222:彼らが勇者だった頃
「いやぁ良かった良かった。おめでとう!」
パチパチと拍手しながら四人の所へ歩いてきたのは、先程壁に叩きつけたはずのリチェルカーレだった。
「な、なんでピンピンしていやがる! さっきあれ程の一撃をブチ込んだってのに……」
「キミ達のような肉体派と違って、魔導師と言うのはどうしても防御力の低さが問題になってくるんだ。そこで、ちょっとばかし材料を奮発して技術の粋を集めた逸品を作ったんだよ」
自らの着用する衣装をヒラヒラさせてみるリチェルカーレ。
驚くべき事に、そこには傷一つ付いていない。当然ヴェスティアが渾身の一撃を叩き込んだ腹部も同様だ。
「おい、嘘だろ……。アレで無傷なのかよ」
「この服は神獣の体毛から作り出した糸で編まれているんだ。元々頑丈だけど、使用者の魔力に応じて強固になる性質があってね。キミ達くらいの攻撃ならノーダメージさ」
神獣の毛ともなると、一般的に出回る相場ではごく僅かな量で家が建つ程の金額にもなる超高級品とされる。
コレクターが箔を付けるために購入したり、冒険者でもその素材を強化のためのアクセントとして使う程度が関の山。
丸々一着の服を作るとなると、それこそ国が傾く程の想像を絶する大金が必要となるレベルである。
ましてや、そんな超レア素材をまともに加工できる存在ともなるとさらに一握りだ。
だがリチェルカーレは素材の調達も加工も自分で行えるため、調達コストも製造コストも必要ない。
「神獣……話には聞いていたけど、実在するのね……」
「もちろんさ。ただ、常人では遭遇する事すら難しいだろうけどね」
今まで『邪悪なる勇者達』において必要な魔術道具の数々を作ってきたのはヘクセである。
その創作力たるや空間転移を可能とするアイテムすら生み出せる程のものであり、道具制作者としての腕は世界でも間違いなく上位に位置する。
そんなヘクセですら入手不可能だった素材が、神獣にまつわるもの。まず実在するかどうかすら確定させられなかった。
「今更だけど、アタシはリチェルカーレというんだ。お宅のテレーグって輩がアタシ達の活動領域に手を出してきたから灸を据えに来たのさ」
「ちっ、テレーグの奴……余計な事しやがって。おかげでとんでもねぇ苦労させられたぜ」
「テレーグに灸を据えるって言ったけど、そのテレーグは? もう既に倒しちゃった後だったりする?」
「あのテーブルの上に転がってるのがそうだよ」
「うげっ! アレかよ……」
リチェルカーレが指し示したのは、先程「挨拶」と称して投げ捨てられた見るも無残な死体だった。
既に手も足も無く、顔も原形をとどめていない。これがテレーグだと言われても、彼らには全くピンと来なかった。
そもそも彼は会議にすら遠隔操作メカで来るような引きこもりだ。十勇者のメンバーですら素顔を知らない。
「ご愁傷様。虎の尾を踏んだ貴方が悪かったのよ、テレーグ。化けて出ないでよね」
「アレじゃあ素顔も何もわかったもんじゃねぇな……」
ドイツ人であるヘクセだったが、何故か『南無南無』と日本式の合掌で軽く弔いをする。
だが、同じ組織に所属しながらも彼とは交流が乏しく仲間意識も薄かったためか、特に感情は波立たなかった。
「キミは魔導師だろう。良かったらアタシが色々教えてあげよう。それに、進む道を変えたいなら、何か斡旋するよ?」
「……ホントですか!? リチェルカーレさん、私ついていきますよ。みんなはどうする?」
「おい、ヘクセ。まさかお前、裏切る気か? この組織に来た以上、表ではやっていけない事情があるんじゃないのかよ」
邪悪なる勇者達はその性質上、勇者として召喚されたはいいが道を誤ってしまった者達が多く行き着く場所だ。
使命を果たす事が出来なかった者、扱いに嫌気がさして逃亡した者、使命の重圧に潰れ道を踏み外してしまった者――
いずれも勇者として失格の烙印を押され、国によっては犯罪者の如く指名手配されている者も居る。
「残念ながら、私は皆と違って魔導研究の場や資金と資材を与えられるのを良しとしたから来ただけだし、後ろ暗い事情なんてないのよね。より高みが目指せる環境があるならそっちへ行くわ」
ヘクセは元々『魔族の襲撃から国を守る』という願いでとある国に召喚された勇者だった。
彼女は魔導に関する卓越した技術と知識を与えられており、それを活かして願い通りに国を守り抜いた。
しかし、ヘクセの超技術を得た国は調子に乗り、今度は逆に魔族を殲滅してやろうと考えてしまう。
その時点で末路を察したヘクセは国を抜けるのだが、それから間もなく魔族の逆鱗に触れた国は滅び去ってしまった。
故にヘクセ自身は特に罪となる何かを犯した訳でもなければ未練も無い。追手となるはずの国も存在しない。
そうして放浪している際に邪悪なる勇者達からスカウトをされ、研究成果の提出を条件に研究の環境を与えられて組織への加入を決めた。
「逆にアンタ達は後ろ暗い何かがあるっていうの? お姉さん、気になるな~」
「……人を殺してんだよ、俺は」
ヴェスティアは国の治安を維持する存在を求めた国に勇者として召喚された。
同時に、かつて亡くしたはずの飼い犬の魂も導かれており、その犬をパートナーとして召喚する能力を得た。
彼は活躍の果てに名を馳せ、半ばで想いを寄せる相手に出会い、ついには国から栄誉を賜った。
しかし、その帰りに宿泊先の宿で、想い人が仲間だった冒険者の男に寝取られている場面を目撃してしまう。
瞬間的に耐え難い怒りに支配された彼はパートナーである犬の魂と融合し、制御の利かぬ狂暴な獣となって男を無惨に引き裂き夜闇に消えた。
後に遭遇したファーブラに顛末を笑われた際は逆上して襲い掛かるが、逆に叩きのめされてしまい、組織の加入を余儀なくされた。
「この世界だったら、別にそれくらい普通じゃないの?」
「確かにこの世界の常識ではそうかもしれないが、そう簡単に割り切れるもんじゃねぇよ……」
ヴェスティア達が元々住んでいた世界において、人殺しは基本的に重罪である。
基本的にそれをやった時点で人生が終わるにも等しく、リターンよりもリスクの方が圧倒的に上回る。
また、正常な人間の思考であれば、自身と同一の種を害する事に対する嫌悪感も凄まじい。
「とは言っても、この組織に来てからかなりの人間を殺してるよね? それに関してはどうするの?」
邪悪なる勇者達の使命は『世界を混乱に陥れる事』であり、当然邪魔者は幾度となく排除してきた。
しかし、それは邪神の力を受け入れて組織の名の通り『邪悪なる勇者』となって倫理観が欠如してしまったが故の事である。
純粋なる想いで邪悪な力を吹っ切り、勇者を超え、ブレイブが目覚めるに至った身には重くのしかかる罪だ。
「人を殺した事を悔やめるならばこそ、この組織に居るべきではないわ。今の貴方に、この組織での任務が続けられる?」
今までは邪神の悪意に染まっていからこそ、容赦なく人を手にかける事が出来ていた。
しかし、良心を取り戻したまともな人間の思考回路では、とてもそんな任務を続けられるはずがない。
「……で、ムスクル。貴方もそうなの?」
黙り込んだヴェスティアを放置し、ムスクルに尋ねるヘクセ。
「俺は守るべき人物を見殺しにし、国を崩壊させたのだ。これが大罪でなくて何だというのか」
ムスクルは隣国の侵略を受けている状況を打破するために勇者として召喚された。
鋼の如き肉体と規格外のパワーを与えられた彼は、国の望み通り最前線で侵略者と戦い続けた。
そんな中、国の王女から恋心を抱かれるが、その事がムスクルの転落の始まりとなった。
とにかく愛しき人に会いたい王女。監視の目を潜り抜けては度々ムスクルに会いに来るようになってしまった。
しかもそれは彼が危険な戦いに赴く際も変わらずであり、戦場に居合わせた無力な王女を守りながら戦う事を強いられる場面も出てきた。
負わなくても良い傷を負わされてしまうムスクル。彼にとって王女は戦況を苦境に変える存在……単純に言えば足手まといだった。
後に敵国の暗殺者により王女を人質に取られた挙句深手を負わされ、王女もまた手にかけられてしまう。
その事で国王らから激しく責められるが、彼は逆に無力な王女をしっかり管理せず最前線にまで行かせてしまった国王らに激怒。
己を捕らえようとする者達は徹底的に叩き潰し、結果として国の中枢戦力を破壊し尽くしてこの地を去る事となった。
その結果、戦力を失っていた国は敵国に蹂躙され支配される事になるが、既に去っていたムスクルまで情報は届かなかった。
「……それから俺はファーブラと遭遇し、奴の誘いに乗ってここまで来たのだ」
ムスクルは相対した時点でファーブラの底知れぬ力を理解し、自分の境遇もあって特に揉める事も無く組織への加入を決めた。
直接的ではないにしろ一国を滅ぼす要因を作り出してしまったのは自分自身であり、既に邪悪なる存在へと堕ちている事を自覚していたからだ。
「最前線に足手まといが来るって、災難だよねぇ。私でも怒るよ。むしろ自発的に排除しなかった君は偉いと思うよ」
ヘクセはしなくても良い怪我をするなんてまっぴらごめんだった。もしムスクルと同じ立場だったら、魔術で強制的に何処かへぶっ飛ばしていた事だろう。
それほど最前線における無力な存在と言うのは恐ろしい。一瞬の油断も許されない状況で、戦う力も無いのに突拍子もない行動をする存在が居るのだ。
ただそれだけで戦場の全てが狂う。それを気にしながら戦うなど、ゲームで言うならばハードモードを超えてナイトメアやルナティックにも匹敵する難易度となる。
「ムスクルはさ、さっきみたいにみんなで協力して全力で戦ったりするのはどうだった? 私は楽しかったな~」
「俺も、正直あれほど高揚する戦いは経験した事が無かった。叶うならば、また共に戦いたいと思う」
「だったらもう答えは出てるじゃない。私達でまた新しい『冒険』を始めよう。ほら、リーヴェも暗い顔していないで」
「……デス」
「あー、もしかしてリーヴェもそういうパターン?」
うつむいてボソボソと何かを口にするリーヴェをヘクセが促す。ようするに「早く言え」と言う事である。
「ワタシは己の欲望のために国を一つ滅ぼしてしまったのデス!」
怖い話をするかのように鬼気迫る感じで告白するリーヴェだったが、ヴェスティア、ムスクルの話と続いたためか皆の表情は微妙だった。