020:イスナ村で大暴れ
ようやくたどり着いたイスナ村は、盆地に囲まれたのどかな村だった。
村の入り口は山から出たばかりの若干高い所にあり、低い場所に作られた村の全景を見渡す事が出来る。
ざっと見回して見た限りでは、様々な動物が広い敷地で育成されているのが目立つ。事前情報で聞かされていた通り畜産が主体か。
一応畑があるし、農作業もやっているのだろう。山の間近であり木材資源も豊富だから、林業もやってそうだな。
「お、旅人さんかい。そのぐるぐる巻きの人は……?」
「首都で野盗退治の依頼を受けてきました。この女性は道中で捕らえた『山岳の荒熊』という野盗団の構成員です」
「依頼を受けてくださった方ですか! 是非、村長の所へ行ってください! 村へ来る時点で既に一人捕らえているとは、何とも素晴らしい事です」
この歓迎のされよう、余程野盗に困らされていたらしいな……。
足だけでモンスターを撃退してみせたアニスの実力を見た限りだと、並の人間じゃ歯が立たないだろうしな。
村の自警団とかじゃどうにもならなかったんだろうな。だからこそ、ギルドに依頼が来た感じか。
……と、そんな事を考えていると、何か硬い壁に物をぶつけられたかのような音が響く。
振り返ると、自分達の周りに障壁が展開されており、足元に拳大の石が落ちるのを目撃した。
「ほほぅ、小坊主。このアタシに向かって石を投げるとはいい度胸じゃないか……」
リチェルカーレの目線が捕らえるのは、物を投げたポーズのまま固まっている村の子供だった。
「ち、違うよ! ねーちゃんに投げたんじゃない! そっちの野盗に投げたんだ!」
子供が指し示すのはアニスだ。あぁ、なるほど。おそらくは野盗によって少なからずの被害を受けた子なんだろう。
「お前らはにーちゃんの仇だ! 死ね! この悪魔め!」
少なからずどころじゃなかった。極めて深刻なレベルの被害じゃないか。
「どうする? バリア解いてアニス放り出すか?」
「それもいいけど、こんな悪党のためにまだ未来ある子供が同じレベルにまで落ちる必要は無いさ」
そう言って、リチェルカーレが子供の所まで歩いていき、かがみこんで目線を合わせてなにやら話している。
子供の表情が怒りじみたものから悲しむような表情へと変わり、やがて何やら覚悟を決めたようなものへと変わる。
そして、子供を伴ってリチェルカーレがこちらへと戻ってきた。
「お、俺はまだ子供だけど……人間だ! だからお前らみたいな暴力はもうやらない! 人間をやめてまでそんな事したくない!」
子供がアニスを指差してそう宣言する。なるほど、子供を野盗と同じレベルに落とさないように説得してきたんだな。
感情のままに暴力を振るってしまえばそれは犯罪者と同じ。だから、憎しみをぐっとこらえて自分は犯罪者とは違うと宣言したんだ。
その発言を受けたアニスは、さすがに泣きそうな表情になっていた。面と向かって『お前は人間じゃない』と言われたようなものだしな。
さすがにさっきの子供以外の大人達は、文字通り大人の対応で、安易に暴力や暴言をぶつけてくる事は無かった。
だが、それでも村に少なからずの被害を与え、大切な人を奪われた者も居るため、アニスを見る目に憎悪がこもってはいたが……。
――村長の家。
「ようこそおいでくださいました。このような地方の依頼で、決して報酬も多くない故になかなか依頼を受けて頂けず困っておったのです」
俺とリチェルカーレはテーブル席で接待を受けつつ村長の話を聞いていた。アニスは犯罪者という扱いゆえに、縛られたまま床に転がされている。
本来ならば野盗など家に入れたくなかったらしいが、外に放置しておくと出た頃には死体にされていそうなのでやむなく了承してくれた。
大人達は俺達が居る手前自重してくれていたようだが、目を離したら絶対に暴走する。チャンスとばかりにアニスをボコボコにしていた事だろう。
「被害状況を伺っても良いかい?」
「ここ一年で言いますと、生産物は半分程が奪われてしまっております。要求に応えられないと、村人を拉致したり殺したりもされました。また、この村を囲う山が縄張りのため、外部からの来訪者も遠ざける結果に……」
「散々だな。野盗というよりはこの村に寄生している害虫って感じがするぞ……」
「言いえて妙ですな。旅人や他の地域を襲う被害と比べたら、あまりにも我が村を襲う被害が多すぎる」
「アタシ達が来た以上、どんと構えていればいいさ。じゃあ早速――」
リチェルカーレがアニスの方を見る。
「な、なんだよ。好きにしろとは言ったけど仲間を売るつもりは無いからね。アジトまでの案内とかはお断りだ」
「そう言うだろうと思って、ちゃんと別の手は考えてあるさ……」
俺と村長、アニスを伴って外へ出たリチェルカーレは、右手を上空にかざして魔力を練り始めた。
すると、山の上空に小さな黒い塊が現れ、少しずつ肥大していく。最初は魔力の固まりか何かかと思ったが、よく見ると違う。
アレは岩だ。岩の塊が徐々に膨れ上がっているんだ。おいおい、一体何処まで大きくしていくつもりなんだ……。
やがて、山の上に山と同じくらいの大きさの岩山が出来上がってしまった。
「ワ、ワシは夢でも見ているんじゃろうか……」
「ところがどっこい、現実さ。と言う訳で、アレを落とせば『山岳の荒熊』を一網打尽に出来るよ」
「ちょっ、待って! あんなの落とすなんて聞いてない!」
「言ってないからね。犯罪者は別にどう殺されたって文句は言えない立場だ。違うかい?」
「そ、それはそうだけど……なんと言うか、こう……」
何を言いたいかは大体わかる。悪党として散るにしても、もっとこう華々しく散りたい――的な感覚だろう。
これじゃあまるで鬱陶しい害虫を煩わしげに叩き潰すようなものだ。まぁ、この世界からしてみれば野盗など害虫の如き扱いのようだが。
それでもわずかに人間としてのプライドが残っているんだろう。せめて死ぬなら人間らしく正面から討伐されたいと。
こんな感じの事をアニスに話してみたら、目を見開いて驚いていた。どうやら図星だったらしい。ならば、場くらい用意してやるか。
「なるほど、そういう形の方が村人達にも明確に討伐を証明できるね……。よし、乗ってやろうじゃないか」
リチェルカーレに提案すると、何やらニヤニヤしつつも承諾してくれた。
「よし、そう言う訳だからアニスはさっさと仲間の所に戻るといい。すぐにメンバー全員村の入り口付近に集まらないと『アレ』を落とすという伝令役としてね」
「仲間は売らないって言っただろ。お断りだ」
「いや、それはそれで仲間を売る行為になるんじゃないか? ここに居れば、自分一人だけは助かるしね」
そう言ってリチェルカーレが巨石の高度を下げる。思わず「やめっ……」と言葉が漏れるアニス。
「気付いたかい? この場合、仲間に事を知らせずに居る事の方が裏切りになるんだよ。己の命惜しさに仲間の危機を見逃した……ってね」
「くっ、やはりお前らは悪魔だ……」
「仲間の死をここで見守るか、仲間諸共に死ぬかの二択だよ。犯罪者が浅ましく助かろうなどとは考えない事だね」
悪魔と言われた事で、さらに邪悪な二択を叩きつけるリチェルカーレ。
どちらにしろ『山岳の荒熊』は全滅させられる。その上で自分だけは助かるか、あるいは仲間と共に死ぬかを選ばせているのだ。
しかし、ホントに悪人だな俺達。犯罪者に対してなら、こんな振る舞いでも周りから許されてしまうのが恐ろしい。
結局、アニスは俺達を鋭く睨みつけて縛られたまま走り去っていった。
それから村長が村人達へ事情を説明し、空に浮かぶ巨石は冒険者の魔導師による魔術であり、村に害をなすものではないと伝えられた。
また、間もなく野盗達がおびき出されて村近くに集まるため、退治が終わるまでは近づかないようにお達しが出た。
・・・・・
それから一時間もしないうちに、俺達が来たのとは反対の村の出入り口に荒くれ者達が集結していた。
先頭は野盗団の名が示すような熊みたいな大男と、拘束を解かれた状態で同伴しているアニス。
後方には百人程のメンバーと思われる男達がずらりと並んでいるが、いずれもゴブリンなどのモンスターとそう変わらない汚い装備しか身に着けていない。
おそらく武器や防具も奪ったものなのだろう。これだけの者達が居るとなれば、そりゃあ被害も拡大するわけだ……。
「テメェらかぁ! 俺達の山の上にあんなモン作りやがったのは!」
熊みたいな大男が叫ぶ。
「ふふ……だと言ったら?」
「残念だったな! アジトには捕らえた者達がまだ放置してある! いいのか? 罪無き奴らを殺しちまってよぉ」
リチェルカーレは言葉を返さず、ただ巨石を落下させた。
凄まじい轟音と共に、村全体を……いや、近隣一体を激しく揺らす地響きが巻き起こる。
衝撃による突風が駆け抜けていくが、そこはリチェルカーレが防御してくれた。
「バ、馬鹿かテメェら……! あそこにはまだここの村人とか、他の地域から拉致って来たやつが生きてたんだぞ!」
「だ、だから言ったじゃないかお頭! 奴らは悪魔だって! 奴らに目を付けられた時点で私達はもうおしまいなんだよ!」
思いっきり尻餅をつきながら、大男が吠える。そんな大男の選択を、アニスが責める。
「アニスの言う通りだ。勘違いしたな、野盗。俺達は別に正義の味方じゃない、まさか人質が有効とでも思ったか?」
「アタシらが受けた依頼は『キミ達の排除』であって『被害者の救出』じゃないんだ。大きく見誤ったね」
リチェルカーレが指を鳴らすと、その直後……荒くれ者達の集団の上に大きな岩が落ちてきた。
どうやら山に落とした巨石の一部を砕いて落下させたようだ。今の一発だけで野盗達の約半数が潰された。
「うっわ。えげつなっ……」
「残り半分はキミに任せるよ。一応半分ずつ位倒せば君も重荷に感じる事は無いだろう」
なるほど。あえて半分だけ潰したのはこのためか……。
とは言え、さすがにこの人数相手に剣で立ち回るのは無謀だな。銃でやってみるか。
いきり立った野盗達が武器を手に迫ってくる。何発か狙撃してみるが、確実に落とせる数は少ない。
身体強化でぶれない姿勢を維持できるようになったとは言え、無防備な頭をコンスタントに狙い続けるのは困難だ。
金属製の鎧や盾に当たってしまった場合などはダメージを与えられていない場合があるし、頭以外だと傷は負わせられても戦意までは奪えない。
確実に近くから撃たないと厳しいな……。そうなると接近する必要がある訳だが、銃で近接戦闘をするとなると、その方法は――
俺の中にふと、ある映画のワンシーンが浮かんだ。そうだ、アレを真似すれば……。
思い立った俺は両手に銃を召喚し、迫り来る野盗の集団へと突っ込んでいく。
前方に掲げた銃を連打しつつ最前列の者達を排除、最前列の者を盾代わりに突っ込んできた後続の攻撃をかわしつつ、左手を右脇の下をくぐらせるようにして伸ばし引き金を引く。
そのまま右手をクロスさせるようにして左側へと伸ばし、迫り来る野盗の眉間を狙い打つ。さらに両手を左右へ伸ばし、引き金を引きつつそのまま一回転。ここはただひたすらに撃つ。狙いは付けない。
すかさず今使っていた銃を捨て、瞬時に次の銃を召喚。時には攻撃を許してしまうが、手甲で剣の面を受け止めるようにし、銃を持ったままの手首を捻り敵の頭を撃ち抜く。
すると向こうも四の五の言っていられなくなったのか、味方ごと巻き込む勢いで斧を大振りしてきたり、前方の仲間を隠れ蓑にして、仲間ごと槍で突いてきたりと手段を選ばなくなってきた。
俺もさすがにスマートにかわしたり捌いたりする事はできなくなり、時には地面を転がったりわざと攻撃を受け止めて吹っ飛ばされるなどして間合いを調整したりする必要が出てきた。
そんな状況にも対処するため、密かに地面のあちらこちらに召喚しておいたものをばら撒いておいた。地面を転がったりしたタイミングで武器を交換できるようにしておくのもまた戦略だからだ。
……気が付けば、俺に向かってくる敵は居なくなっていた。
俺はあの映画のように、二丁の銃口を上下に向けるポーズをとって決めてみた。
「おぉぉぉぉぉぉ! 何という面白い戦い方なんだ……キミという存在はホントに未知の固まりだねぇ」
リチェルカーレが一人拍手して喜んでいるが、それ以外の人達はただただ呆然としていた。
ちなみにそれ以外の人達とは、まず野盗討伐の証人として村長、後はターゲットから外していた大男とアニスだ。
「アニス。オメェの言う通りみてぇだな……。ここまで来たら、さすがにもう助かるとは思えねぇや」