030:荒行
俺達は適当な宿へ入り、宿泊の手続きを取る事にした。
「お、あんたらは旅人かい。この町のルールは分かって――」
受付に立っていた屈強な男性が何かを言おうとして言葉に詰まった。
彼の目線が追うのは、俺とリチェルカーレの背後を付いてきている骸骨――死者の王の姿だった。
『……何か?』
「い、いえ。何でもございません!」
目を光らせて一言だけ発する王。同時に濃厚な死の気配が少しだけ溢れ、屋内を満たす。
宿屋の主人だけでなく、ロビーに居た者達もそれを感じ取ったのか、驚いたような顔でこちらを振り返った。
ここでは気を失って倒れるような軟弱者は居ないようだ。さすがはこんな街に滞在しているだけの事はあるという事か。
「それより、何か説明しようとしていたようだけど、何が言いたかったんだ?」
「こ、この町は強さがルールだ。だから、宿泊中はちゃんと自衛をしてくれと言いたかったんだ。強盗被害などの責任は負えないからな」
「強盗に遭う方が悪いって事だね。それを返り討ちにするのは、もちろんアリだよね?」
「あ、あぁ。返り討ちにされるような弱い奴が悪いって事になるからな、問題ないぞ」
どんな物騒な宿泊施設だろうが、別に構わない。王とリチェルカーレが守護する部屋は最高の安全地帯となるのだから。
・・・・・
部屋はそこそこ広くて小綺麗な所だった。王が力を発した事もあってか、割と良い部屋を用意してくれたらしい。
しかし、三人で一部屋か……。ベッドは一つしかないし、寝る時はどうするんだ?
『先んじて言っておくが、我に睡眠という概念はないのでな、深夜は哨戒に当たろう』
「では、アタシはリューイチと一緒にベッドで寝ようか」
「良し分かった。ならば、今宵はお前を抱き枕にして寝てやるか」
「そ、そこまでしろとは言っていないぞ!」
相変わらずだな。挑発してくるくせに、乗っかって反応すると慌てるのは……。
「……そ、それはそうとリューイチには心得ておいて欲しい事があるんだ」
急に話を逸らしたようにも見えたが、それを告げる表情は至って真面目なので黙って聞く。
「リューイチとしてはあまり好ましくないやり方かもしれないけど、今のキミでは己の死をも作戦の一つとして組み込んで戦わないと厳しいと思う」
『ほほぅ、リューイチも死を超越した存在であったか。だが、死なないだけでは遥か格上の存在に勝つ事は難しいぞ……心得ておくのだ』
「王の言う通り。特に決められた時間内で決着を付けるようなケースだと、攻めて敵を倒す必要がある。それこそ最初はインパクトある演出を狙ってみても良いかもしれない」
「インパクトある演出……か。今の俺は間違いなく弱いし、Dランク冒険者の身で格上に勝つためには文字通り何だってやらないと無理……って事なんだな」
俺は躊躇い無く命を使い捨てるようなやり方をするようになってしまってはもはや思考が人間のそれですらない――とか思っていたが、それは恐れだったのかもしれない。
確かに、死なないだけでは意味が無い。相手を倒さなければ勝利はつかみ取れない。死を超越した存在の王が言う言葉はさすがに含蓄があるな。
殺せないならばと身体を拘束されたり、封印されたり、心を折られたり……いくらでも対処法は存在する。不意打ちが成功するのは、初見の一回くらいだろう。
以降に戦う相手はこちらが死んでも蘇る事を踏まえて挑んでくる。その上でなお、死ぬ事をも利用して勝つための術を考えなければ……。
それってつまり死ぬほど痛い攻撃を何度も何度も受け続けるって事だよな。死んでも復活するとは言え、痛みはそのまま受けてしまうんだし。
出発した頃は『この能力に安易に頼っていては強くなれないのでは』とか思っていたが、単にそういう苦痛を味わいたくなかっただけなのかもしれない。
能力に慢心するのと、能力を積極的に駆使していく事は違う。この能力を、万が一の時のための『保険』だけで腐らせていいのか?
「そんなキミのために、法力を応用した絶体絶命のピンチを凌ぐ『秘策』を伝授しておくよ。本番でこれが使えないと、おそらく君の心が死ぬと思う」
リチェルカーレが話してくれた秘策は、確かに有意義なものだった。だが、この秘策を実践する場面を想像して心が死にそうになった。
なるべくそんな機会は来ないでくれと思うが、相対する相手によっては間違いなく用いる事になるだろうし、リチェルカーレと戦う事になれば使用が前提となる。
「重傷を負ってしまった時が勝負どころだね。その時、状況に屈せず如何に冷静な行動が出来るかがカギになると思う」
「変な言い方になるが、その状態から何とかして死ねるように足掻かなければならないって事だな。死にさえすれば五体満足で復活出来る訳だし」
『お主は何とも奇怪な性質なのだな……。例え重傷を負わされたとしても、死にさえすれば完全回復して逆転の可能性があるとは』
「と、言う訳でさっそく実践してみようか」
「今からか!?」
「当然だろう。決戦は明日なんだ。今宵中にリューイチを使えるようにするよ」
リチェルカーレが指をパチンと鳴らすと、部屋が真っ暗な空間へと切り替わる。にもかかわらず、俺達の姿はハッキリと見える明るさがある。
何とも不思議な空間だ。しっかりと地を踏みしめているはずなのに、そこにはただただ闇があるだけだ。
「隔離空間を用意したよ。ここなら、何が起こっても外には伝わらない。存分に悲鳴を上げるといい」
「マジですか……」
彼女が再び指を鳴らすと同時、何の前触れもなく俺の右腕が爆散した。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ほらほら、呑気に叫んでる場合じゃないよ。さっき伝えておいた秘策を早速実践しないと」
秘策……そうだ。確か、法力を体内に巡らせるように……。俺は激痛の中、さっき聞かされていた事を何とかしてやってみる。
そして、傷口に力を集中させて……。おぉ、痛みが和らいできたぞ。とは言え、まだ思いっきり打ち付けられたような痛みは感じるが。
さらに集中を続けると、腕が消し飛んでいるのにもかかわらず、何だかむず痒い程度にまで痛みが治まってきた。法力凄ぇ!
『法力は使い方によっては麻酔のような効果を発揮する』――それが、リチェルカーレが教えてくれた秘策だった。
これは部位が欠損するほどの重傷を負っても、痛みに心狂わせる事なく冷静に動けるようにするためのものだ。
「よし、じゃあ続けて左腕いくよ!」
容赦ない爆撃が俺を襲う。歯を食いしばり、悲鳴を上げる前に法力をより強く発現させる。
素早く痛覚を遮断し、両腕欠損という状態で平静を保てるように……。
そんな調子で、リチェルカーレは俺の四肢を爆破しては殺し、爆破しては殺しを幾度となく繰り返した。
時には腹を爆発させられたり、上下真っ二つにされたり、袈裟斬りにされたり、様々なシチュエーションが試された。
地獄はここにあった。リチェルカーレはやると決めたらとことん容赦しないタイプなんだな……。
いくら殺しても復活するとは言え、俺の肉体ではなく心の方が死んでしまうとかは考えたりしないんだろうか。
まぁ、こうして呑気に物事を考えていられる事からして、なんだかんだで心に問題は起きていないんだが。
「そろそろ練度は高まってきたかな。それっ」
改めて俺の四肢が同時に爆破される……が、ダルマ状態になった瞬間には既に痛覚を遮断していた。
四肢を吹き飛ばされたのに、まるでニートが家で寝転がっているかのようなリラックスぶりで落ち着く事が出来るようになったぜ。
短時間でこれでもかと言うくらいに痛めつけられて殺されまくったからか、色々と麻痺してしまったのかもしれない。
「さぁ、ここからどう死んで蘇るんだい? 策は考えてあるんだろうね……」
「当然だろう。今から華麗に復活して見せようじゃねーか」
俺は背面に地雷を召喚し、同時に背中でそのスイッチを押して盛大に自爆する。
直後、俺は霊体となり、新たに肉体を再構築してその場に立った。
「へぇ、お見事だね。何をやったか見せてもらっても?」
俺は手元に地雷を召喚し、リチェルカーレに披露してみせる。
さすがにコレが何かは分からなかったようなので、簡単に概要を説明すると感心していた。
「えげつないものがあるんだね、そっちの世界は。キミはいつもこんなものを常備していたのかい?」
「いや、さすがにこんなものを一般人が手にする事は出来ない。これは以前の世界で取材していた際、兵士が回収してきた地雷を「土産だ」と言ってプレゼントしてくれたものなんだ。もちろん、直後に冗談だと否定されたけどな……。だが、例え冗談であっても、一度でも『俺の物』だと認定された物であれば召喚の対象に出来るらしい」
これもまた、道中で色々と試して知り得た事の一つだ。他にも、最近になって『開門』とか『出でよ、我が至宝』とか、いちいち言葉を口にしなくても問題なく召喚が出来るようになってきた。
まぁ、それに関してはミネルヴァ様が『言葉は魔術を後押しする大事な要素』とか『意味を口にする事がより具体的な効果を生む』とか言いつつも、その一方で『慣れれば願うだけで発現可能』と言っていたからな。
このおかげで、私物を召喚する際もこっそり行えるようになったから、罠を仕掛けるのも容易になった。素早くアイテムの準備も出来るし、この発見は大きな進歩と言える。
「なるほど、自身の能力を日々研鑽していた訳か……それは素晴らしい。では、まだまだ時間もあるし、特訓を続けようか。今度は遠慮なく攻撃を仕掛けてきてもいいからね。さぁ、キミの新たなる力を見せておくれ!」
「鬼だ。鬼がいる……」
数刻後、俺は宿屋の部屋で床に転がされていた。やっと、やっと終わったんだ……。
俗に言う『一瞬のうちに幾度となく殺されるイメージを見せられる』のとは比にならない程の苦痛を味わった。
何せ実際に幾度となく殺されている。さらに、何度も何度も重傷状態に追い込まれて放置された。
それにより、俺は重傷状態でも痛みを消して冷静で居られる鋼のメンタルを身に着けた。いや、身に着けざるを得なかった。
今の俺なら、創作物などで不死性ゆえに何度も何度も痛めつけられ、殺されるなどの残虐な実験の被検体にされてきた者達の心境が良く分かる。
つらいだろう。あぁ、つらいだろうとも。ただ、それでも痛覚を遮断できる力がある分、俺はまだマシな方なんだろうな。
これで痛みが一切軽減されなかったら間違いなく発狂していたか、廃人となって壊れていたハズだ。麻酔を教えてくれただけリチェルカーレは優しいなぁ……って。
いやいやいや、それはおかしい。どうやらあまりの状況に思考がおかしくなっているようだ。
リチェルカーレは本当に容赦がない。いくら死んでも蘇るとはいえ、共に旅する仲間であろうとおかまいなしだ。
さすがにやられた瞬間の痛みまでは打ち消せない。それを解っていてなお遠慮なく仕掛けてくるのだ。
考えてみれば初対面の時点でもいきなり毒を盛ってきたっけ。改めて、常識の通じないぶっ飛んだ奴だと実感する。
だが俺は、この状況で少しでもフルボッコされた分をお返ししようと召喚に関しても色々と試してみる事となり、自分で言うのもなんだが飛躍的な進歩を遂げる事が出来た。
極限の状況が今までになかった新たな発想を生み、可能性を広げたという事だろうか。おそらくは、この荒行が無かったら思いつかなかっただろう。
「ご苦労だったね、リューイチ。今宵はゆっくりと休むが良い」
「あぁ、そうさせてもらうよ……」
「今宵は特別サービスだ。こっちの姿で膝枕をしてやろう」
Ohダイナマーイ、再び……
王は俺が隔離空間で修業している間、部屋に残って読書をしつつ部屋の警備をしていたらしい。
宿屋の主人が言っていたように、この町では強盗被害に遭ってもそれを防げなかった弱者が悪いという事になってしまう。
誰も居なくなってしまったところへ入ってこられるのも不愉快……と言う事で、王に残ってもらっていたとの事。
現時点でこの部屋へ侵入を試みるものは居なかったと言うが、朝と同じレベルの死の気配が漂う部屋に入る勇気がある者はなかなか居ないと思うぞ。




