002:謁見
「リューイチさまー。起きておられますかー?」
軽いノックの音と共に、セリンの声が聞こえてくる。昨日の約束通り、王様との謁見前に迎えに来たと言う事なのだろう。
着替えもバッチリ済ませてある。ちなみに、用意してあった衣装と言うのは馴染み深いスーツであった。
日本の男にとっては切っても切れない縁がある正装だ。着るにあたっても、特に地球のものとは差異がなく問題は起きていない。
とは言え、何故このようなスーツが正装として定着しているのか。かつて別の異邦人が来訪して広めていったか?
「セリンかな? 大丈夫、起きてるよ」
「あっ、既にお目覚めだったんですね。では失礼して……。!?」
セリンが部屋に入った瞬間、ビクッと何かに驚いたかのように固まってしまった。
彼女の視線を辿ると、そこには机の上に置かれた自身の私物の数々。
(そうだった。彼女が帰った後で召喚したから、この事を知らないんだった……)
「そ、そう言えば王様との謁見だったか。俺は一体どうすればいいんだ?」
強引に話題を反らす。
「えっ? あ、はい……それは……。と、言いますか、その服はご自分で着用を?」
「元々の世界で良く着ていた服と似てたからな。もし何処か間違っていたら言ってほしい。俺の世界の常識がこちらの世界の常識とは限らないだろうし」
「いえ、大丈夫です。問題はありません」
キリッと言ってみせたセリンだったが、その後に小声で「……けど、私の出番が減ってしまいましたぁ」と嘆いていたのが聞こえたぞ。
「脱線してしまったから改めて聞くぞ。王様との謁見にあたって、俺は一体どういう立ち振る舞いをすればいいんだ?」
「ご、ごめんなさい。では、それにあたって必要な礼儀作法やマナーをお教えしますね」
セリンも今は振られた話題の方が重要であると考えたのか、私物に関して追求してくるような事は無かった。
まずは――と可愛らしく身振り手振りを交えて、丁寧に王侯貴族と接する時の言動を教えてくれる。
先程までおどおどした感じで危なっかしさもあった彼女だが、マナー講師と化した今の彼女は凛としている。
他人を意識せず、自分のみの世界に入ってしまえば大丈夫と言う事なのだろうか。
間違いがあればきちんと正し、疑問を抱かれれば納得が行くまでそれに答える優秀な講師ぶりで、俺はごく短時間でマナーをモノにできた。
「はい、そうです。そんな感じでやって頂ければ問題ないですね~」
一通りの所作を通しで何回か繰り返した後、ついにお墨付きを貰った。
書籍で見た限りだと、ファンタジー世界の王侯貴族というのは非常にマナーに厳しい例もあり、場合によっては動作一つ言葉一つで首が飛ぶ事すらある。
この国の王様はそんな人には見えなかったが、他にどういう人が居るかもわからないので油断はできなかった。
「……来るのが遅いと思ったら、こういう事だったのですか」
室内で片膝を付いていた俺に声が掛けられる。エレナだった。
曰く、謁見の間へ向かう際に通りすがるのを自室の前で待っていたらしい。
「も、申し訳ございませんエレナ様。そういう事情とは露知らず……」
「大丈夫ですよ、セリンさん。貴方は何も悪くないわ。私が勝手に待っていただけですもの」
ペコペコとお辞儀を繰り返すセリンを止め、頭を撫でるエレナ。
「むしろ感謝しているくらいですよ。リューイチさんを良い具合に仕上げてくれたみたいですし」
そう言って満足げな笑みと共に俺の手を引き立ち上がらせると、行きましょうとばかりに彼に背を向けて歩き出した。
それを察した俺はセリンと互いに頷き合い、そのままエレナの後を付いて行く……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――謁見の間。
先日召喚された『儀式部屋』より断然広く、より多くの人間が室内に居た。
今回は神官ではなく、兵士の数の方がが多めだ。日本で言う足軽みたいな軽装をしている。その兵士達に通路を挟んで向き合うようにしているのは、全身鎧の騎士達だ。
兵士や騎士達の背後にはローブ姿の者達がたくさん並んでいる。白いローブは何となく神官だとわかるが、赤いローブはいわゆる魔術師的な存在だろうか。
眼前には国王ティミッドの姿。隣に居るのは王妃だろうか。その左右に控えるのは、背格好からして王子や王女と思われる。その二人を挟むように、重厚な鎧を着た騎士が一人ずつ立っている。彼らが王家を守る近衛騎士に違いない。
そんな面々の前で、竜一は事前に教えられていたマナー通り片膝を付いてエレナやセリンと共に控えていた。
「よくぞ参った。楽にして良いぞ」
挨拶を済ませ、片膝を付いて頭を垂れていた俺達にそう声が掛かる。
この言葉を合図とし、顔を上げて、ようやく話が始まるのだ。
「早速じゃが異邦人・リューイチよ。お主はエレナによって『我が国を救うため』に召喚された。それにあたって何が出来るかを見せて貰って良いだろうか。この場で何か出来る事はあるかな?」
この振りは予想していた。大抵の場合、まずは相手の実力を推し量ろうとするものだ。
「はい。早速ですが、失礼して……『開門! 出でよ、我が至宝!』」
立ち上がり、呪文を唱えて召喚を披露する。今回、俺が呼び出したのは小物数点だ。
さすがにパソコンのようなものをこの場で出しても意味不明だろう。すぐに使えて用途が分かりやすい実践的な物を選択する。
「ほほぅ、召喚術か。で、それらは何かな?」
「これらは僕の世界の武器と、かつての仕事道具です」
右手に取ったのはコンバットナイフ。そして左手に取ったのはカメラだ。そしてもう一つ、同時に召喚していたのは――
「武器? 見たところナイフのように思えるのだが」
「僕の世界ではナイフを用いた格闘術があるのです。この世界にはありませんか?」
「いや、あるにはあるのだがのぅ……」
ル・マリオンにおいて、ナイフ――つまり、短剣の類はあまり積極的に使われるものではなかった。
武器を無くしてしまった際などの危機的状況下における護身用。あるいは暗殺や奇襲など、特殊任務の際に用いられる小道具。
そんな認識であり、剣を手に戦う者や、魔法を駆使して戦う者達と比べ、どうしても低く見られてしまうのだ。
また、騎士などという誇りの塊のような者達にとっては、暗殺や奇襲に用いるような武器を使う事自体、プライドが許さなかった。
そんな小道具を武器として戦うような者がこの国を救う救世主であるとは、とてもじゃないが思えない。
ル・マリオンにおける共通認識の例に漏れず、ティミッドはナイフを手にした竜一を見て、正直なところ落胆していた。
彼の中では、もっとこう……言葉では表せないような何か『とんでもないモノ』が飛び出すかと思っていたのだ。
(どうやら、王の期待に沿えなかったらしいな……)
ティミッドの口調から落胆が伺える。良くある創作物のように規格外の戦闘力や魔法でも披露して欲しかったのだろうか。
自分が元々居た世界の物を召喚するというのもかなり規格外だと思うんだがな。如何せん絵面的に地味過ぎたか。
この場に整列する兵士や騎士達を見ても、武器防具からしてそれなりの質のものを装備している。
それと比べれば、俺の服装や召喚した武器が頼りない物に見えても仕方がない。実際、戦場においては頼りない装備なのだという自覚もある。
だが、一見この頼りない装備に隠された恐ろしさを、彼らはまだ知らない。
「……試してみますか?」
「む?」
だから、俺はあえて挑発的な口調で誘ってみた。マナーどうこうなど知るか、と言った感じの明らかなる無礼である。
「その表情や声から、明らかな落胆が見て取れます。召喚して呼び出したのが『こんなモノ』ではそれも仕方がないのでしょう。ですが、王はこれがまだ『何』であるかを知らないハズ……。落胆するのは、少しばかり早計ではないですか?」
王の表情が驚きへと変わる。「そんなにわかりやすかったか?」と言わんばかりの表情だ。
言うまでもなく、非常にわかりやすい。間違いなくお偉方の会談で良いように付け込まれてしまうタイプだろう。
こんな王では、そりゃあ周辺の四国からカモの如き扱いをされもするわな……。
「ふむ。そこまで言うなら見せて頂きたいものですな。異邦人の力とやらを」
そこへ、王とは違う者から声がかけられる。
重厚な鎧を身に纏いつつも、重さを感じさせる事なく歩いてくる男だった。
この場で発言をした事からも、国内では上の地位の者であろう。
「おぉ、騎士団長か。お主自らが試すと言うのか?」
「たかが一兵士、一騎士と戦った所で、彼の力の証明にはなりますまい。私めを相手にどれだけ戦えるか……それを指標にしてはどうかと」
自ら相手役を買って出た男は、この国の騎士団長だという。名はロックというらしい。
確かに、並の存在を相手に立ち回ったところで実力の証明にはならないだろう。
先程の言葉からして『胸を貸す』というニュアンスが強いため、慢心している訳ではなかろうが、ナチュラルに自分こそが格上だという自負を持っているに違いない。
自分という格上を相手に異邦人が何処まで立ち回れるか見物だな――ロックの表情はそう言っているように見えた。
(マンガやゲームみたく、とんでもない攻撃力や防御力を持っていない事を祈るしかないな。自分に出来るのは、戦場で兵士から学んだ『護身術』と、この世界にはない文明利器を用いた『未知の奇襲』くらいしかない。卑怯だと思われようがかまわない。とにかく、こちらの行動に対応する前に決めてしまわないと……)
「僕としてはそれで構いません。お手合わせよろしくお願いします」
ここで認めさせなければ話にならないので、腹をくくる。
「……と、言う訳です国王陛下。どうか、決闘の許可を」
「うむ、お主が言うなら良かろう。では早速やってみせい!」
国王の掛け声を合図に、数メートル離れて向き合う両者。
ロックは両手で剣を構え、不動の状態。竜一はと言えば右手を後ろに回した状態でロックの様子を伺っている。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
気合十分な掛け声と共にロックが一歩を踏み出したその瞬間だった。竜一が後ろに回していた右手を前方に掲げる。
その手には『金属製の何か』が握られており、それがまっすぐとロックの方へと向けられていた。
パァンと乾いた音が響いた瞬間、本能的に危機を感じたロックは無理矢理に突進を止めて無様な格好で横っ飛びをした。
その直後、何かが抉られるような音と共に、謁見の間が騒然となった。
床に倒れこんだロックが、騒ぐ兵士や騎士達の視線を追うと、何と玉座に抉られたような穴が開いていた。
その位置は座っている国王のわずか十センチ程横、一体あの一瞬で何が起こったというのか。
国王は目を見開いたままガクガクと震え、間近に居た王族達は恐怖か衝撃かその場に倒れ、近衛騎士達に介抱されている。
ロックには竜一が何をしたのかはわからない。だが、あれは何らかの攻撃で、その攻撃がよりにもよって国王に当たりかけた。
もし直撃していたのならばどうなっていたのか考える事すら恐ろしい――だが、その恐ろしさは徐々に怒りへと変わる。
「何をした異邦人!? あれは……明らかに攻撃だろう! 国王陛下に対して何たる――」
「えぇ、攻撃ですが何か? ただし、あれは貴方を狙ったものです。貴方こそ、背後に国王が居るのにもかかわらず、盾にすらならず我が身可愛さで無様に避けて……何が騎士ですか」
「ぐ……ぅ……」
ロックは何も言い返せなかった。
(やはり、想定していた通りの『騎士』の姿だな……。これ程までに有効打になるとは)