198:モンスター大討伐、開始
大気中の瘴気が消え去った後、砂漠の彼方から徐々に姿を見せるモンスター達。
四足歩行の動物や禍々しく巨大化した虫、蛇やトカゲのような爬虫類じみた姿など、バリエーションが豊かだ。
これだけ沢山のモンスターが、結界の中に潜んで……ん? ちょっと待てよ。何かおかしい。
元々結界は空間の穴を塞ぐ程度の大きさしかないのではなかったか。
それが、徐々に魔界側から溢れる瘴気に押し広げられるようにして広がった結果が今の巨大な結界だ。
結界は侵入も脱出も拒む壁。例外があるとすれば、内側の穴からやってきた者達のみ。
いや、結界が小さかった時でも小動物や虫程度なら中に取り込まれていた可能性があるな。
となると何か。あの大柄な動物や虫達は、元々はそんな弱小な動物だったとでも?
もしかしたら人間よりも瘴気に対する適性があるのかもしれないな。野生生物、恐るべし。
「冒険者の皆様! 瘴気より身を守る防壁を付与させて頂きました! モンスターの駆除に集中してください!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!!!」」」」」
エレナの掛け声を開戦の合図とし、この場に集った冒険者達が雄叫びと共に突撃していく。
彼女の結界によるものなのか、冒険者達は一様にキラキラ輝いており、日の光も合わさってかかなり眩しい。
さすがにツェントラール騎士団に使っていた『無敵結界』程ではないけどな……。
後に聞いた事だが、エレナがこの場で『無敵結界』を使わなかったのは、単純に使えなかったかららしい。
法力の容量や術の知識とは関係なく、あの術を使うには『数多の人々の願い』が必要になるんだとか。
神殿で多数の神官と共に祈っていたのはそのためだったのか。一人で出来るなら最初から一人でやってるわな。
・・・・・
先頭を行く集団は、冒険者達の中でも一際好戦的な者達が群がっていた。
戦う事自体が好きな者達、一匹でも多く倒して手柄を得たい者達、とにかく欲に満ちた冒険者層だ。
「来やがったな、大量の報酬がよぉ!」
「ははは……! もう待ちきれねぇ、行くぜぇ!」
モンスター側からも何匹かが急加速して冒険者へ突進してくる。向こう側にも好戦的な者達は居た。
大柄なシカのようなモンスターが先頭の冒険者へと迫るが、冒険者は突進をかわすと同時、細い足に向けて思いっきりハンマーを叩き込む。
痛めた足では重いボディを支えられないのか、その場へ転倒してしまう。ハンマーの使い手たる冒険者は当然それを予測しており、無難に倒れこむシカを回避。
「まずは一匹だ! 最初の獲物は俺が頂くぜ!」
無防備なシカの頭へ思いっきりハンマーを叩きつける。頭が醜い音と共に砕け散るが、冒険者は構えを解かない。
モンスターとは基本的に非常識な生き物。従来の生物であれば致命傷であっても、モンスターは必ずしもそうではない。
頭が無くなろうが心臓を貫かれようが平気で動く種が存在する。故に、気を抜くと不意打ちで殺される事もある。
しばらく警戒していたが動かなかったので、冒険者の男は潰れたシカの頭から、原形をとどめていた大きな角を拾い上げる。
「よっしゃ! 討伐証明確保!」
「のんきに喜んでる場合じゃねぇぞ馬鹿野郎! 第二陣がもう迫ってる!」
シカ型に続いて巨大なネズミのようなモンスターの集団が駆けてくる。
一方で空からは禍々しく変化した鳥のようなモンスターの集団が急降下攻撃を仕掛けてくる。
「光よ、皆を護りたまえ!」
「鳥だったら焼いて落とせるよね……行け、火球連打!」
少し後ろからついてきていた神官の女性が、一帯の冒険者を包むようにバリアを展開。
何匹かの鳥のくちばしがバリアに突き刺さって動きが止まる。そこを魔術師の女性が次々と火球で狙い撃つ。
動けない鳥達は成す術もなく焼かれ地面へと落下。バリアに刺さる前の鳥達も、弓で落とされた。
「この鳥の討伐証明はくちばしかな。火球を当てたのにくちばしだけ無傷とか、正直凹むよね」
肉体は炭となって崩れ去るほどに焼かれていたが、くちばしは焼けた形跡もなく鮮やかな黄色を維持している。
「この鳥のくちばしは武器の素材として使われるくらいに固いと言われています。まさか、私の結界が貫かれるとは思いませんでした」
神官の意図では突撃を弾くつもりで結界を展開していた。しかし、実際はくちばしが刺さってしまった。
瘴気を取り込んだ事による強化の影響だ。元々のモンスターのデータを基準にしていると痛い目に遭うだろう。
「でも、これだけの冒険者が居れば勝利は間違いないよね。よーし、私も頑張るぞ!」
「油断は禁物ですよ。私達冒険者は日々死と隣り合わせ。ちょっとした油断が取り返しのつかない事に……」
「それはそうだけど、キミは気を張りすぎなんじゃないかな。この状況で一体何が起こると――」
「足元……っ!」
神官が叫ぶも、その瞬間……地面から生えてきた『何か』に魔術師の女性が飲み込まれた。
そこに出現していたのは、全身に砂がまとわりついた、体節がいくつも連なったムカデのような長い身体。
異世界人であれば、その構造から思わずダルマ落としを想像してしまうかもしれない。
「……サンドワーム! やはりこの砂漠も例外ではなかった!」
地面から突き出した部分の先端はサンドワームの頭部だ。そこがグニャリと向きを変え、神官の方へと口を向ける。
次の獲物を食らうべく大きく口を広げるが、その際……中に捕食された魔術師の女性の顔が見えてしまった。
絶望と苦痛に顔を歪めている仲間の顔を目にした瞬間、神官の女性はその場に崩れ落ち、立ち向かう気力を喪失してしまった。
彼女の耳にはあちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。ここと同じように、サンドワームが各所で出現しているのだ。
魔術師の女性と同じように不意打ちで捕食されてしまった者もいれば、出現を予測し逆に切り捨てた者など、各人の経験の差が表れた。
女性を一人捕食したサンドワームは、これではまだまだ全然足りないとばかりに、神官に向けて大きくその身体を動かした。
「させるかあぁぁぁぁぁぁっ!」
しかし、神官に口が届く直前に胴体が切断され、サンドワームは地面へ落下した。
「大丈夫ですか……?」
血糊の付いた剣を一振りして汚れを飛ばした少年が、へたり込む神官へと声をかける。
「な、仲間が……仲間がその中に……」
神官は自分自身が助かった事よりも、今の攻撃でサンドワームの中に居た仲間ごと切断されてしまったのではないかと恐怖していた。
サンドワームの中から見えていた彼女の顔を見た限りではまだ生きていた。助け出せる可能性は残っていると思っていたのだ。
「……安心してください。サンドワームのセオリーは心得ています。飲み込まれた仲間が居ない位置を斬りましたよ」
しかし、少年は冷静に答える。サンドワームは出現したばかり、もし誰かが飲み込まれたとしても位置的には口元に近い位置にいる。
だからこそ胴の中程を斬り裂いた。若々しい外見とは裏腹に、ベテラン冒険者じみた知識で一つの難局を乗り切った。
「あ、ありがとうございます! 後は、彼女を……」
「お気持ちは分かりますが、この場で解体作業を行うのは危険です。ヒワールへ移送しましょう」
「移送……って、こんな大きな塊を運んでどうやって戻れば……」
今まさにこの砂漠はモンスターとの戦闘の真っ最中。のんきに解体作業などしていたら彼ら自身が食われる事になる。
しかし、重量もあり面積も大きい物体を運んでいる余裕もない。神官は未だ仲間が危機的状況から脱せていない事に焦りを感じた。
「そんな時こそ俺達の出番だぜ! 運び屋マッスルパワーズ参上!」
運び屋とは、モンスター討伐依頼などで死骸や部位を移送したりする事を職にしている者達である。
依頼によっては素材の新鮮さが問われる内容もあり、冒険者自身が移送をしていてはそれを満たせない場合がある。
そんな時、専門の運び屋が移送を請け負うのだ。ギルドの依頼であれば、運送費用はギルドが負担してくれる。
「……運び屋?」
「おうよ! 普段はモンスターの移送をしてるんだが、今回は怪我人や死人も対象だ。急いでるってんなら、俺達が運ぶぜ!」
「お願いします! 彼女を助けてください! いくらでも払いますし、何でもしますから!」
「そう急くなってお嬢さん。俺達は既にファーミン長老会議から報酬を頂いてる。モンスター討伐中はフリーだぜ」
筋肉ムキムキのお兄さん達が、切断されたサンドワームを荷台に乗せて素早く縛り付ける。
そして、緑色の液体が入ったビンから伸びたチューブを、ワームの中に居る魔術師の口の中へ差し込む。
「ポーションだ。戻るまでの間の時間稼ぎくらいにはなる。じゃ、俺達は行くぜ」
運び屋マッスルパワーズは暑苦しいスマイルを浮かべると、砂漠をものともしない全力疾走で最前線から退いていった。
「良かったですね。後はあの方の復活を信じましょう」
「ありがとうございます! ありがとうございます! 貴方は私の恩人です……是非、是非お名前を!」
「え、あの……。ノ、ノイリーです」
駆け出し冒険者ノイリー、春……到来?




