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308:自慢の弟子

「精霊術師の場合、パートナーと組んで倒すのはアリなのかしら?」

「はい。精霊を使役してこその精霊術師ですから。ただし、精霊に全て任せたり、トドメを譲ったりしてはダメですよ。あくまでもサポートです」


 確かに、完全に精霊に任せてしまっては術師本人の力量を測る事が出来ないな。

 術師自身が単独である程度戦う事が出来なければ、この試験をする意味がなくなってしまう。


「わかったわ。この程度ならキオンの力を借りるまでも無いし、私一人でやるわね」


 ハルはパートナーの精霊であるキオンを具現化する事無く、一人でトロルに向けて走り出す。

 足元で素早く動く事によって相手をかく乱させ、攻撃を撃たせないようにしている。

 イライラし始めたトロルが大きく棍棒を振りかぶり、周囲を薙ぎ払うようにして振り回すが、ハルは既にそれを回避して背後に回り込んでいる。


 トロルからは視認できない死角を突き、膝裏にあたる部分を剣で斬り裂く。

 痛みで踏ん張りが利かなくなったトロルはもう立っていられず、その場に尻餅をつくように転倒してしまう。

 そこを正面から一突き。炎の魔術を纏わせた剣で心臓部を貫き、身体の内部から焼き尽くす。


「……精霊、術師?」

「こう見えてソロでやってた時期もそこそこ長いのよ。一人である程度は出来るわ」


 イチエが唖然とするのもこれで何度目だろうか。と言うか、みんな自身の名乗ってる肩書き分かってる?


「そういやハルは王国から出た後、近くの町で最上位クラスの冒険者になってたんだっけ? Bランク試験がまだだったとは意外だな」

「この国と同じで、昇格試験が出来るようなギルドは王都にしか無かったのよ。逃亡者の身で戻る事も出来ないでしょう?」


 そういやそうだったな。元々は勇者の使命をほっぽり出して逃げたのがハルにとっての旅の始まりだったか。

 逃げたとは言っても、ハルの場合は召喚主から与えられた使命が『自分達に歯向かう民衆の虐殺』だったから仕方が無いのだが……。

 この世界における『勇者』とは、必ずしも正義の存在ではない。召喚主の願いによって、その立ち位置は大きく変化する。


「み、皆さん凄いです……。私、あんなの倒せるんでしょうか」

『無論である。ヘムンドゥの時を思い出せ。短剣ならばそれを活かす使い方を見出す事だ』


 今度はおっかなびっくりしながらも、ルーがトロルに向けて歩き出す。肩にはヴェルンカストがちょこんと乗っている。

 どうやらルーもハルと同じようにソロでやるようだ。パッと見では不安を煽るが、ヴェルンカストがブレーンとして付いているんだ。下手な事にはならないだろう。

 トロルの方は不用意に近寄ってきた小柄な少女を格好の獲物と思ったのか、ニヤリと笑みを浮かべながら力任せに棍棒を振り上げ、勢い良く叩き付けた。


 だが、当然ながらそんな大振りな攻撃は回避されてしまう。ルーはビクビクしながらも、最小限の動きでそれを回避。

 トロルが腕を引っ込める前に短剣を一振りし、ザリッという音と共にトロルの腕の肉が削ぎ取られる。

 俺から見たらゾワッとするダメージだが、トロルからすれば何でもないダメージなのか、気にせずブンブン棍棒を振り回す。


 しかし、その度にルーはトロルの身体から少しずつ肉を削ぎ落していく。エゲつねぇ……。

 ルー当人からすれば攻撃をかわす度に少しずつダメージを蓄積していってる感じなんだろうが、絵面が痛々し過ぎる。

 これじゃまるで、エリーティで行われていた凌遅刑だな。果たして、トロルは何処まで耐えられるのだろうか。


「ルーさん、可愛らしい見た目に反して物凄くエゲつない事してませんか……」


 試験官としてルーの戦いを見守っていたイチエも同様の感想を漏らす。

 冒険者ギルドに勤めている以上、素材買取でモンスターの死骸などにも慣れているはずの彼女までドン引きしている。

 ルーの方は決してモンスターをなぶり殺しにしようとかではなく、ただ一生懸命やっているだけなのだが。


 しばらく攻防が続き、ついにトロルが手から棍棒を取り落としてしまった。

 さすがに生ハムの原木の如く、少なくない量の肉が腕から削ぎ落とされては武器を持っているのもキツいだろう。

 トロルはもはや全身が同じような状態に陥っており、全身のそこかしこが抉られて血を噴出している。


 ついには出血多量の影響か立っていられなくなったようで、前へ倒れ込んでしまう。

 そこへルーが駆け寄り、短剣をしっかりと握りしめてトロルの首へトドメとばかりにザクザクと短剣を突き刺していく。

 一撃であっさり仕留めない分、逆に残虐な仕打ちになってしまっているが、ルー本人は全く気付かない。


「や、やりました! 私もトロル討伐出来ましたー!」

『うむ。さすがは主。やればできる子であるな』


 本人はやり遂げた感一杯の笑顔だ。ヴェルンカストにも褒められ、とても嬉しそうだ。

 トロルの身体を削ぐ度に飛び散った血飛沫が少なからず付着している状況も相まって狂気すら感じる。

 だが、何であれ目的は達成だ。この状況で試験が残っているのは、あと一人――


「セリン、隠さなくてもいいぞ。俺はもう分かってるからな」


 後ろの方で遠慮気味に控えていたセリンに声をかける。


「……既にお見通しでしたか」


 セリンとしては俺に知られる事なくこっそりと活動をしていたつもりのようだが、残念ながら筒抜けだ。

 もちろん、セリンの隠密ぶりは優れており、俺単独では全く気付く事は出来なかっただろう。

 だが、魔導学院で正式に俺を主としたフォルさんが、度々『自慢の弟子』としてセリンの事を喋ってくるもんだから……。


「だから遠慮しなくていいぞ。堂々とその培ってきた力を見せてもいいんだ」

「わかりました。では、これからは正々堂々とお守り致しましょう」


 初めて対面した頃のドジっ子ぶりを感じさせない落ち着いた口調で語るセリンは、それだけで大きな成長を伺わせる。

 フォルさん曰く、俺との旅に同行するために『メイド力』なるフォルさん独自の力を叩き込まれたという。

 召喚されたばかりの俺の専属メイドに選ばれながら、アンゴロ地方を巡る旅に初期から参加できなかった事が堪えたらしい。


「セリン。メイド力の何たるかを皆様に示すのです。期待していますよ、我が弟子」


 もう唐突に現れるフォルさんには驚かない。愛弟子の出番に激励を一言飛ばすと、再びその場から姿を消す。

 チラリと振り返り「はい」と一言だけ返事をしたセリンは、何処からか取り出した大きな出刃包丁を手にトロルに向かって歩いていく。

 一歩一歩ゆっくりと迫っていくセリンだが、トロルは少し離れた所にいる俺達の方を警戒して構えたままそこから動かない。


 まるでトロルにはセリンという存在が認識出来ていないかのようだ。いや、実際そうなのかもしれない。

 俺達から見ると普通にセリンが歩いているようにしか見えないが、それはセリンがトロルのみをターゲットにしているからだろう。

 トロルの意識は、俺達――己の仲間を殺せる実力を持つ格上の存在に向いたまま、セリンの接近を許してしまっている。


 やがて、トロルの眼前までやってきたセリンは、そこで無造作に包丁を振り上げる。

 刃を上向きにしてアッパーカットのように叩き付けられた刃は、股間辺りから胸部にかけてをザックリと斬り裂く。

 そこで初めてトロルは気付く。いつの間にか目の前に居た存在によって、致命的な一撃を入れられた事に。


 痛烈な痛みに「グオォォォォ!」と悲鳴をあげつつ、腹からこぼれ落ちる臓物をつかんでは腹の中へ戻そうとするが、そんな事はまるで無意味だった。

 多量の出血もあって前のめりに倒れ込んでくるところへ合わせるように、再びセリンが包丁を振るうとトロルの首があっさりと斬り飛ばされる。

 セリンは何事も無かったようにこちらを振り返ると、カーテシーのスタイルで一礼した後、包丁を何処かへと消して行きと同じようにゆっくり歩いてきた。


「お仕事、完了です」

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