165:おいでませ師匠
「やれやれ。世話の焼ける子だ」
そうつぶやくや否や、横に居たリチェルカーレが消えて画面の向こうに現れた。
「空間転移!? しかも師匠の所へ……。いくら映像に映っていたとしても、見ただけではその場所へ飛べないはず。まさか、実際にそこへ行った事があるというの? でも、そもそも人間の身で空間転移を使えるなんて……。師匠も怯えるような反応をしていたし、あの子は一体何者――」
ラウェンは俺達に何か尋ねるでもなく、一人でブツブツ言っている。考え込んでしまうタイプなのだろう。
「リチェルカーレは別に『実際にその場所へ行かないと飛べない』とは言って無かっ――」
「その話、詳しく聞かせて頂けますか!?」
俺も誰かに聞かせるでもなく、何となく思い出した事をつぶやいてみただけだったが、物凄い勢いで食いついてきた。
考え込んでいたんじゃないのか。耳が長く大きいだけに、普通の人間よりも聴く能力が高いのか……?
まぁいいや。俺も復習がてら彼女の話に付き合おう。より知識を得れば、俺も空間魔術を使えるようになるかもしれない。
◆
竜一がラウェンとの話に興じている頃、リチェルカーレはアルヴィの部屋へと転移してきていた。
アルヴィが住む所はエルフの本国。ファーミンから見れば非常に離れた所に存在する島が丸々エルフ達の国となっている。
船で移動すればそれこそ数か月はかかるような旅路となるが、空間転移であればそんな距離も一瞬で済む。
「相変わらずの臆病者っぷりだね、まったく……」
リチェルカーレにとっては久々となる部屋の中を一通り眺めた後、倒れている部屋の主を引き起こすが、当人は気を失ったままである。
「ほら、さっさと起きる。こっちは忙しいんだ」
優しく起こしてやるつもりなど毛頭ないとばかりに、容赦のない往復ビンタをかます。乾いた音が幾度となく響く。
顔を張られた影響で美しい顔がタコみたいになってしまっているが、それでもまだ目を覚まさない。
「……起きろ、アルヴィ」
声色に苛立ちを滲ませ、リチェルカーレはアルヴィの顔を包み込むように水の魔術を展開する。
さすがにこればかりは生物としてどうしようも無いらしく、息苦しさからついに目を覚ます事となった。
「ガボガボガボッ……! ヒィッ!? や、やはり夢などではなかったのですね……」
もう一度気を失って倒れそうになるが、リチェルカーレがアルヴィの右頬をつねる事でそれを阻止する。
「い゛っ!? い゛だだだだだだだだ……!」
「いい加減にしないか。落ち着け」
腫れと濡れで酷い事になっていたアルヴィの顔にヒールが照射され、見る見るうちに美しい顔を取り戻していく。
「……ごめんなさい」
「面倒だからこの際キミも連れて行くよ」
「え?」
部屋の中から、リチェルカーレとアルヴィが同時に姿を消した。
◆
「ただいま」
「い、いきなりだなんて。そんな……」
リチェルカーレが戻ってきた。横にはラウェンの師匠にして伝説の魔導師・アルヴィさんの姿が。
ラウェンと会話している間も画面越しに様子を見ていたが、向こうでボッコボコにされていたアルヴィさんが可哀想でならない。
おそらくは昔からそういう力関係なのだろう。アルヴィさんが借りてきた猫の如く大人しい……と言うか、怯えている。
「師匠!?」
「あぁラウェン。お久しぶりです。こうして直に会えて嬉しいですよ」
しかし、ラウェンが駆け寄ってきた途端に笑顔を取り戻し、弟子を優しく抱擁する。
「わ、私も嬉しく思います……で、ですがあちらを留守にして良いのですか? 師匠は本国においてはかなり忙しい立場のはずでは」
「安心するといい。ちゃんと影武者は置いてきたよ」
リチェルカーレが画面を指し示すと、アルヴィさんの部屋に黒いシミのようなものが残されていた。
シミはボコボコと沸騰するように泡立つと、化学変化を起こしたかの如く肥大化して盛り上がっていく。
すると、そこには何とも言えないような異様な姿の怪物が……こいつ、エリーティで見た奴だ。
あちらこちらに気味の悪い巨大な眼がくっついており、いくつもの開けた口からは呼吸と共に紫色の煙が噴出する。
醜悪な怪物であるが、全身がウネウネ蠢くと共に、その姿をアルヴィそっくりなものへと変えていった。
ご丁寧に纏っている衣類までも完全再現だ。変身を終えた怪物が、こちらに向けて満面の笑顔でサムズアップしている。
「……あれはあいつらの挨拶なのか?」
「あぁ見えて良い奴らだよ。与えるものさえ与えれればちゃんと言う事を聞いてくれる」
与えるものが何かは聞かないでおこう。おそらくは、エンデの町の宿屋の『罠』と一緒だ……。
「それで、ラウェン。急な連絡、本当は何の用事だったの?」
「あ、はい。実は――」
俺達にも話したような事を、要約して師匠に伝えるラウェン。
アルヴィさんは最初こそにこやかに聞いていたものの、内容が重くなるにつれ笑顔が消えていく。
「……そんな事になっていたとは。何故このような深刻な事態を報告せずにいたのですか」
「申し訳ありません、師匠。このような状況に陥っている事を恥と思い、一人で何とかしようとしてました」
「世界の危機を前に保身を選ぶ。それでは、貴方が批判しているこの里のエルフと同じですよ」
「うぅっ、それは確かに……そうなんですけど」
さすがラウェンの師匠、的確に痛い所を突いていく。
他種族を嫌う里の人から力を借りるため、自身も他種族を嫌うキャラを演じていたというラウェン。
しかし、そんな事を続けていてはエルフという種族が国の中から孤立をしてしまう。
……そうなれば、行く果てに待つのは他種族との戦争だ。
「話を聞く限りですと、里のエルフの中に他種族との対立を深めようとしている者が紛れてますね」
「それは十中八九『邪悪なる勇者達』の一派だろう。争いや混乱を引き起こす事が目的らしいからな」
「彼らは特殊能力持ちの異邦人で構成された組織だ。完璧な変身能力を持つ輩が里に紛れている可能性が高いね」
クローン技術を確立した奴が居たくらいだ。変身能力くらいあってもおかしくは無いな。
異邦人に宿るのは決まって『珍しい能力』らしいし、何事もあり得ないという考えは捨てた方がいいだろう。
「と言う訳だから、手っ取り早く害虫を炙り出そう」
「策はあるのですか? 本当に完璧な変身能力だとしたら、探知にはかからないのでは……」
「君達はエルフじゃないか。居るだろう? こういう状況に適した最高の能力者が」
「……まさか!」
驚愕の表情を浮かべるアルヴィさん。この人がここまで驚く能力者って一体誰だ?
疑問を挟む間もなくリチェルカーレがこの場から消えた。早速、その人物を空間転移で連れてくる気だな。




