのだ。

 目の前で起きる非常識に身をこわばらせる仮面だったが、その一瞬が命取りとなった。いつの間にか床から出現していた無数の骨の手によって、四肢を捕らえられてしまう。


『さて、お主らは一体何者か……拝ませてもらうとしよう』


 王が仮面を取り外すと、その下からは黒いショートヘアーにサークレットを身に着けた褐色の少女が顔を覗かせた。少女は悔し気な表情で王を睨みつける。


「やめて! ワタシに乱暴する気でしょう? 発禁本みたいに」

『お主、第一声がそれか。それでいいのか』

「あぁ、ワタシは二十二年目にしてついに散らす事になってしまうのね……」

『散らすも何も、我は骸骨……。そのような事は出来ぬのだが』


 何せ骸骨に股間のものは存在しない。少女――もとい、身持ちの固い二十二歳の女性が口にするような意味での乱暴は出来ない。

 さすがの王も想定していなかったまさかの痛い人の出現に、思わず対応を苦慮させられてしまった。



 ・・・・・



 レミアと王がそれぞれ仮面を相手取っている頃、リチェルカーレはと言うと――


「やれやれだ。今回は正直ハズレくじを引かされた感じだね」


 彼女は積み重ねられるように倒れている二人を椅子代わりとし、その上に腰を下ろしていた。その二人は既にマントも仮面も取り払われ、素顔も明らかにされている。

 一人は紫色の髪をメッシーバンの如くアップにし、眼鏡をかけた利発そうな女性。もう一人は桃色のふわっとしたショートの、可愛らしい女性だった。


「ふえぇ……なんですかこの人、強すぎますよぉ」

「まさか、私とサージェが組んでなおこの有様とは……屈辱です」


 二人は攻防らしい攻防をする事すらなく、一瞬で制圧されてこのザマである。リチェルカーレが『遊びたい』と考えなければこんなものだ。

 彼女にとってみれば、コンクレンツ帝国の精霊達と比べたら、たかだか魔導師二人なんて相手としては足りないにも程がある。


「サージェ、か。そう言えばコンクレンツ帝国の皇女が名を口にしていたね。強化魔術に優れていた……とか何とか」

「お、皇女のお知り合いですか……?」

「知り合いと言うかなんと言うか、つい先日滅ぼしてきた」

「な、なんて事してくれちゃってるんですかー!」


 一番下で潰れていたサージェ、憤慨。


「落ち着きなさいサージェ。コンクレンツ帝国と言えば、軍の規模で言えば随一。そう簡単に落ちるはずがありません。惑わされてはいけません」

「で、ですよね。あのベルナルド様と八人の部隊長……そして精霊達も居る私の国が、まさか滅ぼされるなんて事」

「ま、信じるも信じないも自由さ。それよりも、そっちの眼鏡。キミ、一昔前にサミットで見た覚えがあるんだけど……ダーテ王国の王室秘書だったかな」

「私は貴方の事を存じ上げませんが、仰る通りです。私はダーテ王国で王室秘書を務めておりましたゼクレ・テーリンと申します」


 キリッとした表情で自己紹介を決めてみるものの、リチェルカーレの尻に敷かれた状態ではいまいち決まらなかった。


「サージェにゼクレ。まさか各国で行方不明になっていた軍の幹部達がこんな所で見つかるとはね……。おそらくは、レミアと王が戦っている相手もそうなんだろうね」


 エリーティ共和国の闇が、また一つ明らかになろうとしていた。

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