490:立ち合いの後で
決着が付いたと判断した俺達は地上へ降り、重傷と思われる桜の許へと駆け寄った。
袈裟斬りにされたのかと思いきや、下側から上側――逆袈裟で斬られている。
そりゃそうか。すれ違いざまに居合い抜きで斬ったんだから、刀は下から上に振ってるか。
「随分と無茶しましたね……妹弟子。しかし、あの姉様にあそこまで明確な傷を付けるとは、驚くべき一閃です」
「……私は首を落とすつもりでやりました。全身全霊であの程度とは、正直言って素直に喜べません」
ザックリ斬られてるのに割と平然と話している桜。やはりこの人も他の賢者の弟子達と同様にバグっているのか?
「それに、あの大姐が本気でやってこの程度で済むハズがありません。なんだかんだ言って、また手を抜――」
「いや、間違いなく本気でやってたさ。キミはあのシチュエーションでアタシが手を抜くような存在に見えるのかい?」
首筋からドクドクと流血しながら平然と歩いてくるリチェルカーレ。まるでダメージなど無いかのようだ。
俺と同じく、体内に力を巡らせるなりして痛覚を麻痺させているんだろうな。そもそも俺に法力を麻酔のように使うやり方を教えたのはこいつだし、教えた側が出来ないハズはないだろう。
「にしてもリューイチは薄情だね。アタシはこんなにザックリと首を斬られてるのに駆け寄って来すらしないんだから」
「そうやって平然と喋ってるからだろうが。少しは桜みたいに苦しそうに……って、桜も桜であまり苦しそうにしていないな」
「私達賢者の弟子はこの程度で参るような鍛え方はしていませんからね。とっさに痛覚を消すくらいは当然です」
すっくと立ちあがる桜。本当に体を大きく斬り裂かれているとは思えないキビキビした動きだ。
「とは言え、無茶はしないでください。実際に体は斬り裂かれているのですから」
俺達とは違う場所で戦いを見ていたエレナが、遅れて駆け寄ってきて傷口の治療を開始する。
同時に、リチェルカーレにもヒーリングを飛ばし、首の傷口を癒していく。
「キミの言いたい事もわかるよ。確かにアタシが本気でやったら、キミを真っ二つにしていてもおかしくはなかった。でも、出来なかったんだよ。」
「……情、では無いですよね」
「あぁ。剣士の立ち合いで手を抜くのは失礼千万。情があるならばこそ、全身全霊で立ち会うさ」
真剣勝負において手抜きをするのは何よりも無礼な事だ。相手を気遣ったつもりが、逆効果となる。気遣いの仕方を致命的に間違えている。
当然の事ながら、リチェルカーレは桜に対して本気で斬りかかったのだろう。しかし、リチェルカーレが本気なら桜が真っ二つになっていたかもしれない。
となると、考えられるのは――何らかの要因でリチェルカーレの本気があの程度まで軽減されたと言う事になる訳だが。
「簡単に言えば、アタシは力のほとんどを防御に割いていた。そうしなきゃ首が飛んでただろうからね。だから、攻撃に回す力が弱まったのさ」
つまり、それだけ桜の一閃は強力だったと言う事か。魔力障壁を突き破り、リチェルカーレの肉体にも届く程に……。
もっと防御に力を割いていたら完全に防げたかもしれない。しかし、そうなると今度は桜を斬るための力が足りなくなってしまう。
リチェルカーレはあの一瞬でバランスを考えたんだ。桜に痛打を与えつつも、自分がどの程度ダメージを受けるべきなのか。
桜は気付いただろうか。この立ち合いがリチェルカーレによってコントロールされていたという事に。
確かにパワー面では本気は出していたのかもしれない。しかし、その上でなお結果を操作してみせるだけの精神的な余裕があった。
何処までも食えない奴だ。この状況であえて野暮な事は言うまい――しかし、真剣勝負に余計なものを挟み込んだな。
「ふんっ」
ゴチン! とリチェルカーレの頭に拳骨を落とす。
「痛った! いきなり何をするのさ……」
「察しろ」
「……察した。悪かったよ」
それだけで通じる。手抜きはしていないにしても、妹弟子との真剣勝負を変に脚色するんじゃない。
その気になれば傷一つ負わずに圧倒する事だってできたハズだ。自身に傷を付けさせてでも妹弟子に花を持たせたかったか。
桜が「情では無いですよね」と問うた時にはそれを肯定していたが、結局は情じゃないか……。
「大姐が痛みに顔を歪めて素直に謝ってる……?」
俺達にとっては何気ないやり取りだったが、桜にとっては相当衝撃的だったようだ。
首を斬り裂かれても飄々とした態度を崩さなかったリチェルカーレが、拳骨一発で涙目になっているのはギャップが大きいだろう。
それもそのはず。リチェルカーレは気を許せる相手との日常においては、障壁などと言う無粋な物は展開していないのだ。
「キミはアタシを何だと思ってるんだい。痛覚もあれば謝意もあるよ。四六時中戦闘モードな訳が無い――」
リチェルカーレが言葉を発した瞬間、桜の姿が掻き消え……
◆
「――けど、キミに付け入る隙は与えないよ」
「ちっ」
直後、桜が振りかざした刀はリチェルカーレの首元で止められていた。
手や刀などは使わず、ただただ強固な魔力障壁によって。
「アタシがガチで魔力を固めた時は諦めた方がいい。防御全振りの今は、さっきみたいにはいかないよ」
桜は過ちに気付いた。先程、サクラの姿の時と全く同じ過ちを繰り返してしまったのだ。
「竜一とのやり取りで見せた『日常の隙』を狙おうとしたのだろうけど、アタシは竜一には気を許しつつも周りの警戒は全く解いちゃいない」
刀を引こうとするが時既に遅し。魔力によって刀は抑え込まれ、刀から手を放そうとした桜も同様に絡め取られてしまった。
(私は馬鹿か……っ! サクラがやった事を何で繰り返してしまった……?)
桜は震えた。サクラの時は腹部に強烈な――それこそ嘔吐してしまう程の強烈な掌打をもらってしまった。
次はどのような仕打ちを受けてしまうのか。全く動けない今、ただただリチェルカーレが優しさを見せてくれる事に期待するのみ。
「さて」
リチェルカーレが桜の両肩にポンッと手を置くと、まるで地面が水になったかのように桜の身体が沈み込んだ。
その直後に再度地面が固められ、桜は地面から首だけを出した状態になってしまった。
「あ、あの……。まさかこの状態でボコボコにされるんでしょうか……?」
「思いっきりボールのように蹴って欲しいかい?」
ブンブンブンブンと物凄い勢いで首を振る桜。リチェルカーレが蹴ろうものなら、桜の首など軽く吹っ飛んでしまう。
既に人間を辞めている桜であったが、彼女の場合は寿命の軛から外れてはいても人間の延長線上の存在。首が飛んだらさすがに死ぬ。
「じゃあ、少し頭を冷やそうか。翌日までそのまま反省しておくんだね」
「よっ、翌日……」
んぎぎぎぎぎっと桜は全身に力を籠めるが、完全に魔力で拘束されているためかビクともしない。
「あの、催してきたのですが……」
「垂れ流せ。土壌には良い栄養になるだろうさ」
苦肉の策もバッサリと切り捨て、仲間達を伴ってリチェルカーレは去ってしまった。
「スラーン、スネイデン、助けて!」
「申し訳ないが、貴方すら上回る魔女には俺達なんかじゃ到底逆らえそうにない」
「この土壌、剣が突き刺さらないくらい硬いぜ。俺達の力じゃ到底掘り起こせそうにないな」
一時期弟子のように剣を教えていた二人に助けを求めるが、助けたい気持ちとは裏腹に助け出せそうになかった。
せめて桜の近くにでも居てやろうかと思うも、残念ながら「それじゃあ罰にならない」と、リチェルカーレに回収されてしまった。
桜は本当に一人、ボロボロに崩壊した『森だった場所』に埋められ、寂しい夜を過ごす羽目になってしまうのだった……。




