304:王都の制裁
王都クリスティアニアの皆にとって英雄であり、大切な存在でもある冒険者アイグル・アトソン。
彼の危機となれば、例え誰が相手であろうとも戦闘の出来る出来ないにかかわらず全ての人が立ち向かう。
今もまさに、アイグルを害そうとする冒険者達に向かって、王都中から人々が集結していた。
「……いい夢は見れたかい?」
しかし、リチェルカーレが『術』を解いた事で状況が一変。
怒りの感情で冒険者達に攻撃を仕掛けようとしていた者達の動きがピタリと止まる。
「な、なんだ……? 俺達は一体何をしてるんだ……」
アイグルに抱いていた偽りの信頼が崩れる。大半の者は、元々アイグルに対して特別な情など持ち合わせていない。
そもそも存在すら知らなかった者すら少なくない。にもかかわらず、アイグルの存在を認識させられていた。
一瞬にして『アイグルに利する行為を強制されていた』という事実が、取り戻された本来の自分の意識の中に蘇ってくる。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ! なんで!? どうしてそんな事……!」
「嘘よ! 嘘よね……? そんな事、ある訳……」
真っ先に向かってきたはずの女子四人が、絶望と共にその場に崩れ落ちる。
それもそのはず、彼女達はアイグルのために必要な資金を稼ぐためにと、風俗店で身体を売ってまで働かされたのだ。
当然ながら思考誘導中は『自らの意志』でやっていたが、本来は見知らぬ男に身体を売るなど言語道断である。
「この穢れた身で、もはや神官などと名乗る事は出来ないでしょう……」
「アイグルの事信じてたのに……。普通に言ってくれれば、どれだけでも力を貸したのに、酷いよ」
その『労働中』の様子も鮮明な記憶として蘇り、感触や臭いまでもフラッシュバックし、吐いてしまう者も居た。
四人のうち一人は元々からアイグルの幼馴染で協力的であったが、そんな幼馴染すら対象としていた。
この様子を見た周りの人間達の中には『言われてみれば自分達も意に反する事させられていたな』と思い当たる者も。
そんなタイミングでリチェルカーレがパンパンッと手を叩いて皆の注目を集める。
「と、言う訳でみんなアイグルの催眠で操られていた訳だ。その間の記憶は甦ったかい? 元凶はここだよ」
リチェルカーレの隣には、ロープでグルグル巻きにされたアイグルが座らされている。
「ど、どうしちゃったのみんな! 様子が変だよ!?」
アイグル自身は何が起こったのか分からず、周りの皆の変質に驚いて声を上げている。
「何が「どうしちゃったの」だ! この野郎、今まで良いように操りやがって!」
「テメェ俺達をパシリに使いやがったな! 利用してくれた恨み、ここで晴らしてやる!」
ダッシュしてきた大柄な男が、アイグルの顔面に前蹴りを叩き込む。
そして、そのまま倒れたアイグルの腹部を何度も何度も蹴る。
他の者達も群がってきて、アイグルの頭を踏みつけたり、足を踏みつけたりする。
王都の全てから愛される男が今、王都の全てからヘイトを買ってリンチに遭っていた。
入れ替わり立ち代わりで人がやってきては、各々が何らかの形でアイグルに危害を加えていく。
さらには鈍器による殴打を行う者達も参加し、刃物を手にやってくる者も現れる。
「なぁ、いいのかエレナ? 神官としてはこういう一方的な暴虐は許されざるものだったりしないか?」
「確かに、罪なき者への暴力は許されざる事です。しかし――」
エレナは滅多撃ちにされるアイグルを横目にしつつ、強い口調で断じる。
「この方が行っていた事はあまりにも惨い仕打ちです。知らぬ間に人の心を操り動かすなど、それでどれだけの者が心身に癒えぬ傷を負った事か」
アイグルに操られて動く事で、冒険者達が本来ならしなくてもいい怪我をしたり、女性達が意に反して男に奉仕する事を強要されたり。
それを王都中に行った。この場には居ないが、この国の王侯貴族達もアイグルの意のままに動いていたのたかもしれない。
直接的な大量虐殺などと違って目に見えて分かりやすい被害はないかもしれないが、人の受けたダメージ量を考慮すると非常に重い被害である。
「あと、誤解されがちですけど私は完全暴力否定論者ではありませんよ。実際ダーテでも私自身が拳を使って戦いましたしね」
本来なら身体強化の比率が弱く直接戦闘に向かない法力だが、それを馬鹿げた法力量で補う事でエレナは戦っている。
自らが暴力を行使する以上、完全な否定は出来ない。だからこそ、行使するべき時と場合を考えなければならない。
エレナは『悪を断じる』場合においてはそれを是と考えている。つまり、アイグルはリンチを受けるに見合う罪だと判断した。
「奴を擁護するつもりは毛頭ないんだが、いいのか? さすがにあそこまで袋叩きにされたら死なないか? 俺としては締め上げて情報吐かせたいんだが」
「安心するといい。彼を捕縛する時に『冥王のゆりかご』を仕込んでおいた。しばらく放置すれば元通りさ。それに、万が一死んだとしても王が居れば問題ない」
「そういや王は死者を配下にする事で、命令して全ての情報を吐かせられるんだったな。情報漏洩防止のために自殺する連中涙目じゃないか」
通常であれば、情報漏洩を防止する意味にあたっては対象者を死なせるのが一番の防止策であろう。
しかし、死者の王たるリッチは死者を配下に出来る。記憶も保ったままであるため、命令すればそれを語らせる事が出来る。
かと言って、生きたままであってもリチェルカーレが想像を絶する拷問を仕掛けるだろう。どちらにしろ逃げ場はない。
「あ、でも『記憶を消す』とかやれば、生きていようが死んでいようが探られる事はないんじゃないのか?」
「生きている場合は記憶を消しても完全には消しきれないさ。脳が残っている限りは断片からでも復元して吐かせて見せるとも」
「ハードディスクの復元かよ……。仮に物理的に脳を吹っ飛ばしたとしても、記憶は魂に刻まれているんだっけか?」
「あぁ。ダーテで自殺したスピオンから言葉を吐かせた時も魂に定着した記憶から吐かせたからね」
・・・・・
小一時間ほど経過した頃だろうか。群がっていた者達も飽きたのか、少しずつこの場から去っていった。
その場に残されたのは、もはや元の形すら分からない程に激しく損壊された肉塊だったが、しばらくすると逆再生するかのように復元を始める。
肉体が完全に復元されると同時、まるで長い間息を止めていたかのようにアイグルは全身汗まみれで苦しそうに起き上がった。
「がはっ!? ……はぁはぁはぁ」
「お目覚めか。さぁて、色々吐いてもらうぞ、アイグル・アトソン」
「さ、さっきから何なんですか。僕が一体何をしたと……」
「知らないふりは止めた方が良いぞ。お前、地球からやってきた異邦人なんだろ?」
「……!」
「顔が強張ったな」
罰が悪そうに竜一から目線を逸らすアイグル。
「どうして、分かったんです?」
「どうしても何も、お前が王都の人間を洗脳していたんだろうが」
「洗脳? え、いったい何の事です……?」
しかし、当のアイグルは何も分かっていないという風だった。
異邦人である事は肯定したものの、王都の人間の洗脳に関しては否定する。
「うーん、どうやらシラを切っているわけではないようだね」
リチェルカーレがアイグルを覗き込み、言葉に偽りがないかどうかを見定める。
彼女は魔力の『揺らぎ』から相手の心中を察する事が出来るため、嘘で誤魔化す事は出来ない。
「……となると、無自覚に発動しているタイプかな」
「くそっ、そう来たか……」




