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000-2:プロローグ~狭間~

『――繋がった!』


 自分の目に闇しか映らなくなった頃、脳内で声が聞こえた。

 可愛らしい女性の声だ。先ほど助けた少女のものともまた違う、澄んだ声。



 直後。自分の視界が、今度は一面の『白』に包まれる。


「あれ? 僕は死んだハズでは……」


 上も下も分からないような真っ白い空間に、五体満足で存在する自分の姿。

 服には汚れも無く、傷も無い。首からかけているカメラも無事だ。

 自分は、いつの間にかそこに立って――いや、立つという表現がおかしいか。


 何せその場に立っているという感覚が無い。まるで水の中を漂っているような感じがする。


「良かった。間に合いましたね」


 再び女性の声。と同時、眼前に光が集まり美しい女性の姿を構成した。


 ただし、それは全体像を見て抱く感想であり、顔のみを注視すれば『可愛らしい』という表現の方が似合っている。煌びやかなティアラをつけた、エメラルドグリーンのボブカットという髪型が、ただでさえ可愛らしい顔をより引き立たせている感じがする。

 身にまとう衣装も白をベースとし、所々に青系統で装飾がなされた、透き通るように美しいドレスだ。右手には長い杖を持っており、先端にはハンドボール大の水晶らしきものが輝き、さらにそれを守るかのように天使の羽根が包んでいる。

 その姿を見て『女神』だと思ってしまったのも無理は無いと自己弁護したい。


 眼前の存在は、我々人間とは根本的に異なる存在なのだと、不思議な事に何故か感覚で分かってしまう。


「貴方が、僕を助けてくれたのですか……?」


 だが、その存在に対する恐れは無く、気付けば自分の方から言葉を発していた。

 しかも、何故か無礼な言葉遣いをするのをためらってしまい、ぎこちなくも丁寧語になっていた。


「はい。ですが、正確には少し異なります」


 直後、杖の水晶球が輝き、女神(仮)の横に四角いウインドウが出現する。

 まるでテレビのようにザザッとノイズが走ったかと思うと、そこには見慣れた……だが、同時に不可思議な光景が映し出されていた。


「これは……さっきまで僕が居た……」


 ウインドウに映し出されていたのは、中東シリアの光景であった。

 先程まで自分自身がその足で立ち、自ら撮影していた戦場。

 ただし、そこにはおびただしい血を流し、力なく地面に横たわる自分の姿も映っている。


「あれは、僕!? どうして……」

「それは貴方が肉体から切り離された『魂のみの存在』となったからです」

「魂?」

「はい。私はまさに貴方の命が尽きる直前、貴方の身体から魂を抜き取りました」

「抜き取った……って、では僕は既に死んでいると?」

「残念ながら、貴方の肉体はもう手遅れです。しかし、あの時点で魂を抜き取っていなければ、魂すらも消滅する運命を辿っていたでしょう」

「なるほど。それで、助けてくれたのとは『正確には少し異なる』という訳ですか」


 女神は、本来なら肉体の死と共に消滅するハズの、魂のみを救ったという。

 魂って実在する概念だったのか……。そこまで聞いて、新たな疑問が生じる。


「……では、何故僕の魂を救済してくれたのですか?」


 理由。彼女が何者なのか。そして、そうしたのは何故なのか。

 通常ではあり得ない事が起きていながらも、日頃から極限状態を生きてきた身ゆえか、少し冷静になって考える事が出来ていると思う。


「貴方を『私の世界』へと導くためです」

「私の……世界?」

「えぇ、貴方達が住まう世界――いわば地球が存在する世界――それとは異なるもう一つの世界、その名も『ル・マリオン』といいます」

「ル・マリオン……」

「そして、私はル・マリオンにおいて『精霊姫ミネルヴァ』と呼ばれている者です」

「精霊のお姫様? 僕はてっきり女神か何かだと……?」

「あら、お世辞にしては随分と大仰ですね。私如きが神を名乗るなど、おこがましいにも程がありますよ」


(これだけの事が出来るのに、神を名乗るのがおこがましい……? なら神ともなると一体何が出来ると言うんだ……)


 新たな疑問が芽生えたが、まだまだ聞くべき別の疑問は残っている。問題事は余裕があるうちに可能な限り解決しておかねば、いざという時に詰んでしまう。

 そのいざという時に失敗してしまって今に至る現状の自分では、もはや説得力が無いだろうが……と、内心で自身にツッコミを入れながらも言葉を続ける。


「無理にとは言いません。貴方の意思を尊重します。もし、行きたくなければ責任をもって魂を天へと導きますので……」

「いや、もちろんル・マリオンに行きますよ。魂とは言え救済して頂いた恩もありますし、こうしてまた生きられるのをすぐ終わらせたくはありませんので。何より異世界というものに興味が湧いてきましたし」

「そうですか、良かったです……。私も民の願いを無事に果たす事が出来そうで何よりです」

「民の願い? これは、貴方の意思で行っている事ではないと?」

「はい。私は『我が国の窮地を救うに足る存在を異世界より導いて欲しい』という、とある民の願いを受けてここに居ます」

「一個人の願いを引き受けたのですか?」

「ただの願いではありません。全身全霊を賭した、心の底より求む切実たる……それこそ祈りの力が天に居る私の元にまで届いてしまうような、非常に強い願いです」


 ミネルヴァによると、ル・マリオンにはそういう神々に願うための儀式魔術が存在しているらしく、丁寧に解説してくれた。

 僕にとっては、儀式魔術以前に『魔術』そのものがファンタジー世界の産物であり、未知のものであるのだが……。


「それは分かりましたが、何故私なんです? とてもじゃないですが『国の窮地を救うに足る存在』であるとは思えないのですが」

「私はただ『願いの条件に合致する魂を持つ存在』に対して干渉を行ったに過ぎません。そこに偶然、貴方が繋がったのです。私にも明確な理由は分かりませんが、こうして繋がった以上、きっと貴方にはそれを為すだけの『何か』があるのでしょう」

「無茶を言いますね。ホント、僕に何が出来るのやら……」

「そう悲観しないでください。せめてもの餞に、私の名の下において貴方のル・マリオンにおける存在を保証致しましょう。貴方の私物についても同様です」


 そう言って、ミネルヴァは左手を自分に向けてかざした。

 淡い光が生まれると同時、それは急速に広がり僕を包み込んだ。


「貴方とその私物の間に『縁』を結びました。これで貴方はいつでも『召喚魔術』を用いて私物を取り出す事が出来るようになりました。その方法は、既に貴方の意識に刻み込まれているはず」

「意識……。あっ、これかな? 『開門!』」


 確かに、女神の言う通りにすぐ使い方が思い浮かんだ。

 右手を前方へかざし、そう叫ぶと同時、足元に円形の魔法陣が展開した。


「で、ここから……『出でよ、我が至宝!』 ――って、至宝とかちょっと大袈裟な気が」

「あら? 貴方にとってはどれも大切なものではないのかしら?」

「それはそうですが、大仰にそれを口にするのは少し恥ずかしいですよ」

「言葉は魔術を後押しする大事な要素です。意味を口にする事がより具体的な効果を生みますので……。ただ、慣れて頂ければ願うだけで発現も可能になりますので、訓練あるのみです」


 などと話していると、魔法陣の上に大きなカバンが出現した。


「これは……僕がさっきまで持ち歩いていた荷物?」


 気になって映像を見てみると、僕の遺体の横にあった荷物が突然消失した事に驚いている兵士達の姿が見える。

 確かに、このカバンはあの場所から呼び寄せたものであるらしい。


「そのような感じで、他のものも呼び出す事が出来ますよ。ただし、確実に『貴方のものである』という事が条件となりますが」

「ならば、店で買ったものなら大丈夫と?」

「支払いを済ませた時点で既に貴方の物となっていますから、それは問題ないでしょう。ただし、命あるものは不可能です。例えば、恋人や奥様を『俺のものだ』と主張して呼び出したりする事はできません」

「えぇ、さすがにそれは無理があると思いますし……」


 内心で「そもそも自分にはそんな存在が居ないんだが」と悲しい気持ちになっていたが、表情には出さなかった。

 ミネルヴァがそれに気付いているかどうかは分からないが、幸いな事にさっさと話題を切り替えてくれた。


「と言う訳で、それらを持ち込む事を良しとしましょう。まずは、私に願いし民が貴方を呼び出した理由である『我が国の窮地を救う』という条件を達成してください」

「もし万が一条件を達成しなかったら……僕はどうなります?」

「そう聞きながらも、内心ではちゃんと条件を達成しようと考えておられますよね。私は『そういう存在』に呼びかけましたので」


 ……御見通しか。怖いもの見たさで聞いてみたかったんだけどな。


 見知らぬ世界へいきなり放り出されて何も解らないままに動くよりは、指針があった方が助かるので目的を提示されるのはありがたい。

 それに『願った誰か』は、こうして他の世界の存在にまで助けを求める程困っているというのだ。叶えてやりたいではないか。


「それで、その後は自身の活動……戦場カメラマンでしたか、それをル・マリオンにおいて続けるも、人間界の文明の利器を用いて変革をもたらすも、全て貴方の自由です」

「そういう事でしたら、国を救った後は異世界を巡って旅をしてみたいですね……。ちなみに、ル・マリオンにおける戦場とは、やはり俺達の世界の戦場とは異なるものでしょうか?」

「貴方達に分かりやすく伝えるのであれば、ル・マリオンは『剣と魔法の世界』ですね。人間界とは違った形になりますが、戦場というものは各地に存在しています」


 剣と魔法の世界、と聞いて脳内で浮かべたのは、かつてプレイした事がある有名ロールプレイングの世界観やマンガ・ノベルといった創作物の内容。

 文明の利器が発展していない代わり、魔法のような不可視の力を用いた独自の利器が開発されている世界に違いない、と予想する。


「剣と魔法の世界……なるほど、変革をもたらすというくだりはそういった世界観が理由でしたか」

「はい。貴方の持つそれらの機器は、大なり小なり世界を変える事になると思います」

「いいんですか? ミネルヴァ様……とお呼びしますが、貴方の世界でしょう? 異邦人を招き入れるだけならまだしも、異世界の文明までも招き入れて、ル・マリオンに悪影響は無いのですか?」

「私は民の願いを叶えるためには『それ』が必要であると考えました。世界にどういう影響を及ぼすかは、良くも悪くも貴方の活躍次第です」

「……わかりました。では、自分は自分の望むままをル・マリオンで生きてみます」

「先程も言いましたが、救国後はどう活動するも全て貴方の自由です。『自由である』と伝えて悪行を行うような人間でない事は、こうして話しているだけで分かりますし……」

「そう言って頂けると助かります。ミネルヴァ様、改めて死の間際からの救済を感謝します」


 自分はここに至るまで礼の一つも言っていなかった事にようやく気が付いた。

 肉体という形では死亡してしまったが、魂を救済され、異世界での第二の人生を与えてくれた事に対し、感謝以外の何があると言うのだろうか。

 本来ならば、あのまま戦場の只中で意識を闇に飲み込まれて、それでもう終わりだったのだ。


「ふふ、礼には及びませんよ。あとついでに、貴方の心の奥底に眠っている『自覚無き欲望』も叶えておいて差し上げます」


 気になる事を言われたが、質問を返す前にミネルヴァは『最後の言葉』を発していた。


「では、我が名『精霊姫ミネルヴァ』の名において、『ル・マリオンにおけるオサカベリュウイチの存在の保証』をここに約束します! 貴方の新たな生において、どうか幸あらん事を……」


 感謝の意に柔らかい微笑を返すと、ミネルヴァは高らかに宣誓の文言を唱え、杖を高く掲げる。

 それを合図とし、水晶を起点として太陽の如き目映い輝きが生まれる。まるでこの白い世界を焼き尽くすようなその光は自分の視界を覆いつくし、もはや目を開けているのもつらくなっていた。


 目を閉じて間もなく、自分の意識は電源を落とされたかのように途切れてしまった――。

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