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003:副団長レミア

 竜一は射線上に国王の玉座を据えた上で、かつロックを殺すつもりでトリガーを引いた。もしロックがとっさに避けなかったら、確実にロックの頭は弾け飛んでいたであろう。

 さすがに国王を殺すような事をしてしまえばこの世界での居場所が無くなりかねないので、国王に直撃はしないよう細心の注意を払っていたが……。

 

 一人の人間として考えるならば、銃弾のような危険なものを避けようとするのは当然の事である。しかし、騎士としてはそうもいかない。

 と言うのも、式典や会談などにおいて、王侯貴族が外へ出る機会は多々ある。その際、敵に狙われる機会もまた多々あるものだ。

 そういう状況下において何よりも優先されるのは、敵の始末ではなく王侯貴族達の命である。そのため、騎士達は身体を張って襲撃を防がねばならない。

 時には遠距離攻撃もあるだろう。弓や投石、魔法など、迎撃が間に合わない場合は自らの身体を盾として、決して攻撃を後ろへは通してはならないのだ。


 騎士団長たる立場であるが故、そう言った点は誰よりも遵守しなければならない。にも関わらず『未知の恐怖』に怯え、背後に誰が居るのかも忘れて回避してしまった。

 玉座に刻まれた痕を見ると、その威力が並々ならぬものであることが分かる。回避していなかったらロックの命は失われたであろう。だが、それでもあの状況においては回避と言う選択肢を選んではならなかったのだ。

 騎士にとって己可愛さに守護すべき対象を危機に陥れる事は、守護すべき対象を守り抜いて死ぬという誇り高き事とは正反対の、最も忌避される恥ずべき事であった。


 そのため、ギャラリーの意識は『国王に当たりかねない攻撃をした竜一』ではなく『国王を見捨てた騎士団長』に対する非難となっていた。


「おや、今の攻撃を避けた騎士団長を非難している方がいますね」


 しかし、そのざわつきに割り入ったのが竜一だった。

 その声に対し「そうだそうだ」「騎士にあるまじき失態だ」「騎士団長失格」「騎士が逃げるな」などと、便乗するように好き勝手な非難が飛ぶ。


「そこまで言うのでしたら、貴方達は逃げずに受け止められますよね? 後ろには王侯貴族の方々がいらっしゃるつもりで、一度どうですか?」


 ニッコリと微笑みつつ、竜一は右手のそれを立ち並ぶ兵士達や騎士達へと向ける。

 その瞬間、一同は悲鳴を上げつつ蜘蛛の子を散らすように謁見の間から逃げ出してしまった。

 直撃していたら頭が吹き飛んでいたであろう超威力の見えない攻撃を、身を張って受け止める度胸は誰にも無かった――否。






「いいですよ。やってみてください。私は逃げずに受け止めますよ」


 一人だけ、俺の挑戦を受けた騎士が居た。

 全身鎧の騎士が一人だけその場に留まっており、暑苦しそうなフルフェイスの兜を外す。

 その下から緑色のセミロングがフワッと広がった。何と女性の騎士だったのか。


「レミア!? 馬鹿な事を言うな……。あんなもの、魔導師団でも無いのにどうにかできるわけが」

「団長たる者が情けない事を言わないでください。大丈夫、さっき見ましたし……落ち着けば対処できます」


 すっかり心折れた騎士団長ロックが、レミアと呼んだ女性騎士を心配するが、当人は何処吹く風。


「リューイチ殿……でしたか? さっきのアレ、もう一度お願いします」

「……わかった。いくぞ」


 言葉と同時に仕掛ける。直後、乾いた音と金属音が同時に響いた。さらにその数瞬後、謁見の間の柱の一つが小さく砕けた。


「ウッソだろ……。銃弾を剣で弾くか、普通……」


 レミアは見事に言葉通りにやってみせた。言わずもがな、俺が仕掛けた攻撃とは『拳銃』による銃撃である。

 視認すら困難なそれを、まともに受けたら折れてしまうであろう剣を使って弾く。並々ならぬ動体視力とテクニックであった。これにはさすがに驚かされた。


「ほら、何とかなりました……。あはは、怖かったですね。と言うか、何故そちらが驚いているのですか? 承知の上で撃ったのでは?」

「うーん、そこは何と言うか『魔法』みたいなもので弾いたりするものかと……」

「魔術は魔導師の専売特許です。残念ながら、騎士の私にそんな器用な真似は出来ませんね」

「いやいやいや、剣で銃弾を弾くってのは、常人を遥かに超えた凄まじいレベルで器用な事だからな」


 実はレミアにとっても賭けだったらしい。

 見えない程の速度で放たれる攻撃を見てから防ぐのは不可能だ。ならば、見る前に予測して攻撃を弾けるような位置に防御を敷けばいい。

 幸運だったのは、俺の発声が合図となった事。先程と同じく真っすぐ撃った事。そして、攻撃に剣が耐えられた事だ。

 仕掛ける合図が無かった。変則的な場所に撃っていた。剣が銃撃に耐えられなかった。様々考えられる悪い可能性もあった。

 しかし、レミアはそれらの悪しき結果に巡り合う事なく、無事に最良の結果だけを拾う事が出来たのだ。


「さて、じゃあ続きをしましょうか」

「続き?」

「さっきナイフとか他の道具とか見せていたではないですか。それらを使った戦闘術を見せて頂きたいと」

「レミアと言ったか。君が騎士団長の代わりに俺を試してくれるのか?」

「試す……と言うより期待ですね。全く予想できない『未知』と戦うワクワク感とでも言えば良いのでしょうか」

「そういう事なら、サプライズを与えられるようにもう一つ召喚しようじゃないか」


 俺はもう一つ追加でアイテムを出し、左手に『それ』を握ると後ろへ隠すようにして立つ。

 そのまま右手でナイフを逆手に構え、準備は整ったとばかりにレミアと相対する。






(む……。意外に隙が無いな)


 レミアにとって竜一の構えは初めて見るものだった。胴を横に向け、正面から狙える場所が少なくなるように上手く構えられている。

 この構えに対していきなり切り込んでいっても、最小限の動作でかわされてしまうとレミアは判断したが、それは正しい。

 ナイフであれば、その際に生じた隙を付く事など容易である。鎧を着ているからと言って慢心は出来ない。継ぎ目など、隙間を狙おうと思えばいくらでも狙えるのだから。


 変化が起きたのは、警戒を強めたが故にレミアが動きを止めたその瞬間だった。

 竜一が唐突に左手を動かし、首から提げていたカメラに手を掛けた。


「なっ!? 光……!」


 刹那、目を焼くかのような眩しい光がレミアを襲う。突然の事に対策も何も出来なかった彼女は、その光をモロに両目で受けてしまい視界を奪われる。

 それでも冷静さを失わず、駆けるような足音が聞こえた直後、見えないままに剣を振るうが、手応えは薄かった。


(さすがは剣一つで戦う者……視界を奪っても大体の位置はつかめるのか。だが!)


 竜一は薄く裂けた右腕の痛みに顔をしかめながらも、後ろへ隠していたアイテムを左手に持ち、レミアに当てる。


(そう、軽く当てるだけでいい。あとはスイッチ一つで……)

「くぅっ! こっ、これは電撃か!?」


 いきなりレミアが悶絶する。端から見ると何が起きているのかわからないためか、数少ないギャラリーは一様に不思議がっている。

 一体何をしたのか知っているのは、この場においては竜一ただ一人しか居ない。今放った攻撃の正体は、スタンガンによる放電だった。

 幸いにも鎧は電流を通しやすい材質であったらしく、全身くまなく電気の刺激が行き渡っているようだ。

 その直後、レミアの背後から首筋に冷たいものが当てられる……かと思いきや、それは直前に滑り込まされた剣により阻止された。


「おいおいおい、これにも反応しちゃうのか」


 ナイフで仕掛けると見せかけて目くらましをさせて隙を作り、その隙を突いて近付き、痺れさせつつナイフを首筋に充ててチェックメイト――と言うのが竜一の想定していた流れだった。

 しかし、近付いた際に反応されて腕を斬られるばかりか、背後からの奇襲にも反応して締めの一撃を阻止されてしまった。


「未知の手段による不意打ちと奇襲。これを防がれちゃおしまいだな……。正攻法じゃ勝てる気がしないし、俺の負――」


 言いかけた途端、竜一のナイフが当てられていたレミアの剣がパキンと音を立てて折れた。

 それにより、竜一のナイフがレミアの首筋にまで届き、同時に竜一が言いかけていた宣言をレミアがする事となった。


「盾代わりにしていた剣は失われました。これではもう、リューイチ殿の攻撃を防げません……参りました」


 勝負は終わったものの、沈黙が場を支配する。

 ここまでの流れが色々と異様過ぎて、その場に居る誰もが置いて行かれていた――。






「な、納得いきませんわ!」


 沈黙を打ち破る甲高い少女の声が響く。声の主は、先程まで尻餅をついていた王女・シャルロッテだった。


「訳の分からない目くらましと、その隙を突いた電撃、さらにナイフで奇襲なんて騎士の風上にも置けない卑怯者ですわ! それに、ロックやお父様への攻撃も……。下手したら命が失われていましたわよ!?」

(いや、そもそも俺は騎士ではないんだが……。そっちの流儀を押し付けられても、正直困るな)


 そもそもな話、これは正々堂々とした決闘などではなく、ルールも定められてはいない。

 レミア自身も『全く予想できない未知』を望んでいたし、本人はこの戦いに至って満足気そうである。

 俺がどう言葉を返すべきか迷っていると、助け舟は意外な所から出てきた。


「お言葉ですが王女、彼は異邦人であり騎士ではありません。その言葉は失礼にあたります。訂正を」


 王女の前に歩み寄り、頭を垂れていたのは騎士団長のロックだった。


「な! 私が悪いと言うのですか……? 卑怯者を卑怯者と罵っただけではありませんか」

「相手がどうあれ、罵るという行為自体が品位を貶める事になります。貴方のみならず王家そのものの品位が、です。どうか自重して頂きたく」

「ぐ……っ、わかりましたわよ」


 上手い言い方だった。周りの者までも巻き込み迷惑を掛けてしまう事を伝えている。

 ここまで言われてなお押し通しでもしようものなら、言葉通り王家の品位が疑われる事になってしまう。


「それに、罵られるのであれば……それは私に他なりません」

「貴方はいきなり何を言いだしますの?」

「先程起きたばかりの事をもうお忘れですか? 私は、リューイチ殿の攻撃を恐れ、避けたがために王族の皆様方を危機に晒してしまったのですよ」

「あ、あれは仕方がありませんわ! あんなもの目の当たりにしたら、誰だって避けますもの!」


(いやぁ、避けられるだけでも充分に凄いんだけどな……。普通は避ける事すらできないし)


 言葉に出さずにフォローする。さすがに剣で弾く事と比べればレベルは落ちるが、銃撃の音が鳴ってから回避するのも間違いなく超人の域である。


「しかし、レミアは敢然と立ち向かいました。あの姿こそ、本来騎士があるべき姿でございましょう」

「レミアはレミアで無茶しすぎですわ! 騎士道大いに結構ですが、もっと自分の命を大切になさいませ! 身を犠牲にして守られても、私達は……」

「シャルロッテ様……」


 そこまで言った所で王女が泣き崩れてしまう。

 最初に吠えた時はキツイ子かと思ったが、後々の言葉を聞くに凄く優しい子なのだろうと判断した。

 家臣であるロックやレミアを大切に思うからこそ、その命が失われるのを惜しんだのだ。

 人の命をまるで駒のように扱う横暴な王侯貴族も少なくないというこの世界において、ツェントラール王家は珍しく清廉な存在であると言えよう。


 しみじみ思っていると、ロックが今度は俺の方を向いて握手を求めてくる。


「済まなかった。いきなりこんな事を聞くのも失礼かもしれないが、君は一体、向こうの世界でどんな生き方をしてきた?」


 そう問うてくるロックに、先程目くらましに使ったカメラから、あるものを取り出した。

 それは先程撮影した際の『写真』だ。あえて旧式のインスタントカメラを用いたため、この場で写真が見れる。


「む、なんだこれは? レミア……なのか?」

「ん? 私がどうかし……これは、もしかして私か?」


 不思議そうに写真を眺めるロックとレミア。そこには剣を構えたまま思いっきり目を閉じているレミアが写されていた。


「これは写真というものです。先程光を放った装置で、レミアの姿をここに写したのですよ」

「写真……か。映像を映す魔術は見た事あるが、こうして姿形を焼き付けるというのは初めて見るな」

「この写真を撮影するのが俺の仕事です。主な現場は『戦場』なのですが……」

「なに、戦場でこれを? なるほど、通りであんな戦い方を」


(いや、普通は戦いながら写真は撮らないけどな……)


 あくまでも戦場カメラマンは戦場の様子を撮影するのであり、戦闘しながら対戦相手を撮影するのではない。

 先程のレミアとの戦い方が戦場カメラマンのスタイルだと思われてしまったか……?




 その間にもロックが、手にした写真を国王に見せつつ何やら話をしている。

 国王はロックと話をしつつも、合間合間でこちらをチラチラと見ては気まずそうな顔をしている。

 今更になって、期待外れであるかのように扱った事を後悔しているのだろう。


「あー、こほん。すまなかったな、リューイチよ。私の目が曇っておった」


 しばらくして、国王自らがその場に立ち、深々とお辞儀をして謝罪してきた。

 まさかこんなに潔いとは思わなかったので、正直驚いてしまった。


「わ、私はまだ認めてませんからね……。貴方が召喚された『目的』を達成して見せたら話は別ですが」


 王女はどうやらそういう気質らしい。ある意味、扱いやすそうな性格だと思った。


「いえ、こちらこそ国に泥を塗りつけるような真似をしてしまい申し訳なく思っております。だからこそ、この国の救済という目的を必ずや達成して見せましょう。それにあたって、一つお願いがございます」


 最初の時のように身を屈め、再び国王の前に控える。


「ふむ、言うてみよ」

「この国を始め、周りの四カ国を探訪させて頂きたいのです。まずは、色々とこの世界の事を知りたいのです」

「なるほど、それは一理あるのぅ。じゃが、我が国はともかく他の国は危険じゃろう。ツェントラールの者と知られたら危害を加えられるかもしれんし……」


「国王様、発言をお許しください」


 と、そこで今まで沈黙を守っていたエレナが会話に参加してきた。


「危険性に関してなのですが、実はそこまで問題視する事ではありません。理由としましては、民衆と貴族には意識の差があり、他国民を敵視しているのは貴族のみで、民衆は何処の国の者であろうと分け隔てなく接してくれます。これは騎士団による潜入調査で明らかになっております」


 そう言って、エレナがレミアの方へ目をやると、その場で彼女が膝を折り、言葉を引き継いだ。


「改めまして、騎士団副団長のレミアです。今エレナが申しました通り、騎士団の潜入調査により、一般市民がただ観光するだけであるならば問題無いとの結果が出ております」

「そうか、騎士団が保証するのであれば問題はないじゃろう。じゃが、町の外は危険じゃしリューイチを一人外へ放り出す訳にもいかぬし……どうしたものか」

「では、護衛と案内を兼ねて私が行きましょうか?」

「うーむ、実力としては申し分ないのじゃが、それ故に今騎士団を離れられるとつらいのぅ」


 確かエレナの話だと、一応は侵攻を食い止めてはいるものの徐々にこちらの戦力が削られていると言ってたな。

 それでいて敵はまだ本腰を入れていない……ここで実力的にもトップクラスであろうレミアが抜けるのは確かに手痛いだろう。




「それなら、アタシが行こうじゃないか」


 突如、宣言と共に扉を開けて入ってきたのは可愛らしい少女だった。見た目で言うなら、中学生になったかならないかくらいの感じだな。

 その身を漆黒のゴスロリドレスで包み、同じく漆黒の長い髪を靡かせるその姿は、幼げな容姿とは裏腹に不思議な色気を感じさせる。


「リ、リチェルカーレ殿……」

「一国の主がそんな情けない顔をするんじゃないよ。子供の頃から全く変わらないね、ティミッドは」


 こんな少女が王を呼び捨てにしている……。しかも、それを誰も咎めない。まさか、王以上の権力者とでも言うのだろうか。


「このアタシなら護衛と案内を兼ねられるし、自由に動く事も出来る。問題は無いだろう?」

「確かにリチェルカーレ殿なら不安は御座いませんが……。しかし、ここしばらくはずっと研究室に籠りっぱなしだったではありませんか。どうしてまた急に?」

「興味が湧いたのさ、そこの異邦人クンにね」


 こちらを向いたリチェルカーレがニヤリと笑む。目がキュピーンと光った……いや、錯覚か……?


「アタシは全てを知る事を望む者。そんなアタシの前に現れた未知の塊――知りたいと思うのは当然の事だよ」

「わ、わかりました。そう仰るのであれば、お任せ致します」

「決まりだね。と言う訳で、早速異邦人クンを借りていくから後はヨロシク」


 そう言ってリチェルカーレが俺の手を取ったかと思うと、何やら呪文のようなものを唱え始め――



 ――同時に俺の身体は地へと沈んで行った。

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