286:別次元の世界
眼下には大きな青い星の姿が映っていた。上を見れば、星々の瞬く宇宙が一面に広がっている。
俺達はついに宇宙に出たんだな。向こうの世界ではテレビなどの映像でしか見れなかった青い星。その姿は実に美しい……。
ん? 待てよ。青い星……。ハルも何かに気付いたのか、俺の方に目線を向けて、星を指で示している。
「竜一さん、こうして見ると本当に地球そのものとしか思えないですよね」
魔導学院で見た世界地図は地球の地理と酷似していた。そんな星を宇宙から見たら、そりゃあ地球そっくりにも見えるだろう。
だが俺は、ある事を思い出していた。異世界とは言っても『別空間の世界』と『別次元の世界』が存在する事を。
「いや、ズバリ地球そのものかもしれないぞ」
「……どういう事?」
『さすがはリューイチさんですね。お気付きになりましたか』
今度は俺達の眼前に現れるミネルヴァ様。つまり、肯定って事だな。
『仰る通り、この星はこの次元の宇宙における地球です。実際、貴方達の世界の宇宙と重ねた場合、地球と全く同じ位置に存在しています』
「……そんな。それじゃ異世界転移したと思ってた私達は、ただ別の世界の地球に来ていただけだったの?」
一応は『別の次元』の地球であるから異なる世界には違いないのだが、それでも地球だと言われてしまうと異世界感が薄れてしまう。
その気持ちは正直分からんでもない。ハルからすれば、異世界と言うくらいだからせめて元々の世界とは大きく異なる様相であって欲しかったのだろう。
例えば太陽や月が一個ではなく複数個あるだとか、世界が星ではなく平面世界であるとか、海や大地の構成が既存のものとは全く異なるとか……。
『ハルさんの言う『異世界転移』は、おそらく『異なる空間』への移動という認識だと思います。しかし、実際は『異なる次元』へ移動しています。リューイチさんには説明済みでしたか?』
頷く俺。ハルが首を傾げるので、軽く例を説明してやることにした。
「例えば二つのテーブルがあって、それぞれに同じ定食が並んでいる。このテーブルの一つが『一つの次元』だ。そして、そのテーブル内に並ぶ様々な皿が、その次元に存在する様々な世界。異なる空間への移動とは、その各種皿を行き来する事。一方で別のテーブルへ移動するのが異なる次元への移動だ。その際、別のテーブルに並ぶメニューが同一と言う事例がある」
「……それはつまり、全く別の次元でも、全く同じ物が並んでる事があるって解釈でいいの?」
「飲食店とかだと、別の席の人間が全く同じメニューを注文して、テーブルの配膳が同一になる事は良くあるしな」
一人で飲食に来て、同じテーブルに大量の同じものを並べるなんて例は、ごく一部の奇特な例を除けば無いだろ……たぶん。
同じ次元に同じものが存在するのは極めて稀だが、違う次元に同じものが存在する可能性は少なからずある。俗に言う『並行世界』などがそれだろうな。
「つまり、ここは私達の世界の並行世界……って事?」
『貴方達の世界をベースにして、新たなエッセンスを加えようと試みた世界ですね。結果は知っての通りです』
古代に『力』を授けた結果、俺達の世界程に科学は発展せず、いわゆる剣と魔法の世界が出来上がったと。
ただ、そうしたのは魔界という異世界が存在し、そこから迫りくる侵略者に対抗するため――という側面があった訳だが。
もし当時に魔界からの侵略が無ければ、こちらの世界の地球も俺達の地球と同じような経緯を辿っていたんだろうか。
いや、新たなエッセンスと言っていたから、結果的には何らかの変化を加えていたんだろうな。同じ世界を作っても意味がない。
ならばベースとなった世界、つまり俺達の世界からわざわざ召喚しているのはどういう意図なのか。やはりある程度はベースに寄せたいのか?
俺に対し『こちらの世界で発展させるのも自由』だって言ってたしな。もし両世界間で差異を広げたいならば、独自性を貫くはずだ。
◆
「これが、星の海……。何と壮大な光景でしょうか。私達の住んでいる世界をこうして見下ろす事が出来るなんて」
エレナはただただその光景に圧倒されていた。前後左右の全てが星空で、眼下には自分達の世界。
自分達の住む世界が丸い事くらいは知っていたが、こうして遥か上空から『丸い星』として見るのは初めての事。
こんな事はこの先二度と体験できないかもしれない。エレナは一分一秒を惜しみ、脳裏にこの光景を刻む。
「リューイチさんの世界では『宇宙』と呼ぶらしいですよ。恐ろしい事に、宇宙では呼吸が出来ないのだとか」
「私達がこうしてシールドで保護されているのは、そういう訳だったのですね。けど、それだと浮遊竜のシュヴィン様は……」
『我は神獣。従来の生物とは異なる仕組みで生きておるから、呼吸の有無は関係ないのだ』
精霊や神獣はこの世に満ちる『力』を糧に動いている。そのため、生身で宇宙空間に出て呼吸が出来なくても全く問題が無い。
上位存在とは、そういう本来の生命の在り方を外れている者達の区分。死や寿命を超越した竜一やリチェルカーレすらもそのようには生きられない。
『我の正面を見るがいい。彼奴等もまた我と同じ神獣達だ』
シュヴィンが示す方向には、宇宙空間を優雅に舞う赤い鳥の群れが見えた。
空気が無い場所を全く気にせずに飛んでいる時点で、その鳥達もまた既存の生物群ではなかった。
「あれって、まさかフェニックス……」
「その羽根は極めて貴重とされてきましたが、生息地がこんな所ではそれも納得です」
「だとしたら、地上でわずかながらに出回っている羽根は一体……?」
『彼奴等は渡り鳥だ。その範囲は宇宙のみならずル・マリオン、時には裏界にすら及ぶ。ル・マリオンに居る時であれば、手は届くだろう』
フェニックス達が様々な世界を渡るのは生まれ持った習性であるが、ミネルヴァは習性を利用して各地のパトロールを任せていた。
一見するとゆったり飛んでいるように見えるが、実は音速を遥かに超えるとてつもない速度で飛んでおり、その行動範囲は時に太陽系外にまで及ぶ。
宇宙で活動する上位存在は光年単位をものともしない。もちろん、宇宙を活動領域としている者達はフェニックスだけではない。
「言葉通り、見る世界が変わってしまった感じですね……。私達は、こんな広大な世界の中に生きているのですね」
エレナはまだ知らない。彼女が今目にしているのはル・マリオン――つまり、こちらの次元の地球から出たばかりの世界でしかない。
宇宙とは未だに果てが知られてすらいない程に広大な世界。太陽系、銀河団、超銀河団……突き詰めればキリがない。
何もかもが馬鹿らしくなってしまう程の圧倒的スケール。ル・マリオンだけで生きる者達がそれを突きつけられれば気が狂ってもおかしくはない。
「リチェルカーレさんが我々に見せたかったのは、この光景の事だったのでしょうか」
「そう言えば、私達が生きる世界の真実の一端……と仰ってましたね」
◆
レミア達が話してるが、おそらく見せたかったのはコレじゃないだろう。まだまだ『その先』があるはずだ。
現時点では、以前にリチェルカーレから聞いた『未知の宇宙生物群』に関して何も明かされていない。
さっき飛来したフェニックス達は、宇宙の生物には違いないが既に存在を知られていた。未知の生物ではない。
……この宇宙には、他に一体何が居ると言うんだ?




