491:剣戟のあとしまつ
――翌日。
「Zzzzz……」
富士山桜が埋められた場所へ行ってみると、当の本人はぐっすりと眠っていた。
何と言う図太さだ。いや、こんな状態ならもはや『寝る』くらいしかする事が無いのかもしれないが……
しかし、さすがに『剣聖』と呼ばれるだけあり、一定の距離まで近づいたらパチリと目を開けた。
「……よく眠れたかい、妹弟子」
「おかげさまで。腐るほど瞑想に費やす時間を頂けましたから、新たな境地に至りましたよ」
そう言って微笑むと、桜の周りの土が突如爆散し、埋められていた桜が勢い良く飛び出してきた。
「へぇ。まだ地面の硬化は解いていないハズだけど、自力で破るとはね」
「昨日の私では破れませんでした。しかし、今日の私は違います」
「じゃあ、もう一度やるかい?」
「さすがに止めておきます。三度目の過ちはもう……」
リチェルカーレの挑発を受け流す桜。一日埋められて本当に頭が冷えたようだ。
しかも、埋められた事を逆に利用し『瞑想』の果てに何やら新たな境地に至ってしまったらしい。
全く動けない状況から脱出してみせた技術がその成果と言う事だろうか。
「しかし、剣聖。こんな状況でよく眠れましたね」
「誰かが迷い込んできたり、モンスターに襲撃されたりとかしそうなもんだけど」
「……剣聖呼びはやめて欲しい。先程も言ったが、私自身そう呼ばれるに相応しいとは思っていないもので。男の姿『フジヤマ』と大きな女性『サクラ』の名を合わせたものが私の本名。そのどちらでもいいから、とりあえずは名で呼んでもらえると」
正体を現す前は普通にフジヤマとかサクラとか呼んでたのが、正体が発覚してから急に『剣聖』と改まった呼び方になるのは距離感が生じるわな。
俺は既に『桜』と呼んでしまっている。何と言うか、フォルさんやアルヴィさんのような『大人の女性』って感じがしないから、ついつい呼び捨ててしまうんだよな。
賢者の弟子達はみんな人間やめてるらしいから、リチェルカーレはもちろん桜も実際は遥かに年上なんだろうが、見た目に引っ張られてしまうんだよな。
「この辺りは人除けの結界を張ってあるからその辺の問題はないさ。桜が埋まってるのはともかく、こんな場所を見られたら大問題だからね」
リチェルカーレが腕を振って周りを見るように促す。見事なまでに森林だった場所がボロボロになっている。
確かにこんなのを誰かに見られたら騒動になる。何とかして元に……って、まさか――
「すまないが、精霊達に頼んでもらえないかな。アタシでも出来ない事はないが、ここは専門家に任せた方が確実だろう」
やれやれ。ここ最近あまり呼べていなかった事に加えて、こんな事でいちいち呼ぶのも可哀想なんだが……仕方がない。
「ククノ、パチャマ、それとヴァルナも頼む。森の再生に力を貸してくれ!」
『呼ばれて飛び出てククノ様じゃ!』
『ん~……ねむねむ。何……? ご用……?』
『うおぉぉぉぉぉぉっ! 久しぶりの娑婆だぜぇぇぇっ! 燃えるうぅぅぅぅっ!』
和装――と言うか、弥生時代みたいな恰好をした少女。蓑虫みたいな布団に包まり、まだ眠そうな感じの少女。出て早々いきなり大声でわめきたてる青髪の少女。
いずれも三頭身で小柄と、人間のような見た目をしながら明らかに人間ではないと分かる不思議な存在――精霊の現出であった。
『やれやれ、久しぶりの出番かと思えば森の修繕とはのぅ。どうやら身近に罪深い事をやらかす者がおるようじゃの』
『……大地もダメージ受けてる。荒っぽい戦い方は駄目』
『癒しはアタシに任せとけ! 木々と大地にアッツアツの恵みをくれてやるぜ!』
「ちなみに森林をこんなにした犯人はあいつらだ。リチェルカーレと桜が加減抜きで戦ったせいでこうなった」
「な、なにを言うんだい。桜が開始早々に周りの木々を一気に薙ぎ払ったんじゃないか」
「そもそも大姐が私に本気を出させたんじゃないですか! 大姐の攻撃だって結構木を薙ぎ倒したり大地を抉ったりしてましたよ!」
『やかましいわ! 二人共、罰じゃ!』
リチェルカーレと桜、二人の頭に向けて同時に木の枝が振り下ろされる。
「「――っっ!?」」
とても枝で叩いたとは思えない、ゴチンッて音が響く。二人共頭を抱えてうずくまっているあたり、相当に手痛かったようだ。
「……大姐、防御しなかったのですか?」
「いやぁ、まぁやらかしてしまったのは事実だからね。罰は甘んじて受けるさ。キミこそ素直に受けたじゃないか」
「大姐と同じですよ。少なからずの木々を倒してしまったのは間違いありませんし」
リチェルカーレは理不尽の権化みたいな部分もあるが、変にそういう所は律儀なんだよな。
『さて、では早速修繕を開始しましょうか。さっさと済ませてゆっくり休みたいので、まずはククノからお願いします』
地の精霊パチャマは普段こそ怠惰なものの、俺に呼び出されるとやる気モードに切り替えるようで、布団がマントへ変わり、髪もサラサラとなって、表情も凛とした美しいものとなる。
ギャップが凄いな。ポケポケした状態とは異なり、妖艶なお姉さんみたいだ。それでも、さっさと帰って休みたいと言う怠惰な気持ちは変わらないらしい。
『ほいほい。幸いにも木々の生命力は高い。切断された程度ではまだ死んでおらぬ。ならば元に戻して植え直してやるまでじゃ。ほいっ!』
ククノが派手な装飾の扇を召喚して手を振ると、地面に倒れ伏した木々が一斉に宙へ浮かび上がった。
同時に根元部分も浮き上がり、切断された部分が次々とくっついて元々の形に再生されていく。
『今のうちに大地の再生を頼むぞ、パチャマよ』
「了解。激しく混ぜるから、土になりたくなければみんなも木と同じように宙に浮いててね」
警告を受けて、俺達の体が宙に浮かせられる。それを確認した後、パチャマはボコボコになった地面に向けて力を行使。
まるでミキサーで混ぜられるかのように土も岩石も地面に生えていた雑草などもまとめてかき混ぜられる。
そうして出来上がったのはモコモコで柔らかい土だ。俺はそう農業に詳しい訳じゃないが、地の精霊謹製だからさぞ良い土なのだろう。
『当然です。空気もしっかり含んでますし、水分量も栄養素も微生物も、あの木々に相応しい適切なバランスで調整しましたよ』
『よし、じゃあ木々を植えるぞよ! 再び大地に根付くが良い』
宙に浮いていた木々が垂直落下し、次々と地面に刺さっていく。不自然さが出ないよう、あえて均一にしない気配りまで見せていた。
地面に刺さった瞬間にすぐさま木の根を伸ばし、同時に土から草花が生えてくる。土壌に混じっていた種を促成したのだろう。
『よーし、じゃあ最後はアタシだ! 水の精霊の情熱を受け取れえぇぇぇぇぇぇぇっ!』
両手を広げてブワーッと熱……じゃない、ひんやりとした霧が放出される。言葉とは裏腹に、正直肌寒いくらいだ。
しかし、何だかとても心地良い気分だ。森林という環境に加え、霧も合わさってマイナスイオンでも発生してるんだろうか。
植物達も活気付いてる気がする。やはりヴァルナが生み出した水だけあって、力が籠もっているんだろうな。
『さてと、わらわ達は失礼させてもらうとしようかの。最近は裏界で色々とやらねばならん事があっての』
『怠惰するにはもう少し踏ん張らないとダメそうね……はぁ』
『片づけてしまえばいいんだよ! そうすりゃまた遊びに来れるぜ! そん時はよろしくな、ダンナ!』
精霊達は姿を消した。やらねばならん事――か。裏界はこちらの世界とは色々と勝手が違う世界だからな……。色々と忙しいんだろう。
俺はかつて裏界の『風の領域』へ立ち入った時の事を思い出していた。あれは常識が根本からぶち壊されるような経験だったな。




