473:父と母と娘と祖母
レミアがヴァザルとの決着をつけた後、俺達は元々いた場所に戻ってきていた。
本殿の大深度地下だった場所だが、ヴァザルとの戦いの影響で今は巨大なクレーターになってしまっていた。
「ミスカティア! ミスカティアなのか! 本当に……」
地面にへたり込み、ヴェーゼルと何やら話していたヘルトが、ミスカティアの姿を見た途端に立ち上がった。
敵を見たような反応ではなく、嬉しさの籠った反応。あー、何となくだがオチは予想が付いたな。
人目をはばかる事無くミスカティアを抱きしめるヘルト。やっぱりな。こりゃ間違いなくそういう関係だ。
「ちょ、ちょっと。みんな見てるって」
「俺は、俺はてっきりお前がヴァザルに憑き殺されたとばかり……」
「ごめんって。状況的に明かす訳にはいかなかったんだよ」
ミスカティア曰く、ヴァザルに精神を消されそうになった所で、敗北して消滅するフリをして外へ逃げたそうだ。
そこでセリンの中に自らの精神を隠したとの事だが、それに関しては直後に明かしてくれた。
・・・・・
かつてヘルトは人々が立ち入る事もないような辺境の森にまで赴き、人々の脅威となるような存在と戦っていた。
そんな折、とある森で瀕死の状態となっていたミスカティアを見つけるのだが、見た瞬間に人間とは異なる存在だと認識。
一瞬ばかり敵対心を見せてしまうが、それに反応したミスカティアもヘルトを敵と認識して戦闘が勃発。
ミスカティアは全身傷だらけで息も絶え絶えながら、飛び掛かりつつ腕を振るってヘルトを殴りつける。
とっさに剣で防御したものの、勢いを殺しきれずそのまま森の木々を何本もなぎ倒した果てにようやく止まった。
「(こ、これが瀕死の状態で殴った力……だと言うのか?)」
ヘルトは闘気を全力で開放して身体能力を可能な限り強化した。相手をどうするにせよ、まず自身の防御力を高めねば殺されてしまう。
それからはミスカティアの攻撃にも怯まなくなり、攻撃を受け止めつつどうするのが良いのかを考えていた。
「(こいつ、人間のくせに強い……。今の私で軽く倒せないとなると、マズ――)ガハッ!?」
思考の途中で、身体の内側が爆ぜるような激痛と共に吐血し、倒れてしまう。
「こ、こんな所で終わる訳には……くそぉ……」
いきなり血を吐いて倒れてしまったミスカティアだが、ヘルトは倒れたミスカティアの目から涙が零れているのを見た――見てしまった。
直感ではあるが、彼はこの涙が痛みによる苦痛ではないものと察し、ミスカティアの事をどうするのかを決めた。
ミスカティアが目を覚ますと、そこはふかふかのベッドの上だった。
全身にはしっかりと包帯が巻かれ、室内には暖かい空気と、心安らぐ香りが漂っていた。
「ここは……?」
「おぉ、目を覚ましたか。良かった良かった」
「!? 痛っ!」
声にビックリして飛び退こうとしたが、その瞬間に全身を激痛が襲う。
「おいおい、無理をするな。君の身体は外面的にも内面的にも重傷だ。自分は簡易的な回復の術しか使えぬから、薬学治療もさせてもらっているが、そんなすぐ動けるような状態じゃないぞ」
「まさか、私を助けたというのか? あの感覚……、私を見た瞬間に倒すべき存在と認識したのでは無かったのか?」
「人間ではないと驚き敵対心を見せてしまったのは事実だ、すまない。だが、倒れる瞬間に見せた君の涙――おそらくは大きな未練があるのだろう。自分の勘だが、それは決して悪しき願いなどではない、純粋な願いであろうと察した」
「!!」
何気に見せたヘルトの微笑み。ミスカティアが振り返った限りでは、もうこの時には落ちていただろうとの事だ。
ミスカティアには何としても魔界に帰らなければならない事情があった。実家であるレーゲンブルート家の危機を救うために戻りたかった。
現在、魔界の国家フィンスターニスでは有力貴族のレーゲンブルート家とコープセスベルク家が勢力争いを繰り広げていたのだ。
コープセスベルク家は国においては過激派の部類であり、彼らが実権を握れば国民達に不幸が襲い掛かる。
重税を課されたり、非人道的な扱いをされたり、また国そのものが好戦的な方向へ傾き、遠くないうちに魔界に覇を唱えようとするだろう。
一方のレーゲンブルート家は穏健派であり、現在のフィンスターニスをさらに穏やかで良識的な国に変えていこうとしていた。
「私はミスカティア・シェーンハイト・レーゲンブルート。さっき話したレーゲンブルート家当主の娘にあたる存在よ」
「自分はヘルト。巷では勇者などと呼ばれているが、ようは体のいい魔物狩りだ。魔族である君にとっては、同胞の仇とも言える存在か」
「仇? 笑わせないで。魔界において魔物なんてのはこちらで言う野生動物みたいなもんだし、特に情なんてないわ」
「そうか。とにかく自分は君が元気になるまで保護させてもらうとするよ。正直、世界を飛び回っての勇者稼業にも疲れていた所だ」
ヴェーゼルが語っていた『ヘルトの長期間の失踪』は、まさにこの件が理由であった。人知れずミスカティアを保護していたのだ。
もちろん世間はそんな理由を知る事などなく、勝手に『連絡もつかぬほど必死で闘いの日々を送っているんだろうな』と補完していたという。
・・・・・
「……で、君が産まれたってわけ」
ミスカティアがビシィと指さしたのはセリンだった。
「わ、私ですか!?」
セリンは大層驚いているが、俺は少し前から察していたので特に驚く事はなかった。
そもそも髪の色がミスカティアと同じだし、よくよく見れば顔も似ている。
親子であるが故に、精神体として長きに渡って身体の中に入り込んでいても問題が少なかったのだろう。
「ヘルトさんと生活を始めてからセリンが誕生したって事は、当然父親は……」
「自分だな。セリン――長い間、父親らしい事を何もしてやれなくて本当にすまなかった」
ヘルトが深く頭を下げるが、セリンとしてはどうリアクションして良いのか分からないのか、戸惑いの表情を見せるのみ。
今までにセリンから両親の話については聞かされた事が無かったが、こういう事情なら話が出ないのも仕方がないな。
まさか父親は自らを犠牲にして魔族を封じ込め続け、母親は肉体を奪われてからずっと娘の中に潜んでいたとか、さすがに予想できないだろう。
「ごめんなさい、セリン。復活のためとはいえずっと黙って貴方の中に隠れ続けていたわ。時々記憶障害があったと思うけど、それは私が表出していたからなの」
「っ……!」
◆
以前母親――アヴエリータに告げた通り、ミスカティアはセリンに今までの事を謝罪する。
「あ、貴方は……」
セリンが歯を食いしばり、何かを決意したような表情でミスカティアを見据え――
パチーン!
直後、ミスカティアの頬が張られる。
「って、なんでお母様が叩くのよっ!?」
張ったのはミスカティアの母、アヴエリータ。
『孫娘にそんな事させられるかい。代わりに私が張ってやったんだよ』
「理不尽……」
『ほーら、セリン。こんな身体で申し訳ないけど、おばあちゃんだよー。おいでー』
アヴエリータは人形の身体で両手を広げて「カモン!」とばかりにアピールするが、当然そんなすんなりとは飛び込まない。
セリンにとっては父親も母親もこの時が初見のような状態。そこに加えて祖母の存在だ。一気に来すぎて急に受け入れられるものではなかった。




