301:王都クリスティアニア
俺達の目の前には、高い城壁に囲まれた大きな都市が広がっていた。
ドラクセルスから山道を超え、いくつもの湖が点在する雄大な盆地を抜け、他のキャンプ地も経由。
さらにはいくつかの小さな町や村を抜けたその先、見晴らしの良い小高い丘の上に俺達は居た。
「あれが王都クリスティアニアか。どうだ、リチェルカーレ。何か違和感はあるか?」
「王都を包み込むように結界が張られてるね。確かに悪意を感じる力だけど『邪悪なる勇者達』と同質かと言われると、なんか違うね」
「邪悪なる勇者達とは関係ない……? とは言え、悪意を感じるなら何とかしないとな。その結界とやらはどうにかできるのか?」
「大丈夫だよ。以前戦ったヘクセ達と比べれば弱い力だね。アタシとエレナの力で防護すれば影響を受けずに済みそうだよ」
最初見た時はその結界とやらは見えなかったが、リチェルカーレによって可視化してもらう事で、ようやく見る事が出来た。
王都を囲うように魔法陣が展開しており、そこから光が登っている。王都がスッポリ円柱に包まれている。
これが、一般人や並の冒険者達にとっては不可視の状態で展開しているというのか。邪悪なる勇者達ではないらしいが、恐ろしい奴だ。
「術者はすぐに見つけられるだろうけど、どうするんだい? すぐにぶちのめすのかい?」
「とりあえず本当にハーレムを作ろうとしているのかどうか。被害に遭っている人達がどれだけいるのかなどは把握しておきたい所だな」
俺は俺で充分なチートだが、己の欲のために他人が被害を受けてしまうような事は極力避けているつもりだ。
だからこそ、逆に『異世界だから』と好き勝手に振る舞うような異邦人は許せない。地球の恥晒しは積極的に倒す。
・・・・・
「おぉ、旅の果てに辿り着いた冒険者の方々ですかな。ようこそ王都クリスティアニアへ」
「入るのは自由だが、くれぐれも変な事をしでかすなよ。縛る法は弱いが、裁く法は強い国だからな」
門番をしていた二人の兵士が俺達を受け入れてくれる。面倒な手続きが無いのは楽でいいな。
だが、片方の兵士が言ったように、入場が緩い場合、中で何かやった時の罰則が非常に重いという国は良くある。
ルールでガチガチに縛らずそこそこの自由を許しているのだからこそ、やらかした時は覚悟しろよって事だな。
「ありがとうございます。ところで、この国で話題になっている人や有名な人って居ますか?」
「話題……あぁ、それならアイグルって奴がちょうど今この国で話題になってるな。最近台頭してきた冒険者なんだが」
「アイグル・アトソンか。なんか不思議な力を使う奴で、老若男女問わず色々好かれてる底無しの良い奴だな」
老若男女問わず色々好かれてる底無しの良い奴――何とも都合の良い存在だな。
結界の効果が『思考誘導』なら、皆からの好感度をプラスになるように固定しているのだろう。
裏表の無い真の人気者である可能性も否定できないが、それは対面してからの判断だな。
「おい、どう言う事だよお前ら! いきなりパーティを抜けるとか」
「もうウンザリなのよ! 女だからって召使いのようにこき使ってばかりでさ!」
「常時上から目線ってやつ? 自分達の方が立場上みたいな態度がムカつく」
王都に入って間もなく、冒険者パーティらしき四人が早速揉めている。
男二人女二人の構成のようだが、女達の方が男達に対する不満を述べているようだ。
近年は男女平等が騒がれているが、それはこちらの世界も同じなんだろうか。
「お、落ち着いてください。確かにリーダーはぶっきらぼうですが、貴方達をそのように扱った事は……」
「アンタもアンタよ。いつもリーダーの言う事にはヘコヘコしてる腰巾着のくせに!」
「昔馴染みだか何だか知らないけど、そういうバイアスかかった言葉なんて聞きたくないのよね」
口調が悪いリーダーに対してのみならず、物腰が丁寧な男の方にも食って掛かってるな。
このパーティはそこまで女性達の扱いが酷いのか……。とりあえずエレナに仲裁をお願いしてみるか。
エレナに視線を送ると「分かりました」とばかりに頷き、四人の所へ歩いて行った。
「どうされましたか? 何やら穏やかではない雰囲気ですが……」
「何だアンタ、神官か? 仲裁にでも来たのか?」
「はい。このままですとパーティ決壊にまで至ってしまうのではないかと思いまして」
「……成り上がるために王都まで来たのに、こんな事になるなんてな」
エレナの雰囲気によって気持ちが和らいだのか、パーティのリーダーはポツポツと事情を話し始める。
聞く限りでは、口調こそ荒いものの特に女性メンバーに対して無茶な事を要求してきたつもりは無いらしい。
腰巾着と呼ばれた男も気遣って休憩を挟んだり、敵からの攻撃などもちゃんと庇ったりしているという。
「そちらのお二人はどう思われているのですか?」
「そもそもその態度があり得ないわ! 同じ立場の仲間だったはずなのに下僕扱いじゃない! アイグルさんを見習いなさいよ!」
「アイグルさんは紳士よね。至れり尽くせりで、まるでお姫様になったみたいだったわ」
お、早速出てきたなアイグルの話。どうやら二人の女性と接触して、かなりの高ポイントを稼いでいるようだ。
女性側はそんなアイグルとパーティメンバーを比較して、ダメ男だと罵っているのか……。
なるほどな。こうやって仲違いさせて男性は追い出し、女性は王都に留め置くと。こすいやり方だな。
「どうやら皆様方はお疲れのようですね。ささやかながら癒しを差し上げましょう」
エレナが四人を法力で包み込む。同時に、四人の内側から何やら不気味な紫のオーラが滲み出て消失する。
後で聞いた話だが、それは『思考誘導の魔力』が形として具現化したものであるらしく、単純に言えば洗脳を解いたのだ。
それが証拠に、四人ともハッとなって我に返り、自分達は何をやってたんだとばかりに頭を抱える。
「先程、アイグルという方の話が出て来ましたが、その方は一体どのような方なのでしょう?」
「アイグル? あー、あのキモいスケベ野郎ね……。私の目の前で転んだと思ったら胸を鷲掴みにしてきたのよね。最悪!」
「町の女の人達も同じような目に遭ってたのに、何故かみんなあの人の事を受け入れて居たのよねー。不思議」
おぉっと、アイグルへの評価が反転したぞ。やはり自身への不快な気持ちを抱かせないようにしていたようだ。
どうやら術中にある女性達は、アイグルに限ってはセクハラされても受け入れてしまうようになっているのだろう。
「あぁ!? アイグルの野郎が胸を鷲掴みだと……。ちくしょう! 俺もやった事ないのに、許せねぇ!」
「女性にそういう行為をしておきながら、何故か慕われ続けるのにも裏がありそうですね。これは成敗案件ですよ」
リーダーの方は不純な動機でアイグルへの憎悪を芽生えさせ、もう一人は冷静にアイグルを怪しんでいる。
二人して何処かへ走り去ってしまう。本人達に自覚がないから仕方がないが、洗脳が解けた状態で敵の下へ向かってしまうのは悪手だ。
俺はレミアへと目配せする。意図を察してくれたのか、軽く頷いてから走り去った男二人を追って駆けだしていく。
「端的に言うと貴方達は王都に入った瞬間から思考誘導の術中に嵌っていました。心当たりはありませんか?」
エレナが女性達に問うと、二人ともコクリと頷いた。やはり、おかしいと思ったのはアイグルという人物に対しての印象だ。
洗脳を解かれる前にアイグルをベタ褒めしていた事もハッキリ思い出し、なんであんな事言ったんだろうと首を傾げる。
どうやらアイグルの洗脳は完全に塗り替えるタイプのものではなく、内心に当人の心を残したまま表面的に操られるタイプと言う事か。
二人は俺達のように永続の防護が掛けられていない。エレナの治癒の法力が消え去るまでに王都を脱出しないとまた洗脳される。
そのため、女性達は「近隣の村で二人の帰りを待つ」と言って、早々に王都を出てこの場から去っていった。
目視できるくらい近くに門があるためか、それまでに特に何かトラブルが起きる事もなく無事に脱出を果たしたようだ。
不安要素は消えたから、俺達も王都の奥へ行ってみよう。アイグルという奴を早く見つけないとな。




