193:いまさら聞けない魔術の基礎
「最初に聞いておきますが、貴方達は魔術についてどれくらいの知識と技術がありますか?」
大討伐までの間、俺とハルはラウェン指導の下で魔術について学んでいた。
俺はリチェルカーレから魔術を学んではいたが、正直言っていきなり応用編から入った気分だった。
「うわ、何それ。まるで算数を飛ばして数学から始めたみたいな」
ハルのツッコミもごもっともだ。だが、正確に言えば算数と数学は陸続きではない。
算数ではあくまでも『正答を出す事』が重視されるが、数学では『解をどのように導き出すか』を重視する。
前者は世の中で役立つ計算が多く、後者は専門的な道を進まないとあまり意味がないのもそのためだ。
そういう意味では、俺が習った範囲の知識は専門的な道を進まないとあまり意味がないものと言える。
この世界において生活レベルで役立つ魔術知識という意味では、俺はまだほとんど何も習っていないに等しい。
「ハルの方はどうだ? やっぱ召喚された時に基礎段階からしっかりと教わったのか?」
「簡単な説明だけだったわ。こうすれば魔術を使えますよ~くらいの。勇者として召喚されたからか、簡単に使えちゃったし」
どうやらハルの方もかなり簡易的だったらしい。勇者ゆえに細かく説明されなくてもよかったようだ。
「……なるほど。確かに二人とも、かなり偏りがあるようですね。わかりました。では基礎から順に説明しましょうか」
そもそも『魔術』とは何か。魔術とは、人の持つ力の一つ『魔力』によって現象を起こす術の事である。
生活に必要な火を生み出す事はもちろん、生きるために必要な水すら生み出す事が出来るため、習得すれば生存率は飛躍的に増す。
地属性や木属性の魔術を使いこなせるようになれば簡易的な建造物すらも生み出せるようになり、手に職も付けられる。
そのため、魔術の行使は戦闘を生業にする職の者以外にも需要があり、発展した町では家を守る主婦や子供ですら魔術を学んでいる。
ドワーフ達は培ってきた技術力と地魔術を併用して屈指の逸品を作り出し、エルフ達は木の魔術で森林と一体化した街を作り発展させている。
魔術を扱う者達が豊かな暮らしを営み、魔術が生活レベルで普及している国が大きく発展しているのは、この世界においての常識だった。
ただ、魔術を使うために必要な力は『魔力』でなければならない。他に目覚める『闘気』や『法力』では、力を現象に変化できる特性が備わっていない。
そのため力が開花した際に魔力が目覚めなかった者は、今後の人生においての魔術の使用を諦めなければならない。
とは言え、何かしらの力に一つでも目覚めた者は、他の力に関しても若干ではあるが発現の傾向が見られるのが普通とされている。
「魔術の行使にあたっては、本来であれば感覚をつかむため簡易的な呪文で現象を発現させるのですが……二人ともその過程は飛ばしてそうですね」
頷く俺達。俺はアイリがそれらしき事を説明しようとした所でリチェルカーレが割って入ったため、聞いていない。
ハルの方も勇者用のカリキュラムであったため、基礎の部分は飛ばして即戦力になるように実戦的な訓練が行われていたらしい。
故に、俺達二人とも呪文とは縁がない。魔術の使い手としては優秀な部類であるらしいのだが、問題はそこではなかった。
「呪文のメリットとしては、魔力を『定めた形』で発現できるため暴発のメリットが少ない事ですね。また、幾度となく全く同じものを放てる安定性もあります」
俺達はただ単に使ってみたいのだ。呪文という、如何にも異世界感漂うワード。心躍らない訳がない。
じっとラウェンの説明を聞いている間も、内心では早く試してみたくてウズウズしていた。
「一方で、デメリットとしては形が定められているが故に応用が利かない事ですね。威力を上げようとして魔力を過剰に込めても、暴発してしまいます……って、二人共なぜそんなに寄って来ているのですか?」
「色々と説明してくれるのは嬉しいけど、早く呪文を使ってみたいわ!」
「俺もだ。呪文と聞いてワクワクしない男は居ない。この世界の呪文……気になるな」
いつの間にか距離を詰めてしまっていたらしい。これじゃまるで母親にものをねだる子供のようだ。
元々女子高生のハルはともかくとして、元々がいい年したおじさんの俺まで何やってんだ……。
しかし、それも仕方がない。俺達の世代と言えば、まさにそういうのが流行っていた世代。竜〇斬とか、よくやってたな。
「わかりました。では基礎的な魔術からいきますよ」
ラウェンが右掌を上に向けて――
『デルデルアツアツ』
ボウッと掌の上に小さな火球が生まれた。しかし、その様子を見ていた俺は、正直微妙な気持ちになった。
隣のハルはと言うと、期待を裏切られたかのような渋い顔をしていた。おそらくは俺も同じような顔になってるだろう。
「……どうしました?」
「いや、何と言うか……な。こう……」
「ダサい」
口を濁していた俺とは対照的に、ハルはハッキリ言った。
俺はそこまでは思わないが、何と言うかまるで昭和アニメのカタカナ語呪文みたいな感じだ。
魔法の国からやってきた女の子とか、コンパクトで変身する女の子とか、そういうの。
「そう言われても、基礎魔術ですから……。それこそ、小さな子供でも使えるレベルの。今の魔術なんて、調理の際の火種や、野営時の点火に使う程度のものですし」
余談ではあるが、水の場合はデルデルヒヤヒヤ。他の呪文もデルデルという単語の後に現象を現す簡単な単語を付けるだけである。
敵を倒すため戦うための魔術ではなく、生活に活かせる魔術。そのため、子供でも唱えられるように呪文も非常にシンプルでわかりやすい。
ラウェンが実演してみせたように、どんなに凄腕の術者であってもこの呪文を唱えれば等しく小さな現象が起こるのみ。
二人はそれくらいの現象ならば呪文なしにイメージするだけで出せるのだが、それは文明が進んだ世界の異邦人ならではのもの。
この世界の一般的な人間はそもそもそう言った科学的な知識に乏しいため、自然現象は神の起こしたもうた奇跡の如く思っている者が多くを占める。
そんな神の御業が己の想像だけで再現できるなどとは夢にも思わない。故に彼らは『呪文』という定められた型に頼るしかないのだ。
「俺が思ってた呪文と言うのは、例えばツェントラールの魔導師団長が使っていたような……確か『集え、全ての命を育む偉大なる光よ。今、蒼き炎を穿つ一筋の閃きと成れ』って感じの」
「あ、私のイメージしていた呪文もそんな感じ。なんか単純なワードというよりも、ちょっとした文章みたいなやつね」
「それは熟練の魔導師が己の編み出した魔術を『呪文』という型に収めたものよ。それによって魔術の発動を容易にしているの」
「容易に……って事は、もしその魔術を呪文を使わずに発動しようとしたら、もっと時間がかかるって事か」
「そうよ。魔術の構築というのは想像以上に至難の業なの。とてもじゃないけど、戦闘中にそんな事をしている時間はないわ」
俺が思い浮かべたのは、昔読んでいたファンタジー作品で何回か見た戦闘シーンのイメージだった。
敵との戦闘中に回避できるはずの攻撃を受けたり、時には無様に逃げ回るようにして、実は密かに魔法陣を描いていた……みたいな展開。
戦闘中に魔術を構築するというのは、まさにこういう感じで非常に手間がかかるのだろう。
「普通であればわざわざ魔法陣を描いて準備しなければならない魔術も、呪文にしてしまえば唱えるだけで自動的に魔法陣も構築できるのよ」
「呪文で魔法陣を構築するのか……。てっきり俺は魔法陣を先に準備して、その上で呪文を唱えるイメージだったけど」
「それは魔術の増幅装置として魔法陣を使う場合の話ね。魔法陣自体が魔術を構成している場合は、呪文に収める場合がほとんどよ」
あぁ、魔法陣の上に乗って魔術を撃つと威力が上がったりとか、消費するマジックパワーが少なくて済むとかそういうやつか。
魔法陣とは言っても色々な種類があるんだな……。俺もいつかはそういう魔法陣を構築してみたいもんだ。




