015:旅に備えてお買い物
「で、ギルドを出たはいいがここから先はどういう形で進んでいくんだ?」
「このままコンクレンツ帝国へ向かう予定だよ。依頼のあるイスナ村は丁度その途中で通る予定になってる」
「歩いて行くのか? それとも、馬車か何かに乗っていくのか?」
「それだと時間がかかっちゃうから、道中はアタシが用意した移動手段を使う予定さ。ちなみに空間転移ではないよ、旅の風情が無くなるし」
その配慮は有難いな。せっかくの異世界、いきなりワープであっちこっちでは見て回る事すらままならない。
せっかくだし、色々な物をこの目で見つつ移動をしたい。人々の暮らしぶりなども、街を出るまでの間に焼き付けておこう。
ネクタイピンカメラでの撮影も続けている。あとどれくらいバッテリーが持つかは分からないが……。
「そういや旅に必要な荷物は調達しなくていいのか?」
「リューイチとしては何が必要だと思う?」
「道中で飲み食いする物とか、傷薬とか武器とか防具とか……」
「そうだね。じゃあその辺を何か買っていこうか」
俺達はギルドと同じ建物内にある別の店舗へと入っていく。いずれもギルド直轄の運営であるが、入口は分けられていた。
冒険者に特化した品を扱うため質が良いと評判らしく、確かにバザーで見た武器防具よりは質が良さそうだ。素人でも見て分かるくらいに。
「こういう店舗だと中級者に向けた武器防具も売っているから、バザーと比べると見栄えが良いのは当然だよ。ほら、あの杖とか」
リチェルカーレに示された先には、販売カウンターの奥のショーケースに飾られた大層立派な杖があった。いかにもこの店最高の逸品と言ったオーラがある。
鮮やかな赤色の持ち手部分がベースとなった杖に、煌びやかな宝飾が散りばめられた美しいデザイン。頂点の宝玉は真紅の輝きを放ち、それを包むようにして白い花弁が広がっている。
まるで一輪の大きな花を思わせる意匠はもはや芸術品だ。美しいが、あれを実戦で用いるのはちょっともったいないなと思わされてしまう……。
「あれが四千八百万ゲルトだね。杖の質としては、中級者用上位と言ったところか」
「確か初級者用の割と高い杖で三百五十万だったよな……すげぇ」
恐ろしい世界だ。そんな高額だと、冒険者として稼ぐ主目的が『装備品を買うため』になってしまいそうだ。
何百万何千万の装備品を買い、それを使ってまた次の装備品を買うために稼ぐ。一式が揃う頃には最初の方に買った装備が痛み始め、また新たな装備が欲しくなる……。
下手すれば延々とドツボにハマってしまいそうな危うさがあるな。まるでスマホゲームの課金要素みたいな沼を感じるぞ。
「すいませーん。この杖くださいなー」
「あいよー」
とか思ってたら、まさに眼前でその四千八百万ゲルトの杖が売れた。
買った主はまだまだ若い女性の冒険者だった。えらい羽振りがいいもんだな……。冒険者というのはそれほどまでに儲かるものなんだろうか。
大きな袋と共に元々持っていた杖も店主に渡している。あれもあれでなかなかに良さそうな杖に見えるが、下取りだろうか?
「まいどありぃ~。さぁて、と」
女性冒険者を見送った店主が足元にある何かを手に取り持ち上げると、そこに握られていたのは先程売れた杖と全く同じものだった。
あれ、量産品だったのか……。てっきり一点物かと思ってたわ。足元には同じものが何本も置かれているんだろうか。俺の感じた逸品オーラ返せ。
「ま、あんな感じで装備品ってのはポンポン売れていくのさ。頑張れば元を取って余りある成果を得られるからね」
リチェルカーレの言う通り、魔術関連の装備品はもちろん、剣や斧といった近接戦闘用の武器も次々と売れていっている。
こちらにも同じようにショーケースに飾られた武器が用意されており、何百万とするのにもかかわらず普通に買っていく冒険者の姿を見かけた。
防具に関しても同様で、やはり命が懸かる道中ともなると金を惜しんではいられないのか良いものは早々に店頭から消えていく。
「さっきから見てると近接戦闘用の武器って魔術関連のアイテムと比べると安いんだな……。ショーケースの品物ですらケタが一つ違うんだが」
「素材として用いられる宝石が高価である事に加え、魔術的加工の難しさもあるからね。ただ、近接用の武器や防具にも魔術的加工が施されたものもあるし、それらはやはりケタが一つ変わる事になるね」
店内を見回す限りでは、この店にそういった魔術的加工が施された近接用装備はないみたいだ。
リチェルカーレ曰く、魔術用品と比べて作るのが難しいらしく、本格的に魔導で栄えているような街でないとなかなか無いらしい。
「そういや俺達の装備はどうするんだ? 何か買っていくのか?」
「適当に使ってみたい武器をいくつかと、装備してみたい防具を選ぶといい。費用は王城へ請求されるから気にする事は無いよ」
丸投げかい。とりあえず俺の感性で選べばいいって事かな……。
元々の護身術は短剣主体だったが、王道とも言える剣は使ってみたい。他にも色々あるが、あまり広範囲に手を出すのもややこしくなるだけだろう。
防具は薄手の金属鎧にした。いきなり騎士のような全身鎧はハードル高そうなので、兵士の軽装鎧をさらに軽量化したようなタイプを選んだ。
「こんな感じか。冒険者っぽく見えるか?」
「あぁ、紛う事なき駆け出し冒険者って感じの装備だね。ナイスチョイスだ」
俺は駆け出し冒険者である以前に異世界人なので、そもそもこういった鎧とは無縁だった。
故に鎧の装着方法もわからなかったのだが、そこは恥を忍んで店内を歩いていた女性店員に教わった。
聞いた話だと、この世界の住人でも鎧と縁が無いまま暮らす人は多いらしく、大の男が装着方法を知らないからと笑われたりはしないとの事。
ちなみに俺が買ったのは総計で十万ゲルトかそこらの装備品だ。最安値でもないが高級品でもない、実に無難な所を選んだと思う。
あまり高級なものを選んでも、何の知識も経験もない今じゃ持て余すだけだからな……最低限のものでいい。
「リチェルカーレは何か……って、そういや既製品じゃダメなんだったな」
「その通り。アタシの服は、こう見えて極めて希少な素材を用いて恐ろしく高度な魔術的加工を施した一点物だからね。そして、それを作ったのはアタシ自身さ」
ドヤァと無い胸を張るリチェルカーレ。とは言われても、俺には何がどう凄いのか良く分からないんだよな。
パッと見はただの黒を基調としたゴスロリ服にしか見えない。リチェルカーレに良く似合っている。
「さぁ、次は隣の道具売り場だよ。さっきのバザーには無かった売り場だから、色々と堪能しておいで」
そう言われて、装備品売り場のドアをくぐって隣の部屋へ抜けると、色とりどりのビンや、様々な植物の葉が陳列されたコーナーへ出た。
塗り薬を思わせるツンとした匂いや、ハーブなど香草にも似た匂いが感じられる。一つ一つは悪く無い匂いだが、混ざり合うとちょっと気持ち悪い。
まず俺が見に行ったのはビンの陳列棚だ。
緑色の液体薬はポーションで、販売価格は二百ゲルトだ。飲用する事で身体機能を高め体力と精神力を回復する効果があるらしい。
加えて法力による補助魔術や回復魔術を受け入れやすくなり、魔術による回復を促進する効果もある――と書いてあるな。
「……飲んだらみるみる傷が塞がっていくとかじゃないのか」
「そのレベルの薬となると、高級薬とされる『エリクシル』の部類だね。あと、傷を塞ぐのなら飲むよりも直接ぶっかけた方が早いよ」
エリクシル――俗にエリクサーとも言われる万能薬の代名詞か。この世界にもあるんだな。
他にも棚には五百ゲルト程のハイポーションや、精神回復に特化したマジックポーションなどが置かれている。
あくまでも置かれているのはポーションの類であり、一番高い五万ゲルト程の薬もポーションの一種だ。
名前はマックスポーション……か。なんかダダ甘のコーヒーを思い出すネーミングだな……。
「エリクシルは置いてないのか?」
「あの類はそう簡単に製造できるものじゃないんだ。こんな地方では作られていないし、入荷もめったにないだろうね」
価格帯としても何十万から何百万で、それこそ部位欠損など一般的には詰みの状態から一気に回復させる奇跡のような力を持つ薬もあり、そのレベルともなると何千万や億の領域らしい。
さすがに死者蘇生ともなると神による奇跡の御業の領域らしく、この世に存在する誰であっても実現したものは居ないという。
「厳密に言うと、ミネルヴァ様によって地上においては死者の蘇生が出来ないようにされているのさ。それをやってしまうと色々と世界が破綻するとかでね」
「まぁ、確かに何でもありにしてしまうと滅茶苦茶になってしまう気はするが……俺達はいいのか?」
俺は『存在の保証』とやらで寿命以外では死なない、リチェルカーレは当時の姿のまま固定された存在となっている。
「アタシ達は外ならぬその『神』の力によって成り立つ存在だからいいのさ。先程も言った通り、死者蘇生も神ならば可能だしね」
「つまり、死者を蘇生させたいと思ったのならば『儀式』により願う事でどうにか出来るという訳か」
「言い換えれば、それしか方法はない……って事になるんだけどね。それに、そうポンポン儀式は成功するもんじゃない」
「そうなのか? エレナもお前も成功させてるじゃないか」
「アタシは言わずもがな、あの子も只者じゃないのさ。一国の神官長という立場にある者が凡人な訳がないだろう」
曰く、儀式を成功させるには膨大な力が必要らしく、並大抵の術者ではその条件を満たす段階にすら至らないという。
考えてみれば、神とも言えるミネルヴァ様とコンタクトを取り、死者蘇生すらも可能なレベルの願いを叶えてもらうという事が容易なハズが無いか……。
「命を燃やす事で自身の持つ力を飛躍的に上昇させる手法もあるけど、それは加減を間違えると死を招く諸刃の剣。だが、死に至れば当然その時点で儀式は止まってしまい、無意味な死を遂げる事となる」
「……という事実が判明しているって事は、実際に儀式を試みて死んだ人間が居るんだな」
「結構いるよ。争いや攻撃の形跡なく、一人で不審死しているような術者は大抵そのパターンだからね」
命を削ってまでも叶えたい願いがある……か。その気持ちは分からんでもない。
俺自身、戦場という命を削るような場所にまで行って世間に最前線の情報を伝えたいと思っていた身だ。
強すぎる願いの前には、自身の命の価値など霞のようなものになってしまうのかもしれないな。
偉大なる先達のように『生きて帰る事』を最も大事にしていたハズなんだが、気が付けばその身を投げ出していたっけ。
気を取り直して、次は薬草などが置いてある棚に近づいてみる。
葉っぱの形状のまま売られているものや、茶葉みたく細かく刻まれた状態で売られているのもある。
「薬草の類ってどう使うんだ……草食動物みたいにムシャムシャ食うのか?」
「毒など体内の異常に関しては、そのまま食したり煎じて飲んだりが主だね。傷などは患部に当てる事で消毒したりするし、他にはすりつぶしてペースト状にしたものを塗って腫れを抑えたりするかな」
こちらもポーションと同じように様々な種類がある。傷に有効な薬草は松竹梅の如くランク付けがされており、高いものだと葉っぱ一枚で数千ゲルトはする。
他、状態の異常に応じて様々な薬草が用意されており、毒や麻痺などはメジャーな症状なのか数百ゲルト程度だが、なんかよく分からないが病気?に特化したようなものは数万とか値段が付いている。
リチェルカーレによると、調達難易度が高いものや需要が低いものは値段が高いという。向こうの世界において、英和辞典よりもアラビア語辞典の方が遥かに値段が高いようなものだろうか。
「とりあえず適当に買っておくといい。道中で色々試してみるのも手だろうし」
言われた通り、手にしたカゴの中に適当に商品をポンポン放り込んでいく。
とは言えさすがに良く分からないものまでも買うのはアレなので、パッと見で何となくわかるようなものに絞る。
ポーション系は一通り試してみたいところだな。効能もだが、それ以前に味が気になる。薬みたいな味なのか、ドリンクみたいな味なのか。
向こうの世界でポーションを模した飲料を売っていたけど、アレと比べたらどうなんだろう……。
「買ってきたぞ。こんな感じでいいか?」
「あぁ。今後において色々試してみるといい」
リチェルカーレは俺から袋を受け取ると、眼前に出現させた黒い穴の中にそれを放り込んだ。
俗に言う空間収納ってやつか。なんて便利な機能なんだ。移動に収納と、生活が快適になる能力だな。
「さて、買い物は終わったし、首都を出てイスナ村に向けて出発するよ」
「了解だ。いよいよ、本格的に旅が始まるんだな……」




