061:首都リュギオン
集落の住民――魔族化した人間達を倒した俺達は空飛ぶ絨毯を加速させて一気に首都を目指していた。
もはや自動車で飛ばしているかのような速度でひたすらに荒野を進むが、ほんとびっくりするほどに閑散としている。
所々で別の集落を見つけたり、四角い大きな建物――収容所らしい――が時々目に飛び込んでくるくらいだ。
他の人間とすれ違う事も無ければ、野生の動物やモンスターにすら遭遇しない。この荒野には不気味なほど命の息吹が全く感じられない。
あちらこちらにリチェルカーレの砲撃痕が見えるが、それによって既に各所に潜んでいた魔族化人間も狩り尽くされている。
時々見える彼らの残骸が、この荒野に生きていたという数少ない命の証というのが何とも皮肉な事だ……。
「さぁ、そろそろ見えるようになる頃だよ。首都リュギオンが」
リチェルカーレが『見えるようになる』と言った通り、ある地点から急に町の遠景が姿を見せた。
「な、なんですかアレは……。これが、対外秘の首都リュギオン……?」
レミアはリュギオンの遠景そのものに驚いているが、俺は違う意味で驚いていた。
リュギオンの遠景において、一つだけ異様に目立つ高層建築物。大きな三角形での建造物で、左右の下の方に小さくツノのように突き出た三角の部分、数百メートルはあろうかというあの威容……。
外観がどう見ても『あのホテル』なのだ。建設途中で放置されていたコンクリート丸出しの廃墟状態を、そのままこの世界に合わせてブラッシュアップしたかのようだ。
今思えば、首都の名前もあのホテルをカッコ良く言ったように聞こえる。もしかして過去、この国に現地の人でも召喚されたんじゃないのか?
リチェルカーレは魔族の統治であるが故にこんなおかしな事になっていると言っていたが、いくら何でもさすがに類似点が多い。
「対外秘だからこそ、首都の威容は大規模な結界で隠されているのさ」
「それ、もしかしてさっき言ってた「砲撃は首都リュギオンには当たらないようになっている」ってやつの答えか?」
「察しがいいね。今は結界の中に入っているからこそ首都が見えているけど、結界の外からは首都が見えなかっただろう? あれは『見えなくしている』訳ではなく『存在を消している』んだ。だから、結界の外からいくら首都のある場所を攻撃しても、首都に当たったりするような事はないよ」
「なるほど。結界を破らない限り『そこには何も存在しない』という扱いになる訳か。とんでもない魔術があるんだな……」
「そんなとんでもない魔術が使われている事もまた、魔族が関与している証拠でもある。空間魔術は使える者が限られているからね」
そういや空間魔術は魔導師の三大難題の一つだったか。もし人間で扱えるような者が居れば、当然世界的にその名を知られているレベルだろう。
だが、エリーティにそんな高名な魔導師は居ない。となれば、彼女の言うように魔族の関与を疑うのが当然という訳か。
「けど、よくそんな魔術を見破ったな……。普通だったら首都の存在にすら気付かないんだろ?」
「魔力の扱いに長けた者であれば、空間を漂う魔力に違和感がある事に気付く。けど、そこから空間を切り裂いて中に入り込むには空間魔術が使えないと無理だけどね」
そうか、さっき急に首都が見えるようになったのは『空間を切り裂いたから』だったのか。
俺が何気に後ろを振り返ると、こちらに向かってずっと伸びていた砲撃跡が、首都が姿を見せた辺りで途切れている。
砲撃が結界の中にまでは届いていないという事だな。おそらく、結界の外に出てみれば、砲撃跡が彼方まで続いているように見えるのだろう。
結界の外側に偽りの景色を作り出すとは、恐るべき魔術だ。そして、それをしれっとブチ破るリチェルカーレも恐ろしいな。
「リチェルカーレ殿。先程から気になっていたのですが、あの天を衝くかのような巨大な建造物は一体何なのですか?」
俺も気になっていた建造物について、レミアが触れてくれた。うーむ、やっぱアレはどう見ても……。
「アレは共和国のシンボルさ。この荒れ果てた荒野を放置してまで金をつぎ込んで作らせた、アンゴロ地方最大の建築物だよ」
「……アンゴロ地方?」
「あぁ、リューイチは知らなかったかな。ツェントラールや周りの四国があるこの一帯は、地理的にはそう呼ばれている地方なんだよ」
今思い返してみれば、エレナから説明を受けた際、ほんとに国についてしか聞いていなかった気がする……。
「この地方最大の建築物ですか……。一体、何のために?」
「力の誇示だよ。他の追随を許さないものを作り上げる事で、民衆に『我らこそが至高の民族である』という意識を強く刷り込ませているんだよ」
「そう言えばエレナが言ってたな。この国の民衆は皆が自分達は特別だと思い込み、他の存在を下等な存在として見ているって。ツェントラールはもちろん他の国も自分達が支配して当然とか言ってるらしいが」
「だいたいあってる。民族の意識を変え強盛なものとし、軍事力を拡大させ、政治経済を発展させた大国を作る。そのために領土と勢力の拡大を狙っているという訳さ」
うーむ。同じ勢力拡大でも、古の王国を復活させたいとか言っていたコンクレンツ帝国の方がまだ夢あるなぁ。
「その方針は、つまり支配している魔族が考えたもの……って事でいいんだよな?」
「あぁ、稚拙なものだろう? まさにゲーム感覚で国で遊んでいるんだ」
「真に討伐すべきはその魔族という訳ですね。個人的には、一直線にその者を討ちたい所ですが……」
「さすがにそうはいかないだろう。大人しく通してくれるとは思えない」
俺達はそのままリュギオンに向かって進み続けたが、近づこうとも迎撃の部隊が出てくる様子もなく、そのまま入り口の門前にまでたどり着いてしまった。
遠くで見た時から威容を放っていたシンボルはここからでは見えない。と言うのも、目の前に広がっているのは巨大な門と、その横に広がる城壁のみだからだ。
高さにして五十メートルはあるだろうか。コンクレンツ帝国の首都シャイテルのものよりも遥かに巨大だ。軍備にだけは凄まじい金をかけてるな。
門扉も十メートルはある非常に巨大な物だ。人力で開けるのは不可能だろうから、魔術的な何かで開けるのだろうが……。
「……おかしいですね。対外秘の首都の間近にまで来たのに、誰一人として迎撃に出てこないですよ?」
「もしかしてさっきの砲撃で迎撃部隊までも全滅させちゃったんじゃないのか?」
「いや、首都の中にも少なからずの武力が存在するハズだ。にもかかわらず出していないという事は……」
「あえて誘い込まれた可能性がある……?」
罠を疑い始めた時、城門の下の方が小さく開き、中からフードをかぶった一人の人物が姿を見せた。
くぐり戸というやつだろうか。扉に組み込まれたさらに小さな扉だ。もしかしたら、大きな扉はフェイクなのかもしれない。
対外秘であり、多量の人間の行き来が無いであろう首都リュギオンで、わざわざ開門する必要性を感じられないしな。
「あなた方が侵入者ですね? 我らが主より、自身の下へと連れてくるように言われております。どうぞこちらへ」
優し気な女性の声だ。意外にも、迎撃ではなく招き入れるために出てきたという。
「どうか、主の下にまで事を荒立てる事無くついてきて頂きたい。首都の民は、何事もなく平穏に暮らしておりますが故」
「平穏に……? さっきのあの凄まじいサイレンを耳にして、何事も起きていないと言うのですか?」
「えぇ。民はサイレンが鳴った事で外敵の襲来を知りましたが、軍を絶対視しておりますので敗北するなど夢にも思っておりません」
「なるほど。脅威が迫ろうが、必ず駆除できると信じているんだな……。実際はここにまで来てしまっているんだが」
「主はそれを知っておられます。だからこそ、穏便に事を済ませたいと思い、あなた方を招こうとお考えになられたのでしょう」
どうする? とリチェルカーレとレミアが目線で返答を促してくる。そうか、あくまでも『俺の旅』だから、最終的な決定権を俺にくれるのか。
「……わかった。ついていこう」
「ありがとうございます。主の下へ着くまでの間、道中の案内もさせて頂こうと思います」
首都リュギオンの様子か……気になるな。やっぱシェーナのように活気に満ち溢れた町が演出されてる感じだろうか。
俺達は案内役に続き、くぐり戸を抜けて首都の中へと足を踏み入れる……。
・・・・・
そこに広がっていたのは大通りと、その左右に広がる十階建てを超える建物の連なりだった。その規模たるや、もはや都会の大通りだ。
それらの建物の奥には二十階をも超えるであろう高層建築物が見える。手前にある塔状の建築物とは異なり横にも広く、俺の世界にある大型マンションと何ら変わりない形だ。
「これは何とも凄い町並みですね……。私が今まで見たどんな町並みよりも凄いですよこれは」
「強盛の象徴として、町の形成には多額の資金を投じております。外部の方が見て何処よりも立派に感じられるのであれば、計画は成功と言えますね」
案内人はそう語るが、俺としてはとてもこの光景が強盛を象徴しているとは思えなかった……。
何せ、町並みに反して人が少ないのだ。何十メートルはあろうかというだだっ広い道に、数えるほどの人間しか歩いていない。
馬車も数台行き来するのみ。これほど広大な町にもかかわらず、人は何処へ行ったのだと言わんばかりの閑散ぶり。
「ですが、その割に人が少ないように思うのですが」
「首都の民は皆勤勉ですので、子供であれば教育機関に、大人であれば仕事に従事しております」
対外秘であり、多くの者が実態を知らない場所であるためか、対外的に公開しているシェーナのように盛況を演じる必要も無いという事か。
だが、それを抜きにしてもこの人の少なさは異常だ。俺の世界においては、都市部などは平日であろうと町の外が人であふれていた。
何せ働く人によって休みは異なるし、仕事で外に出ている人も。家に残り生活を支える人もいる。子供達も授業日程によっては平日が空く子も居る。
にもかかわらずこの状況、首都に住まう者達のスケジュールが徹底的に管理されているという事だろうか……。
「あの正面に見える巨大な塔が、この国の王城なのですか?」
「あれはオーベン・アン・リュギオン。我が国のシンボルにして、下界を睥睨するためにお創りになられた天の玉座です」
この大通りは、まさにそのオーベン・アン・リュギオンに向けてまっすぐ続いている。あれ以外は飾りとでも言わんばかりに、まるで存在感が無い。
通りに面している建物もただの居住施設なのか一階が店舗になっているという訳でもなく、この通りを歩くにあたって楽しみとなるものすら全く存在しない。
そんな空虚な道を歩いていると、先程までの閑散ぶりが嘘のように、人だかりで盛り上がっている区画が目に飛び込んできた。
「なんだ。教育とか仕事だとか言ってたけど、こんな所で祭りか何かをやってるのか……」
「いえ、あれは祭りなどではありません」
案内人が指し示す方向を見ると、広場の中心に磔にされた男女の姿があった。中年の男性が一人と、若い男女が一人ずつだ。
集団に紛れるようにして近づいて良く見ると、三人とも木製の十字状の磔台に、直接杭のようなもので手足を打ち付けられている。
まるで俺の世界における最大宗派の象徴みたいだ。あれでは万が一にも逃亡が不可能だろう。と言うか、この時点で既に痛い。
こんなものを見せられてしまっては、さすがに俺も言われる前に何が行われようとしているのかを察する。これは俗に言う『公開処刑』というやつだろう。
「選ばれしリュギオンの民よ! ここに居る男は、愚かにも偉大なる指導者のお言葉に疑問を挟んだ! 偉大なる指導者のお言葉は絶対であり、異を唱えるなどあってはならない事だ!」
理由は『口答えしたから』って所か。確か俺の世界のあの国も……そういうくだらない理由で処刑してたっけな。
公開処刑をするのは、民に見せつけて恐怖を植え付けるため。時に学校や競技場などを利用し、強制的に民を集めた上で行われる。
おそらく今目の前で行われているのもそういう類だろう。集まった民衆の中には年端も行かぬ子供達も混ざっているしな。
「よって、愚かなるこの男と、その男から連なる者達を処刑する事にした! 愚か者の子である以上は愚か者であり、それに付き従う配偶者もまた愚か者である! 芽は徹底的に絶たねばならない!」
一族郎党諸共に処刑……か。女性は既に表情を失っており、若い男性は主犯である父――中年の男性を強く睨みつけている。
まぁそれも当然だわな。父親の愚かな行為のせいで自身まで巻き添えとなり、さらには大切な嫁までもが同じ目に遭っているのだから。
当の中年男性は歯を食いしばり、目を閉じて現状に耐えている感じだ。胸中に渦巻く感情は、果たして……。
「では、そこの者から順にこの刃を手に取り、愚か者共の命を削ぎ落としていくのだ!」
兵士は最前列に居た者の中から、冴えない感じの若い男性に小さな刃物を渡す。そして、小声で何やら説明をした後、女性の前まで歩かせる。
磔台の高さ的に、ちょうど女性の膝が目の前にくるあたりだろうか。そこまで来た後、男性はガクガクと震えながらも、叫び声と共に刃を女性に振り下ろした。
苦痛を耐える女性のうめきと共に舞う鮮血。男性はその様子に小声で悲鳴を上げつつもすぐさま踵を返し、兵士に血濡れた刃を返却した。
「な、なんなんですかこれは……!?」
「公開処刑です」
「わかっています! ですが、これはあまりにも……」
えげつない。対象者の肉を少しずつ削いでいく事で、少しでも長い間痛みを味わわせてから死に至らせる極めて残虐な方法だ。
古代の処刑方法にもあった気がする。見せつけるだけでも恐ろしいが、それを民の一人一人にやらせる事で罪の意識を受け付ける手法がよりエグい。
民は決して忘れないだろう。自分自身にこの光景が降りかかる恐ろしさと、自らがこの光景を作り出した一人であるという恐ろしさを。




