242:学院見学
「ちなみに、残りのお弟子さん達は何処に……?」
「独り立ちした後までは関知していないから分からないね。居を構えている子もいれば、世界中を旅している子もいる。ただ、一人はこの国内に居るよ」
弟子とは言っても、終始ローゼステリアさんの下で修業をし続ける訳でもないようだ。
この国内に居るという一人はもちろんの事、残る賢者の弟子達にも冒険の過程で出会いたいものだ。
「まぁせっかくこの学院にやってきたんだ。色々な事を体験していくといい。ちなみに私のお勧めはだな――」
◆
「う、うぅん……?」
俺が色々話を聞いていると、背後で倒れていた女性陣達がようやく意識を取り戻したようだ。
気が付いた時にはフォルさんとハイリヒさん……もとい、王は既に姿を消している。
どうやら、二人共基本的には表に出ないようにするつもりらしい。特に王の方は見た目がアレだからなぁ。
「わ、私達は一体何を……」
「やれやれ、ようやくお目覚めかい。揃いも揃って情けないね……」
呆れ顔のリチェルカーレだが、正直言ってアレを耐えろというのはかなりハードルが高いぞ。
「すまないね。信じさせるにはアレが一番手っ取り早いだろうと思ってね」
確かに、アレほどの圧倒的な力を見せつけられたら、目の前の人物が賢者ローゼステリアと信じるしかないだろう。
何せ伝説の冒険者にまで至ったレミアや、アンティナートによる規格外の力を有するエレナすらその力の前に屈したのだ。
俺も死者の王の命をも握り潰しかねない凄まじい怖気で身を慣らしていなかったら、間違いなく倒れてたと思う。
「改めて話をしようか。皆にも色々この地で体験していってもらいたい事があるんだよ――」
・・・・・
話を終えた俺達は、校長室を出た後でそれぞれに分かれて学院内を案内されている事になった。
俺はと言うと、ハルと共に再び秘書に戻ったエメットさんに連れられて魔導学院の校舎内を歩いていた。
二人だけ連れてこられたのは、異邦人繋がりだからだろうか。一体、何が待ち受けているんだ……。
ちなみに他の女性陣達は、その力を買われて学院内のお手伝いを依頼されている。
レミアであれば魔術と近接戦闘を組み合わせた魔闘術の指導、エレナは実戦訓練における負傷のケア、セリンは学食や購買などのサポート。
リチェルカーレはと言うと、学院講師でも手を焼くような問題児達の仕置きを任されたらしい。生徒達よ、ご愁傷様だ。
学院の中を歩いてみた限りだと、普通に『英国の学校』と言った感じだな。さすがにホ○ワーツ程コテコテの造りじゃないが。
廊下側から覗ける窓が無いため教室の様子は見えないが、壁の向こうで各々授業が行われている気配を感じる。
中の様子が気になるのか、横のハルがチラチラと教室の方へ目線を向けている。俺も正直、魔導の授業は気になる。
「お二方にはこちらを見学して頂こうかと思います。珍しいものが見れますよ」
「珍しいもの……?」
エメットさんがガラリとドアを開けると、そこに広がっていたのは広大な教室だった。
良くある小中学校の教室ではなく、後ろへ行くにつれ座席の位置が高くなっている大学でよく見るタイプだ。
その座席には種族様々な男女が……いや、それどころか動物やモンスターやメカらしきものまで居るぞ。
「レーレン教授、突然失礼致します」
「エメットさん? いきなりこんな所までどうされました?」
「実は校長の客人を連れて学園案内をしているのですが、教授の授業を見せて頂いても?」
「はぁ、別に構いませんが……」
俺達はレーレン教授に一礼をした後、教室の最前部――入り口近くに用意された椅子に座る事となった。
生徒達やそれ以外の生物や無生物達からも一斉に目線を向けられて、何だかむず痒いな。
「教鞭を執るのはレーレン・エンセニャール教授。担当は精霊術師クラスです」
なるほど。それで座席には様々な存在が同席してるんだな。おそらくは生徒のパートナーたる精霊なのだろう。
机の上に乗ってしまうくらい小さな精霊はいいが、教室の後ろで窮屈そうにしている魔獣のような存在は大丈夫なのか?
クラスの面々は慣れたものなのか、自分のパートナー以外の事は特に気にしている様子はないようだが……。
「当学院では世界中の精霊術師達を受け入れて育てています。希少な存在ゆえに、それを教育できる者となるとさらに限られていますからね」
そう言えば精霊術師は珍しいって言ってたっけ、アンゴロ地方でもコンクレンツの魔導師団で部隊長クラスの人しか精霊と契約出来ていない。
学院のこのクラスを見ても、だいたい三十人くらいしか居ない。仮に他にも精霊術師を教えられる学校がある事を考慮しても、あまりにも少ない数だ。
既に一線で活躍している者達や、こういう教育環境に恵まれていない所に居る者達を含めても、数百人程度しか居ないんだろうな。
実際の所、世界各地で精霊術師の才に目覚める者は存在する。だが、精霊という強大な力は諸刃の剣でもある。
目の前に現れた存在が精霊だとは知らず、契約の事も良く知らないままに繋がりを持ってしまい、力の大きさを把握せずに行使した事で起きた悲劇。
そんな、精霊がきっかけとなって発生した大災害も歴史上で幾度も確認されている。故にこそ、精霊に関する教育は重要度が高い。
一例で言うと、現在コンクレンツ魔導師団で活躍している精霊術師達は、各々が力に目覚めてすぐに専門の教育機関へと送られている。
既に精霊術師として一人前となり、魔導師団に所属していたベルナルドが講師となって後進を教え導いた。そして、そのまま講師の部下となった。
地方の一国ながら非常に精霊術師の扱いが上手く、貴重な存在を十人も軍属の戦力として抱え込む事が出来た稀有な事例である。
だが、それは狭い国で国内を良く把握出来ていたが故に成り立つもの。領土が広く手の届かない所が少なからず存在する大国ではそう上手くはいかない。
必ず知らぬ所で力に目覚める者が現れてしまう。その者が騒ぎを起こして噂が広がる事で、ようやく魔導学院の者達も存在を把握して動き出す。
基本的に魔導学院への入学は当人の希望だが、もしその精霊術師が迫害されていたり、術師自身が悪に走っていた場合は賢者の名の下に強制的に連れて行く。
俺はエメットさんから精霊術師という存在がこの世界でどういう扱いを受けているのかを聞かされた。
コンクレンツの人達はそんなに恵まれていたのか。確かにどの人も精霊と仲良くし、完全にその力も使いこなしていた。
力に目覚めた者達が、必ずしも彼らのように軍の一線で活躍できるような術師にはなれるって訳ではないんだな。
「力を有しているからと言って、必ずしも軍の一線で活躍する事が幸せ……って訳でも無いんだろうけどな」
「えぇ。パートナーと共に変わりの無い日常を送りたいだけという子達も居ますし、必ずしもその力を戦闘に用いなければならない訳ではありません」
俺の世界でもそうだった。重火器が身近にあるからと言って、戦地に居る彼らが戦う事を必ずしも幸せには感じていなかった。
出来れば戦いたくなんて無い。でも、敵が襲ってくる以上は戦うしかない。そうしなければ、自分の方が死んでしまう。
戦争が嫌、ならば大人しく殺されろ――そんな思考がまかり通る訳がない。ほとんどの人間にとっては己の命が一番大事なのだ。
俺はそんな状況で『否』を言える世界にしたかった。武器は残るかもしれないけど、それを使わなくても良い世界に。
向こうの世界で最後に俺がやった事……果たして、あの子は平和な世界へと羽ばたく事が出来たのだろうか。