139:定例集会
「やぁ諸君! よくぞ集まってくれた!」
百人少々が入る程度の小さな講堂と思われる場所。その壇上でスポットライトが当てられた一人の人物が言葉を発した。
身体を包み込むマントを羽織り、目元を覆う仮面――ドミノマスクと呼ばれるものを着用しており、その容姿がどのようなものかは不明。
ただ、その声色から男性である事だけは分かる。男は、自分の声が響いたのを確認すると、言葉を続けた。
「日々任務に忙しい中、わざわざ集まってもらって申し訳ない。手が離せずどうしても来られない者は残念だが、大半の者が来てくれた事を嬉しく思う!」
男は空いた座席のいくつかに目線をやると、何故か不在を悲しむのではなく喜ぶような表情となった。
その一瞬の様子に感づいた者は居ない。すぐに表情を戻すと、男は締めの言葉を放つ。
「ではこれより、我らの定例集会を執り行う!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
講堂内に響き渡る大歓声、拍手。皆が皆席を立ち、イベントの開始を盛り上げる。
その盛り上がりに乗るようにして壇上の男は両手を挙げるが、それをゆっくりと下げた途端、会場が静まり返る。
いわゆるお約束と言うものである。静かになった所で、今度は彼の背後にスポットライトが当てられる。
そこに照らし出されたのは楕円形の円卓。内側を向くようにして用意された椅子が十席……。
「十勇者、入場!」
男の掛け声と共に、舞台袖から八人の男女が姿を現し、次々と用意されていて席へと座っていく。
鎧やローブを纏った者達も居れば学生服を着用した者も居る。はたまた、ル・マリオンらしからぬ近代的な衣服を着用した者もいた。
再び拍手に包まれる会場。幾人かはにこやかな笑みを浮かべて客席に手を振っている。まるでアイドルのような扱いだ……。
「おや、八は欠席かな……?」
現時点で二つ開いている座席の背もたれのうち一つに、漢字で『八』の記載がある。他の者達の席にも同様、一から十までの記載があった。
「八? あぁ、『ガードン』の奴なら計画が大詰めだとかで手が離せないって言ってたぞ」
「なるほど、そういう事ならば仕方がない。計画の成功を祈るばかりだ。では残ったメンバーで始めようか」
男がもう一つ空いていた『一』の席へと腰を下ろす。
「ではまず、今後の予定を話す前に朗報だ。本日、我々に新たな仲間が加わる事になった。入ってくれ」
壇上のステージ横から歩いてきたのは、一の男と同様にマントとマスクを着けた人物だった。
「彼は瀧音静君だ。日本から召喚された勇者で、勇者としては『マデラ』と名乗っているそうだ」
「お初にお目にかかります。瀧音静――いえ、ここではそちらを名乗るのがお約束でしたね。マデラとお呼びください」
マデラと呼ばれた彼が深々とお辞儀をすると、またも会場が歓声で盛り上がる。
「彼は元々ライトノベル作家らしい。代表作は確か……『こちら冒険者支援ギルド ダンジョン課』という作品だったか」
ライトノベル作家である事と、代表作が告げられた事で、席に座っている者達がざわつき始める。
一体誰だと疑問を口にする者も居るが、知っていると言う者や作品を買っていると言う者の声もあちらこちらで聞こえる。
「反応に驚いたかい? それもそのはず、ここに居る者達は皆、同じ世界から来た異邦人だ。中には君が活躍しているのと同じ時代から来た同胞達も居る」
「……紹介者からざっと話は聞いていましたが、驚きですね。まさかこの異世界に、地球人達の秘密組織があるとは思いませんでした」
「何せ唐突に異世界へ召喚される訳だからね。異世界だからと歓喜するライトノベル脳な人間ばかりではない。当然、この世界が合わない、あるいは嫌だって人間もいる訳だ」
「自分はライトノベル脳……と言うか、ライトノベル作家です。しかし、それ故に実際に異世界へ来てしまうと、色々失望させられる部分を目の当たりにしてしまいます」
――マデラは語る。
とある国において、魔族による侵攻の危機から救う勇者として召喚されたのが、この世界へ訪れた始まりだった。
せっかくなのでライトノベル作家である事を活かし、こちらの世界においても自身の著作を普及させようとしたが、それが国の上層部の怒りを買った。
その著作の内容が、敵性存在である魔の者に親しみを持たせるものだとして問題視されたのだ。特に魔を敵視する教会の反発は凄かった。
フィクション作品であるのにもかかわらず、思想誘導だの洗脳だの、挙句には国家転覆を狙うだの好き放題言われてしまう始末。
まるで中世の異端審問の如き扱い。いくら勇者とは言え踏み込んではならぬ領域があり、見過ごせるものではないと、手の平を返されてしまった。
勇者として成熟する前であったためか、過激派の中には今の勇者を始末して別の者を再召喚しようなどという意見まで出てきてしまう。
当然、そんな国を救う使命を果たす気などすっかり失い、誰もが寝静まった頃にこっそりと国を抜け出し、はぐれ者となった。
そんな折、新たなる同胞を探して各地をさまよっていた組織のメンバーの一人と遭遇し、話を聞いてそこに居場所を感じて加入を決意した。
彼は新天地でも元々の世界と変わらぬ創作を続けたかったのだ。故に、場所と需要の提供はありがたかった。
「……全く、フィクション相手に何を騒いでいるのだかと言う感じですよ。やはり、同じ世界の者でないと理解はしてもらえないのでしょうか」
客席から「そうだそうだ」とコールがあがる。彼らの中にも、同様の被害を受けた者達が居た。
こちらの世界の観念を押し付けられ、元々の世界の観念は否定される。異世界人とは共存が出来ない事を知ってしまった。
そのような世界に対して混乱を引き起こす組織。彼らにとってこの組織は、まさに唯一ともいえる居場所だった。
「歓迎されているようで何よりだ。舞台裏でも挨拶はしたが、改めて名乗ろう。私は『シン』。組織始まりの存在にして『邪勇者』の名を持つ、序列一位……つまり、リーダーだ」
大手寿司チェーンの社長みたく両手を広げ、自身とその周りに居る八人の存在をアピールする一の男。
八人もそれぞれ手を振ってリアクションしたり、目を閉じ腕を組んだまま動かないものなど、それぞれ自由にしている。
「君にはルールとして序列の末端から始めてもらう事になるが、功績や能力次第で上に挙がる事が可能だ。自信があるのならば上位に戦いを挑むのも良いだろう。我々はいつでも挑戦を待っているぞ」
シンと名乗った男は「これは他の皆にも向けた言葉である」と、話を締めくくった。
「上位に戦いを挑む……。つまり、上位の方に勝てば立ち位置を変われるという事ですか? そして、それは貴方も対象ですか?」
ザワッとなる客席。新入りが加入早々組織のトップにケンカを売った事に驚きと戸惑いが広がる。
「当然だ。それは私とて例外ではない。この組織を己のものにしたいのであれば、それが一番手っ取り早いだろう。私は野心を歓迎する! それくらいでなくては、この組織において上へ行く事など出来ないだろうからな……」
この組織において序列は固定ではない。序列一位のシンも、自身を対象としている。
壇上で目立っている実力者・十勇者の座に就くチャンスは組織の誰に対しても開かれているのだ……。
・・・・・
「た、大変です!」
ニューカマーの紹介が終わり次へ進もうとした所で、講堂の扉が開かれ、叫びと共に一人の人物が転がり込んできた。
その人物は講堂の門番を務めていた同胞の一人であり、防衛のため門扉越しに定例集会に参加していた。
「……何があった?」
ザワつく会場を鎮め、シンが問う。
「ガードンさんが、重傷を負った状態で転移してきました!」
「何? 序列八位のガードンが重傷だと……?」
思わぬ報告にシンは驚き、その直後には軽く客席を飛び越え、門番が立っている所へ降り立っていた。
開けられた扉を潜り抜け素早く講堂の外へ出ると、そこには全身ボロボロに焼け焦げた状態で倒れている男の姿が。
「おい! ガードン! しっかりしろ!」
「う……ぐぅっ。リ、リーダー……? 私は、戻ってこれたのですか……」
ガードンと呼ばれた男の手から、拳に収まる程度の丸い宝石が転がり落ちる。
シンに抱きかかえられるようにして、うめき声と共に何とか言葉を漏らすガードン。
「あぁ、ここは定例集会の講堂だ。待ってろ! すぐに治療を手配する。誰か、回復術に秀でた者達は来てくれ!」
シンが講堂に向けて回復術に秀でた者達を招集する。さすがリーダーの一声だけあってか、すぐに十数人の者達が駆けつけた。
中には十勇者の席に座っていた者もいる。皆が同胞の惨状を確認すると、足並みをそろえて回復の術を唱え始める。
(ガードン……いや、蓮弥さん。貴方程の方がここまでの窮地に陥るとは……。一体、何があったと言うのだ?)
それからそう間を置かずして、シンは彼から自身の組織にとって最大の障害となる者達の存在を知らされる事となる。
今回の話ではTwitterの『いいねした人の作品内における設定を考える』的なタグに反応してくれた瀧音静さんを『組織の新入り』として書かせて頂いております。
ライトノベル作家を名乗っておりますが、大成した頃の時代から召喚されて来ているから問題なし(
勇者としての名は、氏の執筆作品における主人公の名前です。この組織の人達は、基本的に本名ではなくコードネーム的なものを名乗るのがお約束だったりします。
本編内でも宣伝させて頂きましたが、瀧音静さんの完結作『こちら冒険者支援ギルド ダンジョン課』は下記。
https://ncode.syosetu.com/n8066es/
現在新作『パーティ追放された団体一名様のおっさん 気が付けば巻き込まれています』も連載中です。
https://ncode.syosetu.com/n6745ex/




